子供には恵まれなかったが、妻と私は仲の良い夫婦だった。25歳で結婚して20年、喧嘩したことは一度もなかった。テニスや、旅行、読書、映画鑑賞など、共通の趣味を持ち、私たちの結婚生活は人が羨むほど充実したものだった。
だが、私たちの結婚生活は、ある夜、意外な展開を迎えた。
外食をして、妻と共に夜遅く一軒家の自宅に戻ると、門前に数人の男たちが待ち構えていた。
「警視庁の者です」
その内の一人が警察手帳を見せた。テレビなどでは見たことがあったが、本物を見るのは初めてだった。
「警視庁までご同行願います」
その言葉を合図に、私たちは拘束され、別々の車に乗せられた。私は彼らに説明を求めたが、彼らは、まるで置物のように口をきかなかった。
やがて車は、やはりテレビではよく見る警視庁の建物の地下に滑り込んでいった。何が起こっているのか見当もつかなかったが、それは冗談の類ではなく、私たちが極めてシリアスな状況に陥っているのだと思わざるを得なかった。
すぐさま取り調べが始まるものと思っていたが、私はそのまま留置場に連れて行かれ、休むように言われた。そうは言われても、そんな状況で眠れるはずもなく、私は瞬きもせずに朝を迎えた。
朝食が済んだ後、ようやく私は取調室に連れて行かれた。そこは、これまたテレビでよく見るような無機的な部屋だった。建物の外部に面した窓は無かった。特殊ガラスと思われるものが張られた壁面の向こうでは、おそらく複数の警察官が室内の様子を伺っているのだろうと思った。
天井からは監視カメラも睨んでいた。取調の内容は全て録画されるに違いなかった。
中央に置かれたテーブルの向こうに、刑事と思わしき男が腰を下ろしていた。年齢は自分と同じくらいに思えた。その隣には、どうやら新人らしい婦警が座っていた。
「お早うございます。どうぞお掛けください」
無表情のまま、刑事はそう言った。私は言われた通り彼の正面に腰を下ろした。
「それでは、これからいくつか質問をさせていただきます」
極めて事務的な刑事の態度に腹が立ち、私は声を荒げた。
「待て、まず、なんで私たち夫婦がここに連れてこられたのか説明するのが先だろう。妻も私も、何の罪も犯していないぞ」
刑事は眉一つ動かさずに、私の要求を退けた。
「本件の詳細は後程お伝えします。しかし、その前に、あなたには質問に答えていただかなくてはなりません。これは、あなた自身のためでもあるのです。警察の捜査への協力は市民の義務とお考え頂き、ご協力をお願いいたします」
言葉遣いだけは丁寧に捜査協力を強要する態度には腹が立ったが、刑事に怒りをぶちまけても、相手は無表情で受け流すだろうし、事態が好転するとは思えなかった。仕方なく、私は、刑事の質問に素直に答えるのが利口だと自分に言い聞かせた。
「分かりました。捜査に協力します。ご質問をどうぞ」
「ありがとうございます。では、質問いたします。ご夫婦の仲は円満でしたか?」
「くだらない質問だな。そんなことがあんたの言う捜査と関係があるのか?」
「はい」
「円満だよ。他人様からも、今は、おしどり夫婦って言われているよ」
「そうですか。我々の聞き込みの内容とも一致しますね」
「だったら、なぜ、改めて聞いたんだ?」
「一応、ご本人の口から聞かせていただきたくて。それに、他人にはご夫婦の間の全てが見えているわけではありませんので」
刑事の冷淡な口調には、ますます嫌気が差してきた。しかし、私の態度など気に掛ける様子もなく、刑事は次の質問を繰り出してきた。
「では、次の質問に移らせていただきます。今から十年前、ご夫婦の間で何か変わったことはありませんでしたか?」
さすが警視庁、良く調べているなと思った。十年前、私たち夫婦は確かに転機を迎えていた。
幼馴染だった妻は、子供の頃から、余りにも身近過ぎた。故に、妻がいつも傍にいることを当たり前のことだと思っていた。誕生日や、記念日なども気に掛けることが無かった。プレゼントの類もほとんどした覚えがない。旅行や食事にも連れて行かなかった。電話一つすれば済むことだったのに、妻の作った夕食を無駄にしたこともしばしばだった。
妻を愛していなかった訳ではなかった。妻に愛されているという自覚もあった。しかし、妻の愛を空気のように感じていた私は、気が付いてみれば妻に対して冷淡だったと言わざるを得なかった。
それに気づいたのが十年前だった。妻が病院で検査を受けた。しばらくしてから、何でもなかったと妻が言ってきた。だから、その時点では、私は妻の健康状態をたいして気にも留めなかった。
それから数日後、妻が一人旅に出たいと言ってきた。私は快く送り出した。妻が不在の一週間の間に、私は初めて妻の存在の大きさに気づいた。妻のいない毎日は信じられないくらい空虚だった。幸いにして、妻の健康状態に問題は無かったが、人間、いつ何があるか分からないのだ。ある日、不意に妻がいなくなってしまうことだってないとは言えないのだ。そう思った時、私は、それまでの妻への態度を改めようと決めた。もっと妻を大事にしようと誓った。
