「え、どういうこと?」
「凪パイと珠代さん、いっつも一緒にいるっすよね? 登下校もそうだし、教室でもそうだし……、あの、付き合ってるんすか?」
昼休みの廊下は人通りが多い。
そんな中で他学年であり、しかも美形の佐倉は目立ちまくっていた。
その佐倉が地味で陰キャな俺に、2年生の中でも注目の的である美少女の珠代と付き合っているのかを尋ねている。
こっそり盗み聞きしていた連中もギョッとしている様子なのを察知して、俺は全力で首を横に振った。
「ないない、それはない! 絶対!」
珠代との関係は男女というだけで、出会った時から今までずっと疑われてきた。
高校入学当初に同学年には交際を否定済みだが、ここで曖昧にするのは経験上まずいとわかっていたからきっぱり否定してから佐倉の手首を取った。
「もう、なんなの、おまえ。訳わかんないけど、相談なら飯食いながら聞くから来いよ」
「えっ、いいんすか?」
「俺のパン買うから、購買寄ってからな」
佐倉は弁当を持たされていたため、先にどこか場所を確保して待っていてほしいと伝えておいた。
俺が購買でメロンパンを確保している間に、佐倉から兎小屋の前にいるとメッセージが送られてきた。
兎小屋の前には立派な木が植えられていて、その木陰になる位置にベンチが置いてある。
向かうと、そのベンチに腰掛けていた佐倉が手を振ってきた。
木漏れ日が差す中でこちらに手を振る佐倉は、やっぱり眩しい。
「凪パイはお昼何買ったんすか?」
「メロンパン」
「それだけっすか? おなか空いちゃうっすよ」
「めんどくさいからいいんだよ。それで? 急に珠代との関係聞いてきた意味と、相談が何かってのを教えてくんない?」
佐倉の隣に腰掛けて、メロンパンの袋を破きながら聞く。
穴場スポットで他に人影は見当たらないが、佐倉は目立つからどこから誰がやって来るかわからない。
この間登校している俺と目が合っても、友達の前だからかすぐに目を逸らした佐倉を思い出して、俺はちょっと佐倉を急かす気持ちがあった。
俺と一緒にいることが佐倉にとって恥ずかしいことなら、相談はすぐに解決して解放してやりたい。
「変な話なんすけど、引かないで聞いてくれますか?」
「絶対引かないとは言わないけど、引かないように心構えはしとくよ」
「実は俺、体育倉庫で凪パイに珠代さんが抱きつくところ見てから、その光景が頭から離れないんすよ」
薄暗かった体育倉庫に駆け込んできた珠代は、竹内さんが持っていたライトに照らされていた。
珠代が心配そうに眉を下げて駆け寄ってくる様は、俺には『心配してくれた幼馴染み』に写ったが、もしかすると佐倉からは『絵になる美少女』に写ったかもしれない。
「あー、えっと。安心しろよ。俺は珠代とはマジで付き合ってないから。ほんとにただの幼馴染み」
「そうなんすか? 珠代さんってお金持ちのお嬢様だって聞いたんすけど」
「そうだよ。俺と珠代はたまたま小学校の時の登校班が一緒で、それからずっと仲がいいってだけ」
「夕飯も一緒に食べるって言ってたっすよね?」
「毎日じゃないよ。俺んち両親が離婚してて、母さんしかいないんだ。その母さんも仕事人間でうちにほとんどいないから、珠代のご両親が気遣ってよく夕飯に誘ってくれてるってだけ」
言っていて、そういえばもう何日も母さんの顔を見ていないことを思い出す。
母さんはほとんど家にいないし、いたとしても俺と積極的に顔を合わせようとはしない。
もう俺も高校生だし、別に母さんと顔を合わせなくたって困ることはないけど、普通の家庭ではないだろう。
引かれるかなと不安になって佐倉の顔色を窺うと、佐倉は弁当を食べながら「なるほど……」と神妙にうなずいていた。
