撮影が終わったのは、日が落ちてからだった。
人気のない路地裏。古びた祠の前で、最後のカットを撮り終えると、司が小さく息を吐いた。
「……オッケーです。素材は一通り撮れてます」
「おつかれー!」
壱太が明るい声を上げる。さっきまでの緊張感が嘘みたいに、いつもの調子に戻っていた。
昂夜は軽く肩を回しながら、祠を振り返る。
何もない。
少なくとも、カメラに映る範囲では。
「今回の、結構よかったんじゃない?」
壱太がスマホを覗き込みながら言う。
「コメント伸びそう。あの声、ちょっとマジっぽかったし」
「ちょっとで済ませるな」
昂夜は苦笑した。
確かに、録音に妙なノイズは入っていた。風とも違う、言葉になりきらない音。ああいうのが視聴者は好きだ。
けれど。
昂夜は、あの祠の前で感じた“気配”を思い出す。
あれは、ただのノイズじゃない。
「……ま、帰るか」
そう言って歩き出そうとしたとき、ポケットのスマホが震えた。
取り出して画面を見る。表示された名前に、少しだけ目を細めた。
「誰です?」
機材をまとめながら、司が聞く。
「……あいつ」
「あいつって誰ですか」
「分かるだろ」
言いながら、トーク画面を開く。
短いメッセージが一つ。
“今、暇?”
それだけ。
余計な前置きも、説明もない。
昂夜は小さく息を吐いた。この連絡の意味を、もう何度も経験している。
——次の呪物の話だ。
「……またですか」
横から覗き込んだ司が、露骨に顔をしかめる。
「いい加減、関わるのやめたらどうです」
「そうだよ昂夜。あの人、絶対ヤバいって」
壱太も珍しく同意する。
「ヤバいのは今さらだろ」
昂夜は肩をすくめた。
返信を打つ。
“どこ?”
すぐに既読がつく。数秒後、店の名前が送られてきた。
よく使う、駅前のファミレス。
「……行くんですか」
「行くよ」
即答だった。
司があからさまにため息をつく。
「……はあ。じゃあ、俺たちも行きます」
「なんでだよ」
「何かあったら困るでしょう」
その言い方に、昂夜は少しだけ笑った。結局、いつもこうなる。
ファミレスの自動ドアが開くと、油と甘い匂いが混ざった空気が流れてきた。
時間帯のせいか、店内はそこそこ混んでいる。
奥の席に、見覚えのある姿があった。
ラフなパーカーにジーンズ。髪は適当に整えただけ。いかにもバイト終わり、という格好で、朔也はポテトをつまんでいた。
こちらに気付くと、軽く手を上げる。
「遅い」
「今終わったとこだ」
昂夜は苦笑しながら向かいの席に座る。壱太と司もそのまま隣に腰を下ろした。
「……また一緒なんだ」
朔也がちらっと二人を見る。
「悪いか」
「別に」
興味なさそうに返して、またポテトに手を伸ばす。
本当にマイペースだ。
「で?」
昂夜はメニューも開かずに言った。
「次はなんの呪物だ?」
その言葉に、朔也の動きが一瞬だけ止まる。それから、ゆっくりと顔を上げた。
「話が早くて助かる」
「そのために呼んだんだろ」
「まあな」
軽く笑う。けれど、その目は少しだけ真剣だった。
テーブルの上に、コンビニの袋が置かれる。中から取り出されたのは、小さな包み。紙で丁寧に巻かれている。
「これ、今日バイト先に持ち込まれたやつ」
「は?」
司が眉をひそめる。
壱太が身を乗り出す。
「なにそれ、開けていいやつ?」
「いいわけないだろ」
昂夜が即座に止める。
朔也は気にした様子もなく、包みを指で軽く叩いた。
「たぶん、大したもんじゃない」
「“たぶん”な」
「でも」
そこで、少しだけ言葉を切る。
ほんのわずかに、空気が変わる。
「ちょっと変なんだよな」
「何が」
昂夜が問う。
朔也は、ほんの一瞬だけ考えるような顔をしてから、言った。
「触ったやつが、“同じこと”言う」
「同じこと?」
「うん」
ポテトを一本つまんで、口に運びながら。
「“なんでこれ持ってるんだっけ”って」
その一言で、場の温度が少し下がった気がした。
壱太が「あー……」と曖昧に笑う。
「よくあるやつじゃない? 思い出せない系」
「まあな」
朔也はあっさり頷いた。
「だから、確かめたい」
視線が、まっすぐ昂夜に向く。
「開けるぞ」
いつもの調子。いつもの誘い。
それなのに、なぜか少しだけ引っかかる。
昂夜はその違和感を、うまく言葉にできないまま、
「……分かったよ」
そう答えていた。
テーブルの上の包みを、じっと見る。まだ開けていないそれは、ただの紙の塊にしか見えない。
けれど。
どこかで、知っている気がした。
こんな“ズレ方”をするものを。
——思い出せないだけで。
人気のない路地裏。古びた祠の前で、最後のカットを撮り終えると、司が小さく息を吐いた。
「……オッケーです。素材は一通り撮れてます」
「おつかれー!」
壱太が明るい声を上げる。さっきまでの緊張感が嘘みたいに、いつもの調子に戻っていた。
昂夜は軽く肩を回しながら、祠を振り返る。
何もない。
少なくとも、カメラに映る範囲では。
「今回の、結構よかったんじゃない?」
壱太がスマホを覗き込みながら言う。
「コメント伸びそう。あの声、ちょっとマジっぽかったし」
「ちょっとで済ませるな」
昂夜は苦笑した。
確かに、録音に妙なノイズは入っていた。風とも違う、言葉になりきらない音。ああいうのが視聴者は好きだ。
けれど。
昂夜は、あの祠の前で感じた“気配”を思い出す。
あれは、ただのノイズじゃない。
「……ま、帰るか」
そう言って歩き出そうとしたとき、ポケットのスマホが震えた。
取り出して画面を見る。表示された名前に、少しだけ目を細めた。
「誰です?」
機材をまとめながら、司が聞く。
「……あいつ」
「あいつって誰ですか」
「分かるだろ」
言いながら、トーク画面を開く。
短いメッセージが一つ。
“今、暇?”
