いたずらでチョコを渡したらドイケメンに本命だと勘違いされました。

 今日から新学期。

「また同じクラスかよ」

 二年生の教室へ足を踏み入れると、見慣れた面々が俺を迎える。

「こっちのセリフじゃ」
「以下同文じゃ」

 うぇーい、と佐々木と神谷と肩を小突きあっていると、背後からキラキラとした気配を感じて振り返る。

「鏑木……!」

 教室に入ってきた鏑木はちらちらと辺りを見回し、俺とぱちりと目があうと、小さく手をあげて歩み寄る。

「おはよ、良平。同じクラスだね」
「お、おっす……」

 相変わらずの爽やかスマイルを前に顔を引きつらせていると、佐々木と神谷が顔を出す。

「鏑木くんやんな? よろしくな、俺佐々木」
「神谷でーす」
「鏑木でいいよ。良平もそう呼んでるし。ね?」
「せ、せやね……」

 にっこりと笑いたいのに、ほっぺがぴくぴくしてうまく笑えない。
 なんで……。
 なんでこいつ、めっちゃふつうやねん!?
 ホワイトデーの一件以来、なんとなく連絡するのが気まずくて、結局春休み間もいっさい連絡とらんかったのに!?

 ──俺の好きは、こういう意味の好きだよ。

 あれウソ? いたずらの仕返しやったってこと?

 ……いや、それはないやろうな。

 だって鏑木のやつ、俺見つけた瞬間、めっちゃ嬉しそうやったもん!
 今もすごく自然に俺の隣に来てるし、なんなら距離も近いし……、ってこれは俺の気にしすぎか? んー……。

「須田……、須田!?」
「へ? なに?」

 肩を揺さぶられて正気に戻った俺に、神谷は呆れたように息をつく。

「やから、今日って午前で学校終わりやん? そのあとみんなでどっかいこうや」
「ええけど、どこいく?」
「うーん……」

 明日も学校あるし、遠出はナシ。
 かといって近場っていってもイオンくらいしかないし、イオンは正味行き飽きてる。たぶん全フロア目隠ししても歩けると思う。

「鏑木は? どっか行きたいとかある?」
「え、俺もいいの?」
「当たり前やん。な?」

 俺の問いかけに佐々木と神谷は当たり前のように頷く。
 正直まだ気まずさはあるけど、やからって鏑木だけハブるとかありえんやろ。

「そうだな……」

 鏑木があごに手を当てて考えていると、開きっぱなしの窓から風が吹き込む。
 外では満開の桜が風になびき、花弁を雨のように降らせている。
 きれいな景色に見惚れていると、鏑木は遠慮がちにぽつりと呟く。

「お花見とか、どうかな……?」
 
 花見?

「ごめん、やっぱ違うところに……」

 意表突かれた俺たちが固まっていると、鏑木は慌てて首を振る。しかし。

「なんで? めっちゃええやん、花見」

 俺が答えると、二人も続いて頷く。

「うん。明日雨やし、今日が今年の桜の見納めかもしれんで」
「まじ? ならなおさら今日やらな」
「そ、そっか。よかった」

 安心したのか、鏑木はほっと頬をゆるめる。
 遊ぶ内容を提案するのに、そない緊張せんでもええのに。
 まあ佐々木も神谷もはじめましてやから、しゃーないか。
 鏑木への違和感に勝手に納得していると、佐々木が続ける。

「じゃあ終わったら神谷と花見っぽいもの買ってくるから、須田と鏑木はなんかお菓子とか作ってや」
「え、俺たちのこと知ってるの?」
「あ、それは……」

 最初の頃はお菓子作りが好きなことがバレたくなくて、鏑木に同好会のことは内緒にしてくれ、と頼んでいた。……のだが。
 驚く鏑木に、佐々木は呆れたように笑う。

「同好会のことやろ? 知ってるもなにも。なぁ?」
「うん。鏑木と一緒にお菓子作ってるってすげー楽しそうに喋ってたから」
「ちょ、お前ら!? なんか俺だけはしゃいでるみたいになってるやん!」