「うちは両親とも妹二人とも仲よしなんで、凪パイの生活はちょっと想像できないんすけど、寂しくはないっすか?」
「もう慣れたよ。俺が小学生の時に両親が離婚したんだけど、それまでは親が家で怒鳴り合いばっかりしてたから、そんな生活よりはマシだったし」
佐倉は人の心にスルッと入り込む特殊スキルを持っているのかもしれない。
引かれるかもしれないって思っているのに、俺はまた余計なことまで話してしまっていた。
悲痛そうに歪む佐倉の表情を見て、失敗したなと思う。
佐倉はきっと恋愛相談をしに来ただけなのに、俺の話なんてしても仕方がない。
「俺の話はいいんだよ。佐倉は珠代のことが聞きたいんじゃないの?」
「え? 珠代さんの話はもう聞いて、納得できたんで大丈夫っすよ」
「いやいや、珠代のこと好きなんだろ? 珠代が恋愛って想像つかないけど、俺も佐倉のこと応援するくらいはできるからさ」
「恋愛……? えっ、俺が珠代さんにっすか?」
「恋愛相談しに来たんだろ?」
「恋愛相談……」
その言葉の味を確かめるように、佐倉が虚空を見つめて呟く。
自分がなんの相談をしに来たかもわかっていなかったのかと不思議に思っていると、佐倉はなぜか突然爆発したみたいに真っ赤になって俺を見てきた。
「ちょっと、わかんないっす」
「俺の方がわかんないんだけど」
「俺、何度も言ってるんすけど、凪パイの声聞くとドキドキするんすよ。それは凪パイがすやぴだからなのかなって思ってたんすけど、この間、朝に凪パイが珠代さんと歩いているの見かけたときもドキドキしちゃって。目が合ったら照れちゃって逸らしちゃったんすよ」
箸を握ったままの佐倉が真っ赤な顔のまま困惑した表情で俺を見ている。
でも、佐倉以上に俺は困惑していた。
だって、佐倉の話からするに、佐倉が恋をしている相手は珠代じゃない。
「凪パイがお父さんとお母さんの喧嘩の声に傷ついてたって知って、俺も痛かったっす。ひとりぼっちで家にいるんだと思ったら、切ないっす。そういう風に思うのも不思議で……。でも一番不思議なのが、凪パイが珠代さんと仲よしなところを見たり、知ったりすると、こうモヤモヤ〜って嫌な気持ちになるんすよ」
「おまえ、それさ……」
「それで、なんかもうどうしようって思って、凪パイに相談したいと思ったんす」
「それって俺に聞いて解決するもんなの?」
「凪パイと珠代さんの関係がはっきりわかれば、俺のモヤモヤも晴れて、変な気分になることもなくなるかなって」
「変な気分ってのは、その……」
「凪パイのおやすみボイス聞いて、毎晩ドキドキモヤモヤぐるぐるしてる気分っす」
じっとこちらを見つめる佐倉の瞳が潤んでいる。
佐倉なりに必死に悩んでいることはわかるけど、それはもう愛の告白みたいなものだ。
衝撃的なのは、そんな風に佐倉に思われていることに、俺が悪い気がしていないってことだ。
だけど、この気持ちが陽キャで輝いて見える佐倉に好かれているということへの喜びなのか、佐倉だから嬉しいと感じているのか、俺には判断がつかなかった。
「それって恋っぽい、じゃん?」
「やっぱり、そう思うっすか?」
「でもさ。佐倉は俺がすやぴだって知ってるわけで、自分で言うのも変だけど、すやぴへの憧れの気持ちを恋っぽく勘違いしてる可能性もあると思う」
「……なるほどっす」
感情は目に見えないから、どんな形をしているのか自分でもわからない。
お互い抱えている感情にはまだ名前を付けていない状態で、どんな名前を付けるかは自分でしか決めることができないことだ。
俺も佐倉への気持ちにどんな名前をつけるべきか悩んでいると、考え込んでいた佐倉が名案でも思い付いたかのように手を打った。
「そうだ!」
「なんだよ」
「凪パイ。今週末空いてないっすか? 俺と一緒に遊びに行ってほしいっす!」
