怪異、お持ち帰り注意

 問題は風呂のあとだった。
 髪を拭きながら部屋を見回して、昂夜は改めて現実を思い知る。家具は最低限。ソファも予備の寝具もない。
「……おい」
「ん」
「布団、一つしかねえじゃん」
「そうだな」
「そうだな、じゃねえよ」
 朔也はスマホを見たまま言う。
「セミダブルだし、寝れるだろ」
「嫌なら起きとく?」
「明日死ぬわ」
「じゃあ寝るしかないじゃん」
 その通りすぎて腹が立つ。昂夜は小さく息を吐いて、布団を睨んだ。狭いが、二人で入れなくはない。入れなくはない、という程度なのが最悪だった。
「……お前、ほんと何も気にしてねえな」
「何を」
 そこを説明するのも癪で、昂夜は黙った。
 結局、観念して布団の端に入る。朔也も反対側に潜り込むが、幅に余裕はない。肩が触れるか触れないかの距離だった。
 照明が落ちる。外の車の音と冷蔵庫の駆動音だけが残った。
「……ちゃんといるか」
「いるに決まってんだろ」
 すぐ返ってくる。その一言で、胸の奥のざわつきが少しだけ静まる。
「ならいい」
「ん」
 会話はそれで終わった。
 だが昂夜の頭はまったく静かにならない。布団に残った洗剤の匂いの奥に、風呂上がりの湿った髪と体温の気配が混じっている。近い。ただ近いだけなのに、妙に落ち着かない。
 寝返りも打ちづらい。呼吸まで意識してしまう。
 横を見ると、朔也はもう寝ていた。さっきまで普通に喋っていたくせに、今は完全に無防備な寝顔で、静かな寝息を立てている。
「……は?」
 昂夜は眉をひそめた。こっちは呪いとは別の意味で全然落ち着かないのに、当人だけが平然と寝ている。
「呑気すぎんだろ……」
 当然返事はない。
 その寝息を聞いているうちに、苛立ちも少しずつ別のものに変わる。呆れなのか諦めなのか、自分でも分からない感情が胸のあたりに残った。
 耳を澄ます。昨夜みたいな息苦しさはない。胸を締めつける焦燥も薄い。ちゃんと近くにいるからだ。
 それが分かること自体が、また腹立たしかった。
 呪いのせいだ。そう言い聞かせても、隣の寝息と体温の近さが別の意味で意識を散らす。
 昂夜は天井を見たまま、小さく息を吐く。
 眠れない。でも起き上がるわけにもいかない。身じろぎするたび、朔也の腕や肩が少し近づく気がして、また無駄に神経が尖る。
 ほんと最悪だ、と心の中で悪態をつきながら、昂夜は目を閉じた。
 隣では朔也が、何も知らないみたいな顔で静かに眠っていた。