 はしゃいどったやろ、とトドメのツッコみに、俺の中の恥ずかしメーターがカンストして体温がぐんぐん上昇する。

「いや、これはちゃうくて……」

 慌ててごまかそうと顔を向けると、鏑木は俺以上に顔を真っ赤にしていた。

「なんでお前が照れてんねん!?」

 渾身のツッコミをかますと、神谷と佐々木は感嘆の声を上げる。

「二年になっても須田のツッコミは健在やなぁ」
「ここ数年でもっとも素晴らしい出来やね」
「人のことをボジョレーヌーボーみたいにいうな!」
「あはは!」

 いつもどおりの会話に、鏑木の軽快な笑い声が混じる。
 神谷と佐々木と目を合わせ、俺たちもゲラゲラと笑った。


「じゃ、またあとでー」

 始業式が終わり、佐々木と神谷は宣言通りに買い出しに向かった。
 俺たちも食材の買い出しに行こうかと思ったが、冷蔵庫や棚の中に使い切れていない食材たちが眠っていることを思い出し、家庭科室へやってきた。……のだが。

「さてさて、なにを作ろうか……」

 余っている材料の中でできる、お花見っぽいお菓子か……。

「ん? これって……」

 棚を漁っていると、奥から未開封の上新粉がでてきた。
 俺たちは買っていないため、おそらく家庭科クラブのときに買ったものだろう。
 山名先生から余っている食材は使っていいって言われてるし、賞味期限も問題なし。

 やったら。

「団子でも作ろか!」
「いいね、お花見っぽい」

 早速俺はボウルの中に上新粉と砂糖を入れ、ぬるま湯を少しずつ足しながらこねていく。生地がまとまってきたら団子っぽくまとめて、お湯にダイブ。

「今は沈んでるけど、ちょっとしたら浮かんでくるから。浮かんだらさらに3分茹でて、水で洗えば完成!」
「思ったり簡単だね」
「せやねん。蒸す方法もあるけど、時間かかるし、洗い物も増えるからな。お月見の時はいっつもこのやり方で作るんよ」
「そうなんだ」
「そうなんよ」
「…………」
「…………」

 ぐつぐつぐつ……。
 お湯の煮立つ音が俺たちの間に流れる静けさを埋める。

 うーん、やっぱりちょっと気まずい……。

 気にせんようにしようと思っても、ここがちゅう未遂事件の現場なわけで、意識せざるを得ないわけで。

「ほ、ほかにもなにか作れんかな?」

 逃げるように棚の方へ身体を向けると、鏑木はぽつりと呟く。

「こないだはごめんね」
「えっ」

 振り返ると、鏑木は鍋をじっと見つめたまま動かない。
 こないだ、とはきっとホワイトデーのことだろう。

「……べつに、ごめんとかちゃうやろ」
「でも、困らせちゃったかなって」
「困ってへんよ! ……まぁちょっと、びっくりしただけっていうか」
「……嫌じゃないの?」
「やからちゃうって!」

 必死に首を振って訴える。
 たしかに気まずさは感じていたが、でもほんまに困ってないし、嫌やなんて思ってない。むしろ。

「鏑木と一緒のクラスでめっちゃ嬉しいし、今も久しぶりに一緒にお菓子作りができて楽しいし……」

 これが俺の本心。ほんで、こっからがもう一つの本心。

「でも正味、鏑木のことが好きなんか、鏑木と一緒にお菓子作りしてるのが好きなんかは、ようわからん。……そもそも誰かを好きになるってようわからんし」

 春休みの間、俺なりにめっちゃ考えたつもりやった。
 鏑木のことが好きなのか、そうじゃないのか。
 やけど答えが出ないまま春休みが終わってしまい、今日を迎えてしまった。
 なのにまた、俺たちはこうして一緒に家庭科室にいる。
 結局俺は、鏑木との関係を手放したくないだけなんかもしれん。
 やっぱ俺、ダサいな。
 自分の狡さに呆れていると、鏑木は唐突に尋ねてくる。

「良平って恋人いたことないの?」
「あるかぁ!?」

 我男子校出身ぞ?
 こんな地獄のような環境じゃあ彼女どころか女子とまともに話せるやつのほうが少ないっちゅうねん!

