古物屋は商店街の外れにあった。色褪せた引き戸に「古道具・雑貨」とだけ残り、店内は昼でも薄暗い。
「ここ?」
壱太が小声で言う。
「場所は合ってます」
司がスマホを見ながら答えた。
パチンコ屋で朔也に妙な話をしたおっちゃんの情報はやけに具体的だった。取り壊された洋館から出たオルゴールが、この店に流れているかもしれない。胡散臭いが、放っておけるほど鈍くもなかった。
「ま、見るだけ見ればいいだろ」
朔也が先に戸へ手をかける。
「それで済んだこと、あんまないけどな」
昂夜が返し、壱太が苦笑した。
店に入ると、木と埃と古布の匂いがした。棚には人形や時計やランプが雑多に並び、奥から店主が顔を上げる。
「いらっしゃい」
「オルゴール、ある?」
朔也がまっすぐ聞く。
「……どれを探してる」
「洋館から出たやつ」
店主は少し黙ってから、奥を顎で示した。
「あるにはある。すすめはしないけどな」
「なぜですか」
司が聞く。
「見たあとでやめるのが多い。なんとなく嫌な感じがするってな」
そう言って、店主は奥の棚から小さな木箱を取り出した。布を外してカウンターへ置く。
「……これか」
朔也が呟く。
手のひらより少し大きい木箱だった。派手さはないが、縁の花模様だけが妙に上品だ。
「見た目は普通ですね……」
「普通すぎて逆にやだな」
壱太と司が小さく言う。
昂夜は妙に目を離せなかった。分かりやすい嫌さではない。ただ、誰かの部屋の隅で長く待っていたものみたいな静かな違和感がある。
朔也が蓋に手を伸ばしかけた時、店主が言った。
「鳴らすなら、覚悟しとけ」
全員の動きが止まる。
「何があるんですか」
「夢を見る、って話だ。手に取った人間が同じものを見るらしい」
昂夜は小さく息を吐いた。
「……買った人が?」
「さあな。うちは預かっただけだ。ただ、鳴らしたがるやつほど長く持たない」
「持たないって」
「嫌になって返しに来るか、他所へ流すかだ」
店主はそれきり黙った。
「やめとけ」
昂夜は思わず口にしていた。
「まだ何もしてねえのに?」
「だからだよ」
けれど朔也は蓋に指をかける。
「これ、置いとく方が嫌な感じする」
またそれだ、と昂夜は思う。朔也が呪物を拾う時の、あの感覚だ。
「触るなら短時間にしてください」
司が眉を寄せる。
「はいはい」
朔也は軽く返し、蓋を開けた。中には古びた機構が見えた。底のねじを少し回す。かちり、と小さな音。
次の瞬間、静かな旋律が流れ始めた。
古い子守歌みたいな、やさしいのに妙に寂しい音だった。途中に一音だけ、ひっそり欠けているような空きがある。
昂夜はその音を聞いた瞬間、胸の奥がひやりとした。懐かしいわけじゃないのに、知らない家の匂いを思い出しそうになる。
曲はすぐ止まった。
「……やだなこれ」
「かなり嫌です」
壱太と司が続ける。
店主は何も言わない。朔也だけが、閉じたあとも手を離さない。
「いくら」
その一言に、昂夜は即座に振り向いた。
「おい」
「見たあとの方が嫌なんだろ」
「そういう問題か?」
「そういう問題だろ」
朔也はもう財布を出していた。
「……もう少し躊躇しろよ」
「躊躇してると他のやつが持ってくだろ」
「それを止めたいのは分かるけど、毎回雑なんだよ」
そう言いながらも、結局止めきれない。オルゴールは朔也が持ち帰ることになった。
店を出る時、店主が最後にひとつだけ言った。
「鳴らすなら夜はやめとけ」
四人の足が止まる。
「夜に何かあるんですか」
「さあな。でも、大抵そういうのは夜に近い方へ寄る」
その言い方が妙で、昂夜は無意識に右耳へ手をやりかけた。
商店街へ戻ると、空は少し曇っていた。