妻が旅行から戻った後、私は、それまでしてこなかったことを全てやるようにした。私たちの結婚生活は、それまでとは比べ物にならないほど充実したものになり、妻も前よりも幸せそうに見えた。
しかしながら、そんなことをご丁寧に説明してやる義理などなかった。私は、十年前のできごとを、要点だけ簡潔に伝えることにした。
「十年前、妻が病院で検査を受けたことがあったな。だが、何も問題はなかったと妻は言っていたぞ。それが証拠に、今だって健康そのものじゃないか」
「そうですね、確かに健康そうに見えますね。では、その検査結果が出た後に、奥様に何か変わったことはありませんでしたか?」
「そう言えば、その少し後、珍しく『一人旅に出たいなんて』言い出したな」
「なるほど、それであなたは快く送り出したわけですね」
「そうだ。妻が不倫旅行などするわけがないからな。ちゃんと予定通りに戻って来たぞ。何かを隠しているような様子は欠片もなかった」
「そうですか。どうもありがとうございました」
刑事は、言葉だけの感謝を示したような気がした。
「こんな夫婦の他愛のない話が、あんたが言う捜査とどう関係があるんだ。およそ犯罪とは無縁だろう。さあ、もう家に帰らしてくれ」
「それはできません。捜査は、まだ終わっていませんので。あなたには留置場に戻っていただきます」
刑事はぶっきら棒にそう答えた。
留置場に戻された後、私の頭の中では疑問が渦巻いていた。私たち夫婦が逮捕されたのには、それなりの理由があるはずだった。しかし、私は何の罪も犯していなかったし、誠実を絵に描いたような妻が罪を犯したはずも無かった。刑事が犯罪の内容に関して何も言わないのも妙だった。警視庁まで連行しておいて、質問は夫婦仲に関する他愛も無い質問だけというのも解せなかった。一体何が起こっているのか見当もつかなかった。
私が、再び取調室に連れて行かれたのは、次の日の午後遅くだった。前日と同じように、私はテーブルを挟んで刑事と若い婦警に向かい合った。
「捜査の結果、本件に関して、あなたは無実だということが判明しました。申し訳ありませんでした。あなたの拘束は捜査上必要なことでしたので、それについてはご容赦ください」
刑事の丁寧な謝罪は形だけのものに思えた。
「まあいい、じゃあ、妻と一緒に家に帰らせてもらうよ」
怒っても仕方ないと思い、私は冷静を装った。
しかし、私の態度をあざ笑うかのように、刑事は予想外のことを言い出した。
「残念ですが、それはできません」
「なぜだ、理由を言ってみろ」
「奥様は、ここには居られないからです」
馬鹿げているとしか思えない返答に対して、私は声を荒げた。
「ふざけるな。お前たちは、私と一緒に妻もここに連れてきたじゃないか」
怒鳴られても、刑事が私に腹を立てた様子は無かった。そして、そのまま、信じられないような言葉を口にした。
「私たちが、あなたと共にここに連れてきたのは奥様ではありません。奥様の偽物です。偽物は、あなたが気づかないうちに本物の奥様と入れ替わっていたのです」
その言葉には、さすがに腹が立ち、私は両手でテーブルを叩いて叫んだ。
「偽物だと、いい加減にしろ。たとえ、容姿がうり二つだったとしても、夫婦生活をしてきた連れ合いを、途中で入れ替わって騙し通せる人間なんているものか」
若い婦警は驚いて少し体を後ろに逸らせたが、刑事は無表情で切り返してきた。
「そうですね。人間には無理でしょうね。しかし、あれは、人間ではありませんから」
「何を馬鹿げたことを言っているんだ。そんな話を誰が信じるものか」
私は再び両手でテーブルを叩いた。しかし、刑事は全く動じなかった。
私は、怒りに任せてたたみかけた。
「人間じゃないなら、何なのか、言ってみろ」
「精巧に作られたAIロボットです。奥様の身体的な特徴だけでなく、人格と記憶がコピーされています。自分がロボットであることも知らず、奥様自身だと信じ込むようにプログラミングされています」
「そんな話が信じられるか」
私は蔑むようにそう言った。
「そうですね。信じられないと思って当然です。ですが、警視庁が、信じがたいような作り話をでっちあげて、犯罪と無関係の市民を連行すると思いますか?そんなことをしたら、警察機構全体に関わる大問題に発展するでしょう。そんなことを警視庁ぐるみですると思いますか。冷静に考えてください」
私の怒りを受け流して淡々と正論を並べる態度には虫唾が走ったが、刑事の言う理屈は理解できた。しかし、妻が偽物で、なおかつ人間ではないということを信じるのとは別の問題だった。今度はこっちが刑事に質問する番だと思った。
「妻が偽物だと言ったな。じゃあ、一体、誰が私の許に妻の偽物を送り込んだと言うんだ」
「それは、奥様ご自身です」
