週明けの月曜日、佐倉と会うことはなかった。
俺は2年生で、佐倉は1年生。
俺達は本来木曜日の飼育員の活動で兎の世話をする以外に接点はない。
告白を断ってしまったことで気まずさがあったから、佐倉と会わずに済むことは俺にとっていいことなんだと思っていた。
なのに、月曜日はずっと気持ちが沈みっぱなしだった。
それでも、動画は投稿した。
佐倉がまだ俺の声を頼りに眠ってくれているのなら、せめてすやぴとしては佐倉に寄り添っていたいと思ったからだ。
告白を断った相手の声なんて聞いても、佐倉はもう眠れないかもしれない。
そう思ったけど、俺が投稿を休むことで佐倉が眠れなくなる方が嫌だった。
「そんなに気になるなら、付き合えばよかった」
「珠代ならそうするだろうけど、俺は珠代みたいにはなれないんだよ」
昼休みの教室で、購買で買ったメロンパンを片手に帰って来た俺を見て、珠代はふうと呆れたため息をこぼした。
「泣いて帰って来てからずっと紡は落ち込んでばっかり。一緒にいて退屈」
「じゃあ他の友達のとこ行けばいいよ。珠代が一緒に昼食べてくれるなら喜ぶ奴いっぱいいるだろ」
「拗ねないで。私が今は紡の傍にいたい理由はわかるはず」
淡々としたいつもの口調で言われて、俺は閉口するしかない。
珠代は俺を心配して傍にいてくれているのだ。
拗ねて邪険にしてしまった自分の幼さが急に最低なものに感じられた。
「ごめん」
「いいよ。昨夜は動画投稿してたね。しばらくお休みするかと思った」
「佐倉が、聞くかもしれないじゃん」
俺が告白を断った側だというのに泣いて帰った日に、佐倉とのことは珠代に全部話した。
全てを静かに聞いてくれた珠代は「紡らしいね」とだけ言って涙を拭いて、暖かい飲み物を淹れてくれた。
ただ静かに寄り添ってくれる珠代の存在がありがたい。
「まあ、もう俺なんかの声聞いても、佐倉は寝付けなくなってるかもしれないけど、もしも俺の声を頼りにしてるならって思って」
「さくぴはきっと聞いてる」
「そうかな?」
「不安なら聞きに行こう」
「は? 今?」
「今」
珠代は俺の手を取って、まっすぐに一年生の教室に向かって歩きはじめる。
俺が急に行っても迷惑をかけるだろうとか、佐倉が嫌がるんじゃないかとか、断る理由はいくらでもあった。
それに珠代は女の子だ。
俺が本気で抵抗すれば俺を連れて歩く珠代の手を振りほどくことだってできた。
それでも大人しく珠代に着いて行ったのは、やっぱり佐倉に会いたかったからだ。
告白を断った直後は、佐倉は普段通りにしてくれたし、メッセージで『今日はありがとうございました!』と律儀に送ってきてくれてもいたが、実際に会った時に冷たい態度を取られる覚悟はしていた。
飼育委員の当番である木曜日が来ることを俺はひっそり恐れていたから、珠代と一緒に佐倉に会えるならと、珠代に甘える気持ちがあったことはみっともなくて誰にも言えない。
珠代は1年生の間でも有名人らしい。
いつもの無表情のまま颯爽と廊下を歩く珠代に、1年生達がキャーキャー言っている声が聞こえる。
珠代の輝きがすごすぎて、珠代の付き人なんて噂される俺が憂いた表情をしていることは誰も気付かなかっただろう。
いよいよ目的の教室に到着した珠代は『他学年の教室への入室禁止』なんていう校則は完全無視してツカツカと入って行き、窓際で友達に囲まれて食事をしていた佐倉の元まで歩み寄った。
「さくぴ。一緒にお弁当食べよ」
佐倉は既にお弁当を食べているし、ほぼ初対面の珠代が昼食に誘うなんて普通ならあり得ない異常事態だ。
だけど佐倉は一瞬驚いた表情はしたものの、珠代の後ろで気まずい思いをしている俺を見てうなずいた。
「了解っす! みんな、ごめんな。また今度一緒に食べるわ」
