いたずらでチョコを渡したらドイケメンに本命だと勘違いされました。

「ふぅー……」

 湯船につかると、身体から一日の疲れがゆっくりと溶け出していく。
 やっぱ風呂は最高やな。
 入浴剤で白く色づいたお湯を掬いあげ、ぱしゃりと顔を洗う。

「さて、と」

 さっぱりした俺は風呂桶に入れておいたスマホを手に、溜めていたアニメを再生する。
 風呂りながらのアニメ鑑賞。
 これこそが至福の……。

「良平! あんたまだ入ってんの?」

 刺々しい声がして顔を向けると、すりガラスの向こうに姉ちゃんの輪郭がぼわっと浮かび上がる。

「もうちょっとー」
「はよしてや! どんだけ長風呂やねん」

 ぶつぶつと文句を言いながら姉ちゃんの影は去っていく。
 風呂ぐらい好きに入らせろよ、とは言わへん。
 そんなこと言ったら確実に殺されるから。
 我が家を事故物件にするわけにはいかん。
 ちょうどキリよく終わったアニメを止め、なんとなくインセタを眺めていると。

「え、うまそ……!」

 タイムラインに流れてきたのは純喫茶コロンブスという喫茶店で販売されている『いちごたっぷりデラックスパフェ』の写真。
 投稿主のコメント曰く、どうやら期間限定のよう。
 純白の生クリームに添えられた宝石のように輝く山盛りのいちごに、思わずごくりと喉が鳴る。

「期間限定って、……明日まで!?」

 ギリギリセーフ、と胸をなでおろしつつ、俺のボルテージは最高潮に達する。
 これはもう運命やろ!
 俺は絶対にいちごたっぷりデラックスパフェを食べる!
 画面を見つめながらパフェに思いを馳せていると、ふいに閃く。
 閃きのままスマホを耳に当てると、数コールののち通話が繋がった。

「あ、しもしも鏑木?」

 呼びかけるが応答はなく、かすかなノイズだけが聞こえてくる。

「あれ、鏑木? 聞こえてる? おーい」

 何度か呼びかけていると、遅れて鏑木の声が聞こえてきた。

「ごめんびっくりしちゃって……、良平から電話がかかってくるなんて思ってなかったから嬉しくて放心状態だった」
「そっかー」

 鏑木ってたまに変なこと言うなぁ。まぁええけど。

「ごめんな急に。今大丈夫?」
「大丈夫だけど。今どこにいるの? 声が響いてるけど」
「あぁ、今風呂入ってる」
「ふっ、ろ……」

 電話口の向こうで鏑木はフリーズしたように言葉を詰まらせる。

「ん? どした?」
「……か、風邪ひかないようにね」
「おかんみたいなことゆうて。ほんでな、明日ひま? ひまやったら一緒に……」
「ひまです!」
「なんで敬語?」

 まだなにするかもゆうてへんのに。……よっぽどひまなんかな。

「やったらさ、パフェ食べに行かへん?」
「パフェ?」
「ほら、俺らお菓子作り同好会やん? パフェ食べてお菓子の知見を深める、的な?」
「パフェってお菓子なの?」
「知らん」
「なんだよそれ」

 鏑木の笑い声がスマホを通して浴室に響き渡る。

「わかった。いいよ」
「よっしゃ! ほな決まりな。じゃあ予約しとくから時間決まったら……」

 その瞬間、浴室のドアが壊れんばかりの勢いで開く。

「ちょっとあんた! ええ加減にしいや! いつまで入ってんねん!」

 鬼の形相の姉ちゃんは俺が去年の夏祭りでゲットしたあひるのおもちゃを投げつける。

「わっ!? なにしてんねん! 変態!」

 そういいながらキャッチしたアヒルを投げ返すと、姉ちゃんは女子バレー部仕込みの強烈なアタックで打ち返し、アヒルは見事に俺の眉間に命中した。

「お前の裸なんて見たないわ! はよ上がれカス!」

 姉ちゃんはそう言い捨てると、ドスドスと床を踏みしめながら去っていく。

「痛った……、くそっ、ドア開けたまんまにしやがって……」

 仕方なしに湯船から出ると、外から入り込む風が一気に身体を冷ます。

「クソ姉貴がごめんな……、あれ?」

 鏑木からの応答がなくて辺りを探すと、スマホはタイルの上に転がっていた。
 いつのまに……、てか防水でよかった。

「鏑木? 聞こえて……」

 しゃがんでスマホを手に取ると、ひとつのメッセージが画面に表示されていた。

『ビデオ通話は終了しました』
「……は?」

 ビデオ通話? ……え、いつから?
 姉ちゃんが入ってくるまでは普通の通話だったはず。
 だとしたら、アヒルをキャッチしようとスマホを放り投げた時?
 そのあと、ずっとビデオ通話だった?
 俺、すっぽんぽんやねんけど……?

