怪異、お持ち帰り注意

 チャーミーの件から四日が過ぎた。  表向きは何も変わらない。チャンネルは回り、壱太は明るく、司は淡々と作業をこなし、朔也も普通にバイトへ入っていた。  ただ、昂夜だけはコメント欄を見るたび嫌な棘が残っていた。
 可愛い。  うちに来てほしい。  戻ってきて。
 熱が引かない。むしろ濃くなっている気さえする。終わっていない気がするのに、何がどう続いているのかだけが分からない。
 その日の夕方、昂夜が撮影部屋でパソコンを睨んでいると、朔也からメッセージが来た。
 今から行っていい?
 昂夜は短く返す。
 勝手に来れば
 十分もしないうちにドアが開いた。
「いた」
「いるって送っただろ」
 朔也はバイト帰りのままソファへ座り、風呂敷包みをテーブルに置く。
「で。また呪物か」
「その通り」
 あっさり認めてから、朔也は言った。
「今回は鏡」
 その一言で、昂夜の眉が動く。
「遺品整理で出てきたやつ。何人か続けて死んだ家にあったらしくて、見たやつがちょっとずつおかしくなるって」
「ちょっとずつ、って」
「自分の顔が変に見えるとか、鏡の中の方がしっくりくるとか。昔から評判悪かったらしい」
「それをなんでお前に」
「バイト先の常連のじいさんが、あんたなら面白がるだろって」
「最低だな」
「まあな」
 昂夜は低く聞いた。
「で、また動画にする気か」
「するだろ」
 チャーミーの件以来、自分が神経質になっている自覚はある。だが、気にしすぎで片づけるには嫌な感じが強すぎた。
「一回見てから決めればいいじゃん」
「それで済まないことがあったばっかだろ」
「でも終わった」
「終わってねえかもしれないって言ってんだよ」
 気づけば声が強くなっていた。  朔也はただ少し不思議そうに見る。
「そんなに気になるなら、司と壱太来てからにする?」
 昂夜は短く頷いた。
「……来てからにしろ。勝手に先に開けるなよ」
「はいはい」
 やがて足音がして、壱太と司が入ってきた。
「おつかれー。もう来てたんだ」
「……また何か持ってきたんですか」
「鏡だよ」  昂夜が先に答える。 「見たやつがおかしくなる類」
「うわ、嫌だな」
 司は風呂敷を見た。
「開けるなら先に状況だけ確認します。鏡なら映り込みもありますし」
「確認だけだぞ」
 朔也が結び目をほどく。  中から現れたのは、黒みがかった古い手鏡だった。派手な装飾はないが、古さだけはひと目で分かる。鏡面は少し曇り、輪郭のぼやけた顔をうっすら映していた。
「銅鏡、ですかね」  司が少しかがみ込む。 「古いですけど、手入れはされてます」
「ちょっと確認します」
 昂夜が止めるより早く、司は鏡を手に取った。
「……重いですね」
 そのまま鏡面を覗き込む。  数秒。いや、もう少し長かったかもしれない。
「どうだ」
「特に……変わったものは映ってません」
 声はいつも通りだった。けれど目が鏡から離れない。
「司?」
 壱太に呼ばれて、ようやく司は瞬きをした。
「すみません。ちょっと見づらくて」
「何か映ってた?」
「いえ。ただ、自分の顔が少し遅れて見える気がして」
「遅れて?」
「気のせいでしょう」
 司はすぐに言い直して鏡を戻した。だが、その手つきは少し慎重すぎた。
「……本当に何もなかったか」
「少なくとも、見える範囲では」
 少しだけ部屋が静かになる。
「じゃあ撮る?」  壱太が言う。 「今の感じならいけそうじゃない?」
「配信はやめろ。録画だけにしとけ」  昂夜は即答する。
「でもさ」  朔也が鏡を持ち上げる。 「むしろ生っぽい方が面白くね?」
「面白さで決めるな。今の時点で十分嫌な感じしてる」
「俺はしてないけど。普通の鏡じゃん」
「普通の鏡で、人が何人も死ぬかよ」
「死んだかもしれないってだけだろ」
 その時、司がほんの小さく目元を押さえた。
「……司?」
「少し目が疲れただけです」
「ほんとか?」
「本当です」
 言い切るが、さっきより少し焦点が合いにくそうだった。
「……今日はここまでにしろ。配信はやめろ」
「変ってほどじゃないです」  司が先に口を挟む。 「気になるなら、なおさら記録は残した方がいいです。何もなければそれでいい。起きたなら後で見返せる」
 正論だった。
「じゃあさ」  壱太が小さく手を上げる。 「やるなら本当に短くしようよ。十秒とか。その場のコメント見れば、変な反応もすぐ拾えるし」
 昂夜は黙った。  止めたい気持ちはある。けれど、その場の反応は見たい。
「……十秒だけだ」
「お、決まり?」
「決まってねぇよ」
「ほぼ決まったじゃん」
「……司、本当にいけるのか」
 司は一度だけ瞬きをして頷いた。
「大丈夫です。やるなら、ちゃんと撮ります」
 その返答で流れは決まった。  壱太が準備を始め、司は機材の位置を調整し、朔也は満足したように鏡をテーブルの中央へ置く。
 昂夜だけが、すぐには動かなかった。
 曖昧に光る鏡面を見る。  まだ何も起きていない。
 そう思うほど、嫌な予感だけが強くなっていった。