いたずらでチョコを渡したらドイケメンに本命だと勘違いされました。

 風に春の匂いが混じりだした三月の朝。

「ほら」

 席についてすぐ、佐々木が俺の机をばん、と叩く。

「え、なに?」
「今日ホワイトデーやろ」

 そういって佐々木が手をあげると、そこには黒糖味の飴ちゃんが転がっていた。

「おばあちゃんち、か」
「あるだけありがたいと思えよ」
「はいはい、どーも」

 け、と憎たらしそうに口元をゆがめる佐々木に、神谷が肩を組む。

「佐々木だって本当は嬉しかったんやろ? 須田からのチョコが唯一やったもんな」
「はぁ? お前もやろ!?」

 叫ぶ佐々木に対し、神谷は余裕そうに髪をかき上げる。

「え、なにその顔」
「いつから俺のチョコが一個だと錯覚していた?」
「……何……だと……」

 バリトンボイスで余裕たっぷりにほくそ笑む神谷だが。

「どうせ母ちゃんから一個もらったんやろ」
「うっ……」

 神谷は心臓を撃ち抜かれたように膝から崩れ落ちる。
 図星かい。

「そういう須田はどうなん? 誰かからチョコもらった?」
「いや、俺ももらって……」

 瞬間、鏑木からもらったチョコの硬さが蘇る。
 でもあれはバレンタインじゃなくて、バレンタインのお返しって言ったよな……、って。

「あれ……?」
「なにその反応!? もしかしてもらってんの!?」

 騒ぐ二人を無視して、俺は一か月前の記憶をさかのぼる。

 ──またちゃんと告白の返事するから。

 俺、鏑木にバレンタインはいたずらやって言ったっけ?
 最初はノリやと思っとったけど、マジで勘違いしてる可能性あると思って、訂正しようと思って。
 ほんで、うん。……してないな。
 そのことすっかり忘れて、ふつうに一緒にクッキーつくってるわ。
 それでお菓子作り同好会になって、なんやかんやあって、なう。
 じゃあ鏑木って……?

 ──チョコのお返しはちゃんとするから。それまで告白の返事は待ってほしい。
 ──お、おう! ホワイトデー楽しみにしてるわ!

 俺のいたずら、本気やって勘違いしたまんまかも!?

「やばい……、どうしよ……!?」
「なんでこいつ頭抱えてるん?」
「知らん。須田アホやから」
「うっ……」

 佐々木の辛辣かつ的確なコメントが俺の胸にぐさりと刺さった。


「はぁー……」

 今日何度目か分からないため息がオレンジに染まった床に転がり落ちる。
 鏑木への対応をどうするか考えているうちに、気づけば放課後になっていた。
 しかし結局。

「どないしよー……」

 なーんにも思いついていない。
 やっぱりもう一回、盛大にテッテレーする?
 ……いや、そんなことしたら。

『そっか、そうだよね』

 なんて悲しそうな顔で言われたら罪悪感に圧し潰されて死んでまう!
 もしくはこのまま帰ってホワイトデーをなかったことにする?
 ……いや、そんなことしたら。

『昨日なんで帰ったの? ありえないんだけど』

 なんて真顔で詰められたら、俺泣いてまう!
 ほんま、どうすればええんや……!?

「良平……、良平!」
「ひゃい……!?」

 驚いて振り返ると、廊下の向こうから鏑木が近づいてくる。
 悲しそうでも怒ってもいない、鏑木のいつものほほ笑みに、俺はまたため息が漏れる。
 不安ではなく、安心のため息だ。

「鏑木はやっぱり笑ってるのが一番やな」
「なにが?」

 不思議そうに首をかしげる鏑木の手に膨らんだスーパーの袋が握られていた。

「もう買い出し行ってきたん?」
「うん。今日は一人で作りたいから」
「一人で? ……あ」

 鏑木は言っていた。

 ──それに俺は、自分で作ってみたい。

 俺の手作りに、応えたいからって。

「もしかして忘れてた?」
「わ、忘れてへんよ!?」
「そっか」

 一緒にお菓子作りしてる時間が楽しすぎて、鏑木がお菓子作りを始めたきっかけも理由も、すっかり忘れてた。

「やっぱり俺、アホなんやな……」

 自分のアホさ具合に絶望していると、鏑木は目を細めて俺を見据える。

「さっきからどうしたの。良平はアホじゃないよ」

 優しい言葉をかけられ、俺の中で覚悟が決まった。
 ごまかすのも、逃げるのもなし。
 正々堂々、ちゃんと謝ろう!
 バレンタインのチョコはいたずらやったって。勘違いさせるような真似してごめんって。
 俺は短く息を吸い、鏑木を見つめて口を開く。

