古物屋は、商店街の外れにひっそりとあった。
昔ながらの時計店か何かだったらしい細長い店構えで、今は色褪せた木枠の引き戸に「古道具・雑貨」とだけ控えめな文字が残っている。ガラス越しに見える店内は薄暗く、昼間だというのに奥の方がよく見えなかった。
「ここ?」
壱太が店先で立ち止まり、小さく声をひそめる。
「ほんとにここで合ってる?」
「店の名前も場所も、おっちゃんの言ってた通りです」
司がスマホのメモを確認しながら答えた。
パチンコ屋で朔也に妙な話をしてきた歯の抜けたおっちゃんの情報は、意外なほど具体的だった。古い洋館が取り壊された時に出てきたオルゴール。それが今、この店に流れているかもしれない。話としてはかなり胡散臭い。だが、だからといって放っておくには、もう昂夜たちはあまりに色々経験しすぎていた。
「ま、見るだけ見ればいいだろ」
朔也がそう言って先に引き戸へ手をかける。
「それで済んだこと、あんまないけどな」
昂夜が低く返すと、壱太が「それはそう」と苦笑した。
店内へ入った瞬間、空気がひやりと変わった。
木と埃と、古びた布の匂いが混ざっている。所狭しと並べられた棚には、陶器の人形、時計、古いランプ、ガラス瓶、額縁、真鍮の小物、使い道の分からない金具まで雑多に置かれていた。奥から年配の店主らしき男がゆっくり顔を上げる。
「いらっしゃい」
落ち着いた、覇気の薄い声だった。
朔也はまっすぐカウンターへ近づく。
「オルゴール、ある?」
店主は一瞬だけ目を細めた。
「……どれを探してる」
「洋館から出たやつ」
その言い方に、昂夜は横で少しだけ眉を寄せた。 もう少し濁せよ、と思う。 だが朔也はそういうところがない。
店主はしばらく何も言わなかった。 それから、店の奥を顎で示す。
「あるにはある」
「見せて」
「すすめはしないけどな」
その一言で、四人の足が少しだけ止まる。
壱太が小さく「うわ」と呟き、司は露骨に嫌そうな顔をした。
「なぜですか」
司が聞く。
店主は肩をすくめる。
「買いたがる人間はいる。でも、見たあとでやめるのが多い」
「見たあとで?」
昂夜が低く聞き返す。
「なんとなく嫌な感じがするってな」
店主はそれ以上説明しなかった。
奥の棚の一番下から、小さな木箱が取り出される。布に包まれていて、店主の手つきはやけに丁寧だった。
そのままカウンターの上へ置かれ、布が外される。
「……これか」
朔也がぽつりと呟く。
それは、手のひらより少し大きいくらいのオルゴールだった。
白木に近い淡い色合いの木箱で、角には小さな金具が打たれている。派手な装飾はないが、蓋の縁にだけ細い花模様が彫られていた。色褪せているのに、どこか上品だ。蓋の上には、小さな青い花が一輪だけ描かれている。
「見た目は普通ですね……」
壱太が言う。
「普通すぎて逆にやだな」
司は何も言わず、まず箱全体を観察していた。
昂夜は、妙に目が離せなかった。
怖いとか、重いとか、そういう分かりやすい嫌さではない。 もっと静かな違和感だ。 誰かの部屋の隅で、ずっと長いこと待っていたものみたいな気配がある。
朔也が蓋へ手を伸ばしかけた瞬間、店主が言った。
「鳴らすなら、覚悟しとけ」
その声で、さすがに全員の動きが止まる。
「何があるんですか」
司が聞く。
店主は少しだけ考えるようにしてから、淡々と答えた。
「夢を見る、って話だ」
壱太がすぐに昂夜を見る。 昂夜も小さく息を吐いた。
やはりそういう類か。
「誰の夢かは分からん。ただ、手に取った人間が同じものを見るって話は聞いた」
「……買った人が?」
昂夜が聞く。
「さあな。うちは預かっただけだ。細かいことは知らん。ただ、鳴らしたがるやつほど長く持たない」