「で、どうする?」
壱太が聞く。
「配信部屋で様子見じゃ駄目か」
昂夜が言うと、司が少し考える顔をした。
「理想は音の検証です。ただ、今はまだ二枚貝の件が完全に片づいていません」
その一言で空気が現実に戻る。今の昂夜と朔也は、夜を別々に過ごすのがまだ危うい。
「……じゃあ、朔也んとこか」
「え、また?」
「まただよ」
「大変だねえ」
「他人事みたいに言うな」
「他人事だし」
司が横で小さくため息をつく。
「今日はもう変に鳴らさないでください。何が条件で夢を見るのか分からないんですから」
「分かった」
朔也は意外なほど素直に頷いた。けれど視線はオルゴールから外れない。
「お前、それ」
昂夜が眉を寄せる。
「もうちょっと警戒しろよ」
「してる」
「してる顔じゃねえんだよ」
朔也は少しだけ笑った。
「でも、お前も気になってんだろ」
図星で、昂夜は返事に詰まる。
嫌な感じがする。放っておきたくもない。その両方がある。そして厄介なのは、このオルゴールがただの怪異で終わる気がしないことだった。
夕方、朔也の部屋へ戻る道すがら、オルゴールは一度も鳴らなかった。なのに、机の上へ置かれた瞬間、その場の空気だけがわずかに重くなった気がした。
「……」
昂夜は無言でそれを見る。
「鳴らさないから」
朔也が言う。
「今日はな」
「明日は鳴らす気かよ」
「様子は見る」
「最悪」
壱太が「じゃあ今日はもう帰るね」と立ち上がり、司も荷物をまとめながら最後に釘を刺す。
「変な夢を見たら、すぐ連絡してください。朝まで黙ってるとかやめてください」
「はいはい」
朔也が適当に返し、昂夜は横から睨んだ。
壱太と司が帰る。
部屋に残るのは、また昂夜と朔也、それから机の上のオルゴールだけになった。
まだ日が落ちきる前なのに、それはもう夜を待っているように見えた。
「ここ?」
壱太が小声で言う。
「場所は合ってます」
司がスマホを見ながら答えた。
パチンコ屋で朔也に妙な話をしたおっちゃんの情報はやけに具体的だった。取り壊された洋館から出たオルゴールが、この店に流れているかもしれない。胡散臭いが、放っておけるほど鈍くもなかった。
「ま、見るだけ見ればいいだろ」
朔也が先に戸へ手をかける。
「それで済んだこと、あんまないけどな」
昂夜が返し、壱太が苦笑した。
店に入ると、木と埃と古布の匂いがした。棚には人形や時計やランプが雑多に並び、奥から店主が顔を上げる。
「いらっしゃい」
「オルゴール、ある?」
朔也がまっすぐ聞く。
「……どれを探してる」
「洋館から出たやつ」
店主は少し黙ってから、奥を顎で示した。
「あるにはある。すすめはしないけどな」
「なぜですか」
司が聞く。
「見たあとでやめるのが多い。なんとなく嫌な感じがするってな」
そう言って、店主は奥の棚から小さな木箱を取り出した。布を外してカウンターへ置く。
「……これか」
朔也が呟く。
手のひらより少し大きい木箱だった。派手さはないが、縁の花模様だけが妙に上品だ。
「見た目は普通ですね……」
「普通すぎて逆にやだな」
壱太と司が小さく言う。
昂夜は妙に目を離せなかった。分かりやすい嫌さではない。ただ、誰かの部屋の隅で長く待っていたものみたいな静かな違和感がある。
朔也が蓋に手を伸ばしかけた時、店主が言った。
「鳴らすなら、覚悟しとけ」
全員の動きが止まる。
「何があるんですか」
「夢を見る、って話だ。手に取った人間が同じものを見るらしい」
昂夜は小さく息を吐いた。
「……買った人が?」
「さあな。うちは預かっただけだ。ただ、鳴らしたがるやつほど長く持たない」
