怪異、お持ち帰り注意

 撮影用のライトが、テーブルの上を白く照らしていた。
ファミレスの一角。周囲の雑音をなるべく拾わないように、端の席を選んでいる。昼と夜の境目みたいな時間帯で、店内は半端に静かだった。
「はい、じゃあ回してるぞ」
昂夜がカメラの角度を微調整しながら言う。
「音大丈夫です」
少し離れた席から、司が小さく返す。イヤホンを片耳に差して、波形を確認している。
「照明も問題ないよー」
朔也は壁際に寄りかかりながら、気のない声で言った。やる気があるのかないのか分からない態度だが、最低限のチェックはしている。
「じゃあいくよー」
壱太がぱん、と軽く手を叩く。
その明るさに、場の空気が少しだけ和らぐ。
「はい、どうもー」
カメラに向かって、いつもの調子で笑う。
「今回はちょっと変わり種です。というか、だいぶヤバいかもしれないやつ」
「軽く言うなよ」
横から昂夜が苦笑する。
「いやだって、そうじゃん」
壱太は肩をすくめた。
「“可愛がった人が死ぬ人形”って、普通にアウトでしょ」
「アウトなのにやってるからな」
「それは昂夜がOKしたからでしょ」
「……一回だけだからな」
釘を刺すように言う。
壱太は「はいはい」と軽く流して、テーブルの上に置かれた包みを見る。
「というわけで、これ」
ゆっくりと紙を開く。
中から現れたのは、小さな人形。
古びてはいるが、作り自体は丁寧だ。丸い目と、わずかに上がった口元。確かに“可愛い”部類に入る。
「名前は“チャーミー”」
「誰がつけたんだよ、それ」
「施設の人らしいよ」
壱太は人形を持ち上げて、カメラに近づける。
「某介護施設で、めちゃくちゃ可愛がられてた人形なんだけど」
そこで一拍置く。
「その“可愛がってた人”が、ほとんど死んでるらしい」
軽い口調のまま、内容だけが重い。
「で、何回も処分されてるんだけど」
昂夜が続ける。
「気付くと、また施設に戻ってる」
「怖いねー」
壱太が笑う。
笑いながら、指先で人形の頭を軽く撫でた。
その動きが、ほんの一瞬だけ引っかかった。
昂夜は言葉を続けながら、視線だけをそちらに向ける。
「今回はこれを——」
言いかけて、やめる。
壱太は気付いていない。普通に、自然に。そのまま人形を自分の脇に抱え込んでいた。
まるで、最初からそうしていたみたいに。
「……壱太」
「ん?」
「それ」
「どれ?」
きょとんとした顔で見返す。
自分の腕の中を見て、少しだけ首をかしげた。
「あー、これ?」
チャーミーを軽く持ち上げる。
「なんかさ、持ちやすいんだよね」
悪びれもなく笑う。
その言い方が、妙に自然すぎた。
「置いとけよ」
昂夜はできるだけ軽く言う。
「映りにくいだろ」
「そう?」
言いながらも、壱太は素直にテーブルへ戻す。
ぽん、と。
何でもない動作。
それなのに、その一連の流れが妙に引っかかった。
——今、いつから持ってた?
思い出そうとして、うまく繋がらない。
「はい、じゃあ続きいきまーす」
壱太は何事もなかったように仕切り直す。
昂夜も、それ以上は言わなかった。
撮影はそのまま進む。特に大きなトラブルもなく。予定していた内容を一通り終えて。
「はい、カット」
司の声で、空気が緩む。
「おつかれー」
壱太が伸びをする。
「今回いい感じじゃない?」
「素材は問題ないです」
司が機材を確認しながら答える。
朔也はスマホをいじったまま、ちらっとだけテーブルを見る。
「……また持ってる」
ぽつりと呟いた。
「え?」
昂夜が振り返る。
壱太は、さっきと同じように。ごく自然に。チャーミーを脇に抱えていた。
「……あれ?」
自分でも気付いたらしく、手元を見る。
「え、なんで?」
笑いながら言う。冗談みたいに。
「さっき置いたよね?」
「置いた」
昂夜は即答する。
「俺も見てた」
司の声が、少し低い。
「……じゃあ誰が」
言いかけて、止まる。
誰も動いていない。少なくとも、目に見える範囲では。
「……まあ、いいか」
壱太が軽く笑う。
そのまま、またテーブルに戻す。
「なんかクセになってるのかも」
「クセで済ませるな」
昂夜は短く言う。
けれど、壱太は気にした様子もない。それが、逆に気味が悪かった。
違和感は、小さい。説明もつかない。
それでも、確実にどこかがおかしい。
——こんな始まり方、だったか。
昂夜は無意識に、人形から視線を外した。
見続けるのが、よくない気がしたからだ。
その判断が正しいのかどうか。まだ、誰にも分からなかった。