「馬鹿げた話だな。そんな話を信じろと言うのなら、自分のコピーを私の許に残して、妻がどこで何をしているのか言ってみろ」
刑事は、珍しく少し間を置いてから答えた。
「奥様は、もう、この世には居られません」
「ふざけるな。冗談もいい加減にしろ」
刑事は、どこまでも私の怒りを受け流し、淡々と続けた。
「奥様は十年前にお亡くなりになったのです。一月前に青木ヶ原樹海でご遺体が発見されました。骨格から復元したお顔のデータと、マイナンバーカード、その他の写真のデータが一致して身元が判明しました。しかし、奥様には行方不明の届けが出されていませんでした。捜査を開始したところ、驚くべきことに、奥様の偽物が何食わぬ顔で奥様になりしましていることがわかりました」
「そんなバカなことがあってたまるか」
「いえ、それが事実です」
「じゃあ聞くが、一体、なんのために、妻は自分の偽物を私の許に送り込んだって言うんだ」
「これは想像の域を出ませんが、あなたを悲しませたくなかったからではないでしょうか」
「どういうことだ」
「捜査の結果、奥様は10年前の検査で、余命半年の診断を受けていたことが判明しました。奥様はご自分が亡くなって、あなたが悲しい思いをすることを防ごうとしたのでしょう。検査の結果は問題なかったと嘘をつき、旅行と偽って、違法業者の元でご自分のコピーを作る時間を稼いだ。そして、ご自分のコピーをあなたの元に届けた後、青木ヶ原樹海で自らのお命を絶たれたのでしょう」
想像を絶する話に、頭がついていかなかった。狼狽える私を前に刑事は、ただ黙っているだけだった。
しかし、気持ちが落ち着くにつれて、これからどうしたいのかがはっきりしてきた。
「刑事さん、あれが人間であれ、ロボットであれ、私の妻であることには何の変りもありません。私は妻を連れて家に帰りたいと思います」
「それはできません」
にべも無い言い方だった。それから、刑事は理由を事務的に語った。
「ご存じのようにAI法により、感情を持ったロボットも、人間と見分けのつかないロボットも、実在の人間をコピーしたロボットも製作が認められていません。奥様のコピーは、その全てに該当します。そのようなロボットは如何なる理由があれ、存在が認められません。即座に処分することになっています」
「処分だって。ロボットであれ、立派な人格を持っているんだ。それじゃあ、死刑と同じじゃないか。なんの罪も犯していない妻を死刑にするなんて人権侵害も甚だしいぞ」
「人格はあるかもしれませんが、ロボットに人権はありません。ですから、処分は死刑とは全く別のものです。奥様のコピーは違法に製造された機械です。法律的には密造銃となんら変わらないのです」
「密造銃と同じだと。何を言っているんだ。妻は何も悪いことはしていないだろう」
「いえ、奥様のコピーは、奥様の振りをして他人を欺いているわけですから、奥様がコピーを作り社会に送り出したことは立派な詐欺行為です。本件とは別の事例になりますが、金銭詐取が目的でAIロボットが作られ、被害に合った方もいるのです」
「妻は誰かの金をだまし取ったことがあるのか?」
「ありません」
「それなら、いても問題はないだろう」
「いいえ、先ほど申し上げた通り、コピー自体、存在が許されないのです。奥様は十年前にお亡くなりになりました。それが事実です。しかし、奥様はコピーをお作りになり、その歴史的な事実を捻じ曲げてしまいました。それは、本来、許されることではありません。それにです、想像してみてください。実在する人間のコピーが、周りの人間が知らないうちに世の中に出回ってしまったらどうなるでしょう。社会はとんでもない混乱に陥ります。ですからAI法は厳格でなければならないのです。お判りいただけますね」
刑事の言うことは一々もっともだった。しかし、私はそれを素直に受け入れることはできなかった。
「でも、妻は悪気があってコピーを作った訳じゃないだろう」
「悪気があろうが無かろうが。奥様が行ったことは明らかな犯罪です」
「しかし」
「よろしいですか、世界には安楽死が認められている国があります。しかし、日本では認められていません。患者さん自身と、その家族がどれだけ望んでも、安楽死を実行すれば、実行した人間は罪に問われます。理由がどうあれ、犯罪は犯罪です。日本は法治国家です。犯罪行為自体を肯定することはできません」
罪を犯すに至った妻の感情を全て無視したような正論を並べる刑事には腹が立ったが、それを認めざるを得ないことに更に腹が立った。しかし、それでも、私は諦めがつかず、最後の願いを伝えた。
「分かった。だが、せめて最後に妻に会わせてくれないか」
「それはできません。そういう規則なっています」
「法律だの、規則ばかり持ち出して、お前たちには人の心が無いのか」
怒鳴られても刑事は無反応だった。
「では、申し上げましょう。全ての調査が終了したので、既に奥様のコピーの処分は完了しています」
「妻を殺したのか」
