――庭先から、子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
「あっ、こら!」
ぼくが畳んでいた洗濯物を、悪戯っ子が引っ張るようにして攫っていった。
「まったく……。ほら、こっちにおいで」
顔は逆光でよく見えない。
けれど、ぼくは勢いよく胸に飛び込んで来たこの悪戯っ子のことを、よく知っていた。
「ふふっ。つーかまーえたっ」
タオルケットごと包み込んで抱きしめる。
鼻先をすり寄せると、あたたかいお日様のにおいがした。
ジャラリ。
金属の擦れる音がする。
はっと気が付くと、陽だまりは跡形もなく消えていて。
ぼくは、ひんやりとした暗い通路に立っていた。
ジャラララッ。
音のする方へ急がなければ、と走り出す。
松明に照らされて、壁面に複数の影が揺れていた。
ああ……だめだ、そんなこと。
止めに入りたいのに、羽交い絞めにされて身動きが取れない。
「お願い、待って……!」
「あいつ……と、頼……だぞ……」
誰かが微笑む。
そうして引きずられていく背中へ必死に手を伸ばし、叫んだ。
「――行ったらだめだ!」
がばりと起き上がる。
額から、ぺしゃりと何かが落ちた。
「あ、れ……」
「……起きたか」
肩を上下させていると、すぐそばから低い声が聞こえる。
蓮がベッド脇の椅子に腰かけたまま、じっとこちらを見ていた。
「ここ、は……」
「俺の部屋」
どうりで寮っぽいのに見慣れない場所だと感じたわけだ。
「あのまま気絶したから、運んだ」
蓮は濡れタオルを拾い上げると、桶に浸して絞り直した。
「お前、丸一日寝てたんだぞ」
「えっ。そ、んなに……?」
蓮はため息を吐くと、ぼくの肩をとん、と押した。
重力に抗えず、体は容易くベッドへと沈みこんでいく。
ぼくの頬や指先へ確認するように触れると、蓮は「……まだ冷たい」と低く呟いた。
いつの間にやらこんもりと重ねられていた毛布を、首元まで引き上げられる。
そうされてようやく、自分の体が芯まで冷え切っていることに気付いた。
「ぼく……」
「ガス欠みたいたもんだ。……いきなり使えば反動が来る」
「蓮……怒って、る?」
金の瞳が、すっと細められる。
「怒ってる。……半分、な」
「う……。ごめん」
「……俺は、お前に無茶してほしくない」
どこか憔悴した表情に、言葉が詰まった。
――ずっと、看ていてくれたんだ。
心配、かけちゃったな……。
合わせる顔がなくて深く毛布を被ろうとしたぼくに、蓮が「でも」と続けた。
「あれは、お前にしかできないことだ。――よくやった」
大きな手が、くしゃりとぼくの頭をかき乱す。
ちらりと見上げると、蓮の眼差しは柔らかなものへと変わっていた。
「無事……あの子は進んでいけたかな?」
「あぁ」
「……良かった」
ほうっと深い息をはく。
「温かいものでも飲むか」
立ち上がりかけた蓮を呼び止める。
「蓮。……本当に、ありがとう」
「……べつに。なんてことない」
そう言うと、さっと部屋を出て行ってしまう。
照れ隠しだろうか。ぼくは小さく笑った。
蓮が戻って来るまでの間、大人しく毛布の中へと潜り込む。
けれど、それよりも前に意識は深い所へと沈んでいった。
「――うん。これなら、明日登校しても大丈夫そうだね」
聴診器を外した白銀先生が、にこりと笑った。
「ありがとうございます」
礼を言ってシャツを整える。
今日はゴールデンウィークの最終日。
寮生のほとんどが帰省する中、ぼくは大事をとって寮で静養していた。
同じく寮に留まっていた蓮が一緒に居てくれたし、教員寮に駐在している白銀先生がまめに様子を見に来てくれた。
おかげで、体もすっかり軽い。
「済んだならさっさと離れろ」
壁にもたれていた蓮が、ぴしゃりと言った。
蓮の鋭い睨みをものともせず、先生はぼくの額に手を当てて熱を確認している。
「拓実君たら、すぐ無理をするんだもの。……先生、心配で目が離せないよ」
「うっ。き、気を付けます」
蓮の盛大な舌打ちを誤魔化すように、ぼくは苦笑した。
どうしてこう、二人が揃うと険悪なムードになってしまうのか……。
「けど、そっか。相変わらず……なんだね」
「え?」
