「今日は戻りません」
コインランドリーを利用する土曜日に、ちょっとした事件が起きた。
常に狙われているシャルの身に起きる事件といえば襲撃しかない。
キングの活躍で事なきを得たけど、そのキングが思った以上に凹んでいるらしい。
仏頂面で殺気立ったままオレの家に報告に来たキングを見てそう判断するんだから、シャルはキングの恋人なんだろうな。
しかもウキウキしながら「彼が凹んでいるこの機に、いかがわしいセックスを楽しんできます」と言い放った。
ボディーガードとして身辺を守っているとしても、シャルがオレの家にいる以上恋人としての時間はない。
そんな中だとしても素人に近い刺客をシャルに近づけてしまったことをめちゃくちゃ気にして凹んでいる……そうだ。
シャルも弱みにつけ込むようなことを言ったけど、本当はちゃんとキングを心配しているんだろう。
「明日昼頃に戻って来ます」
「わかった。行ってらっしゃい」
見送ったあとの静けさは久しぶりで、危うくバイトの時間を忘れるところだった。
平穏なバイトが終わり、オレは暇な時間をすごしていた。
ひとりってこんなに暇だっただろうか。
他人がいるとあれもこれもと気になっていたのに、今は感情すら湧いてこない。
「はぁ……」
コインランドリーでのことを思い出してみる。
刺客は小柄な女性だった。
人懐っこい片エクボのある笑顔を見せていた。
言葉は英語で、この国の言葉もカタコトで話していた。
キングの報告では小遣い稼ぎの素人同然らしいけど、この国の一般人からすれば人を殺めるためだけに故郷を離れ勝手もわからない国に来るなんてと思う。
報告の後、キングはシャルに謝罪した。
その姿はボディーガードで、恋人のそれじゃなかった。
なのにだ。
シャルはキングとゆっくりしたいと、いつもの通り手ぶらで出て行ってしまった。
「アレで素人ってマジかレベルだったな」
女性は、シャルに狙いを定めてからは機敏だった。
コインランドリーの中央に並んでいる長机の上を走り、折りたたみナイフで狙いに行った。
「同じ現代の話……なんだよな」
シャルのいる場所。
そこには久史も行ける。
オレにはけして相応しくない世界。
だからそこシャルがそこまでオレを気にして構ってくれるのがわからない。
単なる興味だったかもしれない。
久史に相応しいかどうかの選別をする目的があったかもしれない。
きっとシャルは包み隠さず教えてくれる。
けど、それを聞くのが怖い。
「……」
シャルはキングに会ってどんなことを話すのかな。
雇い主とボディーガードとしての会話は何度か聞いてるけど、恋人同士の会話は知らない。
甘えるのかな。
キングにしか見せない顔もあるんだろうな。
二人でどこかへ行くんだろうか。
観光と称してキングを連れ回すのかな。
それともさっさとホテルに……。
いやいや、さすがに雰囲気作るだろ。
あーでもなー、恋人としての時間が少なかった反動ってあるよな?
直行のほうがシャルらしいとか思ってしまった。
彼らは性にフリーダムだし、感情を隠す仲でもないハズだ。
シャルは一度も寂しいと言わなくて、キングの傍にいたい素振りもない。
いつも堂々としていて颯爽とオレをリードしてくれて、気づきや発見の源を作ってくれる。
オレは無意識に頼ってしまっていて、負担になっていた可能性もゼロじゃない。
だからこそ、即決で二人の時間を作ったのかも。
迷惑かけてたかもな。
戻ってきたら、少しその辺話し合おうかな。
言い出すのに手間取るかもしれないけど、シャルも久史と同じでオレの言葉を待ってくれるから大丈夫だ。
帰国直前に気がつくなんて、オレは鈍い。
自分が離れていても平気だからって、シャルたちが同じなワケないよな。
反省。
「ま、満足して戻ってくるだろ」
ご機嫌なシャルは見ていてほっこりする。
爽やかで美麗な存在なのに、オレの中で癒し系になりつつある。
チャーミングって言うのかな、ああいうの。
「飯どうしようかな」
久しぶりに牛丼食べに行くか。
でもまだオレの晩飯には早い時間だから、あと少し時間を稼がないとだな。
ベッドに寝転がって天井を見つめる。
「そうだ」
一度ちゃんと聞いてみようと思っていた、アイドルグループのラブバラード。
久史がパフォーマンスで使っていたあの曲。
スマホで歌詞を検索すると直ぐに行き着いた。
『虹Q&』と呼ばれるグループの中でも『弟組』と言われているメンバーの歌曲らしい。
音楽系アプリ内からダウンロードして、そのまま聞いてみる。
和テイストな言葉選びと華やかな曲調、重なり合う軽やかでしっとりした歌声。
音楽のなんたるかはあまりわからないけど、人気になるのは納得の曲だと思う。
曲を繰り返しながら、少しだけ虹Q&のことを検索したり、弟組のメンバーの画像を閲覧したりする。
久史は、いい曲だと思って選んだのかな。