食べかけだった弁当箱に蓋をして、佐倉はさっさと弁当を片付けて「どこで食べるっすか?」なんて聞いてくる。
どこで食べるかは決めていなかったらしい珠代に佐倉が提案をして、俺達は兎小屋の前のベンチに、珠代を真ん中に挟んだ三人で並んで昼食を食べることになった。
俺はメロンパン、珠代は竹内さんに持たされているお弁当、佐倉は食べかけのお弁当を広げる。
初夏の太陽は地面を熱く照らしていたが、木漏れ日が差すここはそよ風が涼しくて心地いい。
「また凪パイとごはん食べられたのも嬉しいっすけど、珠代さんとお話できるのも嬉しいっす」
「私はさくぴのこと好きじゃない」
「えー、そうなんすか?」
「うん。でも、紡の好きな人だから大切にしようって思ってる」
珠代は嘘をつかないし、空気だってほとんど読まない。
それが珠代のいいところではあるが、今は俺が佐倉を好きだなんて言ってほしくなかった。
気まずさを倍増させる俺に対して、佐倉は「あー」と反応を窺っていたようだが開き直ったらしい。
にこっと人懐っこく笑った。
「俺も一緒っす。珠代さんのことは好きじゃないっすけど、凪パイのことが好きなんで仲よくはしておきたいっす」
「そうだね。私達は同じ気持ち。仲よくしよう」
「はいっす」
妙な関係を築くことに決めたらしい佐倉と珠代はお互い満足げだ。
それでいいのかと、俺は置いてけぼりにされた気分だ。
「見ての通り、紡は元気がない。自分で付き合わないって決めたくせにめそめそしてる」
「そうっすねぇ。でも、昨夜は動画投稿してくれてたんすよ。俺は嬉しかったっす。なんか勝手にラブレターみたいだなぁって思って」
「別に佐倉のためだけに投稿したわけじゃない」
ラブレターみたいだなんて言われて、焦って否定したらツンデレみたいになってしまった。
気まずさで空回りする自分をどうしようもできず、メロンパンにかじりついて心を落ち着ける。
佐倉が微笑まし気に俺を見つめる視線はくすぐったいくらいに柔らかい。
もしかすると、付き合わないと決めたことを理由に冷たくされるかもと思っていた俺は安堵もしていたが、佐倉がどうしてこんなに俺に優しくあれるのか不思議だった。
「俺以外にも視聴者はたくさんいるっすから、俺だけのためじゃないのはわかってるっす。でも、俺には俺だけに向けられた凪パイのおやすみボイスがあるんすよ」
佐倉はそう言いながら得意げにスマホを振って見せた。
あのスマホに、俺は佐倉に頼み込まれて確かにおやすみボイスを録音した。
「まさか、おまえあれまだ毎晩聞いて寝てるの?」
「寝てるっす。すやぴの動画見る前に布団に入ってまずあのおやすみボイスを聞くっす」
「同じ動画ばっかり聞いてたら慣れて寝付けなくなるって言ってたじゃん」
「最近は寝付くためじゃなくて、好きな人の声を一日の終わりに聞きたいなって気持ちで聞いてるっす」
目尻をとろけさせるみたいに甘やかに目を細めて佐倉が微笑む。
好き好きオーラ全開の微笑みに、封印した俺の恋心は勝手にキュンと疼いた。
「さくぴ。こんなこと言ってるけど、紡はさくぴが自分の動画観てくれてるか不安がってた」
「おい、言うなよ」
「ちゃんと観てくれてありがとう。これからも紡のこと応援してあげて」
「もちろんっす! 珠代さんはこれからも凪パイの一番の友達でいてあげてください」
「もちろん」
「おまえらのその謎の絆はなんなの?」
二人はなにやら認め合ったらしく、がしっと力強い握手を交わしてうなずきあう。
妙な二人の絆に俺は呆れていたのだが、これを誰かが見ていたらしい。
目立つ二人が、人目から隠れた場所で手を握り合っていたという噂は尾ひれが付いて広がっていき、いつの間にか佐倉と珠代は付き合っているという最悪な噂が学校中に広まっていた。
