怪異、お持ち帰り注意

 境内の灯りは変わらず柔らかく、静かだった。その静けさが、さっきまでよりもずっと遠く感じられた。
「……戻るか」
 昂夜が低く言うと、朔也は気楽に「ん」とだけ返した。
 スマホをポケットにしまって、社務所の方へ向かう。さっきまで神主に案内されていた別棟は、渡り廊下の先にある小さな和室だった。
 障子の向こうに、人の気配がある。
 昂夜は軽く声をかけるつもりで手をかけ、そのまま何気なく襖を開けた。
「司、壱太――」
 言葉が止まる。
 畳の部屋の真ん中で、壱太はまだ横になっていた。
 そしてその頭は、司の膝の上にあった。
「……」
 一瞬、誰も動かなかった。
 司が顔を上げる。目が合った瞬間、その表情が固まった。
「っ」
 次の瞬間、みるみる耳まで赤くなる。
「ち、違います!」
 反射的に声を上げた。
「これは、まだ起き上がらせるのもどうかと思って、その、休ませていただけで――」
「いや、別に何も言ってねぇけど」
 昂夜は気まずそうに視線を逸らした。
 言っていない。  言っていないが、見てしまった感じはある。
 壱太だけは、まるで動じていなかった。
 司の膝に頭を乗せたまま、のんびりとこちらを見上げる。
「あ、おかえりー」
 いつもの調子だった。
 むしろ少しだけ機嫌がいい。
「なんか司、起きたあともこのままでいてくれたんだよね」
「壱太!」
 司の声が裏返る。
「余計なこと言わないでください!」
「余計じゃなくない?」
 壱太はきょとんとした顔で首を傾げる。
「優しいなーって思ってたとこ」
 その一言で、司は完全に言葉を失った。
 赤いまま固まっている。
 昂夜は片手で口元を押さえた。
 笑う場面でもないのに、変な間ができると余計に困る。
「……悪い、入るタイミング間違えた」
「いえ、そういう問題ではなくてですね……!」
 司は慌てて壱太の頭をどかそうとする。  けれど壱太は微動だにしない。
「えー、別にいいじゃん」
「よくないです!」
「なんで?」
「なんでもです!」
 そのやり取りの横で、朔也だけがやけに静かだった。
 と思ったら。
「へえ」
 口元を緩めて、明らかに面白がっている顔をしている。
「そういう感じなんだ」
「そういう感じじゃありません!」
 司が即座に否定する。
 否定が早すぎて、余計に怪しい。
 朔也は小さく笑った。
「ふうん」
 それ以上は言わない。  言わないが、顔が完全に言いたげだった。
 昂夜はその表情を見て、なんとなく嫌な予感がした。
 こいつ、絶対に今ので何か掴んだ顔してるな。
「……朔也、お前あとで余計なこと言うなよ」
「言わないって」
 そう答えながら、目はまったく笑っていない。
 壱太はそんな空気にも頓着せず、司の膝の上で少しだけ体勢を変えた。
「でも司の膝、思ったより楽なんだよね」
「もう起きてください!」
 司が限界みたいな声を出す。
「顔色も戻ってるでしょう!」
「えー」
「えー、じゃないです!」
 ようやく壱太がゆっくり体を起こす。
 名残惜しそうですらあった。
 その様子を見て、司はますます顔を赤くしながら距離を取る。  膝の上から重みがなくなったことに、ほっとしているのか、逆に落ち着かないのか、自分でも分かっていない顔だった。
「……で」
 壱太は何事もなかったみたいに座り直して、昂夜たちを見る。
「そっちは終わった?」
 その一言で、部屋の空気が少しだけ戻る。
 昂夜は一瞬だけ黙ってから、「一応な」と短く返した。
 和んだような、和みきれないような、妙な空気のまま。
 それでもさっきまでの張り詰めた感じよりは、少しだけ息がしやすくなっていた。
 朔也はまだ薄く笑っている。
 司はそれに気付いて、明らかに警戒した顔をした。
 壱太だけが、どこか満足そうだった。