「持たないって」
壱太が思わず聞き返す。
「嫌になって返しに来るか、他所へ流すかってことだ」
店主はそう言ったきり、黙った。
沈黙の中で、朔也だけがまだオルゴールを見ている。
昂夜はその横顔を見て、嫌な予感が少し濃くなるのを感じた。
「やめとけ」
思わず口にしていた。
朔也が少しだけ目を動かす。
「まだ何もしてねえのに?」
「だからだよ」
「でも、これ」
朔也は蓋の縁へそっと指をかける。
「なんか、置いとく方が嫌な感じする」
その言い方に、昂夜は小さく舌打ちしたい気分になった。
またそれだ。 放っておく方が気持ち悪い。 朔也が呪物を拾う時の、あの感覚。
司もそれを分かっている顔で眉を寄せる。
「触るなら短時間にしてください」
「はいはい」
朔也は軽く返すと、ゆっくり蓋を開けた。
中には錆びた金属の機構が見えた。 蓋の裏には、小さく花の模様と、かすれた文字があった。名前の頭文字のようにも見えるが、はっきりとは読めない。
「鳴るのか」
壱太が小さく聞く。
朔也は底のねじを少し回した。
かちり、と小さな音がする。
次の瞬間、静かな旋律が流れ始めた。
古い子守歌みたいな音だった。
やさしい。けれど、やさしすぎて逆に寂しい。しかも途中で、一音だけ妙に薄い。音が欠けているというほどではないのに、流れの中のどこかがひっそり空いている感じがする。
昂夜はその音を聞いた瞬間、胸の奥がひやりとした。
懐かしいわけじゃない。 でも、知らない家の匂いを思い出しそうな感じがする。
曲はすぐに止まった。 短い。 短いのに、後味だけが長く残る。
「……やだなこれ」
壱太が本音そのままで言う。
「うん」 司も珍しく短く同意した。 「かなり嫌です」
店主は四人の顔を見て、何も言わなかった。
朔也だけが、オルゴールを閉じたあともまだ手を離さない。
「いくら」
その一言に、昂夜は即座に振り向いた。
「おい」
「だって」
「だってじゃねえよ」
「見たあとの方が嫌なんだろ」
「そういう問題か?」
「そういう問題だろ」
朔也は店主から値段を聞いて、財布を出す。 昂夜が止めるより早かった。
「……もう少し躊躇しろよ」
「躊躇してると他のやつが持ってくだろ」
「それを止めたいのは分かるけど、毎回雑なんだよ」
「でも来たんだから持ち帰るしかなくね」
「論理が飛んでる」
そう言いながらも、昂夜は止めきれない。
結局、オルゴールは朔也が持ち帰ることになった。
店を出る時、店主が最後にひとつだけ言った。
「鳴らすなら夜はやめとけ」
四人の足が止まる。
「夜に何かあるんですか」 司が聞く。
「さあな」 店主はやはり曖昧だった。 「でも、大抵そういうのは夜に近い方へ寄る」
その言い方がやけに妙で、昂夜は無意識に右耳へ手をやりかけた。 もう違和感はない。 ないのに、こういう一言だけで、体が勝手に前の呪物を思い出す。
商店街へ戻ると、空は少しだけ曇っていた。
「で、どうする?」 壱太が聞く。 「持って帰るのは決まりとして」
「配信部屋で様子見じゃ駄目か」
昂夜が言うと、司が少し考える顔をした。
「理想を言えば、音の検証もしたいです。ただ」
「ただ?」
「今はまだ二枚貝の件が完全に片づいていません」
その一言で、空気が少しだけ現実に戻る。
そうだった。 今の昂夜と朔也は、夜を別々に過ごすのがまだ危うい。だから、オルゴールを持ち帰るなら置き場所は自然と決まってくる。
「……じゃあ、朔也んとこか」
昂夜が低く言う。
壱太がすぐに目を丸くした。
「え、また?」
「まただよ」
「大変だねえ」
「他人事みたいに言うな」
「他人事だし」
壱太はあっさり返した。 司は横で小さくため息をつく。
