怪異、お持ち帰り注意

 その日の撮影は、久しぶりに拍子抜けするくらい平和だった。
 昼過ぎから向かったのは、市内の外れにある小さな公園と、近くの遊歩道沿いの古びた石碑。いわゆる“出る”と噂されるほどの場所ではなく、地元のSNSでたまに名前が上がる程度の、軽いオカルトスポットだった。
「今日はだいぶライトだな」
 機材を肩にかけた昂夜が言うと、壱太がすぐに頷く。
「たまにはこういうのも必要だよ。毎回毎回ほんとにヤバいのだと、こっちの寿命が先に尽きるし」
「それはそう」
 司はカメラの設定を確認しながら、珍しく否定しなかった。
 朔也は少し離れた場所で、石碑の前にしゃがんでいる。  何かを感じ取ろうとしているというより、ただ風化した文字の残り方を眺めているような顔だった。
「今日のは普通に撮れそうですね」
 司がそう言う。
「普通、っていいな」
 昂夜は小さく息を吐いた。
 オルゴールの件が頭の隅にあるせいで、こういう何でもないロケの空気がやけにありがたく思える。軽い曰くを拾って、冗談を交えながら動画用のコメントを回し、何事もなく終わる。たったそれだけのことなのに、今日は少し救いみたいだった。
 撮影そのものは順調だった。  壱太が軽口を叩き、昂夜がそれに突っ込みながら怪談寄りの解説を入れる。司は必要な画を淡々と押さえ、朔也はたまに気づいたことをぽつりと足す。
 いつもの四人の形だ。
 オカルト軽め、怪異も薄め。  妙な寒気もなければ、機材に変なノイズが入ることもない。  むしろ、そんな当たり前が今はありがたい。
「おつかれー」
 最後のカットを撮り終えた壱太が、伸びをしながら言う。 「今日ほんと平和だったね」
「毎回こうなら助かるんですけどね」
 司が機材を片づけながら返す。
「でも、こういう日に限って帰ったら別件が待ってるんだよな」
 昂夜がぼそっと言うと、壱太の笑いが少しだけ引いた。
「……やめてよ、それ」
 誰も口にはしない。  けれど、全員の頭に同じものがあるのは分かった。
 今夜だ。  三夜目。
 そのまま解散する頃には、空はすっかり夕方へ傾いていた。
 朔也はいつものように「先帰る」とだけ言って駅の方へ向かい、壱太は「生きてたらまた明日」とわざと軽い調子で手を振った。司は最後に昂夜へ視線を向ける。
「今夜、何かあればすぐ連絡してください」
「分かってるよ」
「本当に、すぐです」
「分かってるって」
 司はそれでも少しだけ言い足りなさそうな顔をしたが、やがて小さく頷いた。