この運命、一蓮托生につき ~黒の過保護と白の執着~

「今は一組のやつらが校内を回ってる。それが終わったら二組の番な」
「はーい」

 一限目は、係や委員会を決める時間になった。

 体育委員会、放送委員会、保健委員会――。
 黒板に羅列された委員会名を眺めながら、自分はどこに所属したいかを考える。

 植物の世話や掃除は苦じゃないし、あれにしようかな。

「続いて環境美化委員。立候補したいやついるか?」
「はい。ぼくやってみたいです」

 ちょうど話題に上ったので挙手をした。
 それを見た蓮も、無言で挙手をする。

「おお、蒼井やってくれるか。――はは、黒切もだな?」
「ああ」

 定員は二名。
 他に希望者はおらず、むしろ教室内からは「どうぞどうぞ!」という声が聞こえてきそうだ。
 思いの外すんなりと決まってしまった。

「蓮もやってくれるの?」

 無言で頷いた蓮を見て微笑む。

「放課後の説明会、さぼっちゃだめだからね」
「……そばにいる」

 それならよし、とぼくは満足げに頷いた。


 二時限目に入ってすぐ、校内案内の順番が回ってきた。

「遅れずについてこいよー」

 最後尾に並びながら、列の前方をひょいとのぞき見る。
 背の順でいえば、本来ぼくは前の方なのだけど。

 ぼくは小さくため息をついた。

「……ねぇ、蓮。さすがに校内では大丈夫だよ」

 そう言ってみても、蓮は辺りを見回しながら一向に隣から離れようとしない。

「大丈夫じゃない。隙だらけだ」
「もう……」

 あれこれ言い合って変に目立つよりはいいかと、気を取り直して列についていった。

「あれが特別教室のある別棟だ。あそこへは、この通路から行く」

 担任の案内で渡り廊下を進んでいくと、別棟が見えてきた。

 ふと横を見ると、中庭のベンチに灰色の煙が見えて息を呑む。
 思わず歩みを止めたぼくの背中を、蓮がかるく小突いた。

 はっとして、慌てて視線を前に戻す。

「足を止めるな。前見て歩け」
「う、うん」

 前言撤回。学校の中も気をつけないと……。

 別棟に入ると、陽射しが隠れて足元がひんやりとした。
 この時間は使われていないのか、二組の足音だけが廊下に響く。

「一階はよく来ることになるから覚えておけよー。ここが理科室だ」

 家庭科室、美術室、音楽室――。
 一階には、使用頻度の高い教科の教室が並んでいる。

『やっと来タ……ミンナ、遅イよ……』
「……っ」

 時折声が聞こえても、なんとか気付かないふりをした。
 蓮のシャツを掴む。

「……あれは大丈夫だ」
「別棟、なんか多くない……?」
「……ひと気がない所には、居着きやすい」

 別棟の案内が終わり、元いた校舎へ無事戻ることができて、ようやく安堵の息を吐いた。

「せんせー、そこって保健室ですよね?」

 ひとりの女子が、どこか弾む声で担任に尋ねた。

「お、そうだが。――ったく、お前らの狙いは見え見えだぞ?」

 担任が呆れた声を出した。

「仕方ねぇな。ちっとだけ挨拶していくか」
「やった!」

 女子たちがきゃっきゃと騒ぎ出した。なんだろう?
 担任が保健室のドアをガラリと開ける。

「失礼します」
「……おや。どうされました?」

 白銀先生の声が聞こえた途端に、黄色い悲鳴が上がった。

「お前ら、静かにせんか!」

 女子がなだれ込むように保健室へと入っていく。
 中をのぞくと、白銀先生が女子に囲まれていた。

「やば、まじでイケメンすぎる……」
「見るだけで視力上がるわぁ」
「いやはや、すみません。二組の校内案内をしていたところでして」

 頭をかく担任に、白銀先生はとんでもない、と首を振る。

「大丈夫ですよ。先ほど一組のみなさんもいらっしゃいましたし。みんな、とっても元気でいいね」

 白銀先生が優しく微笑んだことで、女子の何人かが崩れ落ちた。
 す、すごい光景だな……。

 その様子を入口の外から遠巻きに眺めていたら、こちらを向いた白銀先生とばちりと目が合った。

 なぜか視線を外すことができずに戸惑っていると、すぐに目の前へやって来る。

「やぁ、拓実君。あれから体調は大丈夫?」
「あ……。は、はい」
「……とても、心配していたよ」

 すっと白銀先生の手が伸ばされて、あ、触れられる――そう思った瞬間。

 ぱしっ。

 蓮が無言でその手を弾いた。
 場の空気が固まって、声を出すのが一拍遅れる。

「れ、蓮!」

 先生に対してなんてことを――。
 あわあわとしていると、白銀先生がにこりと笑った。

「随分と頼もしいお友達ができたんだね」
「そ、うですね……?」

 返答に迷い、変な疑問符がついてしまう。
 目の奥が笑っていないように見えるのは、気のせいだろうか。

「……また辛くなったら、いつでもおいで」