『もしかして、見た?』

 メッセージを送って数秒、鏑木からメッセージが返ってくる。

『👍』
「いや『👍』ってなんやねんっ!?」

 俺の魂のツッコミが家中に轟いた。


 翌日。
 電車に乗って数十分。

「ちょっと早く来すぎたな……」

 待ち合わせ場所に着いたはいいが、集合時間より三十分も早く着いてしまった。

「どっか時間潰せる場所は……、ん?」

 地図アプリを見ていると、向こうから黄色い声が聞こえてくる。

「あの、もしかしてお一人ですか……?」
「よかったらうちらと遊びませんか!?」

 すげー逆ナンや。
 あまり慣れていないのか、女子たちはあわあわとしているのがここからでもわかる。
 そんな女子が思わず声をかけてまうって、いったいどんな男前やねん。
 すると、ベンチに座っていたせいで女子の背中に隠れていた男子がすっと立ち上がる。

「人待ってるから」

 鏑木かい!?
 それになんやあのつっけんどんな態度は!? 女子速攻で帰ってもうたやん!

「あれ、良平?」

 俺に気づいた鏑木は女子への態度とは打って変わり、軽い足取りで近づいてくる。

「は、早ない?」
「ううん、今来たところ」

 爽やかスマイルにスマートな返答。
 おまけに逆ナンにあったこともまったく鼻にかけていない。俺やったら半年は自慢するぞ?
 なんやねんこいつ。
 あかん。なんか腹立ってきた。

「なんやお前」
「えぇ?」

 理不尽なキレられに驚く鏑木を置いて、ずんずんと歩きだす。
 やっぱりかっこええな、鏑木は。
 いつもは同じ制服を着ているからわからんかったけど、骨格良すぎるやろ。
 俺の胸のあたりに鏑木の腰があるやん……、それは言い過ぎか。
 足も長いし、首筋もシュッとして、芸能人みたいや。
 それに比べて……。

「なんか、鏑木と一緒に歩くん嫌やわ」
「なんで?」
「だって見てみ?」

 鏑木を立ち止まらせ、並んでショーウインドウの前に立つ。
 ガラスの世界にはどうみても平凡な俺と、ビジュが爆発している鏑木という残酷な現実が映っていた。

「やっぱり作画が違うわ」

 鏑木は少女漫画で、俺はギャグ漫画ってところか。

「鏑木がかっこよすぎて、俺の自尊心ゴリゴリ削られるんよ」
「そんなことない」

 振り向くと、鏑木のきれいな茶色い瞳に俺が映る。

「良平はかっこいいよ。それにかわいい」

 俺がかっこよくて、かわいい?

「なにそれ。新手のいじりか」
「違うよ。良平は本当に……」
「はぁーあ……。せめてもっとオシャレになりたいわ」

 鏑木が纏っている黒色のロングコートや手首に巻かれた銀のブレスレットも、めちゃくちゃ似合ってるし、めっちゃ大人っぽい。
 それに比べてなんや俺は。
 パーカーにジーンズて、めっちゃガキっぽいやん。
 ……これでも一張羅のつもりやったのに。