俺は2年生で、佐倉は1年生。
俺達は本来木曜日の飼育員の活動で兎の世話をする以外に接点はない。
告白を断ってしまったことで気まずさがあったから、佐倉と会わずに済むことは俺にとっていいことなんだと思っていた。
なのに、月曜日はずっと気持ちが沈みっぱなしだった。
それでも、動画は投稿した。
佐倉がまだ俺の声を頼りに眠ってくれているのなら、せめてすやぴとしては佐倉に寄り添っていたいと思ったからだ。
告白を断った相手の声なんて聞いても、佐倉はもう眠れないかもしれない。
そう思ったけど、俺が投稿を休むことで佐倉が眠れなくなる方が嫌だった。
「そんなに気になるなら、付き合えばよかった」
「珠代ならそうするだろうけど、俺は珠代みたいにはなれないんだよ」
昼休みの教室で、購買で買ったメロンパンを片手に帰って来た俺を見て、珠代はふうと呆れたため息をこぼした。
「泣いて帰って来てからずっと紡は落ち込んでばっかり。一緒にいて退屈」
「じゃあ他の友達のとこ行けばいいよ。珠代が一緒に昼食べてくれるなら喜ぶ奴いっぱいいるだろ」
「拗ねないで。私が今は紡の傍にいたい理由はわかるはず」
淡々としたいつもの口調で言われて、俺は閉口するしかない。
珠代は俺を心配して傍にいてくれているのだ。
拗ねて邪険にしてしまった自分の幼さが急に最低なものに感じられた。
「ごめん」
「いいよ。昨夜は動画投稿してたね。しばらくお休みするかと思った」
「佐倉が、聞くかもしれないじゃん」
俺が告白を断った側だというのに泣いて帰った日に、佐倉とのことは珠代に全部話した。
全てを静かに聞いてくれた珠代は「紡らしいね」とだけ言って涙を拭いて、暖かい飲み物を淹れてくれた。
ただ静かに寄り添ってくれる珠代の存在がありがたい。
「まあ、もう俺なんかの声聞いても、佐倉は寝付けなくなってるかもしれないけど、もしも俺の声を頼りにしてるならって思って」
「さくぴはきっと聞いてる」
「そうかな?」
「不安なら聞きに行こう」
「は? 今?」
「今」
珠代は俺の手を取って、まっすぐに一年生の教室に向かって歩きはじめる。
俺が急に行っても迷惑をかけるだろうとか、佐倉が嫌がるんじゃないかとか、断る理由はいくらでもあった。
それに珠代は女の子だ。
俺が本気で抵抗すれば俺を連れて歩く珠代の手を振りほどくことだってできた。
それでも大人しく珠代に着いて行ったのは、やっぱり佐倉に会いたかったからだ。
告白を断った直後は、佐倉は普段通りにしてくれたし、メッセージで『今日はありがとうございました!』と律儀に送ってきてくれてもいたが、実際に会った時に冷たい態度を取られる覚悟はしていた。
飼育委員の当番である木曜日が来ることを俺はひっそり恐れていたから、珠代と一緒に佐倉に会えるならと、珠代に甘える気持ちがあったことはみっともなくて誰にも言えない。
珠代は1年生の間でも有名人らしい。
いつもの無表情のまま颯爽と廊下を歩く珠代に、1年生達がキャーキャー言っている声が聞こえる。
珠代の輝きがすごすぎて、珠代の付き人なんて噂される俺が憂いた表情をしていることは誰も気付かなかっただろう。
いよいよ目的の教室に到着した珠代は『他学年の教室への入室禁止』なんていう校則は完全無視してツカツカと入って行き、窓際で友達に囲まれて食事をしていた佐倉の元まで歩み寄った。
「さくぴ。一緒にお弁当食べよ」
佐倉は既にお弁当を食べているし、ほぼ初対面の珠代が昼食に誘うなんて普通ならあり得ない異常事態だ。
だけど佐倉は一瞬驚いた表情はしたものの、珠代の後ろで気まずい思いをしている俺を見てうなずいた。
「了解っす! みんな、ごめんな。また今度一緒に食べるわ」
