——思い出せないだけで。
その感覚が、喉の奥に引っかかる。
言葉にしようとすると逃げるくせに、確かにそこにある違和感。
朔也はそんな空気を気にする様子もなく、包みを指で軽く叩いた。
「開けるぞ」
「……ここでかよ」
「どうせ開けるだろ」
短いやり取り。止める理由も、もう見つからない。
紙が破れる音がした。
中から現れたのは——
「……人形?」
壱太が思わず声を上げる。
テーブルの上に置かれたそれは、手のひらに収まるくらいの小さな人形だった。
布で作られた、素朴な造り。丸い頭に刺繍の目。少し歪んだ口元。
どこにでもありそうな見た目なのに、妙に目が離せない。
「名前ついてるらしいぞ」
朔也があっさり言う。
「“チャーミー”」
「いや、かわいさに寄せすぎだろ」
壱太が苦笑する。
「逆に怖いって、それ」
「元は介護施設にあったやつ」
朔也はポテトをつまみながら続ける。
「入居者が世話してたらしい。抱いたり、話しかけたり」
「まあ、そういうのあるよね」
壱太が頷く。
「癒し系のやつでしょ?」
「最初はな」
そこで、わずかに間が空く。
声色は変わらない。けれど、その内容だけが静かに温度を下げる。
「可愛がってたやつ、だいたい死んだらしい」
一瞬、誰も何も言わなかった。
「……は?」
司が眉をひそめる。
「“だいたい”って何ですか」
「そのまま」
朔也は肩をすくめる。
「関わったやつが、順番に死ぬ」
「いやいや、それは……」
壱太が笑おうとして、笑いきれない。
「偶然でしょ?」
「かもな」
否定しない。それが逆に気味が悪い。
「で、何回か処分されたらしいけど」
朔也は人形を軽く持ち上げる。無造作に、ただの物みたいに。
「数日後には戻ってくる」
「……どこに」
壱太の声が少し小さくなる。
「元の施設に」
即答だった。
「誰も持ち帰ってないのに、気付いたら同じ場所にある」
沈黙が落ちる。周囲のざわめきが遠くなる。
「……それを」
司がゆっくりと言う。
「どうやって手に入れたんですか」
「バイト先の先輩から」
朔也はあっさり答えた。
「その人の親戚がその施設に勤めてて、処分頼まれたらしい」
「まともな判断ですね」
「でも面倒だからって、俺に回ってきた」
「受け取るなよ」
昂夜が即座に言う。
「断れただろ」
「面白そうだったし」
それで終わり、という顔。いつも通りだ。
それが余計に引っかかる。
「……触ってるのか」
昂夜が問う。
「触ってる」
「で?」
「別に何も」
本当に、何も感じていない顔。
それが一番おかしい。普通なら、もっと何かあるはずなのに。
「可愛がったら死ぬ、ねえ……」
壱太が距離を取りながら覗き込む。
「じゃあ逆に、放置しとけばいいの?」
「どうだろうな」
朔也は興味なさそうに言う。
「でも、戻ってくるってことは」
少しだけ視線を落とす。
「“帰る場所”があるってことだろ」
「場所?」
「元いた場所」
昂夜は人形を見る。
違和感は確かにある。けれどそれは、人形そのものというより——
昂夜は無意識に、少しだけ身を引く。
「……これ」
視線を逸らさないまま、言う。
「そのまま持ってるの、やめた方がいい」
「なんで」
朔也はあっさり返す。
「なんでって……」
言葉を選ぶ。はっきりとした理由は説明できない。けれど、放っておいていいものじゃないことだけは分かる。
「普通に危ないだろ」
「死ぬやつだし?」
壱太が苦笑混じりに言う。
「笑えないからな、それ」
「処分頼まれてるんですよね」
司が静かに口を挟む。
「だったら、さっさと手放した方がいい」
昂夜は小さく頷いた。
「……神社、持ってくか」
「お焚き上げってやつ?」
壱太が反応する。
「まあ、それが無難だろ」
「それがいいです」
司もすぐに同意する。
「素人が持っていていいものではありません」
空気が、少しだけまとまる。“どうするか”の方向が決まる。そのはずだった。
「いいけど」
朔也が、あっさり言った。
全員の視線が集まる。
「その前にさ」
袋の上から、人形を軽く叩く。
「動画にするだろ」
一瞬、意味が分からなかった。
「……は?」
昂夜が眉をひそめる。
「紹介してからでいいじゃん」
当たり前みたいに言う。
「せっかくネタになるのに、何もしないで処分すんのもったいなくね」
「いやいやいや」
壱太が即座に手を振る。
「それ、完全にアウトなやつでしょ」
「アウトって?」
「死ぬやつだよ!? 可愛がったら死ぬって言ったじゃん!」
「可愛がらなきゃいいだろ」
あまりにも軽い。話にならないレベルで。
「そういう問題じゃないです」
司の声が少しだけ強くなる。
「リスクがはっきりしているものを、わざわざ公開する必要はないでしょう」
「でも見たいだろ、そういうの」