「殺したのではありません。あくまでも処分です。先ほど申しあげた通り、ロボットには人権はありませんから。ただ、ご安心ください。奥様のコピーは回収後、すぐに機能を停止してあります。肉体的にも精神的にも何の苦痛も与えていません。自分に何が起こったかも把握していません。人間でいえば、寝ている間に静かに息をひきとったようなものです。コピー内のデータ解析は全て機能停止後に行っています」
恩着せがましい刑事の言いようには吐き気がした。
そこから刑事は、更に事務的な態度で先を続けた。
「さて、ご存じのように違法AIロボット制作の事件は、基本的に詳細は発表されません。社会的な混乱を避けるためと、模倣犯罪の発生を防ぐためです。今回のケースに関しても、社会的な影響を考慮して、奥様は突然死で亡くなられたということで各方面の処理がなされます」
「隠蔽工作というわけだな」
「社会の安定のためであり、あなたを含めた被害者の心情に対する救済措置です」
「言葉ではなんとでも繕えるな」
「ご意見は色々とあると思いますが、あなたにもご協力をいただかなければなりません。今回の件に関しましては一切他言無用でお願いいたします」
「頼まれたって言うものか、『私の妻はロボットでした』なんてな」
「それと、犯罪被害者であるあなたには、特別に記憶改善の処置を受ける権利があります」
「記憶改善、何だ、それは?」
「今回の場合は、あなたの脳から、この捜査の記憶を全て消去して、代わりに、奥様は突然死で亡くなったという記憶を植え付けるのです。あなたはAIロボットに騙されていたことを忘れ、本物の奥様との思い出とロボットとの思い出が連続した真実になるのです。どうですか、現実を受け止めて生きてゆくより、その方が良いと思いませんか?」
「そう思うなら、どうして強制的にやらないんだ。その方が隠蔽工作も楽じゃないか」
「そうかもしれません。でも、あなたは無罪で、犯罪の被害者です。本人の承諾なしに強制的に記憶の書き換えを行うのは人権侵害になりますので」
「人権か、そんなに人権を大切にしてくれるなら、妻にも人権を認めて欲しかったな」
「先ほど申し上げました通り、ロボットには人権は・・・」
「もういい、何度も聞きたくない」
「それでは、記憶改善の件は如何いたしましょう」
「お断りだ。この年になって『愛』なんて言葉を使うのは恥ずかしいが、ロボットを残したのは妻の『愛』だ。あんたは『犯罪』だの、『詐欺』だのって言うがな。記憶の改善だって、それこそ、よっぽど『詐欺』じゃないか。私は妻の『愛』をきちんと受け止めて生きてゆくよ」
「承知しました」
刑事の返答は冷ややかだった。その冷たさが私の頭を冷やした。ようやく全ての事実を冷静に受け止めた私は、深い後悔の念に駆られた。それは、不本意にも私の口からこぼれてしまった。
「昨日、夫婦仲は円満だと言ったが、あれは半分嘘だ。十年前まで、私は妻を冷遇していたんだ。だが、妻が一人旅に出ている間に、妻の存在の大きさに気づいたんだ。これからは妻をもっと大事にしよう。その時、そう誓って、それ以来は妻を大事にしてきた。この十年間、妻の『愛』のおかげで自分は本当に幸せだった。でも、妻は、死んでしまった妻は、この十年を過ごすことはできなかったんだな。自分だけが一方的に妻の『愛』を享受していたなんて、申し訳ない話だ」
私の言葉に反応して、初めて若い婦警が口を開いた。
「いえ、きっと、奥様も天国で、あなたが奥様を愛してくださった様子を見ていてくださったに違いありません。私は・・・」
刑事は婦警の言葉を遮って怒鳴りつけた。
「鈴木君、黙って見ていろと言ったはずだ。それに事情聴取の最中だ。非科学的な妄想を口にするなど、もっての外だ」
叱責されて、婦警はうなだれ、反省を口にした。
「すみませんでした」
「失礼いたしました。部下が取り乱しまして」
失礼なのは、むしろ刑事の方のような気がした。
「さて、それでは事情聴取は以上です。結果としては、被害者であるあなたを長時間拘束することになってしまいましたが、奥様が罪を犯したのが原因ですので、そこのところはご理解下さい。車でお宅まで送らせていただきます」
車で自宅前に着くと刑事がさらりと言った。
「本物の奥様の遺骨を納めた骨壺と、埋葬許可証は後程お届けさせていただきます。本当のご命日は十年前の、20××年10月31日と推定されますが、書類上の奥様のご命日は昨日となる予定です」
「それは、お前たちが妻を殺した日付か?」
「解体した日付とは一致はしますが、特別な意味はありません。ご希望があれば多少の変更は可能ですが」
「ならば、妻の命日は昨日だ。私の妻は確かに昨日まで生きていたんだ。ロボットだろうと何だろうと、妻は妻に変わりはない。きちんと葬式も出してやるよ」
私がそう言うと、初めて刑事が神妙な口調で応じた。