知名度を考えて選んだのかもしれない。
アイツはオレの知らないところで書家としての活動をしている。
願わくば、このまま見ないでいたいと思う。
見てしまえばもっと見たくなるし、知ってしまうと無知には戻れない。
そんなにも深くアイツの「仕事」に関わるなんて不相応だ。
それはブレずにオレの中にある信念。
才能があって有望な人間にオレなんかがぶら下がっていてはよくないんだ。
散々な経歴のオレが、アイツのこれからを濁しちゃいけない。
「……」
数ヶ月ぶりに久史のパフォーマンス動画を開いた。
閲覧数が伸びすぎてエグい。
コメントは公式が規制したのか非表示になっていた。
オレはスマホで全画面にすると、通しで二回繰り返し閲覧する。
前見た時と同じ興奮、何度も見たからわかる気づき、アップに耐えて見る久史の表情まで細かく記憶していく。
突然この動画が無くなったとしても記憶の中だけで再生ができるくらいに焼きつけておこう。
三回目は気に入ったところを重点的に見ることにして、一番に久史が一礼をしているところで停止した。
じっと見ていると自然に画面を触っていた。
「…………ひ、さ……し」
コッチを見ない。
笑ってくれない。
熱もなく、感触もない。
だからなんだとオレは思うけど、別の部分が深く沈む。
ネガティブじゃないのに久史を想って沈んでしまう。
これって寂しいってことなのかな。
動画を止め、起き上がってスマホを眺める。
会話型アプリを開き久史のアカウントを選んでは消し選んでは消し、不意になぜ自分がこんな行動をしているのか疑問に思った。
あの夜の通話の痕跡、翌日の久史からのメッセージにオレの短い返答。
オレの視線は、その三つを何度も追っている。
「オレは寂しいのか?」
自問してみるが自答はない。
なんの感情も湧いてこない。
寂しくてどうしても会いたくて、声が聞きたくて、泣いてしまいそうになるから迷惑だと思っていても連絡がしたい。
そんな熱量、オレにはない。
情けないというか冷めてるというか。
自分でも「まあ、ですよね」としか言えなくなる。
オレは久史に会えないからと寂しくなるような性格じゃない。
なにより、久史は安全な場所にいる。
犯罪紛いの手段であったとしても、賑わっている火の粉から身を防ぐことができる場所に隔離保護されている。
本人がオレに会いたいと泣き通しだったとしても、アイツの拙い過去が明るみになる気配からは遠ざけられている状態。
恐らく、過去の整備もとっくに終わっているんだろう。
今はオレの言葉を伝え聞いて、渋々でも書に向かっているに違いない。
そんな安心安全な場所にいるのに、オレはなにを心配すればいい?
時差ボケ後遺症か?
食生活か?
全部を挙げても、オレが心配する必要は全くない。
むしろオレの心配が枷になる可能性だってある。
それくらいの考えには行き着いてしまう。
「普通じゃないのかな」
これまでに読んできた小説の中、恋愛に人生を狂わされる登場人物を見てきた。
けど、オレのように突然遠く離れた恋人を想わない「恋人」は知らない。
現実は小説より奇なりというヤツだ。
リアルだからこそ、読み物としてのエンタメを含んだ物語にオレみたいなのがいないんだろう。
「お前は、どうしてオレに会いたいんだ?」
好きだから?
それだけで?
きっと久史にとって「好き」は特別なんだ。
その理由をオレは聞いたことがあっただろうか。
いつでも一緒にいたがって、すぐにくっついてくるアイツの行動の意味を深く考えたことがあっただろうか。
少し噛み合わない会話をして、好きと言われて満足していただけじゃないだろうか。
シャルに抱擁を強要される度にアイツとの違いを思い出せるくらいには抱きしめられた感触も、熱も覚えている。
回してくる腕に込められた力加減、包まれるような体熱量、本人を示す匂い、それらから得られるオレの満足度。
思い入れなんてなくても思い出せるんだから、オレは本当に久史と離れていても平気なんだろうな。
帰ってくるってわかっているから、寂しさは必要ない。
それに、別れることになっても動揺しないためのシミュレーションだと思えばいい。
手元は動画に戻っている。
一礼で停止した久史を見下ろす。
シークバーの上で指を動かし、次の目当ての場所で止める。
オレ宛といっていた四枚のラブレター。
力強く繊細で、文字一つ一つから生命力が零れ出しているような躍動、込められた想いと願い。
久史だからこそ視覚化できる青春であり老練でもある時間と感情の重なりと訴求力。
身体が震えるほど引き込まれてしまう筆運び。
「あなたへ運んで恋のプライド……か」
好きだと想う気持ちを重ねて恋になるなら、きっとまだオレの気持ちがそこまで育っていないんだろう。
恋になったとしても、プライドがあるかどうかは自信がない。
そもそもの話、オレにプライドなんて発生するのか?