食べかけだった弁当箱に蓋をして、佐倉はさっさと弁当を片付けて「どこで食べるっすか?」なんて聞いてくる。
どこで食べるかは決めていなかったらしい珠代に佐倉が提案をして、俺達は兎小屋の前のベンチに、珠代を真ん中に挟んだ三人で並んで昼食を食べることになった。
俺はメロンパン、珠代は竹内さんに持たされているお弁当、佐倉は食べかけのお弁当を広げる。
初夏の太陽は地面を熱く照らしていたが、木漏れ日が差すここはそよ風が涼しくて心地いい。
「また凪パイとごはん食べられたのも嬉しいっすけど、珠代さんとお話できるのも嬉しいっす」
「私はさくぴのこと好きじゃない」
「えー、そうなんすか?」
「うん。でも、紡の好きな人だから大切にしようって思ってる」
珠代は嘘をつかないし、空気だってほとんど読まない。
それが珠代のいいところではあるが、今は俺が佐倉を好きだなんて言ってほしくなかった。
気まずさを倍増させる俺に対して、佐倉は「あー」と反応を窺っていたようだが開き直ったらしい。
にこっと人懐っこく笑った。
「俺も一緒っす。珠代さんのことは好きじゃないっすけど、凪パイのことが好きなんで仲よくはしておきたいっす」
「そうだね。私達は同じ気持ち。仲よくしよう」
「はいっす」
妙な関係を築くことに決めたらしい佐倉と珠代はお互い満足げだ。
それでいいのかと、俺は置いてけぼりにされた気分だ。
「見ての通り、紡は元気がない。自分で付き合わないって決めたくせにめそめそしてる」
「そうっすねぇ。でも、昨夜は動画投稿してくれてたんすよ。俺は嬉しかったっす。なんか勝手にラブレターみたいだなぁって思って」
「別に佐倉のためだけに投稿したわけじゃない」
ラブレターみたいだなんて言われて、焦って否定したらツンデレみたいになってしまった。
気まずさで空回りする自分をどうしようもできず、メロンパンにかじりついて心を落ち着ける。
佐倉が微笑まし気に俺を見つめる視線はくすぐったいくらいに柔らかい。
もしかすると、付き合わないと決めたことを理由に冷たくされるかもと思っていた俺は安堵もしていたが、佐倉がどうしてこんなに俺に優しくあれるのか不思議だった。
「俺以外にも視聴者はたくさんいるっすから、俺だけのためじゃないのはわかってるっす。でも、俺には俺だけに向けられた凪パイのおやすみボイスがあるんすよ」
佐倉はそう言いながら得意げにスマホを振って見せた。
あのスマホに、俺は佐倉に頼み込まれて確かにおやすみボイスを録音した。
「まさか、おまえあれまだ毎晩聞いて寝てるの?」
「寝てるっす。すやぴの動画見る前に布団に入ってまずあのおやすみボイスを聞くっす」
「同じ動画ばっかり聞いてたら慣れて寝付けなくなるって言ってたじゃん」
「最近は寝付くためじゃなくて、好きな人の声を一日の終わりに聞きたいなって気持ちで聞いてるっす」
目尻をとろけさせるみたいに甘やかに目を細めて佐倉が微笑む。
好き好きオーラ全開の微笑みに、封印した俺の恋心は勝手にキュンと疼いた。
「さくぴ。こんなこと言ってるけど、紡はさくぴが自分の動画観てくれてるか不安がってた」
「おい、言うなよ」
「ちゃんと観てくれてありがとう。これからも紡のこと応援してあげて」
「もちろんっす! 珠代さんはこれからも凪パイの一番の友達でいてあげてください」
「もちろん」
「おまえらのその謎の絆はなんなの?」
二人はなにやら認め合ったらしく、がしっと力強い握手を交わしてうなずきあう。
妙な二人の絆に俺は呆れていたのだが、これを誰かが見ていたらしい。
目立つ二人が、人目から隠れた場所で手を握り合っていたという噂は尾ひれが付いて広がっていき、いつの間にか佐倉と珠代は付き合っているという最悪な噂が学校中に広まっていた。