朔也は淡々と返す。
視聴者のことを言っているのか、自分のことを言っているのか分からない。たぶん、両方だ。
「昂夜のチャンネル的にも合ってるし」
「……」
昂夜はすぐに答えなかった。
確かに、ネタとしては強い。“実際に人が死んでるかもしれない呪物”。再生数は伸びるだろう。
けれど。
「やめとけ」
短く言う。
「普通に危ない」
「何が」
「何がって……」
言葉に詰まる。説明できる種類の危険じゃない。それでも、確実に“良くない”。
「俺はこういうの平気だし」
朔也が言った。
あまりにも自然に。
「今までも問題なかっただろ」
「それは——」
否定しきれない。
実際、朔也はこれまでどんな呪物にも影響されていない。少なくとも、目に見える形では。
「今回も同じだろ」
軽く言い切る。そこに迷いはない。だからこそ、余計に引っかかる。
「……お前が平気でも」
昂夜は低く言う。
「周りが平気とは限らねぇだろ」
一瞬、空気が止まる。
壱太が小さく息を呑む。司も何も言わない。
朔也だけが、少しだけ考えるように視線を落とした。ほんの一瞬。それだけ。
「じゃあさ」
顔を上げる。
「昂夜、見ててよ」
「……は?」
「危なそうだったら止めろ」
あっさりと言う。
「それでいいだろ」
雑な理屈だった。けれど、完全に間違っているとも言い切れない。
「俺は触るし、紹介する」
淡々と続ける。
「で、やばかったらそのまま神社持ってけばいい」
「……お前な」
「合理的だろ」
軽く笑う。
まるで、本当に大したことじゃないみたいに。
昂夜はしばらく黙った。視線を落とし、テーブルの上を見る。そこには何もない。けれど、さっき感じた“何か”だけが、まだ残っている。
——本当に、大丈夫か。
問いは浮かぶ。けれど、完全に止める理由も、決定打もない。
「……一回だけだぞ」
気付けば、そう言っていた。
壱太が「えっ」と声を上げる。
「いやいや、マジでやるの?」
「様子見るだけだ」
自分に言い聞かせるみたいに言う。
「変だったら即やめる」
「絶対だよ?」
「分かってる」
司が深く息を吐く。
「……責任持って止めてくださいね」
「ああ」
短く答える。
そのやり取りを見て、朔也は満足そうに頷いた。
「じゃあ決まり」
軽い一言。
それで全部が進み出す。まだ何も起きていないのに、どこかで、もう引き返せない気がした。
その感覚が、喉の奥に引っかかる。
言葉にしようとすると逃げるくせに、確かにそこにある違和感。
朔也はそんな空気を気にする様子もなく、包みを指で軽く叩いた。
「開けるぞ」
「……ここでかよ」
「どうせ開けるだろ」
短いやり取り。止める理由も、もう見つからない。
紙が破れる音がした。
中から現れたのは——
「……人形?」
壱太が思わず声を上げる。
テーブルの上に置かれたそれは、手のひらに収まるくらいの小さな人形だった。
布で作られた、素朴な造り。丸い頭に刺繍の目。少し歪んだ口元。
どこにでもありそうな見た目なのに、妙に目が離せない。
「名前ついてるらしいぞ」
朔也があっさり言う。
「“チャーミー”」
「いや、かわいさに寄せすぎだろ」
壱太が苦笑する。
「逆に怖いって、それ」
「元は介護施設にあったやつ」
朔也はポテトをつまみながら続ける。
「入居者が世話してたらしい。抱いたり、話しかけたり」
「まあ、そういうのあるよね」
壱太が頷く。
「癒し系のやつでしょ?」
「最初はな」
そこで、わずかに間が空く。
声色は変わらない。けれど、その内容だけが静かに温度を下げる。
「可愛がってたやつ、だいたい死んだらしい」
一瞬、誰も何も言わなかった。
「……は?」
司が眉をひそめる。
「“だいたい”って何ですか」
「そのまま」
朔也は肩をすくめる。
「関わったやつが、順番に死ぬ」
「いやいや、それは……」
壱太が笑おうとして、笑いきれない。
「偶然でしょ?」
「かもな」
否定しない。それが逆に気味が悪い。
「で、何回か処分されたらしいけど」
朔也は人形を軽く持ち上げる。無造作に、ただの物みたいに。
「数日後には戻ってくる」
「……どこに」
壱太の声が少し小さくなる。
「元の施設に」
即答だった。
「誰も持ち帰ってないのに、気付いたら同じ場所にある」
沈黙が落ちる。周囲のざわめきが遠くなる。
「……それを」
司がゆっくりと言う。
「どうやって手に入れたんですか」
「バイト先の先輩から」
朔也はあっさり答えた。
「その人の親戚がその施設に勤めてて、処分頼まれたらしい」
「まともな判断ですね」
「でも面倒だからって、俺に回ってきた」
「受け取るなよ」
昂夜が即座に言う。
「断れただろ」
「面白そうだったし」
それで終わり、という顔。いつも通りだ。
