深淵の幼なじみ(決して行ってはいけない廃別荘)


「止めろ!」

今は葵のような男が、その禍々しい自分の手を、握っていた至から思いっ切り取り上げた。

だが、その手の黒紫のそれは、まだまるで生命であるかのように這いずるように動き回る。

至は、とても現実と思えず、ただ愕然とその様子を見ていたが…

名を呼べば、又自分は僚だと言われるかも知れなかったが、至は呼ばずにいられなかった。
あまりにも、黒紫のそれは痛々しくもあったから。

「あっ…葵…」

「……」

至は、無言のまま至を見ようとしない葵らしい男のその左手を再び握ろうとした。

しかし…

その手はすっと、男の背中に隠された。

「触るな…触ったらダメだ……」

「どっ…どうして?どうしてだ?葵!」

「ごめん…僚のクソバカが言った事の責任は持つけど、これから見る事は、至、お前の中だけで留めて、俺の事と一緒にすぐ忘れてくれ…」

そう言い葵のような男は、不意にその左手で、開けっ放しにしていた玄関ドアに触れ両目を閉じた。

何をしているのか分からなくて、でも、声を掛ける雰囲気でも無くて…

数分が経った。

すると急に、葵のような男の目が開き呟いた。

「確かに…確かに、さっき女の人が二人、この家に入って行った…」

「えっ?何で、何でそんな事分かんの?」

至が眉間に皺を寄せると、葵のような男は一瞬言葉に詰まったが…

やがて、意を決したように話し出した。

「至…信じられないだろうが、聞いてくれ…俺は、人の記憶や物の記憶、残留思念が分かるんだ…この…この左手を当てれば…」

「…」

至は、表情が固まった。

「だよな…普通は、みんなそう言う反応するよ。俺の両親ですらそうだ…でも、この中に、間違いなくお前の探しているらしい人達はいるよ…」

小さな子供の頃から葵は、優しいが、いつもクールでしっかりしていた。
葵一人でも、いつも全然大丈夫な位。
そんな葵らしき男が、そう言いながら今は酷く悲し気に寂しそうに笑う。

それを見て、至の胸がズキッとした、
次の瞬間、何か、胸に込み上げてくる熱い感情があった。

だが、その感情が何か、至にはわからない。

わからないが…

ただ、一つわかる事はある。

目の前の葵らしき男の様子も普通じゃないが…
怖くないと言えば嘘になるが…
関わればどうなるかわからない予感があるが…

3年前、葵と別れた時を思い出す。

あの時、無力だった至自身をどんなに悔やんだか。

だから…

今は3年前と同じ後悔は絶対にしたくない。

この目の前の男が葵なら、例えどんな事でも葵の真実を知りたい。

まっすぐに葵らしき男を見詰めて聞いた。

「残留思念って…何?」

葵らしき男は、深い溜め息を一つ着いたが、至の目を見て話し出した。

「至…今から話す話しは実話だ…昭和の初め、ある北陸の村で、そこに住んでいた一人の男が、同じ村に住む村人達への深い恨みから気が狂い、村人達全員を拳銃と日本刀で殺したんだ…」 

「…」

「それは余りに惨たらしいもので、村はすぐに閉鎖され、地図からも完全に名前は消えて、殺された村人達の家も血まみれだったから、潰され木材は全て焼いて処分されるはずだったんだ…だけど…惨殺の血のついてなかった木材の幾つかが…別の土地で新しく何軒か家を建てるのに無断で横流しされたんだ…すると…その完成したいくつかの家に人が住み出すと、毎晩、毎晩…人の狂ったような笑い声や、男女の苦しそうな叫び声や泣き声や呻き声が聞こえ出した…」

「…」

「信じられないだろうけど…物にも記憶と言うか思念が残るんだ…物があった時の回りの状況、回りにいた人間の。そしてそれは…当然新しい程よく残っているけど、残らない事もあるし、古くても、喜び、憎しみ、苦しみ…想いが深ければ深いほど強く強く長く残る…それが、残留思念だ…」

ここまで聞いても至は口を開けたまま、よく理解する事が出来なかった。

「物そのもの自体の、喜び、憎しみ、苦しみが残ってる場合もある…」