鏡の件が片付いてから数日、撮影部屋にはようやくいつもの空気が戻っていた。司がライトを調整し、昂夜が話す順を考え、壱太はソファにもたれて気楽に構えている。今日は呪物ではなく、集めた怪談を語るだけの穏やかな回だった。
「やっぱこういう回の方が安心するなあ。しばらく鏡とか人形とか見たくないもん」
「お前、この前まで面白がってただろ」
「結果的に危なかったじゃん。今回は怪談だけでいいよ。映るとか戻るとか抜きで」
「それが一番です。少なくとも今日は変なものを持ち込む人もいませんし」
司の言い方に、昂夜は少しだけ苦笑した。
朔也は今日は来ていなかった。喧嘩したわけではないが、少し距離を置いている。そんな空気を誰もわざわざ口にしなかった。
「そういえば、鏡のアーカイブ消したんだよね」 壱太が言うと、司の手が一瞬止まる。
「消しました」
「コメント欄で結構言われてたよね。“なんで消したの”とか」
「実際あったんだから仕方ないだろ。残しておく方がまずい」
「まあねえ」
そこで昂夜が司に声をかけた。
「今日は大丈夫か」
「何がですか」
「顔色」
司はようやく顔を上げる。
「大丈夫です。今日は普通です」
「今日は、って」 壱太が吹き出す。 「まだ引きずってる言い方じゃん」
「引きずるでしょう、普通は。誰かさんたちと一緒にしないでください」
「誰かさんって俺?」
「自覚あるならそうです」
壱太が笑い、昂夜も少しだけ肩の力を抜いた。ようやく、こういうやり取りが戻ってきた。
その時、司がふと思い出したようにバッグを開いた。取り出したのは、小さくきれいに包まれた小包だった。
「昂夜さん。これ、朔也に会ったら渡しておいてください」
「……朔也に?」
「はい」
昂夜は受け取ってまじまじと見る。
「お礼か?」
「別にそういうわけでは。鏡の件で、結果的に助かった部分もありますし」
「朔也にお礼……? 直接渡せばいいのに。素直じゃないな」
「勘違いしないでください。これは妹からです」
「涼花ちゃんから?」
「そうです」
言い切るのが早すぎた。昂夜が司の顔を見ると、耳が少し赤い。
そこへ壱太が横から覗き込んだ。
「あー。これ、司のセンスじゃん」
「は?」
「包装の色味とか、お菓子屋の選び方とか。絶対司っぽい。本当は司が買ってきたくせに」
「違います」
「でも涼花ちゃん、もっと可愛い系選びそうじゃない?」
「壱太。余計なこと言わなくていい」
壱太はもう笑いをこらえていない。
「だって分かりやすすぎるんだもん」
「違います」 司は言い切ったが、その丁寧な包み自体がすでに答えみたいなものだった。
昂夜は苦笑しながら小包を見下ろした。高すぎず、雑でもない、ちょうどいい感じの菓子を選びそうなのは、たしかに司らしい。
「まあ、分かったよ。渡しとく」
「お願いします」
「妹から、な」
「……その言い方やめてもらえますか」
「じゃあ司からって言っとくか?」
「それはもっとやめてください」
即答だった。壱太がまた笑い、司は小さくため息をつく。けれど、その声は前より少し柔らかかった。
昂夜は小包をバッグにしまいながら、朔也がこれを受け取った時の顔を少しだけ想像した。たぶん、困ったような顔をする。そう思うと少し可笑しい。
「で、そろそろ撮る? 今日は普通に怪談だけだからね。なんか平和」
「その平和を大事にしろよ」
「もちろん。しばらくは鏡も人形もなしで」
「……本当にそうしてください」
司の小さなため息に、まだ少し疲れは残っていた。けれど、部屋の空気はちゃんと前に戻り始めていた。
「やっぱこういう回の方が安心するなあ。しばらく鏡とか人形とか見たくないもん」
「お前、この前まで面白がってただろ」
「結果的に危なかったじゃん。今回は怪談だけでいいよ。映るとか戻るとか抜きで」
「それが一番です。少なくとも今日は変なものを持ち込む人もいませんし」
司の言い方に、昂夜は少しだけ苦笑した。
朔也は今日は来ていなかった。喧嘩したわけではないが、少し距離を置いている。そんな空気を誰もわざわざ口にしなかった。
「そういえば、鏡のアーカイブ消したんだよね」 壱太が言うと、司の手が一瞬止まる。
「消しました」
「コメント欄で結構言われてたよね。“なんで消したの”とか」
「実際あったんだから仕方ないだろ。残しておく方がまずい」
「まあねえ」
そこで昂夜が司に声をかけた。
「今日は大丈夫か」
「何がですか」
「顔色」
司はようやく顔を上げる。
「大丈夫です。今日は普通です」
「今日は、って」 壱太が吹き出す。 「まだ引きずってる言い方じゃん」
「引きずるでしょう、普通は。誰かさんたちと一緒にしないでください」
「誰かさんって俺?」
「自覚あるならそうです」
壱太が笑い、昂夜も少しだけ肩の力を抜いた。ようやく、こういうやり取りが戻ってきた。
その時、司がふと思い出したようにバッグを開いた。取り出したのは、小さくきれいに包まれた小包だった。
「昂夜さん。これ、朔也に会ったら渡しておいてください」
「……朔也に?」
「はい」
昂夜は受け取ってまじまじと見る。
「お礼か?」
「別にそういうわけでは。鏡の件で、結果的に助かった部分もありますし」
「朔也にお礼……? 直接渡せばいいのに。素直じゃないな」
「勘違いしないでください。これは妹からです」
「涼花ちゃんから?」
「そうです」
言い切るのが早すぎた。昂夜が司の顔を見ると、耳が少し赤い。
そこへ壱太が横から覗き込んだ。
「あー。これ、司のセンスじゃん」
「は?」
「包装の色味とか、お菓子屋の選び方とか。絶対司っぽい。本当は司が買ってきたくせに」
「違います」
「でも涼花ちゃん、もっと可愛い系選びそうじゃない?」
「壱太。余計なこと言わなくていい」
壱太はもう笑いをこらえていない。
「だって分かりやすすぎるんだもん」
「違います」 司は言い切ったが、その丁寧な包み自体がすでに答えみたいなものだった。
昂夜は苦笑しながら小包を見下ろした。高すぎず、雑でもない、ちょうどいい感じの菓子を選びそうなのは、たしかに司らしい。
「まあ、分かったよ。渡しとく」
「お願いします」
「妹から、な」
「……その言い方やめてもらえますか」
「じゃあ司からって言っとくか?」
「それはもっとやめてください」
即答だった。壱太がまた笑い、司は小さくため息をつく。けれど、その声は前より少し柔らかかった。
昂夜は小包をバッグにしまいながら、朔也がこれを受け取った時の顔を少しだけ想像した。たぶん、困ったような顔をする。そう思うと少し可笑しい。
「で、そろそろ撮る? 今日は普通に怪談だけだからね。なんか平和」
「その平和を大事にしろよ」
「もちろん。しばらくは鏡も人形もなしで」
「……本当にそうしてください」
司の小さなため息に、まだ少し疲れは残っていた。けれど、部屋の空気はちゃんと前に戻り始めていた。



