怪異、お持ち帰り注意

「はい、カット」
 司の声で空気が緩む。  壱太が伸びをした。
「おつかれー。今回いい感じじゃない?」
「素材は問題ないです」
 司が機材を確認する。  テーブルの上にはチャーミーが置かれていた。撮影は何事もなく終わった。けれど、何も起きなかったことが逆に引っかかる。
 朔也がスマホから目を上げた。
「……また持ってる」
「え?」
 昂夜が振り向く。  壱太はごく自然にチャーミーを脇へ抱えていた。
「……あれ? え、なんで?」
「さっき置いたよね?」  昂夜が言う。
「置いた」  司も低く返す。 「俺も見てました」
 誰も動いていない。少なくとも見える範囲では。  壱太は困ったように笑って、また人形をテーブルへ戻した。
「なんか持ちやすいんだよね」
 ぽん、と軽い音。  それだけの動作が妙に気味悪い。
「……とりあえず」  司が口を開く。 「データを先に回収します。人形は触らないで」
 機材を片づけ、メモリーカードを抜き、ノートパソコンへ移す。いつも通りの手順だ。だからこそ、その手際のよさが少しだけ場を落ち着かせた。
「編集、今やるのか」  昂夜が聞く。
「最低限だけならすぐ終わります。今夜のうちに上げた方が流れもいいですし」
「じゃあ俺サムネ考える」  壱太が言う。
 声はいつも通りだったが、ときどき視線が人形へ吸われるのを昂夜は見ていた。  朔也は壁際にもたれたまま、興味なさそうに編集画面を眺めている。人形だけがテーブルの中央でじっとしていた。
 作業は思ったより早く終わった。  司が素材を繋ぎ、昂夜が確認し、壱太が概要欄を整える。違うのは、誰も人形へ触れないことだけだった。
「アップしました」
 公開直後はいつも通りだった。  再生数が伸び、コメントが増える。壱太が楽しそうに読み上げる。
「かわいい、だって。やっぱ見た目は強いね」
「そういう問題じゃないだろ」  昂夜は苦い顔をした。
 けれど、二日目の夜あたりから妙なコメントが混ざり始めた。
「……これ、見ました?」  司がスマホを差し出す。
 昂夜は受け取ってスクロールする。
 かわいい。  ずっと見てたい。  なんか落ち着く。
 そこまではいい。  問題は、その後だった。
 昨日からずっと頭から離れない。  気付いたら同じ動画ループしてる。  夢に出てきた。
「……増えてるな」  昂夜が低く呟く。
「時間帯も偏ってます」  司が言う。 「深夜に一気に増えてる。しかも内容が似すぎてる」
「バズってるだけじゃないの?」  壱太は言ったが、声には迷いが混じっていた。
「バズり方が気持ち悪いんです。自然じゃない」
 昂夜は無言で画面を閉じた。  あの人形を出した時点で、こうなる可能性はあった。分かっていたはずなのに。
「……もういい。今日動く」
「今日?」  壱太が目を瞬く。 「急じゃない?」
「急でもやる。これ以上広がる前に終わらせる」
 昂夜は朔也へ電話をかけた。数コールで繋がる。
『なに』
「今どこだ」
『バイト帰り』
「チャーミー、持ってるか」
『持ってる』
「何もなかったか」
『別に。普通』
 その一言に、昂夜は小さく息を吐く。予想通りすぎて逆に腹が立つ。
「今から神社行くぞ」
『いいよ』
 軽い。本当に、何も感じていないみたいに。
「場所、前に行ったとこな」
 言いながら、ふと引っかかる。  朔也は少し間を置いた。
『どこだっけ』
 その返答に、司と壱太が同時に「え?」と声を漏らす。
「……前、一緒に行っただろ」
『行ったっけ』
「行った」
 昂夜だけは驚かなかった。  夜でも明かりのついた参道も、整えられた砂利道も、澄んだ境内の空気も、はっきり覚えている。
『覚えてない』
 あっさり言い切られる。  壱太が小声で「マジで?」と呟き、司も黙ったまま眉を寄せた。  違和感はある。けれど、それ以上は踏み込まない。ただの忘れっぽさとして処理している。
 理由を知っているのは自分だけだ。  昂夜はそれを口にしなかった。
「場所はこっちで送る。人形、絶対手放すなよ」
『分かってる』
 通話を切る。
「……大丈夫なんですか」  司が低く聞く。
「何が」
「朔也に預けて」
「大丈夫だろ。今までも問題なかった」
「それが一番怖いんですけどね」  司が小さくため息をつく。
 壱太が少し考えてから言った。
「でもさ、なんで朔也だけ平気なんだろうね」
「……さあな」
 昂夜は曖昧に流した。本当の理由を、口にする気はない。
「とにかく、行くぞ」
 それだけ言って、車を走らせた。