「きゃ、きゃびゅらぎぃ……」
「え、なに?」

 くそっ! 俺の根性無し!
 なにをおちょぼ口でぼそぼそ喋ってんねん!
 俺はばちん、と自分の頬を叩き、改めて鏑木の前に立つ。

「あのな鏑木! じ、実は……」
「鏑木じゃん。なにしてんの?」

 振り返ると、二人の男子がやってくる。
 こいつらはたしか鏑木と同じクラスの……、あかん、名前が思い出せん。

「今からお菓子作りするんだよ」
「お菓子作り? なんで?」
「バレンタインのお返しに」

 相変わらず鏑木はすごいな。
 なんも物怖じせずに堂々として。
 すると、ジャガイモみたいな顔したやつが思い出したように手を叩く。

「あぁ! もしかしてみんなに配ったっていうあれ?」

 ……あ。

「ちょ、ちょっと!?」

 思わず声が出ると、もう一人のナスみたいな顔したやつが俺を指さす。

「あ、もしかして本人? おもろいことする人おるなぁ、いうてたんよ。なんで俺らにもくれんかったん?」
「いやぁ、あはは……」

 あかん、これ以上余計なこと言わせんためにも、ここはもう笑ってやり過ごすしか……。
 すると、ジャガイモとナスはケタケタと笑いながら続ける。

「男相手にチョコ渡すのもだいぶキショいのに、しかも手作りやったんやろ? ネタに気合い入れすぎちゃう?」
「てかお前らお菓子作りて! 似合わなすぎやろ?」

 は?

「いや、鏑木はあれちゃう? ギャップ!」
「たしかに! 顔のいいやつがお菓子も作れますゆうて。めっちゃモテるんちゃう?」

 ぎゃはは、とジャガイモとナスのやかましい笑い声が廊下にこだまする。
 ここは笑ってやり過ごすのが正解。
 やないと。

 ──良平がお菓子作りとか似合わなすぎやろ!

 自分の好きなもの否定されるんは、もう嫌やから。
 適当にごまかして、笑ってノリにして、それで……。

「……鏑木も俺も、そんなつもりでやってへん」
 
 なにいうてんの、俺。

「は? じゃあなんでお菓子なんてつくってんの?」

 マジレスされたのが癪に障ったのか、ジャガイモの眉間にしわがぎゅっと寄る。
 でも無理や。止められへん。

「好きやからに決まってるやろ。なんか文句あんの?」
「いや……」
「もうええわ、行こうぜ」

 ジャガイモとナスが俺たちの間を通り過ぎて去っていく。
 シャーペンの芯すぐ折れろ。ワイヤレスイヤホンの片っぽだけどっかいけ。
 行く先々のトイレのウォシュレットが全部『強』であれ。
 ジャガイモとナスが見えなくなるまで、俺はやつらの背中に向かって思いつく限りの呪いをかけ続けていると、隣で呆然としている鏑木に気づいた。

「あ、同じクラスやのにごめんな。明日から気まずいやろ」
「べつに。同じクラスってだけであんまり喋ったことないから」
「……ならええけど」

 ふと顔を向けると、鏑木とぱちりと目があった。

「なんで嬉しそうなん?」

 鏑木はなぜか口元をほころばせて、目を細める。

「だって、俺のために怒ってくれたんでしょ?」
「はぁ? 別に鏑木のためちゃうよ。ただ、鏑木がどんな思いでお菓子作りしてたかも知らんと適当なことをごちゃごちゃ言われるんが、嫌やっただけ」
「やっぱり俺のためじゃん」
「やからそういうわけじゃ……、あっ!?」