「これだから顔のいい奴は! みんな恋愛経験あると思いやがって!」

 勝手に憤っていると、鏑木は嬉しそうにほほ笑む。

「俺もいたことないよ」
「えっ、なんで?」

 だってこんなにかっこええんやで? おまけに去年まで共学やったんやろ?
 いくらでも彼女なんかできそうやのに、と男子校特有の偏見たっぷりに見つめると、鏑木は頬を赤らめながら呟く。

「俺はずっと、良平のことしか見てないから」
「な、なにいうてんねん、……アホ!」

 俺はどぎまぎしながら鏑木の肩を軽く叩く。
 俺と会ったん、転校してきたあとやろ。
 こんな時に冗談言いやがって……、心臓に悪いねん。
 ぐつぐつぐつ……。
 煮えたお団子が一つ、また一つと水面上に浮いてくる。

「俺、良平のこと好きだよ」
「うん……」

 鏑木の飾らない言葉に、鼓動がドクドクと早まる。

「だから俺、もっと頑張るから」
「頑張るってなに、を……?」

 振り向くと、鏑木はまっすぐに俺を見つめる。

「俺のこと、本気で好きになってもらえるように」

 鏑木の熱い眼差しが、強い意志のこもった言葉が、俺の体温を沸騰させる。
 顔あっつ……!
 こいつ、なんでこんなこと恥ずかしげもなく言えんねん!?

「わ、わかったから……! ほら、はよ団子掬って!」
「う、うん……!」

 鏑木は慌ててお玉を湯にくぐらせ団子を掬う。
 しかし、団子がつるりと滑ってお湯に落ち、アツアツの飛沫が俺たちを襲う。

「あっつ!? なにしてんねん!?」
「ご、ごめん!」

 なんか懐かしいな、この感じ。
 水道で手を冷やしながら、顔を見合わせて笑いあった。


 買い出しから戻ってきた佐々木と神谷とともに、俺たちは裏庭に立つ桜の木へ向かう。
 創立当時から立っているというソメイヨシノの桜の木は淡いピンクの花弁をはらはらと降らしている。

「ここにしよか」

 佐々木は新品のレジャーシートを取り出し、バサッと広げる。……が。

「ちっちゃない?」
「いやいけるやろ」

 佐々木はそういうが、レジャーシートは明らかに子ども用だ。試しに座ると互いのお尻が触れるほどにギュウギュウ。まさしく。

「これがほんまのお知り合い」
「やかましわ」
「どつきまわすぞ」

 佐々木と神谷からの激しめツッコミに鏑木が吹き出し、俺たちは満足げに頷く。

「あとはバトミントンラケットにフリスビー」
「めっちゃはしゃいでるやん」
「こういうのははしゃいでなんぼやろ」
「それより腹減った」
「じゃあ食おか!」

 団子は家庭科室にあった串を差して、串団子にした。
 それに買ってきてもらったあんこを乗せてあん団子。
 ほかにもしょう油と砂糖を混ぜたお手製タレを絡めたみたらし団子にした。

「うまっ!」

 どちらの団子ももっちりとした弾力があり、あんことみたらしによく馴染む。

「美味しいっ……!」

 ほほを膨らませる鏑木を横目に見ながら、俺は家庭科室での一幕を思い出す。

 ──俺、良平のことが好きだよ。

 鏑木は、俺のことを恋愛的な意味で好きらしい。
 ってことはつまり、俺と付き合いたいってこと、やんな?
 手つないだり、ちゅうしたり、その先も……。
 思考がピンク色に染まりかけるが、途中で未知の世界へ突入し、思考は一気に宇宙に染まる。

