怪異、お持ち帰り注意

 思い出せないだけで。  その感覚が喉に引っかかったまま、朔也は包みを軽く叩いた。
「開けるぞ」
「……ここでかよ」
「どうせ開けるだろ」
 止める理由も見つからないまま、紙が破れる。
「……人形?」  壱太が声を上げた。
 出てきたのは、手のひらに収まる小さな布人形だった。丸い頭に刺繍の目、少し歪んだ口元。どこにでもありそうなのに、妙に目が離せない。
「名前ついてるらしいぞ」  朔也が言う。 「チャーミー」
「いや、かわいさに寄せすぎだろ」  壱太が苦笑する。 「逆に怖いって」
「元は介護施設にあったやつ」  朔也はポテトをつまんだまま続けた。 「入居者が抱いたり話しかけたりしてたらしい」
「癒し系のやつでしょ?」  壱太が言う。
「最初はな」
 そこで少し間が空く。
「可愛がってたやつ、だいたい死んだらしい」
 一瞬、誰も何も言わなかった。
「……は?」  司が眉をひそめる。 「だいたいって何ですか」
「そのまま。関わったやつが順番に死ぬ」
 壱太が笑いきれない顔になる。
「偶然でしょ?」
「かもな」  朔也は肩をすくめた。 「何回か処分されたけど、数日後には戻ってくるらしい」
「……どこに」  壱太の声が小さくなる。
「元の施設に」
 沈黙が落ちる。
「……それを、どうやって手に入れたんですか」  司が聞く。
「バイト先の先輩から。その人の親戚が施設勤めで、処分頼まれたらしい」
「受け取るなよ」  昂夜が即座に言う。 「断れただろ」
「面白そうだったし」
 それで終わり、という顔だった。  それが余計に引っかかる。
「……触ったのか」  昂夜が問う。
「触った」
「で?」
「別に何も」
 本当に何も感じていない顔だった。
「可愛がったら死ぬ、ねえ……」  壱太が少し距離を取りながら覗き込む。 「じゃあ放置しとけばいいの?」
「どうだろうな。でも、戻ってくるってことは帰る場所があるってことだろ」
「場所?」
「元いた場所」
 昂夜は人形を見る。  違和感はある。けれどそれは人形そのものというより、もっと別の何かみたいだった。
「……これ、そのまま持ってるのやめた方がいい」
「なんで」
「普通に危ないだろ」
「死ぬやつだし?」  壱太が言う。
「笑えないからな、それ」
「処分頼まれてるんですよね」  司が静かに挟む。 「だったら、さっさと手放した方がいい」
 昂夜は頷いた。
「……神社、持ってくか」
「お焚き上げってやつ?」  壱太が聞く。
「まあ、それが無難だろ」
「それがいいです」  司も同意する。
 空気が少しまとまりかけた、その時だった。
「いいけど」  朔也があっさり言う。
 全員の視線が集まる。
「その前にさ」  袋の上から人形を軽く叩く。 「動画にするだろ」
「……は?」  昂夜が眉をひそめる。
「紹介してからでいいじゃん。せっかくネタになるのに、何もしないで処分すんのもったいなくね」
「いやいや」  壱太が即座に手を振る。 「それ、完全にアウトなやつでしょ」
「アウトって?」
「死ぬやつだよ。可愛がったら死ぬって言ったじゃん」
「可愛がらなきゃいいだろ」
「そういう問題じゃないです」  司の声が少しだけ強くなる。 「リスクが分かっているものを、わざわざ公開する必要はありません」
「でも見たいだろ、そういうの」  朔也は淡々と返す。 「昂夜のチャンネル的にも合ってるし」
 昂夜はすぐに答えなかった。  たしかにネタとしては強い。再生数も伸びるだろう。  けれど。
「やめとけ」  短く言う。 「普通に危ない」
「何が」
「何がって……」
 言葉に詰まる。説明できる危険じゃない。それでも、良くないことだけは分かる。
「俺はこういうの平気だし。今までも問題なかっただろ」
 否定しきれないのが厄介だった。実際、朔也はこれまでどんな呪物にも大きくは影響されていない。少なくとも目に見える形では。
「今回も同じだろ」
 その迷いのなさが、余計に引っかかる。
「……お前が平気でも」  昂夜は低く言う。 「周りが平気とは限らねぇだろ」
 一瞬、空気が止まった。  壱太が小さく息を呑み、司も黙る。  朔也だけが少し考えるように視線を落とした。
「じゃあさ」
 顔を上げる。
「昂夜、見ててよ」
「……は?」
「危なそうだったら止めろ。それでいいだろ」
 雑な理屈だった。けれど完全に間違っているとも言い切れない。
「俺は触るし、紹介する。やばかったらそのまま神社持ってけばいい」
「……お前な」
「合理的だろ」
 軽く笑う。まるで本当に大したことじゃないみたいに。
 昂夜は黙ったまま、テーブルの上の包みを見た。  まだ何も起きていない。なのに、もうどこかで引き返せない気がする。
「……一回だけだぞ」
「えっ」  壱太が声を上げる。 「いや、マジでやるの?」
「様子見るだけだ」  昂夜は自分に言い聞かせるように言った。 「変だったら即やめる」
「絶対だよ?」
「分かってる」
 司が深く息を吐く。
「……責任持って止めてくださいね」
「ああ」
 そのやり取りを見て、朔也は満足そうに頷いた。
「じゃあ決まり」
 軽い一言だった。  それで全部が進み出す。  まだ何も起きていないのに、もう始まっている気がした。