それが余計に引っかかる。
「……触ってるのか」
昂夜が問う。
「触ってる」
「で?」
「別に何も」
本当に、何も感じていない顔。
それが一番おかしい。普通なら、もっと何かあるはずなのに。
「可愛がったら死ぬ、ねえ……」
壱太が距離を取りながら覗き込む。
「じゃあ逆に、放置しとけばいいの?」
「どうだろうな」
朔也は興味なさそうに言う。
「でも、戻ってくるってことは」
少しだけ視線を落とす。
「“帰る場所”があるってことだろ」
「場所?」
「元いた場所」
昂夜は人形を見る。
違和感は確かにある。けれどそれは、人形そのものというより——
昂夜は無意識に、少しだけ身を引く。
「……これ」
視線を逸らさないまま、言う。
「そのまま持ってるの、やめた方がいい」
「なんで」
朔也はあっさり返す。
「なんでって……」
言葉を選ぶ。はっきりとした理由は説明できない。けれど、放っておいていいものじゃないことだけは分かる。
「普通に危ないだろ」
「死ぬやつだし?」
壱太が苦笑混じりに言う。
「笑えないからな、それ」
「処分頼まれてるんですよね」
司が静かに口を挟む。
「だったら、さっさと手放した方がいい」
昂夜は小さく頷いた。
「……神社、持ってくか」
「お焚き上げってやつ?」
壱太が反応する。
「まあ、それが無難だろ」
「それがいいです」
司もすぐに同意する。
「素人が持っていていいものではありません」
空気が、少しだけまとまる。“どうするか”の方向が決まる。そのはずだった。
「いいけど」
朔也が、あっさり言った。
全員の視線が集まる。
「その前にさ」
袋の上から、人形を軽く叩く。
「動画にするだろ」
一瞬、意味が分からなかった。
「……は?」
昂夜が眉をひそめる。
「紹介してからでいいじゃん」
当たり前みたいに言う。
「せっかくネタになるのに、何もしないで処分すんのもったいなくね」
「いやいやいや」
壱太が即座に手を振る。
「それ、完全にアウトなやつでしょ」
「アウトって?」
「死ぬやつだよ!? 可愛がったら死ぬって言ったじゃん!」
「可愛がらなきゃいいだろ」
あまりにも軽い。話にならないレベルで。
「そういう問題じゃないです」
司の声が少しだけ強くなる。
「リスクがはっきりしているものを、わざわざ公開する必要はないでしょう」
「でも見たいだろ、そういうの」
朔也は淡々と返す。
視聴者のことを言っているのか、自分のことを言っているのか分からない。たぶん、両方だ。
「昂夜のチャンネル的にも合ってるし」
「……」
昂夜はすぐに答えなかった。
確かに、ネタとしては強い。“実際に人が死んでるかもしれない呪物”。再生数は伸びるだろう。
けれど。
「やめとけ」
短く言う。
「普通に危ない」
「何が」
「何がって……」
言葉に詰まる。説明できる種類の危険じゃない。それでも、確実に“良くない”。
「俺はこういうの平気だし」
朔也が言った。
あまりにも自然に。
「今までも問題なかっただろ」
「それは——」
否定しきれない。
実際、朔也はこれまでどんな呪物にも影響されていない。少なくとも、目に見える形では。
「今回も同じだろ」
軽く言い切る。そこに迷いはない。だからこそ、余計に引っかかる。
「……お前が平気でも」
昂夜は低く言う。
「周りが平気とは限らねぇだろ」
一瞬、空気が止まる。
壱太が小さく息を呑む。司も何も言わない。
朔也だけが、少しだけ考えるように視線を落とした。ほんの一瞬。それだけ。
「じゃあさ」
顔を上げる。
「昂夜、見ててよ」
「……は?」
「危なそうだったら止めろ」
あっさりと言う。
「それでいいだろ」
雑な理屈だった。けれど、完全に間違っているとも言い切れない。
「俺は触るし、紹介する」
淡々と続ける。
「で、やばかったらそのまま神社持ってけばいい」
「……お前な」
「合理的だろ」
軽く笑う。
まるで、本当に大したことじゃないみたいに。
昂夜はしばらく黙った。視線を落とし、テーブルの上を見る。そこには何もない。けれど、さっき感じた“何か”だけが、まだ残っている。
——本当に、大丈夫か。
問いは浮かぶ。けれど、完全に止める理由も、決定打もない。
「……一回だけだぞ」
気付けば、そう言っていた。
壱太が「えっ」と声を上げる。
「いやいや、マジでやるの?」
「様子見るだけだ」
自分に言い聞かせるみたいに言う。
「変だったら即やめる」
「絶対だよ?」
「分かってる」
司が深く息を吐く。
「……責任持って止めてくださいね」
「ああ」
短く答える。
そのやり取りを見て、朔也は満足そうに頷いた。
「じゃあ決まり」
軽い一言。
それで全部が進み出す。まだ何も起きていないのに、どこかで、もう引き返せない気がした。