「奥様を亡くされたばかりで、気落ちしておられるとは存じますが、どうか心を強くお持ちください。葬儀の日程が決まりましたらご連絡ください。昨日お亡くなりになった奥様のご冥福を、私にもお祈りさせて下さい」
終
だが、私たちの結婚生活は、ある夜、意外な展開を迎えた。
外食をして、妻と共に夜遅く一軒家の自宅に戻ると、門前に数人の男たちが待ち構えていた。
「警視庁の者です」
その内の一人が警察手帳を見せた。テレビなどでは見たことがあったが、本物を見るのは初めてだった。
「警視庁までご同行願います」
その言葉を合図に、私たちは拘束され、別々の車に乗せられた。私は彼らに説明を求めたが、彼らは、まるで置物のように口をきかなかった。
やがて車は、やはりテレビではよく見る警視庁の建物の地下に滑り込んでいった。何が起こっているのか見当もつかなかったが、それは冗談の類ではなく、私たちが極めてシリアスな状況に陥っているのだと思わざるを得なかった。
すぐさま取り調べが始まるものと思っていたが、私はそのまま留置場に連れて行かれ、休むように言われた。そうは言われても、そんな状況で眠れるはずもなく、私は瞬きもせずに朝を迎えた。
朝食が済んだ後、ようやく私は取調室に連れて行かれた。そこは、これまたテレビでよく見るような無機的な部屋だった。建物の外部に面した窓は無かった。特殊ガラスと思われるものが張られた壁面の向こうでは、おそらく複数の警察官が室内の様子を伺っているのだろうと思った。
天井からは監視カメラも睨んでいた。取調の内容は全て録画されるに違いなかった。
中央に置かれたテーブルの向こうに、刑事と思わしき男が腰を下ろしていた。年齢は自分と同じくらいに思えた。その隣には、どうやら新人らしい婦警が座っていた。
「お早うございます。どうぞお掛けください」
無表情のまま、刑事はそう言った。私は言われた通り彼の正面に腰を下ろした。
「それでは、これからいくつか質問をさせていただきます」
極めて事務的な刑事の態度に腹が立ち、私は声を荒げた。
「待て、まず、なんで私たち夫婦がここに連れてこられたのか説明するのが先だろう。妻も私も、何の罪も犯していないぞ」
刑事は眉一つ動かさずに、私の要求を退けた。
「本件の詳細は後程お伝えします。しかし、その前に、あなたには質問に答えていただかなくてはなりません。これは、あなた自身のためでもあるのです。警察の捜査への協力は市民の義務とお考え頂き、ご協力をお願いいたします」
言葉遣いだけは丁寧に捜査協力を強要する態度には腹が立ったが、刑事に怒りをぶちまけても、相手は無表情で受け流すだろうし、事態が好転するとは思えなかった。仕方なく、私は、刑事の質問に素直に答えるのが利口だと自分に言い聞かせた。
「分かりました。捜査に協力します。ご質問をどうぞ」
「ありがとうございます。では、質問いたします。ご夫婦の仲は円満でしたか?」
「くだらない質問だな。そんなことがあんたの言う捜査と関係があるのか?」
「はい」
「円満だよ。他人様からも、今は、おしどり夫婦って言われているよ」
「そうですか。我々の聞き込みの内容とも一致しますね」
「だったら、なぜ、改めて聞いたんだ?」
「一応、ご本人の口から聞かせていただきたくて。それに、他人にはご夫婦の間の全てが見えているわけではありませんので」
刑事の冷淡な口調には、ますます嫌気が差してきた。しかし、私の態度など気に掛ける様子もなく、刑事は次の質問を繰り出してきた。
「では、次の質問に移らせていただきます。今から十年前、ご夫婦の間で何か変わったことはありませんでしたか?」
さすが警視庁、良く調べているなと思った。十年前、私たち夫婦は確かに転機を迎えていた。
幼馴染だった妻は、子供の頃から、余りにも身近過ぎた。故に、妻がいつも傍にいることを当たり前のことだと思っていた。誕生日や、記念日なども気に掛けることが無かった。プレゼントの類もほとんどした覚えがない。旅行や食事にも連れて行かなかった。電話一つすれば済むことだったのに、妻の作った夕食を無駄にしたこともしばしばだった。
妻を愛していなかった訳ではなかった。妻に愛されているという自覚もあった。しかし、妻の愛を空気のように感じていた私は、気が付いてみれば妻に対して冷淡だったと言わざるを得なかった。
それに気づいたのが十年前だった。妻が病院で検査を受けた。しばらくしてから、何でもなかったと妻が言ってきた。だから、その時点では、私は妻の健康状態をたいして気にも留めなかった。
それから数日後、妻が一人旅に出たいと言ってきた。私は快く送り出した。妻が不在の一週間の間に、私は初めて妻の存在の大きさに気づいた。妻のいない毎日は信じられないくらい空虚だった。幸いにして、妻の健康状態に問題は無かったが、人間、いつ何があるか分からないのだ。ある日、不意に妻がいなくなってしまうことだってないとは言えないのだ。そう思った時、私は、それまでの妻への態度を改めようと決めた。もっと妻を大事にしようと誓った。