「あかん、また自尊心が……」

 俺の中で自信とプライドが音を立てて崩れていき、ゾンビのようにうなだれていると、鏑木が提案する。

「じゃあ服見に行く?」
「えっ」
「まだ時間あるよね?」
「……マジ?」
「マジ」

 優しく頷く鏑木の背後から後光が差す。

「俺、鏑木と一緒でよかったわ」
「……っ!?」

 鏑木は目を見開いて固まると、俺から顔をそらしながら呟く。

「……さっきと言ってること逆じゃん」
 呆れたように呟く鏑木の顔が綻んでいるのが、ガラスにバッチリ映っていた。
 なんで嬉しそうなのか知らんけど。

「ま、これで俺の裸見たことチャラにしたるわ」
「み、見てないって!」

 慌てて声を上げる鏑木が面白くて、俺はお腹を抱えて笑った。


 鏑木に連れられて入ったのは鏑木がよく通っているという小さな古着屋だった。

「このコートもここで買ったんだ」
「マジか、全然古着って感じないな」

 古着ってもっとダメージが入った、言ってしまえばボロいイメージがあったが、店内に並ぶ服はどれも新品と遜色がない。

「ほんで安いな」
「そうなんだよ。だからよく通ってるんだ」

 鏑木は嬉しそうにコートを一着手に取り、俺にあてがう。

「これとか似合うんじゃない?」
「ほんま?」
「ほんま。試着してきなよ」

 追加でシャツとズボンを見繕われ、鏑木に背中を押されるまま俺は試着室へ入る。
 なんか楽しそうやな、鏑木。
 狭い試着室でもぞもぞと服を着替えると、鏡に映る自分を見ておぉ、と声が漏れた。

「どう?」
「うん、すごくいい!」

 カーテンを開けると、鏑木も俺と同じ反応で安心した。
 すると、鏑木はスマホを向けてくる。

「恥ずいやん、やめてや」
「いいじゃん。記録用に」
「ちょ、ほんまやめてって……」

 パシャ。

「……ポーズ完ぺきじゃん」
「一流のモデルは切り替えが大事やねん」

 そういうと俺は腰に手を当て、アンニュイな表情を浮かべる。イメージはパリコレモデル。よう知らんけど。

「ほかにもいろいろ着てみようか」
「おう!」

 それから鏑木に勧められるまま、いろんなファッションを試した。
 カジュアルにフォーマル、ストリート系にアメカジスタイル。
 試着室のカーテンを開けるたびに、鏑木は俺を褒めて写真に収めた。

「どう? どれか気に入った?」
「全部ええねんけど、うーん……」

 いろいろ試したが、やっぱり。

「これかな」

 俺が手に取ったのは最初に鏑木が見つけてくれた濃い灰色のロングコート。
 身にまとって鏡の前に立つと、自前のパーカーとジーンズの子どもっぽさを、大人っぽいロングコートがいい感じにまとめてくれている、気がする。

「どうかな?」
「うん、すごくいいと思う」

 鏑木は隣に立って鏡を覗き込む。
 並んで立つとやっぱり鏑木の大人っぽさには敵わない。……ていうか。

「やっぱやめるわ」
「え? なんで?」
「だってなんか、おそろいみたいやない?」

 二人してロングコート。しかも鏑木が黒色で俺は濃い灰色。
 鏑木に憧れすぎるあまり、無意識に似たものを選んでしまったらしい。

「悪い、やっぱりほかのに……」

 照れくさくてすぐに脱ごうとするが、鏑木は俺の腕を掴む。

「ダメ。これにして」
「なんで?」
「なんででも」
「じゃ、じゃあこれ買うわ……」

 有無を言わせない鏑木の圧に負け、俺はコートを購入した。
 お値段なんと2980円。
 新品なら一万円前後はするだろう。あまりにもお買い得だ。
 それになんといっても。

「やっぱええわこれ!」

 店から出た俺は身をよじりながら、なんどもたなびくコートを眺めてしまう。
 大人っぽいデザイン! 陽光に反射して輝く絹の生地。
 やっぱりこれにしてよかった。

「ほんま鏑木のおかげやわ! てか鏑木はなんか買わんでよかったん?」
「大丈夫。俺も宝物が手に入ったから」

 そういってスマホを掲げる鏑木の意図は読めなかったが、満足そうだからよしとした。
 二月の空はからっと晴れ、なんだかさっきよりも世界が輝いてみえる。
 お気に入りの服を着るって、こんなにもテンション上がるんや!

「よっしゃ、このままパフェ食べに行こか!」
「うん!」

 足取り軽く、俺たちは喫茶店に向かった。

 ……が、しかし。

「おっと……?」

 地図アプリを頼りにたどり着いたのは、見るからにファンシーな喫茶店。
 純喫茶コロンブス、って渋めの名前なのに、看板にも窓にもピンクのハートがめっちゃ貼ってある……!
 これはさすがに、入りずらすぎる……!

