怪異、お持ち帰り注意

 境内は静かだった。  夜でも灯りは落ちず、拝殿の前には柔らかな明かりが広がっている。砂利は均され、空気も澄んでいた。その整い方が、かえって不気味なくらいだった。
「……こっちです」
 社務所から出てきた神職に案内され、昂夜たちは焼納の場所へ向かう。  詳しいことは話していない。ただ、処分したい人形があると伝えただけだ。
「袋のままで構いませんので」
「はい」
 昂夜は朔也からコンビニ袋を受け取った。中に入ったチャーミーは妙に軽かった。引っかかったが、ここで開ける気にはなれない。
 焼納の場には、すでに木札や古いお守りやぬいぐるみがまとめられていた。  その中に袋ごと置く。
「……なんか、普通だね」  壱太が小さく言う。
「そういう場所じゃないです」  司が低く返した。 「本来は」
 神職が手際よく供物を整え、火を入れる。  ぱち、と小さな音がして、炎が上がった。
 最初は穏やかだった。  紙が燃え、木が焦げ、形が崩れていく。よくある光景のはずだった。
「……おかしくないか」
 昂夜が呟く。  袋は燃えている。外側は縮み、黒く変色し、中へ火も移っている。  なのに。
「何がです?」  司がすぐ反応する。
「中」
 炎の奥、チャーミーの形だけが残っていた。  焼けているはずなのに、崩れない。
「……」  司も黙る。
「え、どれ?」  壱太が少し身を乗り出す。 「普通に燃えてない?」
「いや——」
 言いかけた時だった。  壱太の手が、無意識に火の方へ伸びる。
「壱太」
 声をかけても反応がない。  視線は炎の一点に固定されたままだった。
「……それ、俺のだよね」
 ぽつりと呟く。  いつもの調子なのに、どこか違う。
「何言って——」
 言い終わる前に、壱太が一歩踏み出す。  明らかに取りに行こうとしていた。
「やめろ」
 昂夜は腕を掴んだ。  壱太はその場で止まったが、強く抵抗する。
「ちょっと、離してよ」
「離さねぇ」
「それ、俺のだって」
 視線は炎から外れない。
「違うだろ。もう終わりだ」
「終わってないよ」
 即答だった。
「まだあそこにあるじゃん」
 炎の中を指差す。  たしかに、形だけは残っている。それが余計にまずい。
「壱太」  司が一歩前に出る。 「それ、触ったらダメです」
「なんで?」
「分かるでしょう」
「分かんないよ」
 壱太は笑った。  いつもの口調なのに、目は笑っていない。
「別に平気でしょ」
「平気じゃない」  司が言い切る。 「さっきからおかしいです」
「おかしくないって。ただ、持ってた方がいいだけ」
 その言葉に、空気が冷えた。  昂夜はさらに強く腕を掴む。手を離したら取り返しがつかない。それだけははっきりしていた。
「別に普通じゃん」
 後ろから声がした。  朔也だった。
「何がですか」  司が振り返る。
「燃えてるし」  朔也は淡々と言う。 「どこが変なの」
 誰もすぐには返せなかった。  見えているものが違う。
「……見えてないのか」  昂夜が低く呟く。
「何が」
 朔也は首をかしげた。  本当に分かっていない顔だった。
 その間にも、炎は燃え続ける。  周囲の供物は崩れていくのに、中央のそれだけが形を保ったまま残っている。
「……っ」
 壱太がもう一度前に出ようとする。
「離してって」
「ダメだ」  昂夜は即答する。 「終わるまで、絶対に」
 炎がわずかに揺れる。  その奥で、チャーミーの顔がこちらを見ている気がした。
 錯覚かどうかも分からないまま、誰も目を逸らせなかった。