妻が旅行から戻った後、私は、それまでしてこなかったことを全てやるようにした。私たちの結婚生活は、それまでとは比べ物にならないほど充実したものになり、妻も前よりも幸せそうに見えた。
しかしながら、そんなことをご丁寧に説明してやる義理などなかった。私は、十年前のできごとを、要点だけ簡潔に伝えることにした。
「十年前、妻が病院で検査を受けたことがあったな。だが、何も問題はなかったと妻は言っていたぞ。それが証拠に、今だって健康そのものじゃないか」
「そうですね、確かに健康そうに見えますね。では、その検査結果が出た後に、奥様に何か変わったことはありませんでしたか?」
「そう言えば、その少し後、珍しく『一人旅に出たいなんて』言い出したな」
「なるほど、それであなたは快く送り出したわけですね」
「そうだ。妻が不倫旅行などするわけがないからな。ちゃんと予定通りに戻って来たぞ。何かを隠しているような様子は欠片もなかった」
「そうですか。どうもありがとうございました」
刑事は、言葉だけの感謝を示したような気がした。
「こんな夫婦の他愛のない話が、あんたが言う捜査とどう関係があるんだ。およそ犯罪とは無縁だろう。さあ、もう家に帰らしてくれ」
「それはできません。捜査は、まだ終わっていませんので。あなたには留置場に戻っていただきます」
刑事はぶっきら棒にそう答えた。
留置場に戻された後、私の頭の中では疑問が渦巻いていた。私たち夫婦が逮捕されたのには、それなりの理由があるはずだった。しかし、私は何の罪も犯していなかったし、誠実を絵に描いたような妻が罪を犯したはずも無かった。刑事が犯罪の内容に関して何も言わないのも妙だった。警視庁まで連行しておいて、質問は夫婦仲に関する他愛も無い質問だけというのも解せなかった。一体何が起こっているのか見当もつかなかった。
私が、再び取調室に連れて行かれたのは、次の日の午後遅くだった。前日と同じように、私はテーブルを挟んで刑事と若い婦警に向かい合った。
「捜査の結果、本件に関して、あなたは無実だということが判明しました。申し訳ありませんでした。あなたの拘束は捜査上必要なことでしたので、それについてはご容赦ください」
刑事の丁寧な謝罪は形だけのものに思えた。
「まあいい、じゃあ、妻と一緒に家に帰らせてもらうよ」
怒っても仕方ないと思い、私は冷静を装った。
しかし、私の態度をあざ笑うかのように、刑事は予想外のことを言い出した。
「残念ですが、それはできません」
「なぜだ、理由を言ってみろ」
「奥様は、ここには居られないからです」
馬鹿げているとしか思えない返答に対して、私は声を荒げた。
「ふざけるな。お前たちは、私と一緒に妻もここに連れてきたじゃないか」
怒鳴られても、刑事が私に腹を立てた様子は無かった。そして、そのまま、信じられないような言葉を口にした。
「私たちが、あなたと共にここに連れてきたのは奥様ではありません。奥様の偽物です。偽物は、あなたが気づかないうちに本物の奥様と入れ替わっていたのです」
その言葉には、さすがに腹が立ち、私は両手でテーブルを叩いて叫んだ。
「偽物だと、いい加減にしろ。たとえ、容姿がうり二つだったとしても、夫婦生活をしてきた連れ合いを、途中で入れ替わって騙し通せる人間なんているものか」
若い婦警は驚いて少し体を後ろに逸らせたが、刑事は無表情で切り返してきた。
「そうですね。人間には無理でしょうね。しかし、あれは、人間ではありませんから」
「何を馬鹿げたことを言っているんだ。そんな話を誰が信じるものか」
私は再び両手でテーブルを叩いた。しかし、刑事は全く動じなかった。
私は、怒りに任せてたたみかけた。
「人間じゃないなら、何なのか、言ってみろ」
「精巧に作られたAIロボットです。奥様の身体的な特徴だけでなく、人格と記憶がコピーされています。自分がロボットであることも知らず、奥様自身だと信じ込むようにプログラミングされています」
「そんな話が信じられるか」
私は蔑むようにそう言った。
「そうですね。信じられないと思って当然です。ですが、警視庁が、信じがたいような作り話をでっちあげて、犯罪と無関係の市民を連行すると思いますか?そんなことをしたら、警察機構全体に関わる大問題に発展するでしょう。そんなことを警視庁ぐるみですると思いますか。冷静に考えてください」
私の怒りを受け流して淡々と正論を並べる態度には虫唾が走ったが、刑事の言う理屈は理解できた。しかし、妻が偽物で、なおかつ人間ではないということを信じるのとは別の問題だった。今度はこっちが刑事に質問する番だと思った。
「妻が偽物だと言ったな。じゃあ、一体、誰が私の許に妻の偽物を送り込んだと言うんだ」
「それは、奥様ご自身です」
「馬鹿げた話だな。そんな話を信じろと言うのなら、自分のコピーを私の許に残して、妻がどこで何をしているのか言ってみろ」
刑事は、珍しく少し間を置いてから答えた。
