この運命、一蓮托生につき ~黒の過保護と白の執着~

「おーい。今日の日替わりメニューは煮込みハンバーグ定食だってよ」

 教室に入って来たクラスメイトが教えてくれる。
 机に突っ伏していた蓮が、それを聞いた途端にむくりと起き上がった。

「見ろよ、あの肉だったときの反応速度」
「ありゃ最低二人前は食うな」

 やりとりを聞いていた女子たちが、くすくすと笑う。

「私もこないだ見たんだけどね、ひとくちが漫画みたいな量だったの。思わず二度見しちゃった」

 二組では、蓮の食いしん坊がすっかり浸透していた。
 早いもので、もう四月も下旬に差し掛かったところだ。

 蓮は学食メニューがお気に召したようで、ぼくもそれにつられてほぼ毎日学食へ通っている。
 食堂のおばさんとも、すっかり顔なじみになった。

「……腹減った」
「あともう少しだけ頑張ろうね」

 よっぽど待ちきれなかったのだろう。
 終わりを告げるチャイムと同時に、蓮がすぐさま席を立った。

「あはは。よく耐えたね」
「行くぞ」

 足早に学食へ向かうと、一足先に到着した猛者たちが既に列を作っていた。
 辺りにはデミグラスソースのいい匂いが漂っている。

「わ、美味しそう。ぼくも今日は日替わりにしようかな」
「……これは間違いなく美味い」
「もう脳内で食べてるよ……」

 すんすんと、しきりに鼻を動かしている蓮を見て苦笑する。

「あら蓮ちゃん。今日も男前ね」
「……日替わり定食」
「ぼくも同じでお願いします」
「あいよ!」

 熱々のハンバーグが乗った皿を受け取り、ごくりと唾をのみ込む。

「冷めないうちに食べよう」

 湯気の立ち昇るトレイを落とさないように気を付けながら、辺りを見回した。

「蓮。あそこが開いてるね」
「……ん」

 ぼくの指し示したテーブルの方に向かって蓮が歩きだすと、ずざっと人だかりが割れた。

 蓮は、未だ二組以外の生徒には怖がられている。
 幸か不幸か、そのせいで昼時でも席に困ることはなかった。

 トレイを置いたところで、ふとテーブルに影がさした。

「お、ラッキー。ちょうど空いてんじゃん」

 大きく響いた声に、一瞬辺りが静まり返った。

 振り向くよりも早く、何者かの腕が肩に回される。
 周りの視線が、ぼくたちに集中しているのが分かった。

「ねーねー、ここ俺らが使っていい? いいよな。あ、おチビちゃんはそのまま居てくれてもいいよ――邪魔さえしなければ、ね」
「その手、離せ」

 蓮の低い声に、背後の男が微かに笑った気配がした。
 肩に回された腕が、ぐっと締まる。

「えー? だめなのぉ?」

 下卑た笑い声に、蓮の眼光が鋭さを増した。
 視線だけを巡らせて見ると、他にも二、三人いる。

「お前、黒切ってんだっけ? 言うほど大したことなさそうじゃん」

 急に腕が外されて、少しバランスを崩した。
 大きく息を吐いて声の主を見やると、金髪の男が好戦的な笑みを浮かべていた。

「一年でそのふざけたなりしてるとかさ、上のことナメてんの?」

 視線が、値踏みをするように上下する。

「首の後ろにタトゥー入れてるってウワサ聞いたんだけど。マジならちょーっと調子に乗りすぎだよね」

 金髪の男は、蓮の前まで行くと覗き込むようにガンを飛ばした。
 蓮は何も言わない。

「確かうなじって話だぜ」
「ふーん。――ちょっと見せてみろよ」

 男の手が首元に伸ばされた。

「触るな」
「いっ……!」

 あっ、と声を出す間もなく、男の腕が捻り上げられていた。

 蓮は涼しい顔をしているが、ぎりぎりという音から込められた力の強さがうかがえる。

「痛えって! ちょ……ま、待て! 折れる、折れる!」

 男の顔からみるみる余裕が消えていく。

「タッちゃん!」
「お前……!」

 襟足の赤い男が、蓮に食ってかかろうとした。
 けれど、ずれた眼鏡からのぞいた金色の瞳が鋭い眼光で男を睨みつける。

「ヒイ……!」
「あ、あいつやべぇよ……!」