「やっぱ、やめとこか……」
「なんで?」

 なんでって。

「だって……」

 明らかな女子向けの店構えに怖気づく俺を置いて、鏑木はすたすたと店に近寄り、店員さんに声をかける。

「すみません、予約してた須田なんですけど」
「おいっ!?」
「せっかく来たんだし、パフェ食べよ」
「でも……」
「ご予約の須田様ですね。どうぞー!」

 甲高い声のウェイトレスさんに導かれるまま、俺たちは店内へ通され、テーブル席に腰かける。
 やっぱり。

「俺らめっちゃ場違いやん……!」

 俺はこそこそ声で鏑木に訴える。
 店内の装飾は外観以上にファンシーでポップでキュート。
 俺たち以外のお客さんもみんな女の人ばっかり。

「鏑木は気にならへんの?」
「別に。良平と一緒だし」
「えぇ……」

 逆に男同士の方が目立つやろ。
 首をかしげる俺を置いて、鏑木はスマートに注文を済ませ、優雅にお冷に口をつける。

「良平はどうしてお菓子作りが好きなの?」
「え?」

 周りを気にして身を縮めていると、鏑木はふいに尋ねてきた。

「あ、えっと……」

 唐突な質問に言葉が詰まる。

 ──良平がお菓子作りとか似合わなすぎやろ!

 また喉の奥がチリッと痛んで、俺は痛みをごまかすようにへらへらと笑う。

「別に好きとかちゃうよ。ほら、男がお菓子作りってギャップあってモテそうやん?」
「そうかな」
「そうやって。なんもせんでもモテそうなやつにはわかりませんよ」

 そういいながらお冷をぐっと飲む。
 なんか今の……。

「ごめん、なんか嫌味っぽくなってもうたわ」
「気にしてないよ。……でも」
「でも?」

 鏑木はまっすぐに俺を見ながら続ける。

「俺は別にギャップがあるとか思わないな」
「え?」

 鏑木はにこりとほほ笑み、頬杖を突きながら俺を見据える。

「なにかを好きになるのに男とか女とか関係ないよ」
「そう、やな……」

 鏑木のまっすぐな言葉が、胸の奥の奥へと入り込む。

「じゃあ良平がお菓子作りを好きになった理由は?」
「やから別に好きじゃ……」

 いつものようにごまかそうとして、俺はかぶりを振った。
 鏑木にはごまかさんでもええか。

「好きになった理由、か……。あんま考えたことないかも」
「……やっぱり覚えてないか」
「なんて?」
「ううん」

 鏑木が小さく首を振るのと同時、フリフリのエプロンを纏ったウェイトレスさんが俺たちの席にやってくる。

「お待たせしましたー。いちごたっぷりデラックスパフェでございまーす!」

 机に置かれたパフェは写真通り、いや、写真以上の輝きを放っており、俺たちは目を見合わせる。

「いただきますっ!」

 銀色の細長いスプーンをパフェに刺し、いちごアイスと生クリームを掬って頬張る。

「うまっ!?」

 口に入れた瞬間、生クリームの甘さといちごアイスの酸味が口いっぱいに広がる。
 なんやこれ、うますぎるやろ!

「んー、美味しい!」

 ふいに聞こえた声に振り返ると、女の子のグループも俺たちと同じいちごパフェを食べていた。
 そっか。
 みんなこのパフェを食べに来てるんやから、俺らのことなんて気にしてないよな。

 ──好きになるのに男とか女とか関係ないよ。

 ……鏑木の言う通りやな。

「美味しい……!」

 目を細めて頬を緩ませる鏑木に、俺の口元も綻ぶ。

「今更やけど、鏑木って甘いもの好きなん?」

 鏑木はごくりと飲み込むと、一拍おいて頷く。

「うん、好きだよ」

 ドキッ……、ちゃうねん!
 甘いもの、ゆうてるやろ! 俺の心臓のアホ!
 突然の火の玉ストレート好き発言に胸を抑えていると鏑木はスプーンを宙でくるりと回す。

「甘いもの食べたら、嫌なこと忘れられるから」
「ふーん……」

 あれ、なんか今の言葉、どっかで聞いたことあるような、ないような……。
 まぁえっか。
 鏑木の幸せそうな顔を見ながら、きらりと光るいちごを食べる。
 久しぶりに食べたいちごは、いつもより甘酸っぱい気がした。