「奥様は、もう、この世には居られません」
「ふざけるな。冗談もいい加減にしろ」
刑事は、どこまでも私の怒りを受け流し、淡々と続けた。
「奥様は十年前にお亡くなりになったのです。一月前に青木ヶ原樹海でご遺体が発見されました。骨格から復元したお顔のデータと、マイナンバーカード、その他の写真のデータが一致して身元が判明しました。しかし、奥様には行方不明の届けが出されていませんでした。捜査を開始したところ、驚くべきことに、奥様の偽物が何食わぬ顔で奥様になりしましていることがわかりました」
「そんなバカなことがあってたまるか」
「いえ、それが事実です」
「じゃあ聞くが、一体、なんのために、妻は自分の偽物を私の許に送り込んだって言うんだ」
「これは想像の域を出ませんが、あなたを悲しませたくなかったからではないでしょうか」
「どういうことだ」
「捜査の結果、奥様は10年前の検査で、余命半年の診断を受けていたことが判明しました。奥様はご自分が亡くなって、あなたが悲しい思いをすることを防ごうとしたのでしょう。検査の結果は問題なかったと嘘をつき、旅行と偽って、違法業者の元でご自分のコピーを作る時間を稼いだ。そして、ご自分のコピーをあなたの元に届けた後、青木ヶ原樹海で自らのお命を絶たれたのでしょう」
想像を絶する話に、頭がついていかなかった。狼狽える私を前に刑事は、ただ黙っているだけだった。
しかし、気持ちが落ち着くにつれて、これからどうしたいのかがはっきりしてきた。
「刑事さん、あれが人間であれ、ロボットであれ、私の妻であることには何の変りもありません。私は妻を連れて家に帰りたいと思います」
「それはできません」
にべも無い言い方だった。それから、刑事は理由を事務的に語った。
「ご存じのようにAI法により、感情を持ったロボットも、人間と見分けのつかないロボットも、実在の人間をコピーしたロボットも製作が認められていません。奥様のコピーは、その全てに該当します。そのようなロボットは如何なる理由があれ、存在が認められません。即座に処分することになっています」
「処分だって。ロボットであれ、立派な人格を持っているんだ。それじゃあ、死刑と同じじゃないか。なんの罪も犯していない妻を死刑にするなんて人権侵害も甚だしいぞ」
「人格はあるかもしれませんが、ロボットに人権はありません。ですから、処分は死刑とは全く別のものです。奥様のコピーは違法に製造された機械です。法律的には密造銃となんら変わらないのです」
「密造銃と同じだと。何を言っているんだ。妻は何も悪いことはしていないだろう」
「いえ、奥様のコピーは、奥様の振りをして他人を欺いているわけですから、奥様がコピーを作り社会に送り出したことは立派な詐欺行為です。本件とは別の事例になりますが、金銭詐取が目的でAIロボットが作られ、被害に合った方もいるのです」
「妻は誰かの金をだまし取ったことがあるのか?」
「ありません」
「それなら、いても問題はないだろう」
「いいえ、先ほど申し上げた通り、コピー自体、存在が許されないのです。奥様は十年前にお亡くなりになりました。それが事実です。しかし、奥様はコピーをお作りになり、その歴史的な事実を捻じ曲げてしまいました。それは、本来、許されることではありません。それにです、想像してみてください。実在する人間のコピーが、周りの人間が知らないうちに世の中に出回ってしまったらどうなるでしょう。社会はとんでもない混乱に陥ります。ですからAI法は厳格でなければならないのです。お判りいただけますね」
刑事の言うことは一々もっともだった。しかし、私はそれを素直に受け入れることはできなかった。
「でも、妻は悪気があってコピーを作った訳じゃないだろう」
「悪気があろうが無かろうが。奥様が行ったことは明らかな犯罪です」
「しかし」
「よろしいですか、世界には安楽死が認められている国があります。しかし、日本では認められていません。患者さん自身と、その家族がどれだけ望んでも、安楽死を実行すれば、実行した人間は罪に問われます。理由がどうあれ、犯罪は犯罪です。日本は法治国家です。犯罪行為自体を肯定することはできません」
罪を犯すに至った妻の感情を全て無視したような正論を並べる刑事には腹が立ったが、それを認めざるを得ないことに更に腹が立った。しかし、それでも、私は諦めがつかず、最後の願いを伝えた。
「分かった。だが、せめて最後に妻に会わせてくれないか」
「それはできません。そういう規則なっています」
「法律だの、規則ばかり持ち出して、お前たちには人の心が無いのか」
怒鳴られても刑事は無反応だった。
「では、申し上げましょう。全ての調査が終了したので、既に奥様のコピーの処分は完了しています」
「妻を殺したのか」
