深淵の幼なじみ

 もう、喋り方や雰囲気で、至にはすぐに葵とわかる。
 そして、葵の端正さと甘美さを合わせ持つ瞳を真っすぐ見詰めて告げた。

「イヤだよ、葵。俺、お前と一緒にいたい」

「……」

 葵も、黙ったまま、至をじっと見詰めた。
 葵の瞳は、まるで至の本心を探っているようだったから、至は、それが本心だと目をそらさない。

 もう、君が横にいない後悔も空虚も抱いて生きたくない。
 至はそう思う。

 さっきまで外の遠くから聞こえていた蜩の声も止み、辺りは静まり返った。

 至と葵は、お互いに引力があるかのようにお互いに視線を絡め合う。
 
 だがそこに――

「ううっ……」

 急に葵が額を押さえた。

「どうした?!葵?!」

 至が焦りながら葵に体を寄せ、葵が額を押さえる手に至の手を重ねた。

「いや……大丈夫……僚が……僚が、俺と代れ代れって頭の中がうるさくて……」

「なんで?今代れって言ってんの?」

 至は、眉間を寄せて聞いたが――

「ハハっ……それは……」

 葵は、至の顔を一瞬じっと見ると、その質問をはぐらかすように眉間に皺を寄せ苦笑いした。
 そして、僚が代れと言っているのを無いようにするかのように、目の前の階段に歩き出した。

「あの……」

 至は、まだどうして僚が葵に代れと言ったのか気になって聞こうとしたが、

 葵は、あの左手を手すりに当てて、階段の残留思念を探りしばらくして呟いた。

「おばさんは、二階には上がってない……なら、一階しかない……」

 至は、さっきの質問は忘れる事にし頷き、今いるエントランスから右側の廊下に葵より先に行こうとした。
 そして、そこに並ぶ部屋一つ一つを見ていくつもりだ。

 すると――

「待て!至!俺が先に行く!」

 葵が先に廊下に向い歩き出した。

「あっ!葵っ!」

 至は、その後姿を追った。

 ギィーッッッ……

 葵が、廊下、一番手前の部屋の木の扉を開け2人は中に入った。

 中は、床が板張りの洋室でかなり広い。

 かろうじて割れてないガラス窓からは明るい光が差すが、室内は薄暗い。

 中央に、脚が折れて崩れた木のテーブルと、それを左右で挟むように、中の詰め物も出てすでにボロボロのソファが二脚ある。

 壁紙も所々多数剥がれているが、クリーム色の下地の上に、レトロチックな幾何学模様が浮かぶ。

 元は白く美しかったであろう、今は茶黄色く変色したレースのカーテン。

 壁にある、今は止まっている木の振り子時計。

 背の低い木製のキャビネットは、ガラス扉が割れて、中にある酒だろうか?多数のガラス瓶も無残に割れている。
 その上に置いてある、陶器の洋風の女性の人形も何体も割れている。

 至は部屋中見渡すと、そのどれもに昭和レトロを感じた。
 そして一瞬耳が詰まったような感覚になると、この空間が時が止まっているかのように感じた。

 ふと、至が葵を見ると、葵は、壁にあの左手を置いていた。
 物の無言の言葉を聞くように。
 そして、不意に呟いた。

「今、色々な所で昭和と言う時代が消えていってるが、ここでも、静かに消えようとしてるんだ……昭和と言う時代が……静かに、確実に……時代の転換点なんだ」

 至は、ポカンとそれを聞くと、その後しばらく葵を見詰めた。
 今高校生の至にしたら、昭和など遥か大昔の時代に感じ実感など無い。
 時間は確実に流れてるから、昭和時代の産物がこの日本から消え去っても当たり前だ。
 消え去ったから、どうだと言うのだろうか?
 でも、この部屋を見るだけでもどこか懐かしくて、どこか惹かれる。
 だが突然、その葵の近くに何かの気配を感じ、至は咄嗟に走り葵を庇うように前に立った。

 すると次の瞬間――

 その至のすぐ目の前に、又あの黄色のワンピースのガイコツ女が立っていた。

 至は、葵を守るため、幽霊相手に当たるかわからないが咄嗟にグーパンで攻撃体制に入った。