久史に会うまで、他人から自我すら否定され続けていたのに?
好きだけど、本気だけど、だからってカタチになるかどうかは誰にもわからない。
実際に感情は目に見えないし、表現する言葉すら見ることはできないんだから。
それに、オレはこのパフォーマンスを見てどれほどコイツが遠い存在か思い知った。
やっぱりずっとは現実的じゃない。
遅かれ早かれ、感情とは別の要因で離れることになるだろう。
「……」
ラブレター。
全世界に発信された、オレ宛の想い。
オレも、色のない世界から救われた。
感謝をするのは、オレのほうだ。
これからだって隣にいたい。
けどそれは、オレを惨めにする希望でしかない。
別れた時、こんな気持ちになるんだろうか。
ゆっくり視界が滲んでいく。
何度も考えて覚悟もして、なのにどうしてまだ涙が出るんだろう。
オレとアイツの住む世界は違ってくる。
その時には笑顔でいたいと思っているのに。
***
翌日、早朝まで眠れなかったオレは戻ってきたシャルに訝しげな顔をされた。
「……おかえり」
「ただいま戻りました。どうしたんですか」
「なにが?」
「酷い顔ですよ」
「シャルは……ハッピーな顔しとけよ」
気力が湧かない。
弱い声音を吐き出して、目の周りが腫れていることに気がついた。
そりゃ酷い顔って言われるか。
「顔を洗ってください」
「…………うん」
半日でシャルとどんなテンポで会話をしていたのか忘れてしまった。
言葉を返すのも億劫で、でも返さないと失礼かもしれないからのろりと応える。
ベッドから降りる時、床にスマホが落ちた。
消えていた画面が点灯して、動画が勝手に再生される。
「……はぁ」
どうでもよくて、スマホはそのまま洗面台に向かう。
音楽が聞こえなくなったのは、シャルが再生を止めたからだろう。
いわれた通りに顔を洗い、歯磨きをして、一応しっかり目が覚めた。
とはいえ気持ちには薄い灰色の靄がかかっているみたいにスッキリしない。
洗面台を出てすぐ見えるキッチンに、窮屈そうなキングがいる。
シャルと一緒に入ってきたっけ?
せっせと紅茶の準備をしてる姿は、どんな気分の時に見ても滑稽だな。
そんなこと口にはできないけど。
「ヤノ、座ってください」
「飯の気分じゃない」
「座りなさい」
命令された。
初めて。
それだけで緩んでいる精神に電撃が走って、身体は勝手に従う。
「なにがあったんですか」
「色々考えてただけ」
「着地点がよくなかったのでは?」
「そうかもね」
「どんな着地点に辿り着いたのか聞かせてください」
「……今は、面倒くさい」
「本当にどうしたんです?」
「見りゃわかるだろ。ネガティブスイッチ壊れたんだよ」
「それだけとは思えません」
言い切られた。
少し強い語尾に顔を上げると、紅茶の香りの向こうに真顔が見える。
「なんで怒ってんの」
「怒りではありません。恐怖です」
「は? なにが怖いの?」
「あなたです」
ちょっと意味がわからない。
久史との距離に打ちひしがれ疲労したオレが怖いってなんだよ。
人をバケモノみたいに言わないでほしいんだけど。
「なぜネガティブスイッチが壊れたんですか」
「さあ……独りだったから?」
「私があなたを独りにさせたからですね」
「遅かれ早かれ、こうなるよ。シャルはもうすぐガチでここからいなくなる。久史が戻ってきても、アイツの家はここじゃない。必然的に独りの時間はやってくるし、そこで考えることは今とあんまり変わらない」
まるで飲み込んでいた呪いを吐き出したみたいな気分になった。
こんなことシャルに言っても仕方がないのに。
シャルに向けて吐くことじゃないのに。
戻ってきたら、キングとのことを聞くつもりだったことを思い出した。
デートはしたのか、どんなことを話したのか、オレの知らない恋人の時間をお裾分けしてもらおうと思っていたのに。
ああ、やっぱりバカだな。
せっかくの友だちを間接的に傷つけるようなこと言って。
発言が決定打になって二度と久史に会えなくなるかもしれないのに。
そう思っていても、言葉は止まらず口から吐き出されていく。
「久史に会う前のオレに戻っただけ。嫌なら出てけば。恐怖を覚える相手と帰国までずっと二人きりでいるの無理でしょ」
「お前っ……!」
「キング」
「なに? アンタ今どういう立ち位置でオレにムカついてんの?」
「ヤノまで煽らないでください」
「どんな立ち位置だろうとムカつくんだよ。ウジウジしやがって、捻くれも大概にしろガキが」
「ムカつくなら消えれば? 言っとくけど、オレはアンタを招いてないんだよ。この国的に不法侵入ってヤツだよ知ってるか」
「おいヤノ。オレがお前に手出しできないって思ってんなら大間違いだからな」
「だってさ、どうすんだよご主人様? 躾どうなってんの?」
「出て行ってくださいキング」
「しかし」
「ヤノは物理的に危害を加えるタイプではありません。それに、言葉ではあなたに勝ち目はありません」