 結局怯んだ仲間に救出されることもなく。
 蓮はすぐ腕を放してあげていたけど、どのみち彼の面目が丸つぶれなことに変わりはなかった。

「……なんの騒ぎ?」

 突如掛けられた声の方へみんなが振り向く。
 そこには白銀先生が立っていた。

「先生!」

 ――すごい。先生のひと声で場の空気が変わった。

「ふふ、どうしたの。せっかくのご飯が冷めちゃうよ」

 首を傾げて微笑んだ先生を見て、あちこちから女子の黄色い声が上がる。

「うわ。うぜぇのが来た」
「ひどいこと言うね。……優しくできない子には保健室、もう使わせてあげないよ」

 白銀先生の目が、すっと細められた。
 ほんの一瞬、空気がひんやりとしたのは気のせいだろうか。

「――チッ。お前ら、行くぞ」
「あっ。待ってよ、タッちゃん!」

 騒がしい足音を立てて、タッちゃん一味が食堂を出て行った。
 ああ、大事にならなくてよかった……。

 ほっとひと息ついていると、先生が柔らかい笑みを浮かべて言った。

「よかったら、僕もご一緒していいかな」
「え?」
「その――適当な場所が見つからなくて、ね」

 少しだけ困ったように眉尻を下げた先生の肩越しに、女子の熱い視線が注がれているのが見えて察する。

「あっ。も、もちろんです! どうぞ」
「ありがとう。嬉しいな」
「……お前も食うのか」

 ぼくの隣へ座った先生に、蓮が無愛想に問うた。

「ふふ。そりゃ先生だって食事をするさ」
「……何もしないなら、いい」

 蓮はそれ以上何も言わず。
 静かに手を合わせると、ご飯をもりもりと食べ始めた。

 先生が、僕のトレイを覗き込む。

「ハンバーグ、美味しそうだね。僕も同じものにしようかな」

 ご飯を受け取りに席を立った先生を見送って、ぼくはこっそりと息を吐いた。

 二人が揃うと、なんだか少し息苦しくなるのはどうしてだろう……。
 最後までどこか落ち着かないまま、昼食の時間は過ぎ去っていった。


 エネルギーを補填した後は、もうひと頑張りして午後の授業をこなしていく。

 残りは委員会活動だけだ。
 今日は校内の清掃をする日だった。

 蓮と清掃用具を取りに行くと、ちょうど用具入れの前に用務員のおじさんがいた。

「――寮裏の? そりゃ骨が折れるなぁ」

 誰かと電話で話をしているみたいだ。
 通話が終わったのか、スマホをしまいながらため息をついたおじさんに、そっと声を掛けた。

「どうかされたんですか?」
「ん? あぁ、君たちか」

 おじさんは、眉を八の字にして頭をかいた。

「いやぁ、寮のすぐ裏に倉庫があるだろう? 大量の古い備品を運び出さないといけないってんで、今から来てくれと言われてね」

 助っ人を呼ぶぐらいだ。なかなか大掛かりな作業なのだろう。

「それは大変ですね」
「あそこには色んなのが詰め込まれてるからなぁ……。重いものばかりだから、腰が心配だよ」

 言いながら、おじさんが蓮の方をちらと見上げた。

 ――あぁ、たしかに。適任者がここにいた。

「蓮、手伝いに行ってあげたら?」
「お前は」
「ぼくは残って清掃をしなくちゃ」

 話を聞く限りではかなりの力仕事のようだし、非力なぼくが行っても役に立てるかどうか怪しい。

 それなら適材適所で、蓮の分も委員会活動に精を出すほうがよいと思ったのだ。

「それなら行けない」

 即答した蓮に苦笑した。

「いやいや。困ってる人を放っておけないでしょ。ぼくは大丈夫だから」

 そう言って笑ってみせると、蓮の眉根が寄る。

「終わったら真っ直ぐ帰る。ほら、香り袋もちゃんと持ってるし」

 目の前に香り袋を掲げてみせたけど、それじゃ納得いかないみたいだ。

「蓮がみんなの力になってくれたら、嬉しいな。ぼくじゃ力不足だから――ね? お願い」

 じっと見上げると、やがて蓮が小さく息を吐いた。

「……無理はするなよ」
「うん! ありがとう」
「おぉ、来てくれるのかね。助かるよ」

 おじさんの顔が明るくなったのをみて、蓮も諦めがついたみたいだ。