「今日はもう変に鳴らさないでください」 司が言う。 「少なくとも、何が条件で夢を見るのか分かってないんですから」
「分かった」
朔也は意外なほど素直に頷いた。 その代わり、手に持ったオルゴールから視線を外さない。
昂夜はその様子を見て、小さく眉を寄せる。
「お前、それ」
「ん?」
「もうちょっと警戒しろよ」
「してる」
「してる顔じゃねえんだよ」
朔也は少しだけ笑った。
「でも、お前も気になってんだろ」
図星で、昂夜は返事に詰まる。
嫌な感じがする。 放っておきたくもない。 その両方がある。
そして一番厄介なのは、このオルゴールがただの怪異では終わらない気がしていることだった。
夢を見る呪物。 同じ夢。 忘れていたことを見せるかもしれないもの。
その言葉が、まだ何も起きていないのに胸の奥へ小さな棘みたいに引っかかっている。
夕方、朔也の部屋へ戻る道すがらも、オルゴールは一度も鳴らなかった。
なのに、部屋に入って机の上へ置かれた瞬間、その場の空気だけがわずかに重くなった気がした。
「……」
昂夜は無言でそれを見る。
「鳴らさないから」
朔也が言う。
「今日はな」
「明日は鳴らす気かよ」
「様子は見る」
「最悪」
壱太が「じゃあ今日はもう帰るね」と立ち上がる。 司も荷物をまとめながら、最後にもう一度だけ釘を刺した。
「変な夢を見たら、すぐ連絡してください。朝まで黙ってるとかやめてください」
「はいはい」
朔也が適当に返し、昂夜は「お前がちゃんと返事しろ」と横から小さく蹴りそうな目で睨んだ。
壱太と司が帰る。 部屋に残るのは、また昂夜と朔也、それから机の上のオルゴールだけになった。
日が落ちるにはまだ少し早い。 なのに、部屋の隅に置かれたそれは、もう夜を待っているように見えた。
昂夜はその静かな箱から、どうにも目を逸らせなかった。
昔ながらの時計店か何かだったらしい細長い店構えで、今は色褪せた木枠の引き戸に「古道具・雑貨」とだけ控えめな文字が残っている。ガラス越しに見える店内は薄暗く、昼間だというのに奥の方がよく見えなかった。
「ここ?」
壱太が店先で立ち止まり、小さく声をひそめる。
「ほんとにここで合ってる?」
「店の名前も場所も、おっちゃんの言ってた通りです」
司がスマホのメモを確認しながら答えた。
パチンコ屋で朔也に妙な話をしてきた歯の抜けたおっちゃんの情報は、意外なほど具体的だった。古い洋館が取り壊された時に出てきたオルゴール。それが今、この店に流れているかもしれない。話としてはかなり胡散臭い。だが、だからといって放っておくには、もう昂夜たちはあまりに色々経験しすぎていた。
「ま、見るだけ見ればいいだろ」
朔也がそう言って先に引き戸へ手をかける。
「それで済んだこと、あんまないけどな」
昂夜が低く返すと、壱太が「それはそう」と苦笑した。
店内へ入った瞬間、空気がひやりと変わった。
木と埃と、古びた布の匂いが混ざっている。所狭しと並べられた棚には、陶器の人形、時計、古いランプ、ガラス瓶、額縁、真鍮の小物、使い道の分からない金具まで雑多に置かれていた。奥から年配の店主らしき男がゆっくり顔を上げる。
「いらっしゃい」
落ち着いた、覇気の薄い声だった。
朔也はまっすぐカウンターへ近づく。
「オルゴール、ある?」
店主は一瞬だけ目を細めた。
「……どれを探してる」
「洋館から出たやつ」
その言い方に、昂夜は横で少しだけ眉を寄せた。 もう少し濁せよ、と思う。 だが朔也はそういうところがない。
店主はしばらく何も言わなかった。 それから、店の奥を顎で示す。
「あるにはある」
「見せて」
「すすめはしないけどな」
