卒業式
とうとうこの日が来てしまった。学校で粒良先輩と過ごせるのは今日が最終日。これからは簡単には会えなくなる。笑顔で快く送り出そうと心に決めたのに、やはり心にぽっかり穴があいたように淋しい。両頬を叩いて淋しさを吹き飛ばし気合を入れる。卒業生の門出を祝う晴れ晴れしい舞台に失敗は許されない。今まで以上に気を引き締めないと。
卒業生が入場し、校歌斉唱、卒業証書授与とトントン拍子に進行していき出番が迫ってくる。在校生代表として送辞を壇上で読むという重要な役割に任命されてしまう。こういうのは生徒会長や成績優秀者がするものだと油断をしていたら学年の投票で選ばれたのだ。そのポジションに相応しいとはいえないけれど、せっかく選ばれたのを無下にはできない。粒良先輩だけではなく、桃下先輩、七瀬先輩、それから勉強合宿で気にかけてくれた先輩たちがいる三年生に向けてはなむけの言葉を贈りたい。予行練習通りすればいいんだ。
「送辞、在校生代表千崎唯祉」
やればできると自分自身に言い聞かせながら壇上に上がる。このために何度も何度も練習に付き合ってくれた人達のためにも完璧にやり遂げたい。
「卒業生在校生、起立」
壇上から見渡す卒業生の顔ぶれは凛々しく目に焼き付ける。一年後はそこに僕が立っているのだろう。
厳かな静けさに包まれた体育館で深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出し、感謝と祝福の気持ちを込めて読み上げる。
「通学路の桜の蕾も膨らみ始め、春の訪れを感じる季節となりました。本日、晴れてこの学び舎を巣立ってゆかれる第七十一回生の皆さま、ご卒業おめでとうございます。在校生を代表し、心よりお祝い申し上げます……」
何百人の視線に圧倒される中、これまでの思い出が走馬灯のように蘇り途中で言葉がぷつりと途切れてしまう。内心ではパニックになっていると、粒良先輩に自然と目が行く。その穏やかな表情に平常心を取り戻す。まるで隣に粒良先輩がいて、そっと見守ってくれているように感じた。
「答辞、卒業生代表粒良奈知」
「暖かい日差しと共に、春の香りが漂い始める季節となりました。本日は、私たち七十一回生のため、このような盛大な卒業式を挙行してくださり、誠にありがとうございます。また、お忙しい中ご臨席してくださいました、校長先生をはじめ、諸先生方、保護者の皆様、在校生の皆さんに卒業生一同心より御礼を申し上げます……」
壇上から降りたら重圧から解放されたせいなのか、堰き止められていた涙がどっと溢れ出し嗚咽する。そのせいで壇上に背筋を伸ばして立つ粒良先輩の姿は涙で滲みぼやけていた。
こうして、卒業生から在校生へバトンは渡された。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で三年二組の教室から校庭を見下ろす。
「粒良、写真撮ろうぜ」
粒良先輩はクラスメイトに囲まれて記念写真を撮っている。相変わらずの人気っぷりだ。粒良先輩の席だった机に指で惜しむように撫でる。ひとしきり泣いたのにまた涙が込み上げてくる。窓を開け席に座って頬を撫でる暖かい風に身を委ねる。
「ここにいたんだ。ひどい顔だね」
待っていた恋人がやっと教室に現れる。
「誰のせいでこうなってると思ってるんですか」
「俺のせいかな。頑張ったね」
粒良先輩が頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
「狭いです」
二人で仲良く一つの椅子に座っていて、粒良先輩を肘で小突く。
「座る?」
粒良先輩が自分の膝をポンポンと叩く。膝の上に乗れというのだろうか。誰が座るものか。すっくと立ち上がると抱き寄せられ、不本意ながら膝の上に座る形となる。
