怪異、お持ち帰り注意

 動画を投稿して、三日が経った。
最初は、いつも通りだった。
再生数が伸びて、コメントが増えて。壱太が楽しそうにそれを読み上げて、司が軽くツッコミを入れる。そんな、よくある流れ。
けれど。
二日目の夜あたりから、妙なコメントが混ざり始めた。
「……これ、見ました?」
司がスマホを差し出す。
昂夜は受け取って、スクロールする。
並んでいるのは、どれも似たような文面だった。
“かわいい” “ずっと見てたい” “なんか落ち着く”
そこまではいい。
問題は、その後だった。
“昨日からずっと頭から離れない” “気付いたら同じ動画ループしてる” “夢に出てきた”
「……増えてるな」
低く呟く。
「時間帯も偏ってます」
司が言う。
「深夜に一気に増えてる。しかも、同じような内容ばかり」
「バズってるだけじゃないの?」
壱太はいつもの調子で言う。
けれど、その声にもわずかな迷いが混ざっていた。
「バズり方が気持ち悪いんです」
司ははっきり言う。
「自然じゃない」
昂夜は無言で画面を閉じた。
胸の奥に、嫌な感覚が沈んでいく。
あの人形を出した時点で、こうなる可能性はあった。分かっていたはずなのに。
「……もういい」
短く言う。
「今日動く」
「今日?」
壱太が目を瞬く。
「急じゃない?」
「急でもやる」
即答だった。
「これ以上広がる前に、終わらせる」
視線を上げる。
「朔也に連絡する」
通話をかける。
数コールで、繋がった。
『なに』
相変わらずの、気のない声。
「今どこだ」
『バイト帰り』
「チャーミー、持ってるか」
『持ってる』
間を置かずに返ってくる。
「何もなかったか」
『別に』
あっさりしたものだった。
『普通』
その一言に、昂夜は小さく息を吐く。
予想通りすぎて、逆に腹が立つ。
「今から神社行くぞ」
『いいよ』
軽い。
本当に、何も感じていないみたいに。
「場所、前に行ったとこな」
言いながら、ふと引っかかる。
朔也は少しだけ間を置いた。
『どこだっけ』
その返答に、司と壱太が同時に「え?」と声を漏らす。
「……は?」
昂夜だけは、驚かなかった。
「前、一緒に行っただろ」
『行ったっけ』
「行った」
断言する。
夜でも明かりのついている参道。整えられた砂利道。きちんと手入れされた境内の空気。はっきり覚えている。
けれど。
『覚えてない』
あっさりと、言い切られた。
「マジで?」
壱太が小声で言う。
「いや、そんなことある?」
「……」
司も黙ったまま、わずかに眉を寄せている。
違和感はある。けれど、それ以上は踏み込まない。ただの“忘れっぽさ”として処理している。
——まあ、そうだよな。
昂夜は内心で思う。
理由を知っているのは、自分だけだ。それをわざわざ説明するつもりもない。
「場所はこっちで送る」
短く言う。
『了解』
「人形、絶対手放すなよ」
『分かってる』
通話を切る。
「……大丈夫なんですか」
司が低く聞く。
「何が」
「朔也に預けて」
「大丈夫だろ」
昂夜は肩をすくめた。
「今までも問題なかった」
「それが一番怖いんですけどね」
小さくため息をつく。
壱太は少しだけ考えてから言った。
「でもさ、なんで朔也だけ平気なんだろうね」
「……さあな」
昂夜は曖昧に流す。
本当の理由を、口にする気はない。
「とにかく、行くぞ」
それだけ言って、車を走らせた。
街の明かりを抜けて、しばらく。やがて、落ち着いた住宅街の外れに出る。さらに進むと、開けた場所に出た。
夜でも灯りが点いている。きちんと整備された参道。まっすぐに伸びる石畳。手入れの行き届いた木々。
「……普通にちゃんとしてる神社だね」
壱太が少し安心したように言う。
「むしろこっちの方がいい」
司が静かに返す。
「中途半端な場所より、ちゃんと管理されている方が」
「まあな」
昂夜は短く答える。
視線を奥へ向ける。
拝殿の灯りが、静かに境内を照らしている。以前来たときと、変わらない。少なくとも、見た目は。
その入口の手前に、朔也が立っていた。
コンビニ袋を片手に、ぼんやりと境内を見ている。
「遅い」
こちらに気付くと、軽く言った。
「そっちが早いんだよ」
昂夜は車を降りながら返す。
「それ」
袋に視線を向ける。
「中?」
「うん」
朔也は何でもないように持ち上げる。
「特に何もなかった」
「そうかよ」
思わず呆れが混ざる。
司も小さくため息をついた。
「本当に何も?」
「何も」
即答。
「普通に置いてただけ」
「……はあ」
もはや言葉が出ない。
壱太は苦笑する。
「逆にすごいね」
「何が」
「いや、なんでも」
軽く流す。
そのやり取りを横目に、昂夜は境内を見る。
整えられた空気。静かで、澄んでいる。さっきまで感じていたざわつきが、ほんの少しだけ遠のく気がした。
「……行くぞ」
そう言って、一歩踏み出す。
石畳の上に、靴音が響く。
ここなら、終わらせられる。そう思う。
けれど。
胸の奥の違和感だけは、まだ消えていなかった。