 瞬間、自分の過ちを思い出した俺は、鏑木に向かって思い切り頭を下げた。

「ごめん鏑木! あのチョコ、ほんまはいたずらやってん……、ほんまごめん!」
「…………」

 ゆっくり顔を上げるも、前髪が鏑木の目元を隠し、表情が読めない。
 鏑木、ショックかな。ムカついてるかな。
 嫌われてしもうたかな。
 ……あかん、なんで俺が泣きそうになってんねん。
 小さく鼻をすすると、鏑木は可笑しそうに息を漏らす。

「知ってるよ」
「……え」
「言ったじゃん。チョコもらった時に、知ってるよって」

 言ってた……っけ?
 首をかしげる俺に、鏑木は優しくうなずく。

「それでも嬉しかったから。俺も応えたいと思ったんだ」

 鏑木のまっすぐな言葉が、柔らかなほほえみが、俺の心臓を高鳴らせる。
 これまで何度も見てきたはずなのに、今の鏑木の笑顔は、なんというか。

「反則やろ……」
「なにかいった?」
「な、なんでも……! よし! そいじゃ家庭科室に……」
「良平は家庭科室来ないでね」
「えぇ!?」

 袖を捲り上げ、お菓子作りやる気満々だった俺に鏑木が釘をさす。

「言ったでしょ、一人で作るって。良平は教室で待ってて」
「……分かった」

 素直に頷くと、鏑木は俺を残して家庭科室へと行ってしまった。

「しゃーない、大人しく教室で待っとくか」

 振り返り、数歩歩いたところで足がぴたりと止まる。

「あの不器用な鏑木が、家庭科室で一人?」

 すると、脳内に次々と映像が流れだす。
 ぐえー、と包丁も持ったまま転んで自分を刺殺する鏑木の姿が。
 コンロを点火した瞬間、ガスに引火し爆発する家庭科室の惨状が。

「いやいや、そんなわけないやろ」

 俺は頭を振って考えを振り払う。
 鏑木がどんなに不器用やからって、さすがに大丈夫やろ。

 ……大丈夫、やんな?
 

 校舎の角から顔を出し、警戒しながら辺りを見回す。

「オールクリア、ゴー!」

 人がいないことを確認すると、壁にへばりつきながら家庭科室へと近づく。
 ゆっくりと顔を上げて中を覗き込むと、エプロンを纏った鏑木の姿を発見した。
 よかった。生きてる。
 どうやら爆発する心配もなさそうだ。
 それにしても。

「あいつ、なにつくってるんや?」

 目を細めて覗くも、ここからでは鏑木の手元はよく見えない。
 それでも、鏑木の横顔ははっきりと見えた。

「ええ顔してるな」

 ボウルを抑え、丁寧になにかを混ぜている鏑木は真剣で、楽しそうで。
 そんな鏑木を見ていると、これまで一緒にお菓子作りをしたときの記憶がよみがえる。
 クッキー、プリン、チュロス、ブラウニー。
 一緒に食べたいちごパフェを真似して作ったこともあったっけ。
 どれも美味しくて、どれもやっぱり楽しくて。
 それはきっと、俺一人じゃ味わえなくて。
 鏑木と一緒やったから、俺はもっとお菓子作りが好きになったんやと思う。

「好き、に……」

 ぽつりと呟くと、胸のあたりがぎゅっと苦しくなる。
 俺は、鏑木のことが……。

「よしっ!」
「え」

 顔を上げると、エプロンを脱いだ鏑木が家庭科室を出ていく。

「やばっ!?」

 俺は窓から離れ、転びそうになりながらも急いで教室へ戻った。


「ごめん、お待たせ……、なんで息切れてるの?」
「い、いや……、べつになんもないよ?」

 ぜぇぜぇ、と乱れた呼吸を整えていると、鏑木は小さな箱を差しだす。

「改めて、バレンタインのお返し」
「あ、ありがと……」

 正方形の赤い箱の蓋を取ると、中にはバレンタインの時と同じ、小さなチョコレートが入っていた。

「あの時よりは上手にできてると思うけど……」

 緊張した様子の鏑木に、なんだかこっちまで緊張してしまう。

「じゃ、じゃあ食べるな?」
「お願いします……」

 よそよそしくお互いに頭を下げあい、俺は恐る恐るチョコをかじる。

 カリッ……。
 硬っ……くない!
 それどころか。

「うまっ!?」

 噛んだ瞬間に口の中でとろりと溶けて、チョコの味が口いっぱいに広がる。
 ミルクの優しい甘さに、カカオのビターなほろ苦さ。
 おまけにくちどけもめっちゃなめらか!