「持たないって」
「嫌になって返しに来るか、他所へ流すかだ」
店主はそれきり黙った。
「やめとけ」
昂夜は思わず口にしていた。
「まだ何もしてねえのに?」
「だからだよ」
けれど朔也は蓋に指をかける。
「これ、置いとく方が嫌な感じする」
またそれだ、と昂夜は思う。朔也が呪物を拾う時の、あの感覚だ。
「触るなら短時間にしてください」
司が眉を寄せる。
「はいはい」
朔也は軽く返し、蓋を開けた。中には古びた機構が見えた。底のねじを少し回す。かちり、と小さな音。
次の瞬間、静かな旋律が流れ始めた。
古い子守歌みたいな、やさしいのに妙に寂しい音だった。途中に一音だけ、ひっそり欠けているような空きがある。
昂夜はその音を聞いた瞬間、胸の奥がひやりとした。懐かしいわけじゃないのに、知らない家の匂いを思い出しそうになる。
曲はすぐ止まった。
「……やだなこれ」
「かなり嫌です」
壱太と司が続ける。
店主は何も言わない。朔也だけが、閉じたあとも手を離さない。
「いくら」
その一言に、昂夜は即座に振り向いた。
「おい」
「見たあとの方が嫌なんだろ」
「そういう問題か?」
「そういう問題だろ」
朔也はもう財布を出していた。
「……もう少し躊躇しろよ」
「躊躇してると他のやつが持ってくだろ」
「それを止めたいのは分かるけど、毎回雑なんだよ」
そう言いながらも、結局止めきれない。オルゴールは朔也が持ち帰ることになった。
店を出る時、店主が最後にひとつだけ言った。
「鳴らすなら夜はやめとけ」
四人の足が止まる。
「夜に何かあるんですか」
「さあな。でも、大抵そういうのは夜に近い方へ寄る」
その言い方が妙で、昂夜は無意識に右耳へ手をやりかけた。
商店街へ戻ると、空は少し曇っていた。
「で、どうする?」
壱太が聞く。
「配信部屋で様子見じゃ駄目か」
昂夜が言うと、司が少し考える顔をした。
「理想は音の検証です。ただ、今はまだ二枚貝の件が完全に片づいていません」
その一言で空気が現実に戻る。今の昂夜と朔也は、夜を別々に過ごすのがまだ危うい。
「……じゃあ、朔也んとこか」
「え、また?」
「まただよ」
「大変だねえ」
「他人事みたいに言うな」
「他人事だし」
司が横で小さくため息をつく。
「今日はもう変に鳴らさないでください。何が条件で夢を見るのか分からないんですから」
「分かった」
朔也は意外なほど素直に頷いた。けれど視線はオルゴールから外れない。
「お前、それ」
昂夜が眉を寄せる。
「もうちょっと警戒しろよ」
「してる」
「してる顔じゃねえんだよ」
朔也は少しだけ笑った。
「でも、お前も気になってんだろ」
図星で、昂夜は返事に詰まる。
嫌な感じがする。放っておきたくもない。その両方がある。そして厄介なのは、このオルゴールがただの怪異で終わる気がしないことだった。
夕方、朔也の部屋へ戻る道すがら、オルゴールは一度も鳴らなかった。なのに、机の上へ置かれた瞬間、その場の空気だけがわずかに重くなった気がした。
「……」
昂夜は無言でそれを見る。
「鳴らさないから」
朔也が言う。
「今日はな」
「明日は鳴らす気かよ」
「様子は見る」
「最悪」
壱太が「じゃあ今日はもう帰るね」と立ち上がり、司も荷物をまとめながら最後に釘を刺す。
「変な夢を見たら、すぐ連絡してください。朝まで黙ってるとかやめてください」
「はいはい」
朔也が適当に返し、昂夜は横から睨んだ。
壱太と司が帰る。
部屋に残るのは、また昂夜と朔也、それから机の上のオルゴールだけになった。
まだ日が落ちきる前なのに、それはもう夜を待っているように見えた。