「ううん、こっちの話。――さ、じゃあ僕はもう行くよ」
部屋を出る先生を見送ろうと、ぼくも立ち上がった。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。また、学校で元気な姿を見せてね」
ひらひらと手を振り、先生が去っていく。
今はひと気のない廊下も、午後になればだんだんと騒がしさが戻ってくるだろう。
早くみんなに会いたいな。
そう思いながら、ぼくはひとつ大きな伸びをした。
「――山田くんがお土産にくれたお菓子、美味しかったね」
久しぶりに登校する道すがら、隣を歩く蓮に話しかける。
昨夜は、夕方寮へ戻って来た山田くんから地元銘菓をもらい、舌鼓を打った。
「……今度ふた箱頼んだ」
「何それ、いつの間に?」
思わず吹き出してしまい肩を震わせていると、後ろから声が掛かった。
『……良いなあ。オレにも分けてくれよォ』
「うわっ」
突然ぬっと肩口から現れた顔に、思わずのけ反る。
おじさんの霊が物欲しそうにこちらを見ていた。
『私にもちょうだぁい……』
「ええ、ちょっ……!」
どこから湧いて出たのか、わらわらとぼくの方へ迫る人霊たちを、蓮がべりっと引き剝がした。
「いい加減にしないと遠くへ放るぞ」
『ずるい……』
腕組みをした蓮が大きめのため息を吐いた。
少年霊との一件以降、変わったことがひとつある。
これまで煙状にしか見えなかった霊が、はっきりと見えるようになったのだ。
蓮の補助なしでも、普通に言葉を交わすことができる。
そのせいか、構ってほしい霊がどんどん近寄って来るようになってしまった。
表情や言葉が分かるようになってしまったら、なんだか無下にするわけにもいかず。
新たな悩みの種になっている。
「……こいつは今病み上がりなんだ。程々にしてくれ」
蓮のひと言に、霊たちからブーイングが起こった。
「ごめんね。今は学校へ急がないといけないから……」
「……お前もお前だ。いちいち構いすぎるからこうなる」
ぐいと背中を押されるようにして、歩みを再開させた。
「もう、なんでぼくまで怒られないといけないの!」
蓮のお小言は増えていくばっかりだ。
「あっ、こら!」
ぼくが畳んでいた洗濯物を、悪戯っ子が引っ張るようにして攫っていった。
「まったく……。ほら、こっちにおいで」
顔は逆光でよく見えない。
けれど、ぼくは勢いよく胸に飛び込んで来たこの悪戯っ子のことを、よく知っていた。
「ふふっ。つーかまーえたっ」
タオルケットごと包み込んで抱きしめる。
鼻先をすり寄せると、あたたかいお日様のにおいがした。
ジャラリ。
金属の擦れる音がする。
はっと気が付くと、陽だまりは跡形もなく消えていて。
ぼくは、ひんやりとした暗い通路に立っていた。
ジャラララッ。
音のする方へ急がなければ、と走り出す。
松明に照らされて、壁面に複数の影が揺れていた。
ああ……だめだ、そんなこと。
止めに入りたいのに、羽交い絞めにされて身動きが取れない。
「お願い、待って……!」
「あいつ……と、頼……だぞ……」
誰かが微笑む。
そうして引きずられていく背中へ必死に手を伸ばし、叫んだ。
「――行ったらだめだ!」
がばりと起き上がる。
額から、ぺしゃりと何かが落ちた。
「あ、れ……」
「……起きたか」
肩を上下させていると、すぐそばから低い声が聞こえる。
蓮がベッド脇の椅子に腰かけたまま、じっとこちらを見ていた。
「ここ、は……」
「俺の部屋」
どうりで寮っぽいのに見慣れない場所だと感じたわけだ。
「あのまま気絶したから、運んだ」
蓮は濡れタオルを拾い上げると、桶に浸して絞り直した。
「お前、丸一日寝てたんだぞ」
「えっ。そ、んなに……?」
蓮はため息を吐くと、ぼくの肩をとん、と押した。
重力に抗えず、体は容易くベッドへと沈みこんでいく。
ぼくの頬や指先へ確認するように触れると、蓮は「……まだ冷たい」と低く呟いた。
いつの間にやらこんもりと重ねられていた毛布を、首元まで引き上げられる。
そうされてようやく、自分の体が芯まで冷え切っていることに気付いた。
「ぼく……」
「ガス欠みたいたもんだ。……いきなり使えば反動が来る」
「蓮……怒って、る?」