 ……あかん、想像できひん。

 そもそも男同士で無理ちゃう? だっていくら考えても萎え萎えやもん。
 きれいな桜吹雪の下、スケベなことばかり考えていると、佐々木が口を開く。

「そういえばやけど、鏑木って標準語のままよな」
「え?」

 団子を頬張ったまま、神谷が続ける。

「ほら、関西弁ってすぐうつるって言うやん。俺らはネイティブやからようわからんけど」

 ネイティブて。

「たしかに。鏑木っていつこっち引っ越してきたん?」
「年明けだね」
「半年も経ってないんか。じゃあまだ関西に染まってないんやな」
「でも昔からそうだったかも」
「昔?」
「小学生の頃もこのあたりに住んでたんだけど、そのときも関西弁にはならなかったから」

 小学生の頃も住んでた?
 そんなん初めて聞いたんやけど。

「それっていつごろの……」
「ちょっと関西弁つかってみてや!」

 俺の質問は佐々木の好奇心マシマシの質問によってかき消された。

「なに言えばいいの?」
「そこは『なんていうたらええん?』やな。やり直し」
「もう始まってた」
「スパルタ教育」

 佐々木は食べ終わった串を指揮棒のように振り、鏑木へ指示を出す。

「じゃあ『なんでやねん』っていうてみて」
「な、なんでやねん……?」
「あかんわ。イントネーションが全然ちゃう。須田、ちょっとお手本見せたって」
「俺? んー、……いくで」

 俺は喉の調子を整え、ビシッとツッコむ。

「なんでやねん! ……あれ?」

 手ごたえのなさに戸惑いながら、俺はぼそぼそと繰り返す。

「なんで↑やねん? なんでや↓ねん? あかん、なんか俺もわからんくなってきた……」

 普段イントネーションなんか気にしてないから、余計訳が分からなくなってきた。
 正しい『なんでやねん』を求めて考え込んでいると、突然頭にぽんと鏑木の手が置かれる。

「なに?」
「いや、かわいいなと思って」

 カワイイ……?
 言葉の意味を理解すると同時に、目の前でほほ笑む鏑木に思わず思考がショートする。
 前にもかわいいと言われたことあったのに、あの時とはなんかちゃう。
 照れくさくって、恥ずかしくて、ほんでちょっとだけ、胸が苦しい。

「な、なにいうてんねん……!」

 顔をそらしながら言い捨てると、神谷と佐々木が背後からブーイングをかましてくる。

「須田ぁ、そこは『なんでやねん』やろ」
「せっかく鏑木がボケたんやから」

 ぶーぶー、と文句を垂れる二人に鏑木は真顔で切り返す。

「ボケじゃないよ。良平はほんとうにかわいいから」

 お?

「かわいすぎて、なんなら食べたい」

 おっと?

 目を点にしたまま動かなくなった神谷と佐々木に、鏑木はさらに続ける。

「だから俺は良平のことが……」
「あーもう分かったって! ほら、これでも食うとけ!」

 これ以上余計なことを言わせないように、俺は皿の上の団子を無理やり突っ込む。

「んっ……!?」

 鏑木は口いっぱいに団子を頬張ると、苦しいのか目を潤ませる。
 なんか、この表情は……、なんというか、あかんくないか?
 得も言われぬ感情を抱きながら、俺はごくりとつばを飲み込む。

 ……あれ。

 すると、身体に違和感を覚えて、俺はそっと視線を落とす。
 薄い胸板、腹筋が迷子のお腹、そして……。

「いや、なんでやねんっ!!」

 元気満々になったそれと目が合った瞬間、過去最高級の『なんでやねん』が校舎中に轟いた。