いたずらでチョコを渡したらドイケメンに本命だと勘違いされました。

 バレンタイン。
 それは、一年に一度、愛を伝える特別な日──。

「なにがバレンタインデーじゃボケぇ!」

 突風のような佐々木の咆哮に俺と神谷は身をそらす。

「すさまじいデジャブ」
「毎年恒例やな」

 昨年のバレンタインからもう一年経ったとか、信じられへん。
 それほどに、あっという間で、濃い一年だった。

「しかーし! 俺はほかのクラスの連中とは違うのだよ!」

 周りの連中の鋭い視線も無視して、佐々木は不敵な笑みを浮かべる。

「だって俺には今年もチョコが……!?」

 意気揚々と下駄箱を開けるも、なかには汚れた上靴しか入っていない。

「ない!? なんで!?」

 佐々木は口をあんぐり開けたまま、ぐるりと首を回して俺を捉える。

「だって、いらんゆうてたやん」
「やっぱいる!」

 勝手なヤツやな、と呆れる俺の肩を掴み、佐々木はすがるように泣きつく。

「頼むわぁ! 一個もないのはつらいねん! 神谷もわかるやろ?」
「勝手にゼロって決めんなよ。どつきまわすぞ」

 口の悪さが真実を物語っている神谷を無視して、佐々木は俺の肩を強く揺さぶる。

「なぁ頼むわぁ……! あとふつうに須田のチョコ美味いし!」
「え? なんて?」
「だから、一個もないのはつらくて」
「そこやなくて」
「え、須田のチョコ美味いから?」

 俺は顔を手で覆い、空を見上げる。
 わ、悪い気しねぇ~。
 やっぱ作ったお菓子褒められるのが一番ええわ。

「しゃーないなぁ……。ほんなら……」

 カバンを開けて中身を取り出そうとした途端、背後から影が降りてくる。

「ダメ」
「ひっ……」

 振り返ると、鏑木は冷めた眼差しを向けていた。
 イケメンの真顔こっわ……。
 怖気づいた俺たちは顔を見合い、ぎこちなく笑みを浮かべる。

「だ、そうです……」
「わ、わかりました……」

 あはは、と笑いながら顔を向けるも、鏑木は黙ったまま靴をはき替え、先に行ってしまう。

「ちょ、待ってや鏑木っ……!」

 俺は転びそうになりながら靴をはき替え、急いで後を追いかけた。


「待ってって!」

 朝の騒がしい廊下を駆け抜け、階段途中の踊り場で鏑木の腕に手が届いた。

「ごめんって。てか、ちゃんと約束通りなんにも渡してないし」
「……渡そうとしたでしょ。約束したのに」

 鏑木は唇を尖らせて呟く。
 約束とは、今年のバレンタインはイタズラでチョコを配るの禁止、というものだ。

「……でもさ、別にチョコくらい良くない? 同好会で作ったお菓子配ったりしてるやん」
「ダメ」
「だからなんで?」

 俺はみんなにお菓子を食べてもらえてハッピー。
 みんなはチョコをもらえてハッピー。
 ウィンウィンのはずなのに、と首をかしげると、鏑木はカバンの中から包みを取り出す。

「バレンタインは、一年に一回の、愛を伝える特別な日なんだよ?」

 拗ねたような表情で鏑木は包みを俺の胸に押しつける。
 包みに入っているは鏑木の手作りチョコ。
 去年に比べて格段にクオリティはあがっているが、そのチョコの光沢から、梱包の丁寧さから、鏑木の愛情が伝わってくるようで、胸がいっぱいになる。

「なのに、佐々木くんにあげようとするなんて……」
「……は?」

 唇をぎゅっと結んだまま、鏑木は責めるような視線を向けてくる。しかし。

「それ、勘違いやで」
「え」

 俺はカバンを漁り、くしゃくしゃになった黒飴を取り出す。

「黒、飴……?」
「だいぶん前に佐々木にもらったやつ、そのまま返してやろうと思って」
「そ、そうだったんだ……」

 耳を赤くし、目をそらす鏑木が愛おしくて、頭をぽんと撫でる。

「ほんま、アホやな鏑木は」

 そういって俺は小さな包みを取り出し、鏑木に手渡す。
 俺の手作りチョコは、もう鏑木にしか食べさせたくない。
 階段途中の踊り場には上の階からも下の階からも、男子どもの騒がしい声が響いてくる。
 そのざわめきに紛れるように、俺はぼそりと言葉を落とす。

「それに、年に一回やなくて、毎日でも伝えたるわ」
「え」

 顔を上げた鏑木と、視線が重なる。

「やから」

 こんな恥ずいこと言わすなよ……!
 俺はきょろきょろと辺りを見回し、誰もいないことを確認してから、鏑木のネクタイを引っ張る。

「鏑木のことしか愛してへんっちゅうねん……」

 耳まで真っ赤にした鏑木の表情に、俺まで頭が沸騰しかける。
 顔あっつ……!
 あかん、恥ずかしすぎて死んでまう……!
 もはや顔を直視することもできず、逃げるように階段に足をかける。

「そこんとこ、勘違いすんなよ、……な?」

 階段を上がろうとした瞬間、腕を引かれ、頬にやわらかい感触が伝わる。

「おまっ!? 学校でちゅう禁止っていうたやろ!」
「今のは良平が悪い」
「なんでやねん!?」

 笑みを浮かべて階段を駆け上がる鏑木を、俺は追いかける。


 終わり。