深淵の幼なじみ(決して行っては行けない廃別荘)

 小雨が降り出した。

 至が葵の左手の包帯を見て聞いた。

 3年前、至が最後に葵を見た時とその様子が変わってない。

「その左手…まだ治ってなかったのか?傷とか酷いのか?」

「え?!これ…いや、大した事無い…」

 葵はビクっとすると、それをまるで隠すように自分の背後に回した。

「来い!」

 葵はそう言い、至の右腕を強引に取り歩き出した。

「おっ?おい!」

 至は戸惑いの声を上げたが、葵に付いて行く。

 そして至は、ふと、今は葵に触れても嫌がられ無い事を思い出す。

 あれだけ、誰かに触られるのを嫌がっていたのは、治ったのだろうかと考えながら山中を行く。

 もう至は、右も左もわからなくなっていたのに、よくもまぁ、葵は迷わず前に進むとも思った。

 するとすぐ、ハイカー用の屋根付きの休憩場があり、そこのベンチの一つに座る。

 雨は本格的に降り出し、周りはただその音しかしない。

 朝の天気予報は晴れだったのに、
 山の天気だからか…と、至は、折畳み傘を持って来なかった自分を恨んだ。

 そして、ふと…

 間をかなり開けて横に座った葵を見た。

 葵も空を恨めし気に見ていたが、その葵の横顔の美しさに思わず見惚れた。

 すると、その視線に気付き、葵が至に視線を向けた。

 至は照れたように、すぐ反対の遠くに目をやった。

 それから…

 しとしとしと…と雨が降り続き…

 変な緊張感の中、もう5分位二人無言だ。

 だが、急に、至が前を向いたまま静かに葵に喋り出した。

 色々聞きたい謎はあったが、まず何より最初に聞きたい事、それは…

「どうして?…」

「え?…」

 葵は、戸惑いの表情を浮かべた。

「どうして?…俺の電話やメールは着信拒否にして、何回手紙出しても返事くれなかったんだ?葵…」

「……」

「俺が、イヤになった…とか…」

「……」

 何を尋ねても、葵は無言だった。

 ただ下を向き、何かを考えているようだった。

 そう、深く何かを…

「葵…俺…お前が引っ越してから一日もお前の事、忘れた事無かった。葵…聞いてるか?」

 余り反応が無くて、至は焦り葵を見た。

 すると、葵も至に視線を向けやっと呟いた。

 だが、葵の瞳は、今にも泣きそうに見えた。
 
「至…俺…もう、4年前の事…忘れたいんだ。お前を見てると、僚の事思い出す。だから…もう、俺には一切、一切関わらないでくれ…絶対にいいな…」

 葵は立ち上がり、雨の中を、駅に向かってだろう走り出した。

「おい!葵!!!」

 至も立ち上がり叫んだが、後を追えなかった。

 あれだけ、自分はハッキリ拒絶されたのだから…

 でも、忘れたいと言いながら、何故、葵は僚の墓にいたのだろう?

 そんな奇妙な謎が脳裏を掠めたが、葵の母親に言われて来るしか無かったのかも知れない。

 そしてきっとあれが、至に対する葵の本音なのだろうと思った。

「僚…俺…お前も葵も、完全に失くしてしまったよ…」

 至は、木々の間に広がる曇天に向かい悲し気に自嘲した。