この運命、一蓮托生につき ~黒の過保護と白の執着~

 校門を出る前。
 少年は後ろを振り返ると、校内をゆっくりと見渡した。

『……あと少し。少しの間だけ、この光景を焼きつけさせて』

 走り込みの掛け声、バットにボールが当たる金属音、楽器の音色――。
 風に乗って様々な音が聞こえてくる。

 それらのすべてを味わうように立っていた少年は、名残惜しさを振り切るようにひとつ深呼吸した。

『――ありがとう。もう大丈夫』
 
 門の外へと、一歩踏み出す。
 彼は振り返らなかった。

「一日過ごしてみて、どうだった?」
『うん、すっごく楽しかった……!』

 少年は無邪気に笑った。

『学校って広いんだねぇ。移動するのも探検してる気分だっだよ』
「ふふ、そっか」
『院内学級ってひと部屋の中で行われるからさ。ああいう実験室とか、憧れだったんだ』

 ぎこちないスキップをして、後をついて来る蓮を振り返った。

『こんなにたくさん歩いたり走ったりするの、初めてかも』

 横に追いついた蓮は何も言わず、ただ無造作に頭を撫でた。

『へへ……。とんかつも美味しかったな』
「……だな」

 少年がゆっくりと足を止める。
 校内の喧騒はすっかり遠ざかり、ひと気のない通りを風が吹き抜けていった。

『こうして学校生活を満喫できたのも、全部キミのおかげだよ』

 視界が揺れる。

『体、貸してくれてありがとう』

 ――返すね。

 そう頭に響くと同時に、うなじからすう、と何かが抜け出るような感覚がした。

 瞑っていた目を開けると、目の前に微笑む少年がいる。

『……いつまでもここに居ちゃいけないんだって、心のどこかで分かってはいたんだ』

 少年がポケットから取り出した書面を広げた。

『ボクには読めなかったんだけど、キミには読めたんでしょう?』
「……うん」

 ――“優良転生認可証”。

 書面のタイトルには、そう記されている。

「きみは頑張って生き抜いた。……これはね、その努力が認められた証だよ」

 思うより先に、少年の方へ両腕を伸ばしていた。

『……っ』
「心の準備ができていなかったんだよね。想いが錘になって……」

 震える体をぎゅうと抱きしめる。

「でも、もう大丈夫。きみは安心して進んでいけるよ」
『……けどっ。ボク、どうやって行ったらいいのか道が分からないんだ……!』

 わぁん、と少年は幼子のように泣きじゃくった。
 その背中を、宥めるように撫でさする。

「……大丈夫。もう大丈夫だよ」

 ぼくの中には、謎の確信めいた妙な感覚が沸き起こりつつあった。
 すう、と半ば無意識に上空を見上げる。

「――道ならここにある」

 空間がぐにゃりと歪み、裂けた割れ目から眩いほどの光が漏れ出した。

 それは音を立てて開いていく。
 胸の奥がじくりと熱を持った。

『わぁ……あったかい……』

 少年が、降り注ぐ光の粒を浴びて目を閉じる。
 風が舞い上がり、ふわりとその体が浮いた。

「これでもう、迷うことはないよ」

 腕の中から光の方へと上がっていく少年の手を、最後にぎゅっと握った。

『タクミ、レン兄ちゃん。本当にありがとう。ふたりに出会えて、良かった……!』

 蓮が小さく手を上げて挨拶したのを見て、少年は満面の笑みを浮かべた。
 光の粒が、少年を包み込むようにして向こう側へと誘う。

「――いってらっしゃい、ソラくん」

 ぼくは、かざした手を捻るようにして握りしめた。
 すると、光の扉が徐々に閉じていく。

 完全に消失したあとには、何もない空だけがそこにあった。
 息を吐いた瞬間、全身の力が抜けてその場に崩れ落ちる。

「拓実!」

 蓮が受け止めてくれなければ、頭を強打していたかもしれない。

「拓実! おい……、……!」

 熱源を失ったかのように、胸の内が急速に冷え切っていく。
 体がぴくりとも動かせない。

 遠くに聞こえる蓮の声を最後に、ぼくの意識はぷつりと途絶えた。