「これうますぎるやろ! 俺が作ったチョコよりもうまいんちゃう?」
「ほんと?」
「ほんまに! 食べてみぃよ!」

 鏑木はチョコを一粒摘まんで頬張ると、表情がパッと明るくなる。

「うん、おいしい……!」
「せやろ!? って、なんか俺が作ったみたいになってるやん」
「たしかに」

 俺たちの笑い声が重なり合い、そして、どちらともなく笑い終えた頃。
 鏑木は背筋を伸ばして俺を見据える。

「それで、告白の返事なんだけど」

 また、胸のあたりがぎゅっとなり、俺は口を開く。

「……わかってるよ」

 バレンタインのお返しにはそれぞれ意味がある。
 姉ちゃんに教えてもらった後、自分でも調べた。
 チョコレートの意味は。

 ──あなたと同じ思い。

 つまり鏑木は。

「俺と同じで、……好きなんやな」
「同じって……」

 目を見開く鏑木に、俺はうん、と頷く。

「俺も好きやで。……鏑木と一緒にお菓子作るの!」
「え」
「これからもお菓子作り同好会としてよろしくな!」
「いや、俺は良平のことが……」

 鏑木の言葉を遮るように、おおげさに壁にかかった時計を指さす。

「もう帰らな! またな!」

 俺は荷物を抱え、鏑木の横を通り過ぎる。
 また、ごまかしてしもうた。
 鏑木の気持ちを聞くのが怖くて。この関係が変わってしまうのが嫌で。
 やっぱり俺って、アホやわ。
 じわじわと心の中が後悔で満ちていく。
 それでもどうしようもできなくて、教室の扉に手をかけた瞬間、鏑木は俺の腕を掴んで自身の胸の中へと引き寄せる。

「ちょっ……!?」

 驚いて顔を上げると、目の前に鏑木の顔があった。
 整った顔立ちに思わず見惚れていると、次第に鏑木の顔が近づいてくる。
 綺麗なおでこからぱっちりとした綺麗な瞳、そしてすらりと通った鼻筋へとどんどんと俺の意識は降りていく。
 そして、薄くて柔らかそうな唇へと意識が到達した瞬間、やっと気づいた。
 こ、これ、もしかして……、ちゅ、ちゅうされるんちゃう……!?
 思わず目をぎゅっと閉じ、身を固めること数秒。

 ……あれ?

 待ち構えていた感触が感じられず、ゆっくりと目を開けると顔を真っ赤に染めた鏑木と目があった。

「俺の好きはこういう意味の好きだよ……」

 俺を見つめる瞳の揺らぎが、余裕のなさそうな声の震えが、全身から伝わってくる鼓動が、鏑木の言葉以上に鏑木の気持ちを物語る。
 それでも。

「……わかった?」
「わ、わかるかボケ……!?」

 俺は恥ずかしさのあまり鏑木を突き飛ばし、教室を飛び出した。
 しかし、すぐにスタミナ切れした俺は踊り場で手摺りにもたれ掛かる。

「はぁ、はぁ、しんど……」

 なんか今日、走ってばっかやな……。
 酸素不足でくらくらな頭の中を、鏑木の言葉が埋め尽くす。

 ──俺の好きは、こういう意味の好きだよ。

「意味わからんっちゅうねん……、アホ」

 なにもかも、理解できんことばっかりや。
 どうして鏑木みたいなイケメンが俺なんかのことを好きなのか。
 そして。
 鏑木のことを考えるだけで、こんなにも心臓がバクバクと高鳴るのか。

「同じ思い、か」

 鏑木が作ったチョコを摘まみ、口の中へ放り込む。

「……やっぱ甘いわ」

 鏑木の真っ赤な顔を思い出しながら、俺はぽつりと呟いた。