口論に発展する前にオレが殴られて終了のような気もするけど、シャルはどちらも守る形でキングを家から出て行かせた。
ドアの前に立ってるだろうけど。
「……ごめん、ちょっと今は本当に無理だから」
「逃げないでください。あなたになじられても私は平気です。この際ですから、全部吐き出してください」
「どうしてそんなにオレを受け入れようとすんの?」
「あなたは私の友ですから」
「友だちだからって、傷つくようなことを言われても平気って違うくない?」
「他人は知りませんが私は平気です。本心でないことは知っていますし、そう言わなければならない状況の友を救いたいと思いますので」
「聖人君子みたいなこと言うけどさ、犯罪も厭わない系富裕層だよな?」
「はい」
「嫌味なんだけど」
「それは失礼しました。褒め言葉かと」
シャルは自分の前に置かれたマグカップ入りの紅茶をオレのほうへ置き直した。
マグカップを見つめていると手招きをされ、両手でマグカップを包み込むよう導かれる。
程よくあたたかい。
シャルの手がオレの手を包む。
オレの手は、自分でも驚くほど冷えていた。
「私がいなくなってからのことを聞かせてください」
「……バイトに行った。普段と変わらず図書館を満喫して帰ってきた。そうしたら暇でさ。シャルがいた時はずっとなにかしていたと思ったのに、独りだとなにもすることがなくて」
「読書はしなかったのですか」
「そんな気分じゃなくて。で、コインランドリーでのこと考えたりして………けど別世界すぎて知らないことが多いから考えるのも早く終わって。晩飯は外で食おうと思ったけど少し時間が早くて、ふと書道大会の時の歌曲の検索してないなって思い出して」
「虹Q&さんですね」
「そう。ずっと調べようって思ってたの忘れてたから、曲をダウンロードして聴きながら虹Q&や弟組のこと調べたりして。久史はどうしてあの曲使ったんだろうって思ったりしてた」
「聞いてみたことはないのですか?」
「言ったことあるかな……アイツの仕事のことには踏み込まないようにしてる」
「記憶にないですね。なぜですか?」
「無理だから。久史のマネージャーしたらいいとか気軽に言われるけど、こんなヤツだから。それに一緒に仕事してどうなる? 有名になって注目されるアイツを一番近くで支えるって?」
「ベストなルートの一つだと思います」
「全てに嫉妬するかも」
「それは納得です。どうしても割り切れないことはありますからね」
「アイツにとって魅力的な相手が見つかったら? 周りがそういう人をあてがったら? それでもマネージャーはオレがするのか?」
「あなた以外をあてがう予定の人間は周囲にいません」
「アイツが見つけたら? 人生の中で一目惚れが一回きりなんて決まりはない。オレ以外で一目惚れしたらどうする?」
「相手によります」
「オレが切られる可能性はゼロじゃない。そうなったらオレは過去の思い出になって放り出される。そんな状態でマネージャーなんか続けられるメンタルはさすがにない。辞めれば誰にも見向きされない底辺に逆戻りだ。アイツが別のヤツとチヤホヤされるニュースを見ながら惨めに就職活動で神経をすり減らす人生になる」
「そうならない可能性も捨てられません」
「だとしてもオレはアイツの仕事には絶対に踏み込まないルートを選ぶ。それなら、外でどんなことが起きていてもアイツが傍にいる時だけ満足していればいいんだから」
「都合のいい相手で構わないと?」
「うん」
感情の起伏はなかった。
自分の中で胸が締めつけられるようなこともない。
苦しくもないのに、やっぱり涙が溢れて零れる。
「あーもー。これは何度も何度も考えてる。その時が来ても平気でいられるように思考を巡らせてる。だから今更感情が動いてるワケじゃないんだけど、いつも涙が出るんだ。理由がわからない涙が勝手に出る」
「あなたは」
シャルの手指に僅かな力が入る。
オレの手を守るようにしっかりと包まれる。
キレイに整えられた爪が光っていた。
「対人に自信がない、自分の生きてきた時間に引け目も感じている。そんな自分がヒサシに相応しいと思えない。だからいつか失う関係だと思い込もうとしている」
「当てすぎだろ」
「何度も考えて納得しようとしても納得できないあなたは真にヒサシを想う心の現れでしょう。あなたは自らの気持ちにも未経験で、他人を深く想う心は芽吹いたばかりです。ですから単独で逡巡したとしても的確な知識もなく適切な解答は出ず、いしょうつも自分を傷つけるのです」
「……自傷だから傷ついても平気なんだけどな」
「いいえ、大切にしてください。あなたにとって代わりのないなによりの感情で」
大切にしたらどうなるんだろう。
オレには、母親の姿しか思い浮かばなかった。
自分の感情を大切にしていたら、自分のことしか見えなくなる。
そういう人間になってしまう。