「凪パイと珠代さん、いっつも一緒にいるっすよね? 登下校もそうだし、教室でもそうだし……、あの、付き合ってるんすか?」
昼休みの廊下は人通りが多い。
そんな中で他学年であり、しかも美形の佐倉は目立ちまくっていた。
その佐倉が地味で陰キャな俺に、2年生の中でも注目の的である美少女の珠代と付き合っているのかを尋ねている。
こっそり盗み聞きしていた連中もギョッとしている様子なのを察知して、俺は全力で首を横に振った。
「ないない、それはない! 絶対!」
珠代との関係は男女というだけで、出会った時から今までずっと疑われてきた。
高校入学当初に同学年には交際を否定済みだが、ここで曖昧にするのは経験上まずいとわかっていたからきっぱり否定してから佐倉の手首を取った。
「もう、なんなの、おまえ。訳わかんないけど、相談なら飯食いながら聞くから来いよ」
「えっ、いいんすか?」
「俺のパン買うから、購買寄ってからな」
佐倉は弁当を持たされていたため、先にどこか場所を確保して待っていてほしいと伝えておいた。
俺が購買でメロンパンを確保している間に、佐倉から兎小屋の前にいるとメッセージが送られてきた。
兎小屋の前には立派な木が植えられていて、その木陰になる位置にベンチが置いてある。
向かうと、そのベンチに腰掛けていた佐倉が手を振ってきた。
木漏れ日が差す中でこちらに手を振る佐倉は、やっぱり眩しい。
「凪パイはお昼何買ったんすか?」
「メロンパン」
「それだけっすか? おなか空いちゃうっすよ」
「めんどくさいからいいんだよ。それで? 急に珠代との関係聞いてきた意味と、相談が何かってのを教えてくんない?」
佐倉の隣に腰掛けて、メロンパンの袋を破きながら聞く。
穴場スポットで他に人影は見当たらないが、佐倉は目立つからどこから誰がやって来るかわからない。
この間登校している俺と目が合っても、友達の前だからかすぐに目を逸らした佐倉を思い出して、俺はちょっと佐倉を急かす気持ちがあった。
俺と一緒にいることが佐倉にとって恥ずかしいことなら、相談はすぐに解決して解放してやりたい。
「変な話なんすけど、引かないで聞いてくれますか?」
「絶対引かないとは言わないけど、引かないように心構えはしとくよ」
「実は俺、体育倉庫で凪パイに珠代さんが抱きつくところ見てから、その光景が頭から離れないんすよ」
薄暗かった体育倉庫に駆け込んできた珠代は、竹内さんが持っていたライトに照らされていた。
珠代が心配そうに眉を下げて駆け寄ってくる様は、俺には『心配してくれた幼馴染み』に写ったが、もしかすると佐倉からは『絵になる美少女』に写ったかもしれない。
「あー、えっと。安心しろよ。俺は珠代とはマジで付き合ってないから。ほんとにただの幼馴染み」
「そうなんすか? 珠代さんってお金持ちのお嬢様だって聞いたんすけど」
「そうだよ。俺と珠代はたまたま小学校の時の登校班が一緒で、それからずっと仲がいいってだけ」
「夕飯も一緒に食べるって言ってたっすよね?」
「毎日じゃないよ。俺んち両親が離婚してて、母さんしかいないんだ。その母さんも仕事人間でうちにほとんどいないから、珠代のご両親が気遣ってよく夕飯に誘ってくれてるってだけ」
言っていて、そういえばもう何日も母さんの顔を見ていないことを思い出す。
母さんはほとんど家にいないし、いたとしても俺と積極的に顔を合わせようとはしない。
もう俺も高校生だし、別に母さんと顔を合わせなくたって困ることはないけど、普通の家庭ではないだろう。
引かれるかなと不安になって佐倉の顔色を窺うと、佐倉は弁当を食べながら「なるほど……」と神妙にうなずいていた。
