怪異、お持ち帰り注意

 ぱち、と最後に小さな音が弾けて、火が落ち着いた。
煙は細くなり、やがて夜の空気に溶けていく。
「これで、ひとまずは」
神主の穏やかな声が、静かに区切りをつけた。
供養は滞りなく終わったらしい。残った灰も、丁寧に整えられていく。
「ありがとうございました」
昂夜は頭を下げる。
隣で、朔也も軽く会釈だけする。形式的な動きは同じでも、その温度差が妙に気になった。
「気にされるようなものではありませんが、こうして持ち込まれる方は少なくありません」
神主は淡々と続ける。
「長く人の手にあったものには、どうしても念が残りますから」
「……ええ」
昂夜は短く返す。
その言葉自体は、珍しいものではない。むしろ、よく聞く類の説明だった。
だからこそ。
さっきの“あれ”とのズレが、頭の中で引っかかり続ける。
「……」
炎の中の、人形の形。
崩れなかったそれ。壱太の様子。そして——
「どうかされましたか」
神主の声に、はっとする。
「いえ……」
首を横に振る。
「大丈夫です」
それ以上は、言わなかった。
言ったところで、どうなるものでもない。
神主はそれ以上深くは踏み込まず、軽く頷いた。
「では、こちらでの儀は以上になります」
「はい」
改めて頭を下げる。
形式としては、終わり。問題なく、終わったはずだった。
神主がその場を離れる。足音が遠ざかっていく。
残されたのは、ふたりだけ。
「……終わったな」
昂夜が小さく言う。
「そうだな」
朔也はあっさりと返す。
拍子抜けするくらいに。
「なんもなかったじゃん」
「……」
その言葉に、昂夜はすぐには返さない。
代わりに、さっきの光景をもう一度思い出す。
「……お前、本当に何も感じなかったのか」
振り返らずに聞く。
「何が」
「さっきの」
少しだけ言葉を選ぶ。
「燃え方」
「ああ」
朔也は軽く息を吐く。
「普通に燃えてただろ」
「普通じゃなかった」
はっきりと言う。
「形、残ってた」
「そうか?」
「……」
食い違いが、あまりにも自然すぎる。
演技ではない。本当に、見えていなかった。
「壱太のことも」
続ける。
「見てたよな」
「見てたけど」
「おかしいと思わなかったのか」
「別に」
即答だった。
「ちょっとぼーっとしてただけだろ」
「……あれがか」
「よくあるじゃん、ああいうの」
何気なく言う。
その“よくある”の基準が、どこにあるのか分からない。
「……お前は」
言いかけて、やめる。
これ以上掘り下げても、答えは変わらない気がした。朔也にとっては、本当に“何もなかった”のだろう。
「まあ、終わったならいいんじゃね」
朔也は伸びをする。
「司と壱太のとこ戻るか」
「……ああ」
短く返す。
そう言いながらも、昂夜の中の違和感は消えない。
けれど、ひとまずは、終わった。そう思うしかない。
ポケットの中で、スマートフォンが震えた。
「……」
取り出す。画面を見る。
通知がいくつも並んでいる。動画のコメント。投稿してから数日。数が増えているのは分かっていた。
だが。
「……なんだ、これ」
思わず声が漏れる。
「どうした」
朔也が覗き込む。
昂夜は画面をスクロールする。
一つ、二つ。目に入ってくる言葉が、どれも同じ方向を向いている。
「かわいい」 「うちに来てほしい」 「大丈夫だよ、寂しくないから」 「ちゃんと大事にするよ」 「戻ってきて」
「……は?」
朔也が小さく笑う。
「普通じゃん」
「どこがだ」
思わず声が強くなる。
「人形だぞ」
「だからだろ」
「違う」
即座に否定する。
「こんな……」
言葉を探す。うまく出てこない。
ただ、“向けられ方”が、おかしい。
単なる感想じゃない。評価でもない。もっと、直接的な。“呼びかけ”に近い。
「……」
背筋が、冷える。
さっきの炎の中の形が、頭をよぎる。崩れなかった人形。そして今。消えていない“対象”。
「……消えてない」
小さく呟く。
「何が」
「終わってない」
画面を握る手に、力が入る。
「これ」
スクロールする指が止まらない。どこまで見ても、同じような言葉が並んでいる。数が、多すぎる。
偶然じゃない。
「……おい」
朔也が呼ぶ。
昂夜は顔を上げる。
「そんな顔すんなよ」
いつもと変わらない声。軽い調子。
「終わったって」
「……」
その言葉を、すぐには受け入れられない。
終わったはずなのに。何かが、続いている。
見えないまま。確実に。