その姿しか見ていないから、同じになってしまう想像しかできない。
「いや……これ以上、自分の気持ちを優先できない。嫌な人間になる未来しか見えないよ」
「そうならないために私がいるんです」
「え?」
「悩みはいつでも打ち明けてください。そうしてあなたの大切な感情が輝き続けるのなら、共に育んで行けるのなら、私はとても嬉しく思います」
「そんな風に言うのって、友だち……だから?」
「はい」
「ふふ」といつもの笑いを溢す。
たったそれだけなのに、シャルはオレの話を真正面から聞いて受け止めてくれたんだって理解した。
同じ状況になったら久史もきっと笑うんだろう。
アイツもそういうヤツだから。
「シャル」
「はい」
「…………ありがと」
「お礼はキスでもいいですよ」
「調子に乗らない」
オレの思考も感覚も戻ってきた。
穏やかな笑顔に片眉を上げる。
「はぁー、シャルが帰ってきたら色々聞きたかったのに雰囲気壊したー」
「ネガティブスイッチが壊れたんですから仕方ありません」
「付き合わせてごめん」
「感謝は聞きました。それ以上は必要ありませんよ」
紅茶を一口飲んだシャルは輝くアイスブルーの瞳でオレを覗き込んできた。
「色々、なにが聞きたいです?」
「昨日のこと。キングと会ってからなにしたんだ?」
「セックスですね?」
「即?」
「ほぼ即ですね?」
「デートとかなし?」
「セックスもデートですよ?」
シャルといて、その言葉には慣れてきた。
とはいえ聞いても恥ずかしくなくなっただけで自分で言うことはない。
それにしても冗談抜きでベッド直行ってヤツだったとは。
「シャルはさ、キングと恋人の時間ってどんな風にすごすの? その、するだけ?」
「いいえ。キングは職務上様々な場所を観察しに行きます。その中でステキな場所を見つければ連れて行ってくれたりしますし、お揃いのピアスやリングを買いに街へ出かけたりもします」
「へー」
「デートスポットをお探しですか?」
「そういうワケじゃないよ。えーと、その、いつもは久史がくっついてるだけだから、なんというか、参考というかヒントがあればと」
「なるほど。ラブトークのパターンがほしいワケですね」
「ラブトークとは」
「睦言とでも言いましょうか」
「寝床限定しないでよ」
「ふふ、親しい相手との会話ですよ」
「意味合いはピロートークに近いだろ。そういうのじゃなくて、もう少し恋人としても健全な感じのやり取りってないのか」
「健全の度合いはカップルそれぞれかと思いますよ。私とキングはセックスも健全な内ですし、成人指定のない付き合いかたに関してのパターンでしたらハグやキスは普通ですし」
「あ~恋人レベルが違いすぎる」
「ヒサシには思うがままでいいのですよ。あなたの行動はほぼ全て受け入れるでしょうし、その時どんな感情を抱いているかは彼を見つめればすぐに理解できますからね」
結論のようなシャルの発言に、なにかが腑に落ちた。
確かに、あれやこれやと考えても上手くいく自信はないから自然体で向き合ったほうがコッチも気が楽だろう。
特に久史は単純だから、見つめるだけでも効果がありそうだ。
うん、いつか試してみよう。
思い詰めていたわだかまりがなくなったからか、突然オレの腹がぐうと鳴った。
自分でも驚くくらいの大きな音に、シャルは微笑みながら小首を傾げる。
「朝食がまだでしたか」
「いや……昨日の夜から食べてない」
「いけませんね、不健全ですよ。肉体に十分な栄養素を取り込むことも健全であるためには必要です」
お叱りと軽い説教の後、いいタイミングでキングが玄関扉をノックして入ってきた。
「たくさんあなたの本音を聞かせていただきましたから、お礼に食事を奢らせてください」
「えー」
「傘下のレストランですから人払いもできますし」
「わかった。着替えるよ」
「はい」
ゴネても太刀打ちできないことは学習済だ。
それにちゃんとオレへの配慮をしてくれるシャルに抵抗しても仕方がない。
平気だと言っていたけど、オレは自分の言葉でシャルとキングを貶めたことはもう消せないから、反省の意味でもここは従って正解だ。
シャルの身支度を手伝うキングに声をかける。
「キング」
「なんだ」
「ごめん」
「気にすんな。ガキが喚いただけだ」
「キング、もっと礼儀と敬意をもって対応してください。ヤノは私のズッ友ですよ」
「ズッ友は古いよ」
「そんなの関係ないだろ。好きなモンは好きでなにが悪いんだ」
「私は気に入っていますし、レトロな感じが味でしょう?」
キングはシャルの言葉を否定しない。
ちゃんとわかったように発言する。
シャルはそんなキングの言葉に目を細めて彼の顎を手の甲で撫でる。
その時のキングの嬉しそうな顔は、まさに褒められて嬉しいワンコみたいだった。
久史もあんな風に嬉しそうにするだろうか。
これも今度試してみよう。
***
長かったルームシェアも最後の日を迎えた。