 白銀先生は束の間蓮の方を見やった後、すっと踵を返して室内へと戻っていった。

「さ、まだ回っていない場所があるんじゃない? 行ってらっしゃい」
「はーいっ」

 女子たちがぞろぞろと保健室を出て行く。

「蒼井くんって、もう白銀先生と仲良くなったの? うらやましー」
「てか、蓮呼びって……!」

 すれ違い様、女子から口々に話しかけられる。

「あ、あはは……」

 みんなが出た後、最後に保健室の扉を閉めようして再び目が合った。
 菫色の瞳が細められる。

 ――ま・た・ね。

 白銀先生の唇が、音のない言葉を紡いだ。
 手を振る先生に反応を返すよりも早く、蓮が扉をぴしゃりと閉めてしまう。

「行くぞ」
「う、うん」

 小走りで列へと追いつく。
 廊下を曲がり切る直前に、もう一度だけ保健室の方を振り返った。

 ……なんだろう。胸がざわつく。
 脳内に白銀先生の声がリフレインして、半ば無意識に胸元のシャツを握りしめた。


 校舎の中に続き、今度は靴を履き替えて外に出る。

「最後に外をひと回りするぞ。まずは見ての通り、グラウンドだ」

 外周に沿って、体育倉庫やプールの場所を見て回った。
 担任が、白い二階建ての建物を指し示す。

「あの建物が運動部の部室棟な」

 位置関係を頭に入れながら歩いていく。
 ひと通り見終わって昇降口へ戻ろうと、噴水前を通りがかったときだった。

「……?」

 誰かに見られている気がして、視線を感じた方を向く。

「な、何あれ……」

 校庭の外側にそれはいた。

 濃い群青色の煙が、大きくうねりながら渦巻いている。
 一瞬身構えたが、それは微動だにせず佇んでいた。

 蓮が、眼鏡をずらす。

「れ、蓮。あれも人霊、なの……?」
「……行くぞ」

 がしりと腕を掴まれた。

「でも、なんか今まで見たのとはなんか違――」
「いいから早く入れ」

 ぐいぐいと無理やり昇降口まで追いやられる。
 群青色の煙は、ぼくたちが行くまでずっとその場に留まっていた。


 結局、ぼくは脳裏に焼き付いた光景を忘れることができず、一日を悶々として過ごしていた。

「うーん、やっぱり気になる……。ねぇ、蓮。あれが何だったのか教えてよ」

 隣を歩く蓮の顔をのぞき込む。
 ぼくたちは今、委員会の説明会へと向かっているところだった。

 けれど蓮は、西陽に目を細めるだけで何も言ってくれない。

「聞いてる?」
「……聞いてる」

 暖簾に腕押しとはこういうことを言うのか……。
 がっくりと肩を落としていると、蓮が口を開いた。

「……これ以上あれに意識を向けるな」
「どうして」

 ――まただんまりだ。

「もう……」

 そうこうしている内に、指定された教室の前へ辿り着いた。

「――というわけで、環境美化委員の主な仕事は、端的にいうと校内の美しい環境づくりです」

 先輩が話す声に耳を傾けながら、ぱらりとプリントを捲る。

 校内の清掃や花壇の手入れの外に、掲示物の整理や清掃用具の管理など、やることは意外と多い。

 今日は手始めに、花壇へ水やりをして解散することになった。
 水をたっぷり入れたじょうろは結構重い。

「持つか」
「ん、大丈夫。これはぼくの仕事でもあるから自分で持つよ」
「……そうか」

 ほんの僅かに、蓮の口元が綻んだのをぼくは見逃さなかった。
 蓮もそういう表情(かお)、するんだ。

 せっせと担当する花壇の前まで運び終えて、ひと息ついた。
 色とりどりの花が咲いていて、見ているだけで癒される。

「わ。このお花、なんだかぶどうみたいでかわいいね」

 花壇の一角にこんもりと咲いている、青紫色の花が目を引いた。
 しゃがんでよく見てみると、小さな紫色の粒が連なっている。

 すぐそばに名札が刺さっていた。

「ムスカリって言うんだ。初めて知った」

 笑顔で眺めていると、不意にその中のひとつがぐにゃり、とこちらを向いた気がした。

「あれ……」

 目がおかしくなったのかなと擦ってみる。

『ル……イルヨ……』

 ごく小さな囁きのような声が、ムスカリの群れの中からしていた。
 花の首がさわさわと揺れる。

 今、風は吹いていないのに。

『ズット……イルヨ……』
「な、何が……?」
「おい」

 思わず聞き返してしまったところで、肩に蓮の手が置かれた。

「聞く耳を持つな」
「そんなこと言ったって……」
『キミノソバニ、イルヨ……』

 ザアアッ。

 蓮がじょうろの水を思い切りムスカリにかける。

「あまりこいつを怖がらせるな」

 すると、小さなさざめきは次第に止んでいった。

 群青色の煙に、花たちの囁き――。
 それについて蓮は何も答えてくれないし。

 今日は気になることばかり起きて、結局眠りに落ちる瞬間までもやもやが晴れることはなかった。