それだけ。
余計な前置きも、説明もない。
昂夜は小さく息を吐いた。この連絡の意味を、もう何度も経験している。
——次の呪物の話だ。
「……またですか」
横から覗き込んだ司が、露骨に顔をしかめる。
「いい加減、関わるのやめたらどうです」
「そうだよ昂夜。あの人、絶対ヤバいって」
壱太も珍しく同意する。
「ヤバいのは今さらだろ」
昂夜は肩をすくめた。
返信を打つ。
“どこ?”
すぐに既読がつく。数秒後、店の名前が送られてきた。
よく使う、駅前のファミレス。
「……行くんですか」
「行くよ」
即答だった。
司があからさまにため息をつく。
「……はあ。じゃあ、俺たちも行きます」
「なんでだよ」
「何かあったら困るでしょう」
その言い方に、昂夜は少しだけ笑った。結局、いつもこうなる。
ファミレスの自動ドアが開くと、油と甘い匂いが混ざった空気が流れてきた。
時間帯のせいか、店内はそこそこ混んでいる。
奥の席に、見覚えのある姿があった。
ラフなパーカーにジーンズ。髪は適当に整えただけ。いかにもバイト終わり、という格好で、朔也はポテトをつまんでいた。
こちらに気付くと、軽く手を上げる。
「遅い」
「今終わったとこだ」
昂夜は苦笑しながら向かいの席に座る。壱太と司もそのまま隣に腰を下ろした。
「……また一緒なんだ」
朔也がちらっと二人を見る。
「悪いか」
「別に」
興味なさそうに返して、またポテトに手を伸ばす。
本当にマイペースだ。
「で?」
昂夜はメニューも開かずに言った。
「次はなんの呪物だ?」
その言葉に、朔也の動きが一瞬だけ止まる。それから、ゆっくりと顔を上げた。
「話が早くて助かる」
「そのために呼んだんだろ」
「まあな」
軽く笑う。けれど、その目は少しだけ真剣だった。
テーブルの上に、コンビニの袋が置かれる。中から取り出されたのは、小さな包み。紙で丁寧に巻かれている。
「これ、今日バイト先に持ち込まれたやつ」
「は?」
司が眉をひそめる。
壱太が身を乗り出す。
「なにそれ、開けていいやつ?」
「いいわけないだろ」
昂夜が即座に止める。
朔也は気にした様子もなく、包みを指で軽く叩いた。
「たぶん、大したもんじゃない」
「“たぶん”な」
「でも」
そこで、少しだけ言葉を切る。
ほんのわずかに、空気が変わる。
「ちょっと変なんだよな」
「何が」
昂夜が問う。
朔也は、ほんの一瞬だけ考えるような顔をしてから、言った。
「触ったやつが、“同じこと”言う」
「同じこと?」
「うん」
ポテトを一本つまんで、口に運びながら。
「“なんでこれ持ってるんだっけ”って」
その一言で、場の温度が少し下がった気がした。
壱太が「あー……」と曖昧に笑う。
「よくあるやつじゃない? 思い出せない系」
「まあな」
朔也はあっさり頷いた。
「だから、確かめたい」
視線が、まっすぐ昂夜に向く。
「開けるぞ」
いつもの調子。いつもの誘い。
それなのに、なぜか少しだけ引っかかる。
昂夜はその違和感を、うまく言葉にできないまま、
「……分かったよ」
そう答えていた。
テーブルの上の包みを、じっと見る。まだ開けていないそれは、ただの紙の塊にしか見えない。
けれど。
どこかで、知っている気がした。
こんな“ズレ方”をするものを。
——思い出せないだけで。