「座るなんて言ってないです!」
腕の中から抜け出そうとジタバタ暴れる。粒良先輩は面白そうに笑っていて、そのうち逆転するのだから今に見てるがいいと心の中で叫ぶ。ずっと主導権を握られているのは御免だ。
粒良先輩に手を引かれながら多目的室に行く。いつもの殺風景な多目的室は風船と壁飾りで一気に華やかさが溢れている。橘、石倉、双子、それから送辞のスピーチ練習に付き合ってくれた生徒会の役員が中心にあるデコレーションケーキを取り囲んで座っている。
「誕生日おめでとう」
え……。粒良先輩の誕生日は過ぎたのに誰を祝っているんだろう。背後には記念写真を撮り終えた桃下先輩と七瀬先輩が近づいてきていた。とりあえず、仲良し三人組ではないのは確かだ。だってもう祝ったから。それじゃあ、誰の誕生日なんだろう。
「今日って、誰かの誕生日だったんですか!?」
橘と双子がほぼ同時にずてっとずっこける。
「そう来ると思ったよ……」
石倉はやれやれと呆れて首を左右に振っている。
「千崎の誕生日でしょ」
粒良先輩に額をコツンと当てられ優しく頭突きをされる。
「あっ! そうだった!」
卒業式の準備で慌ただしくてすっかり忘れていた。卒業式と僕の誕生日が重なっていたんだった。
ケーキを手に持ち、先輩たちと祝ってくれた友達や仲間と写真を撮る。写真に写る僕の顔は残念だが、みんないい顔で笑っている。『最高の誕生日サプライズ』とタイトルをつけて保存する。
「気に入ってくれるといいんだけど、これ誕生日プレゼントね」
誕生日プレゼントは大人っぽいキーケースだった。早速、家の鍵をつけようとすると既に鍵が吊るされていた。
「これって……」
「いつでも遊びに来て」
「嬉しいです。ありがとうございます」
感激のあまり粒良先輩の胸に飛び込む。これでいつでも一人暮らしをする粒良先輩に会いに行ける。
橘と話していたが、仲良し三人組のところに行くと聞き捨てならない話が耳に入る。
「家具は実物を見ないの?」
「見なくていい。明日、家電を買いに行く」
「俺も行く」
「お隣さん同士、仲良いな」
お隣さんだって!?
七瀬先輩の話だと、粒良先輩と桃下先輩がお隣さんらしい。そんな話は聞いていない。物件なんていくらでもありそうなのに、どうして隣になるんだ。僕がお隣さんになりたかったのに。
「粒良先輩、桃下先輩と隣ってどうやったらそうなったんですか?」
「偶然だよ。桃が隣だなんて知らなかったんだ」
「まさか大学まで同じだとか言わないですよね?」
「大学は違うよ」
「七瀬先輩も同じマンションなんですよね? 随分と仲が良さそうで何よりです!」
いいなあ。卒業してそれまでの関係じゃない友達は僕にいるだろうか。
「俺は違うマンションだって」
「皮肉が言えるようになったんだ」
「皮肉じゃないです。本当に……」
春休みが明けたら学校で先輩たちの姿を探してもそこにはいない。金輪際会えないわけではない。だけど共に過ごした日々が鮮明だからこそ喪失感がすごい。一生分泣いて涙が枯れたはずなのに涙腺が緩み、見られたくなくて粒良先輩の背中に顔を埋める。
「今日はよく泣くね」
「まだ泣いてません!」
「めっちゃ身長伸びたよな。今、何センチ?」
勉強合宿で気にかけてくれた先輩に声を掛けられる。ようやく身長の話を持ち掛けられた。一年で十センチは伸びたのに誰も指摘しない。
「今は桃下先輩と同じ身長です。一年後には粒良先輩の身長を抜くのが目標です」
「生意気な奴」
桃下先輩には悪態をつかれるが、とりあえずの目標は達成できたので鼻高々になる。
「それは無理そうだけど、まあ頑張れ」
それだけ言い残して待っていたクラスメイトと去っていった。
みるみるうちに七瀬の身長を超し、一年後には見事に急成長を遂げるとは誰が想像できただろうか。