世話になったお礼がしたいと、都心のほうで有名な観光名所一帯を貸切にした散策でオレは初めてシャルとキングが痴話喧嘩をしている所を目撃した。
母国語で口論していたから内容はわからないけど、意外でもなんでもなく言いくるめられたのはキングで、喧嘩が終わるとなにもなかったようにイチャイチャくっついて普通の会話をしている。
オレなら気拙くてなかなか会話に戻れないだろうけど、思い返すと久史はこんな感じだ。
気拙くなっても普段通りに接してくれるから、オレは必要以上に挙動不審にならなくて済むんだな。
散策中の移動は映画でしか見たことのない高級車で、車だって途中で忘れてしまうくらいには快適だった。
関係者へのお土産と称して「ここからここまで全部」を数回聞き、恋人とお揃いのピアスを時間をかけて選別し購入、オレには美味いご飯をご馳走してくれた。
「この日の記念です」
スタッフしかいないレストランだったけど、上品な雰囲気で完全にオレだけが浮いていた。
形式ばらずに気軽に食べられるメニューが並び、カトラリーはフォークとナイフ、箸がワンセットずつ。
左右に整然と並んでいなくてよかった。
「明日はいつもの起床時間にキングが迎えに来ます」
「うん」
「それまでは私たちの時間ですよ、ヤノ」
わざと声を潜めるように顔を近づけ、イタズラっ子みたいに笑う。
同席したキングは運ばれてきた食事に頬を膨らませていたのに顔を上げてムッとする。
「聞こえてるからな」
「ふふ」
「あのさ、ずっとわかんないんだけど、どうやって通話してるんだ?」
シャルはなんでも教えてくれる。
だけど、これだけはダメらしい。
「二人の秘密です」
「そーだそーだ、二人の秘密だからな」
彼らはいつでも対のピアスをつけている。
それに何らかの仕掛けがあって……とか考えるところだけど、買ってすぐのピアスをつけているのを見ると仕掛けなんてしようがない。
しかも、きっとそれじゃ言葉を発しないと通話はできないから、そういう意味でもピアスに仕掛け説の可能性はないか。
「ヤノ、知っていいことと踏み込んではならないことの線引きは自分の中で明確にしておいてください」
「わかった。二人の通話方法については解答を求めない。勝手に想像をして結論を出すから、アタリでもハズレでもシャルに心配かけないよ」
「ありがとうございます。ですが、ヒサシに関してはもっと大胆でも許されると思いますよ」
「なぜここで久史?」
「ヒサシがあなたの恋人だからです。本音を想い人へ伝えることはとても勇気が必要で精神を削ります。向ける一言一言に不安を抱き、伝えることから逃げることも一つの策ではありますが、言葉を交わしてこそ理解が深まり絆はよりかたく結ばれるのです」
「……シャルたち見てると、声に出すのって必要だと思うよ。でもオレはまだ気分の切り替えが上手くないから」
考えてしまって、怖くなってしまって、吐き出した言葉に責任が持てない。
自分でフォローできない事象に発展するかもしれない言葉が本音だとしたら、それを伝えた後に来る時間をどうすごせば普段に戻るんだろう。
その術がわからなければ、オレはいつまでも言葉を選び続ける。
そして飲み込み続ける。
「ヒサシにはぶつかるだけでいいだろ」
「は? 当たり屋になれと?」
「お前が下手に走るよりヒサシにボール投げ続けるほうが復帰は早い」
久史よりはわかりやすいけど、キングも自分感覚で話すから理解するまでに少しだけ時間が要る。
シャルは助け舟を出すつもりがないのか、優雅にナイフとフォークを動かしていた。
「オレの言葉に傷ついたら」
「そんなヤワじゃねえから平気だって。それに、どんな言葉でも好きなヤツからの言葉はありがたく受け取るタイプだし、嫌なら素直にそういうだろ?」
「そ……そう、かな」
「そーなの。オレはヤノより付き合いが長いんだから知ってる」
無駄に自信を感じる声音に納得するしかなかった。
シャルがキングを同席させたのって、久史のことをもっとオレに伝えるためだったのかな。
「ヒサシは最優先お前だから、自分の責任以外のことでもなんとかしようとするだろ? それってどうしてだと思う?」
「……どうして、かな」
「顔を上げて自分を見てもらいたいって、それだけ。見てもらえるだけで信じられないくらい幸せ感じるんだってさ」
「そんなこと話してんのアイツ」
「お前のこと聞いてもらいたいんだとよ。コッチは仕事中だってのにずっと話すから途中からあんまり聞いてないけど」
「キングもシャルに見られるだけで嬉しくなる?」
「ああ」
「なぜ?」
「愛してるから」
サラリと恥ずかしさもなく出てきた言葉に、オレが面食らった。
羞恥に似た感情が一気に体温を上げる。
好きとは違う好意の言葉。
小説の中で幾度も見た文字列。
なのに言葉で聞くとこんなにも強烈な衝撃を感じるなんて思わなかった。
「……そか」