金の瞳が、すっと細められる。
「怒ってる。……半分、な」
「う……。ごめん」
「……俺は、お前に無茶してほしくない」
どこか憔悴した表情に、言葉が詰まった。
――ずっと、看ていてくれたんだ。
心配、かけちゃったな……。
合わせる顔がなくて深く毛布を被ろうとしたぼくに、蓮が「でも」と続けた。
「あれは、お前にしかできないことだ。――よくやった」
大きな手が、くしゃりとぼくの頭をかき乱す。
ちらりと見上げると、蓮の眼差しは柔らかなものへと変わっていた。
「無事……あの子は進んでいけたかな?」
「あぁ」
「……良かった」
ほうっと深い息をはく。
「温かいものでも飲むか」
立ち上がりかけた蓮を呼び止める。
「蓮。……本当に、ありがとう」
「……べつに。なんてことない」
そう言うと、さっと部屋を出て行ってしまう。
照れ隠しだろうか。ぼくは小さく笑った。
蓮が戻って来るまでの間、大人しく毛布の中へと潜り込む。
けれど、それよりも前に意識は深い所へと沈んでいった。
「――うん。これなら、明日登校しても大丈夫そうだね」
聴診器を外した白銀先生が、にこりと笑った。
「ありがとうございます」
礼を言ってシャツを整える。
今日はゴールデンウィークの最終日。
寮生のほとんどが帰省する中、ぼくは大事をとって寮で静養していた。
同じく寮に留まっていた蓮が一緒に居てくれたし、教員寮に駐在している白銀先生がまめに様子を見に来てくれた。
おかげで、体もすっかり軽い。
「済んだならさっさと離れろ」
壁にもたれていた蓮が、ぴしゃりと言った。
蓮の鋭い睨みをものともせず、先生はぼくの額に手を当てて熱を確認している。
「拓実君たら、すぐ無理をするんだもの。……先生、心配で目が離せないよ」
「うっ。き、気を付けます」
蓮の盛大な舌打ちを誤魔化すように、ぼくは苦笑した。
どうしてこう、二人が揃うと険悪なムードになってしまうのか……。
「けど、そっか。相変わらず……なんだね」
「え?」
「ううん、こっちの話。――さ、じゃあ僕はもう行くよ」
部屋を出る先生を見送ろうと、ぼくも立ち上がった。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。また、学校で元気な姿を見せてね」
ひらひらと手を振り、先生が去っていく。
今はひと気のない廊下も、午後になればだんだんと騒がしさが戻ってくるだろう。
早くみんなに会いたいな。
そう思いながら、ぼくはひとつ大きな伸びをした。
「――山田くんがお土産にくれたお菓子、美味しかったね」
久しぶりに登校する道すがら、隣を歩く蓮に話しかける。
昨夜は、夕方寮へ戻って来た山田くんから地元銘菓をもらい、舌鼓を打った。
「……今度ふた箱頼んだ」
「何それ、いつの間に?」
思わず吹き出してしまい肩を震わせていると、後ろから声が掛かった。
『……良いなあ。オレにも分けてくれよォ』
「うわっ」
突然ぬっと肩口から現れた顔に、思わずのけ反る。
おじさんの霊が物欲しそうにこちらを見ていた。
『私にもちょうだぁい……』
「ええ、ちょっ……!」
どこから湧いて出たのか、わらわらとぼくの方へ迫る人霊たちを、蓮がべりっと引き剝がした。
「いい加減にしないと遠くへ放るぞ」
『ずるい……』
腕組みをした蓮が大きめのため息を吐いた。
少年霊との一件以降、変わったことがひとつある。
これまで煙状にしか見えなかった霊が、はっきりと見えるようになったのだ。
蓮の補助なしでも、普通に言葉を交わすことができる。
そのせいか、構ってほしい霊がどんどん近寄って来るようになってしまった。
表情や言葉が分かるようになってしまったら、なんだか無下にするわけにもいかず。
新たな悩みの種になっている。
「……こいつは今病み上がりなんだ。程々にしてくれ」
蓮のひと言に、霊たちからブーイングが起こった。
「ごめんね。今は学校へ急がないといけないから……」
「……お前もお前だ。いちいち構いすぎるからこうなる」
ぐいと背中を押されるようにして、歩みを再開させた。
「もう、なんでぼくまで怒られないといけないの!」
蓮のお小言は増えていくばっかりだ。