「殺したのではありません。あくまでも処分です。先ほど申しあげた通り、ロボットには人権はありませんから。ただ、ご安心ください。奥様のコピーは回収後、すぐに機能を停止してあります。肉体的にも精神的にも何の苦痛も与えていません。自分に何が起こったかも把握していません。人間でいえば、寝ている間に静かに息をひきとったようなものです。コピー内のデータ解析は全て機能停止後に行っています」
恩着せがましい刑事の言いようには吐き気がした。
そこから刑事は、更に事務的な態度で先を続けた。
「さて、ご存じのように違法AIロボット制作の事件は、基本的に詳細は発表されません。社会的な混乱を避けるためと、模倣犯罪の発生を防ぐためです。今回のケースに関しても、社会的な影響を考慮して、奥様は突然死で亡くなられたということで各方面の処理がなされます」
「隠蔽工作というわけだな」
「社会の安定のためであり、あなたを含めた被害者の心情に対する救済措置です」
「言葉ではなんとでも繕えるな」
「ご意見は色々とあると思いますが、あなたにもご協力をいただかなければなりません。今回の件に関しましては一切他言無用でお願いいたします」
「頼まれたって言うものか、『私の妻はロボットでした』なんてな」
「それと、犯罪被害者であるあなたには、特別に記憶改善の処置を受ける権利があります」
「記憶改善、何だ、それは?」
「今回の場合は、あなたの脳から、この捜査の記憶を全て消去して、代わりに、奥様は突然死で亡くなったという記憶を植え付けるのです。あなたはAIロボットに騙されていたことを忘れ、本物の奥様との思い出とロボットとの思い出が連続した真実になるのです。どうですか、現実を受け止めて生きてゆくより、その方が良いと思いませんか?」
「そう思うなら、どうして強制的にやらないんだ。その方が隠蔽工作も楽じゃないか」
「そうかもしれません。でも、あなたは無罪で、犯罪の被害者です。本人の承諾なしに強制的に記憶の書き換えを行うのは人権侵害になりますので」
「人権か、そんなに人権を大切にしてくれるなら、妻にも人権を認めて欲しかったな」
「先ほど申し上げました通り、ロボットには人権は・・・」
「もういい、何度も聞きたくない」
「それでは、記憶改善の件は如何いたしましょう」
「お断りだ。この年になって『愛』なんて言葉を使うのは恥ずかしいが、ロボットを残したのは妻の『愛』だ。あんたは『犯罪』だの、『詐欺』だのって言うがな。記憶の改善だって、それこそ、よっぽど『詐欺』じゃないか。私は妻の『愛』をきちんと受け止めて生きてゆくよ」
「承知しました」
刑事の返答は冷ややかだった。その冷たさが私の頭を冷やした。ようやく全ての事実を冷静に受け止めた私は、深い後悔の念に駆られた。それは、不本意にも私の口からこぼれてしまった。
「昨日、夫婦仲は円満だと言ったが、あれは半分嘘だ。十年前まで、私は妻を冷遇していたんだ。だが、妻が一人旅に出ている間に、妻の存在の大きさに気づいたんだ。これからは妻をもっと大事にしよう。その時、そう誓って、それ以来は妻を大事にしてきた。この十年間、妻の『愛』のおかげで自分は本当に幸せだった。でも、妻は、死んでしまった妻は、この十年を過ごすことはできなかったんだな。自分だけが一方的に妻の『愛』を享受していたなんて、申し訳ない話だ」
私の言葉に反応して、初めて若い婦警が口を開いた。
「いえ、きっと、奥様も天国で、あなたが奥様を愛してくださった様子を見ていてくださったに違いありません。私は・・・」
刑事は婦警の言葉を遮って怒鳴りつけた。
「鈴木君、黙って見ていろと言ったはずだ。それに事情聴取の最中だ。非科学的な妄想を口にするなど、もっての外だ」
叱責されて、婦警はうなだれ、反省を口にした。
「すみませんでした」
「失礼いたしました。部下が取り乱しまして」
失礼なのは、むしろ刑事の方のような気がした。
「さて、それでは事情聴取は以上です。結果としては、被害者であるあなたを長時間拘束することになってしまいましたが、奥様が罪を犯したのが原因ですので、そこのところはご理解下さい。車でお宅まで送らせていただきます」
車で自宅前に着くと刑事がさらりと言った。
「本物の奥様の遺骨を納めた骨壺と、埋葬許可証は後程お届けさせていただきます。本当のご命日は十年前の、20××年10月31日と推定されますが、書類上の奥様のご命日は昨日となる予定です」
「それは、お前たちが妻を殺した日付か?」
「解体した日付とは一致はしますが、特別な意味はありません。ご希望があれば多少の変更は可能ですが」
「ならば、妻の命日は昨日だ。私の妻は確かに昨日まで生きていたんだ。ロボットだろうと何だろうと、妻は妻に変わりはない。きちんと葬式も出してやるよ」
私がそう言うと、初めて刑事が神妙な口調で応じた。
「奥様を亡くされたばかりで、気落ちしておられるとは存じますが、どうか心を強くお持ちください。葬儀の日程が決まりましたらご連絡ください。昨日お亡くなりになった奥様のご冥福を、私にもお祈りさせて下さい」
終