それ以外の言葉が思い浮かばず、オレは静かに食事を口に運ぶだけになる。
妙な沈黙が流れるような空気感はなくて、各々で食事を楽しむ時間になったような不思議な感じになり、ネガティブスイッチは押さずじまいだった。
帰宅をしてからはいつも通りで、シャルは最後に明後日提出の課題を手伝ってくれた。
きっとシャルが提出していれば高評価に違いない。
あくまでもオレの考えや言葉をスマートに引き出して文章に落とし込む手伝いをしてくれるだけで、絶対に自分の意見を擦り込もうとはしなかった。
「シャルは、苦手なこととか下手くそなことってあるのか?」
「もちろんです。落書きはキングが腹がねじ切れるくらいに笑います」
「いいのかそれ」
「彼はだからこそ愛しいと言ってくれますよ」
「絵が下手、だけ?」
「楽器類は壊滅的ですから演者にはなれません。あとは長時間キングと離れると過呼吸になりますね」
「そんなこと言っていいのか」
「はい。私たちは二人だけの秘密でずっと繋がっているので、今は問題ありません」
「想像ができないけど、それでシャルの精神が安定するなら秘密もいいもんだな」
「ふふ、素直なあなたの言葉はとても清らかに心に触れてきますね。どんな防御も貫通する神聖性を感じますよ」
「悪いけどスピ系は疎いんだ」
「素直が一番あなたという人間を輝かせると言い換えましょうか。一番の魅力をあなたはこれまでの時間に穢されてきたのです。これから取り戻しましょう」
なにを言っているんだか。
外的要因が大部分を占めたとしても、オレの捻くれはオレの本質だろう。
そんなオレが真っ直ぐになれるワケないのに。
「本音を言いますと、あなたからネガティブスイッチを取り上げてしまいたいと思っています。ですがあなたのものはあなたのもの。仮に取り上げたとしても新しいスイッチを作ってしまうでしょう。私はそれがとても歯痒いのです」
「……だから、急にそういうこと、言うの……ズルいって」
「あなたの困り顔は可愛らしいです」
「もー止めろってば。恥ずかしいから」
シャルの褒め倒し(?)にはなかなか慣れない。
他人の優しさに慣れるためだと言ってはいるけど、表情は少しだけ楽しんでいる。
オレの反応がそんなに面白いのだろうか。
いや、面白いんじゃない。
楽しさの裏にはあたたかな感情やキラキラした想いが詰まっている。
いわゆる慈愛ってヤツと一緒にオレの変化を喜ぶことを楽しんでいるんだ。
その余裕はどうやって生み出しているのかは、この先も疑問かもしれない。
暗闇。
壁側を向くシャル、背中向けでオレは身体を横にしている。
最後だからとオレまで全裸にさせられるかと構えていたが、そんな素振りもなく消灯した。
ベッド脇にはシャルの朝食を置くスペースとなったナイトテーブルがあって、明日の朝までは新鮮なバラが置かれるんだろう。
シャルとの生活の中で家の中の変化は驚くほど少ない。
「起きていますか、ヤノ」
体勢を変える音がして静かな声がする。
「うん、起きてる」
「今度はダブルデートしましょう」
「なぜ今それを言うんだ」
「言うタイミングを逃していました。きっとあなたは困り顔で照れるだろうと思っていたのに。せっかくなので伝えておきますね」
明日でも言えそうなことだ。
オレの困り顔を見たいなら、今言うべきじゃない。
「……他に話したいこと、あるんだろ?」
モソモソ身体を反転させると、真正面にあるだろうシャルのほうに視線を投げた。
シャルもキングもオレよりも夜目が利く。
きっとオレの顔もちゃんと見えているだろう。
「ありがとうございます。一つだけ、私の発言に後悔があります」
「後悔?」
「はい。離れる前に誤解があれば説明をと」
いつの話だろうと思い返していると、そっとシャルの手がオレの腕を撫でた。
「あなたへ恐怖を感じたと」
「ああ……あの時か。ネガティブスイッチ壊れて情緒不安定なオレのなにが怖いのかって思ってたな」
「あの時、私は本当に恐怖したのです。どんなことをしてでも繋ぎ止めておかないと消えてしまいそうだと」
「そんなにダメっぽかったのか」
「ヒサシも私と同じ気分を何度も味わったはずです」
「そう、言われてもな……」
オレにはどうしようもない。
今までは独りで解決していたから、他人が見た時に自分がどんな様なのか考えたことはない。
こんなにも面倒くさがりで声に出す勇気もないのに色んなことに愚痴を言って、勝手に比べて悲観して文句ばっかり思い巡らせるオレをそこまで想ってくれるヤツが現れるなんて思わないし。
だからネガティブスイッチが甘くなってもオレはなにもせず、ただ流れに乗っていたんだ。
「っ、ちょっ、とっ?」
「お静かに」
「け、けど……いきなり、は、は……反則、だろ」
オレの腕を撫でていた腕が背中に周り、抱きしめられた。
日頃から抱擁を強請られていたが、全裸のシャルに抱きしめられるのは想定外すぎる。
意識しすぎるオレが悪いのか?