その一言で、四人の足が少しだけ止まる。
壱太が小さく「うわ」と呟き、司は露骨に嫌そうな顔をした。
「なぜですか」
司が聞く。
店主は肩をすくめる。
「買いたがる人間はいる。でも、見たあとでやめるのが多い」
「見たあとで?」
昂夜が低く聞き返す。
「なんとなく嫌な感じがするってな」
店主はそれ以上説明しなかった。
奥の棚の一番下から、小さな木箱が取り出される。布に包まれていて、店主の手つきはやけに丁寧だった。
そのままカウンターの上へ置かれ、布が外される。
「……これか」
朔也がぽつりと呟く。
それは、手のひらより少し大きいくらいのオルゴールだった。
白木に近い淡い色合いの木箱で、角には小さな金具が打たれている。派手な装飾はないが、蓋の縁にだけ細い花模様が彫られていた。色褪せているのに、どこか上品だ。蓋の上には、小さな青い花が一輪だけ描かれている。
「見た目は普通ですね……」
壱太が言う。
「普通すぎて逆にやだな」
司は何も言わず、まず箱全体を観察していた。
昂夜は、妙に目が離せなかった。
怖いとか、重いとか、そういう分かりやすい嫌さではない。 もっと静かな違和感だ。 誰かの部屋の隅で、ずっと長いこと待っていたものみたいな気配がある。
朔也が蓋へ手を伸ばしかけた瞬間、店主が言った。
「鳴らすなら、覚悟しとけ」
その声で、さすがに全員の動きが止まる。
「何があるんですか」
司が聞く。
店主は少しだけ考えるようにしてから、淡々と答えた。
「夢を見る、って話だ」
壱太がすぐに昂夜を見る。 昂夜も小さく息を吐いた。
やはりそういう類か。
「誰の夢かは分からん。ただ、手に取った人間が同じものを見るって話は聞いた」
「……買った人が?」
昂夜が聞く。
「さあな。うちは預かっただけだ。細かいことは知らん。ただ、鳴らしたがるやつほど長く持たない」
「持たないって」
壱太が思わず聞き返す。
「嫌になって返しに来るか、他所へ流すかってことだ」
店主はそう言ったきり、黙った。
沈黙の中で、朔也だけがまだオルゴールを見ている。
昂夜はその横顔を見て、嫌な予感が少し濃くなるのを感じた。
「やめとけ」
思わず口にしていた。
朔也が少しだけ目を動かす。
「まだ何もしてねえのに?」
「だからだよ」
「でも、これ」
朔也は蓋の縁へそっと指をかける。
「なんか、置いとく方が嫌な感じする」
その言い方に、昂夜は小さく舌打ちしたい気分になった。
またそれだ。 放っておく方が気持ち悪い。 朔也が呪物を拾う時の、あの感覚。
司もそれを分かっている顔で眉を寄せる。
「触るなら短時間にしてください」
「はいはい」
朔也は軽く返すと、ゆっくり蓋を開けた。
中には錆びた金属の機構が見えた。 蓋の裏には、小さく花の模様と、かすれた文字があった。名前の頭文字のようにも見えるが、はっきりとは読めない。
「鳴るのか」
壱太が小さく聞く。
朔也は底のねじを少し回した。
かちり、と小さな音がする。
次の瞬間、静かな旋律が流れ始めた。
古い子守歌みたいな音だった。
やさしい。けれど、やさしすぎて逆に寂しい。しかも途中で、一音だけ妙に薄い。音が欠けているというほどではないのに、流れの中のどこかがひっそり空いている感じがする。
昂夜はその音を聞いた瞬間、胸の奥がひやりとした。
懐かしいわけじゃない。 でも、知らない家の匂いを思い出しそうな感じがする。
曲はすぐに止まった。 短い。 短いのに、後味だけが長く残る。
「……やだなこれ」
壱太が本音そのままで言う。
「うん」 司も珍しく短く同意した。 「かなり嫌です」
店主は四人の顔を見て、何も言わなかった。
朔也だけが、オルゴールを閉じたあともまだ手を離さない。