「うちは両親とも妹二人とも仲よしなんで、凪パイの生活はちょっと想像できないんすけど、寂しくはないっすか?」
「もう慣れたよ。俺が小学生の時に両親が離婚したんだけど、それまでは親が家で怒鳴り合いばっかりしてたから、そんな生活よりはマシだったし」
佐倉は人の心にスルッと入り込む特殊スキルを持っているのかもしれない。
引かれるかもしれないって思っているのに、俺はまた余計なことまで話してしまっていた。
悲痛そうに歪む佐倉の表情を見て、失敗したなと思う。
佐倉はきっと恋愛相談をしに来ただけなのに、俺の話なんてしても仕方がない。
「俺の話はいいんだよ。佐倉は珠代のことが聞きたいんじゃないの?」
「え? 珠代さんの話はもう聞いて、納得できたんで大丈夫っすよ」
「いやいや、珠代のこと好きなんだろ? 珠代が恋愛って想像つかないけど、俺も佐倉のこと応援するくらいはできるからさ」
「恋愛……? えっ、俺が珠代さんにっすか?」
「恋愛相談しに来たんだろ?」
「恋愛相談……」
その言葉の味を確かめるように、佐倉が虚空を見つめて呟く。
自分がなんの相談をしに来たかもわかっていなかったのかと不思議に思っていると、佐倉はなぜか突然爆発したみたいに真っ赤になって俺を見てきた。
「ちょっと、わかんないっす」
「俺の方がわかんないんだけど」
「俺、何度も言ってるんすけど、凪パイの声聞くとドキドキするんすよ。それは凪パイがすやぴだからなのかなって思ってたんすけど、この間、朝に凪パイが珠代さんと歩いているの見かけたときもドキドキしちゃって。目が合ったら照れちゃって逸らしちゃったんすよ」
箸を握ったままの佐倉が真っ赤な顔のまま困惑した表情で俺を見ている。
でも、佐倉以上に俺は困惑していた。
だって、佐倉の話からするに、佐倉が恋をしている相手は珠代じゃない。
「凪パイがお父さんとお母さんの喧嘩の声に傷ついてたって知って、俺も痛かったっす。ひとりぼっちで家にいるんだと思ったら、切ないっす。そういう風に思うのも不思議で……。でも一番不思議なのが、凪パイが珠代さんと仲よしなところを見たり、知ったりすると、こうモヤモヤ〜って嫌な気持ちになるんすよ」
「おまえ、それさ……」
「それで、なんかもうどうしようって思って、凪パイに相談したいと思ったんす」
「それって俺に聞いて解決するもんなの?」
「凪パイと珠代さんの関係がはっきりわかれば、俺のモヤモヤも晴れて、変な気分になることもなくなるかなって」
「変な気分ってのは、その……」
「凪パイのおやすみボイス聞いて、毎晩ドキドキモヤモヤぐるぐるしてる気分っす」
じっとこちらを見つめる佐倉の瞳が潤んでいる。
佐倉なりに必死に悩んでいることはわかるけど、それはもう愛の告白みたいなものだ。
衝撃的なのは、そんな風に佐倉に思われていることに、俺が悪い気がしていないってことだ。
だけど、この気持ちが陽キャで輝いて見える佐倉に好かれているということへの喜びなのか、佐倉だから嬉しいと感じているのか、俺には判断がつかなかった。
「それって恋っぽい、じゃん?」
「やっぱり、そう思うっすか?」
「でもさ。佐倉は俺がすやぴだって知ってるわけで、自分で言うのも変だけど、すやぴへの憧れの気持ちを恋っぽく勘違いしてる可能性もあると思う」
「……なるほどっす」
感情は目に見えないから、どんな形をしているのか自分でもわからない。
お互い抱えている感情にはまだ名前を付けていない状態で、どんな名前を付けるかは自分でしか決めることができないことだ。
俺も佐倉への気持ちにどんな名前をつけるべきか悩んでいると、考え込んでいた佐倉が名案でも思い付いたかのように手を打った。
「そうだ!」
「なんだよ」
「凪パイ。今週末空いてないっすか? 俺と一緒に遊びに行ってほしいっす!」