「あなたには、これまでいなかった味方がいます。ですから、過去に苦しむ時は呼んでください。ヒサシに言えないことは私に吐き出してください。私に知られたくないことはヒサシに打ち明けてください。気楽に話がしたいならキングを呼びます。ですからヤノ、もう独りで閉じ籠らないでください」
静かで、力強く、祈りのような言霊がオレの中に響いて浸透していく。
それは以前、久史がオレに言った言葉に似ている。
アイツの家に初めて行った日の帰り、待ち合わせ場所だった公園まで送ってくれて「それじゃあ」と言った後。
ずっと一緒にいて、ずっとオレを見て。
オレはそれだけでセンパイのことをもっと好きになれるから。
だからもう、独りで下を向かないで。
公共の場でなんて恥ずかしいことを言うんだと、返事もせずに足早に去った。
あの時も気拙くて、結局アクションは久史からだったな。
「あなたは人見知りで、知らないことへ人よりも過敏に不安を感じる繊細な人です。ですがそうなってしまった後天的要因があると私は思っています」
「オレの過去、調べ尽くしたんじゃないの?」
「そこまで図々しくはありません。それに友の過去を詳らかに知るのであれば、私は友からの言葉を信じたいです」
「ウソでも?」
「あなたは自分の過去を話す時ウソを吐かない」
「断言しちゃうんだ」
「はい」
悪意の欠片も感じない好意。
久史に会う前のオレだったら下らない、虫唾が走ると悪態を吐いていたに違いない。
でも、今はそうできない。
他人からの好意が自分にとって悪いものばかりじゃないって知ったから。
「…………すみません、少し感傷的になってしまったようです。突然失礼しました」
「勢いでキスされなくてよかったよ」
「イジワルですね」
そっと離れたシャルの輪郭が見える。
その頬を両手で捉えて額同士をくっつけた。
朧気に残る母の優しい側面。
泣き止まないオレと額を合わせ、泣き止むまで声をかけ続けてくれた。
オレが距離を置くようになる前まで、いくつになってもそうやってオレを落ち着かせてくれたことが記憶にある。
久史以外にしたことがないから正解かどうかはわからない。
ただ、思うよりも先に額を押し当てていた。
「ヤノ?」
「怖い思いさせてごめん。それから、ありがとう」
「今すぐキスをしてもいいですか」
「ダメ」
「……ふふ」
「ははっ」
おかしさが込み上げてきた。
オレたちは少しの間小さく笑い合い、くっつけた額同士を擦り付ける。
シャルの頬は薄くて抓ることが不可能なくらいムダのない肉質をしていた。
でもひんやりしていてオレの熱を吸い込んでいく。
「ヤノの身体にあるたくさんの傷ですが」
「え?」
「着替えのタイミングで見えてしまうことがあって」
「そか。イジメられ通しだったから、不慮の事故ってのに遭いがちで。おかげで母親には生傷の絶えない元気な子って思われてた」
「裸を見られたくない原因ですよね」
「まあね。まだ傷に対して整理ついてないって感じかな」
「傷を目立たなくする施術を紹介しましょうか」
「それだけじゃ……ないんだ、よ」
「そうですか。いつでも相談してください」
「うん」
素直に返事が出た。
それに一瞬だけシャルが反応する。
そして小さなため息。
「不思議な人ですね、ヤノは」
「捻くれがすぎて珍しいだけだよ」
「違います。ありがとうと受け取ってください。あなたはあなたを否定しないで」
再び抱きしめられた。
額はくっつけたままだったから密着はしていないけど、体温がわかるくらいにはしっかりとくっついている。
なにか言葉を返さないといけないかなと思いつつも、日中の疲れが一気に睡魔に変わってしまう。
ふわふわと夢現に落ちていくような感覚の中で、額に軽い口付けを感じた。
「よい夢を」
「うん…………ありがと、ぅ」
優しい声音に返したオレの陥落直前の呻きは、きっと真正面のシャルには届いてくれただろう。