「いくら」
その一言に、昂夜は即座に振り向いた。
「おい」
「だって」
「だってじゃねえよ」
「見たあとの方が嫌なんだろ」
「そういう問題か?」
「そういう問題だろ」
朔也は店主から値段を聞いて、財布を出す。 昂夜が止めるより早かった。
「……もう少し躊躇しろよ」
「躊躇してると他のやつが持ってくだろ」
「それを止めたいのは分かるけど、毎回雑なんだよ」
「でも来たんだから持ち帰るしかなくね」
「論理が飛んでる」
そう言いながらも、昂夜は止めきれない。
結局、オルゴールは朔也が持ち帰ることになった。
店を出る時、店主が最後にひとつだけ言った。
「鳴らすなら夜はやめとけ」
四人の足が止まる。
「夜に何かあるんですか」 司が聞く。
「さあな」 店主はやはり曖昧だった。 「でも、大抵そういうのは夜に近い方へ寄る」
その言い方がやけに妙で、昂夜は無意識に右耳へ手をやりかけた。 もう違和感はない。 ないのに、こういう一言だけで、体が勝手に前の呪物を思い出す。
商店街へ戻ると、空は少しだけ曇っていた。
「で、どうする?」 壱太が聞く。 「持って帰るのは決まりとして」
「配信部屋で様子見じゃ駄目か」
昂夜が言うと、司が少し考える顔をした。
「理想を言えば、音の検証もしたいです。ただ」
「ただ?」
「今はまだ二枚貝の件が完全に片づいていません」
その一言で、空気が少しだけ現実に戻る。
そうだった。 今の昂夜と朔也は、夜を別々に過ごすのがまだ危うい。だから、オルゴールを持ち帰るなら置き場所は自然と決まってくる。
「……じゃあ、朔也んとこか」
昂夜が低く言う。
壱太がすぐに目を丸くした。
「え、また?」
「まただよ」
「大変だねえ」
「他人事みたいに言うな」
「他人事だし」
壱太はあっさり返した。 司は横で小さくため息をつく。
「今日はもう変に鳴らさないでください」 司が言う。 「少なくとも、何が条件で夢を見るのか分かってないんですから」
「分かった」
朔也は意外なほど素直に頷いた。 その代わり、手に持ったオルゴールから視線を外さない。
昂夜はその様子を見て、小さく眉を寄せる。
「お前、それ」
「ん?」
「もうちょっと警戒しろよ」
「してる」
「してる顔じゃねえんだよ」
朔也は少しだけ笑った。
「でも、お前も気になってんだろ」
図星で、昂夜は返事に詰まる。
嫌な感じがする。 放っておきたくもない。 その両方がある。
そして一番厄介なのは、このオルゴールがただの怪異では終わらない気がしていることだった。
夢を見る呪物。 同じ夢。 忘れていたことを見せるかもしれないもの。
その言葉が、まだ何も起きていないのに胸の奥へ小さな棘みたいに引っかかっている。
夕方、朔也の部屋へ戻る道すがらも、オルゴールは一度も鳴らなかった。
なのに、部屋に入って机の上へ置かれた瞬間、その場の空気だけがわずかに重くなった気がした。
「……」
昂夜は無言でそれを見る。
「鳴らさないから」
朔也が言う。
「今日はな」
「明日は鳴らす気かよ」
「様子は見る」
「最悪」
壱太が「じゃあ今日はもう帰るね」と立ち上がる。 司も荷物をまとめながら、最後にもう一度だけ釘を刺した。
「変な夢を見たら、すぐ連絡してください。朝まで黙ってるとかやめてください」
「はいはい」
朔也が適当に返し、昂夜は「お前がちゃんと返事しろ」と横から小さく蹴りそうな目で睨んだ。
壱太と司が帰る。 部屋に残るのは、また昂夜と朔也、それから机の上のオルゴールだけになった。
日が落ちるにはまだ少し早い。 なのに、部屋の隅に置かれたそれは、もう夜を待っているように見えた。
昂夜はその静かな箱から、どうにも目を逸らせなかった。