 根が優しいきみなら、絶対に受けてくれると思ってたよ。

「蓮も怪我には気をつけて。おじさんのこと道中守ってあげてね」
「……分かってる」

 おじさんの後について行く蓮を見送り、清掃用具と向き合う。

「……よし。それじゃぼくもいっちょ、気合い入れてやりますか!」

 集中して清掃をしていたら、時間はあっという間に過ぎていった。
 教室へ戻る頃には、日もすっかり暮れてしまった。

「遅くなっちゃった」

 急ごう。早く帰らないと蓮が心配する。
 道草を食わず、真っ直ぐ帰路につく。

 ――見ない。聞かない。話さない。

 いつも蓮に口酸っぱく言われていることを脳内で復唱しながら歩を進めた。

「……うん、大丈夫。香り袋のおかげで何もなかったし」

 香り袋を見て微笑む。

 寮はそう遠くない。
 遠目に寮の正面玄関が見えて、安堵の息を吐こうとした、そのときだった。

 数メートル先で、電柱の灯りが明滅する。

 ――その下を見てはいけない。

 そう直感した瞬間、電柱の影からぶわりと群青色の煙が噴き出した。

「……っ!」

 咄嗟に香り袋を強く握りしめる。

『……シテ。どウ、しテ……』

「み、見ない……聞かない、話さない……っ!」

 寮に着けば蓮がいる。
 道の反対側の端に寄ると、一目散に通り抜けた。

 ――けれど。

『……ヒドい。どウして入レてくれナいの?』
「……っ」
 
 すぐ耳元で、声がした。
 湿った吐息が耳にかかり、今にも飛び出そうな悲鳴を必死に手でおさえる。

 なんとか再び走り出したものの、後ろから尋常ではない速さで煙が迫ってきて、今にも足がもつれそうだった。

『待ッて……行カないデ……』
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 た、助けて……! 蓮!

「拓実!」

 天に祈りが通じたのか、寮の玄関に切羽詰まった顔をした蓮が現れた。

「そのまま全速力で来い!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 あ、あと少し……!

 半ば転がり込むようにして玄関に滑り込むと、蓮が勢いよく両開きの扉を閉じた。

 ダアンッ!

 直後、煙がものすごい勢いで扉を叩いてきた。

 ドンドンドンッ!

『ヒドいや……ミンなボくのこト除ケ者にしテ……』

「拓実、モップ持ってこい」
「わ、分かった……!」

 なんとか足を奮い立たせ、用具入れからモップを取って戻る。
 受け取った蓮は、その()(かんぬき)のようにして扉を塞いだ。

 しかし煙の勢いは止まらず、扉が激しい音を立てて揺さぶられる。
 玄関の照明が激しく明滅して、ショートしたかのようにぶつりと消えた。

「……また戻って来たのか」
『ダっテ、ぼクここニ入りタい……!』
「……ッ、それはだめだ」

 閂をしただけでは心許ない扉を、蓮が食い止めてくれている状態だ。

『エへへ……そノ子のニオイ、辿っテ来たンダ……』
「チッ。もう香り程度じゃだめか」
「ど、どういうこと……?」

 戸惑うぼくに、蓮は「知らなくていい」としか言ってくれない。

 こんな状況下で、よくもそんなことを……。
 これまでだってそうだ。蓮は何かが起こっても、ひとつも教えてくれない。

 目尻に滲んだ涙を乱暴に拭った。

「……蓮。こっち向いて」
「……? 危ないからお前は下がって――」

 ゴツン!

「いったぁ……勢いミスった……」
「っ、お前……!」

 想定より強く打ってしまった額を押さえる。
 鼻を啜ると、金色の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

「ぼくだけ何も知らないのは嫌だ!」

 カッと額が熱を帯びる。
 扉の向こう側を見やると、轟く群青色を纏う存在に焦点が合った。

『どうして……』

 そこには涙を零しながら扉を叩く、ひとりの少年の姿があった。