この運命、一蓮托生につき ~黒の過保護と白の執着~

 ピピピピ、ピピピピ。

 アラームの音が聞こえて、意識が少しだけ浮上する。

「んぅ……」

 手探りでどうにか枕横のスマホを掴むと、薄目を開けてスヌーズボタンを押した。
 もぞもぞと再び布団へ潜り込む。

『おいっ、起きないのかよ。今目覚まし鳴っただろ』

 すぐ耳元で声がした。

「う〜ん……」

 反対側へ寝返りを打つと、背中をぺしぺしと叩かれる。
 眠いものは眠いのだから、しょうがない。

「あともう五分だけ……」
『こんのやろ……。よいしょ、よいしょ』

 なんだか体の上をよじ登られている気がする。
 はっきりしない頭でそう思った時には、柔らかいものにふぎゅ、と鼻をつままれていた。

「んんっ」
『拓実! 早く起ーきーろー』
「わ、分かった……起きるから」

 ようやっと目を開けると、視界いっぱいにもふもふが映った。

「……おはよう、ロウイ」
『おはよう。やっと起きたか』

 小さな体がぼくの顔に頬ずりしてきて、目を細める。

「ふふ。それ、腕組みしてるつもりなの? 届いてなくてかわいい」
『このちんちくりんな体に入れたのはお前だろうが!』

 ベッドの上で跳ねるロウイの頭を、そっと撫でた。

 ――緑色の瞳に、濃いグレーの毛並み。

 あの日、ぼくはロウイの魂を別の何かに入れることを思いついた。
 その時にすぐさま思い浮かべたのが、この狼のマスコットキーホルダーだ。

 記憶を取り戻した今ならよく分かる。
 このマスコット、なんだかロウイに似てるんだよね。

「しょうがないでしょ。きみの魂を入れるのに最適なサイズだったんだから」

 首元のリボンタイを指先でつつく。

『ま、まぁ居心地は悪くねぇけどよ……。あ、山田なら朝のトレーニングに行ってるぞ』
「そっか。毎日頑張るなぁ」

 ロウイを肩に乗せてベッドから立ち上がった。
 他のみんなが居るところでは、ただのマスコットのふりをしている。

『昨日もあれだけ還したんだから。ちゃんと朝飯食って、栄養摂らないと』
「分かってるってば」

 身支度を終えた頃になって、ちょうど部屋の扉が開いた。
 ロウイが慌てて制服の胸ポケットに滑り込む。

 山田くんがタオルを肩にかけた姿で戻ってきた。

「おー、蒼井。起きてたか」
「おはよう山田くん。時間ギリギリだったね」

 慌てて制服へ着替える山田くんに、お疲れ様と声をかける。

「いやー風が気持ちいいなと思って、いつもより少し遠くまで走り込んじまってさ」
「確かに、今日はすごく爽やかな陽気だね」

 カーテンが風に揺れた。
 外の植木の葉がさざめく音に耳を澄ませる。

 そうこうしている内に、点呼の時間を告げる放送が流れた。

「よし、着替え終わった! 蒼井、行くか」
「うんっ」

 窓を締めて、山田くんに続き寮の廊下へ出る。
 隣の部屋から蓮が出てきた。

「おはよう、蓮」
「……はよ」

 蓮も眠そうにあくびを噛み殺している。
 ロウイは、ぼくよりも蓮を起こしにいってあげた方がいいんじゃないかと思うんだけど……。

 点呼を終えて食堂へ行くと、蓮とロウイによるお小言タイムが始まった。
 ロウイがこっそり胸ポケットからトレイを見下ろし、不満そうな声をあげる。

『またそれっぽっちの量なのかよ?』
「これでもスウェイがおすすめしてくれる食材を摂るようにしてるんだよ。ほら、バランスいいでしょ」

 豆腐とわかめの味噌汁に玉子焼き、ひじきの煮物とお漬物も。
 今日はヘルシーな和食で胃腸を労るつもりだ。

「……もっと米も食え」
『でないと、蓮みたいに大きくなれないぞ』
「いや、蓮がでかいのは元からでしょ」

 山盛りのご飯を平らげ、おかわりしようとしている蓮を見て苦笑した。

 ロウイはネクスと同じ守護特化の生まれだからか、世話焼きで少し脳筋なところがある。

『ちょっと体力が持つようになったからって、その分多く還してたら疲れも変わらないんだからな!』
「う……」

 それに関しては正論すぎて、言葉も出ない。
 思わず視線を逸らすと、ロウイが呆れた声を出した。

『自分のことには無頓着なの、まじで悪い癖だぞ』
「だって……」
「だってじゃない」

 蓮から額にデコピンを食らう。

「いてっ」

 けれど、“還す”力を使った後、以前みたいに倒れ込むことは格段に少なくなった。
 それは蓮だけでなく、スウェイとロウイも立ち会ってくれるようになったからなのだけど……。

「おはよう、拓実」

 登校して早々。
 聞き慣れた声に顔を上げると、白衣姿のスウェイが楽しそうにこちらを見ていた。

「おはようございます。スイ先生」

 朝から目立ってるなぁ……。
 女子生徒の熱い視線を集めていることに、本人は気づいているのか、いないのか。

 そんなことなどお構いなしのスウェイに、保健室の方へ手招きされてそちらに向かった。

「先生って呼ばれるのも悪くないけど――」

 小さな声でそっと囁かれる。

「ふたりきりの時は、ちゃんと“スウェイ”って呼んでね?」
「……させんけどな」
『そうだそうだー、オレらもいるんだからな』

 蓮とロウイが割って入り、スウェイが頬を膨らませた。

「む、ふたりは朝から拓実といれるんだからいいでしょ。少しくらい僕にも甘えさせてよ」
「あはは。拗ねないで、スウェイ」

 良いながら頭を撫でてやると、スウェイがぱちりと瞬きをしたあと、ふっと笑った。

 今の大人な姿からは一見想像つかない感じだけど、スウェイは本当に甘えん坊だなぁ。
 保健室に着いて扉を閉めたところで、スウェイが振り返った。

「――それより拓実。昨日の夜、またふらついたんだって?」
「えっ、なんで知って……」
「兄さんが教えてくれた」

 胸ポケットを見やるとロウイの姿がなく、気づけばスウェイの手のひらに乗っかっている。

『当然だろ。オレらは拓海の守護者だからな』
「お前ら、もっと言ってやれ」
「ちょっと、蓮まで……!」

 じと、と三方向から視線が刺さる。

「……なんだか最近、お小言を言われる回数がものすごく増えたよね」

 大きくため息を吐くと、綺麗に揃った声で返された。

「当然だ」
「当然だね」
『当然だな』

 あまりにも息がぴったりで、思わず吹き出してしまう。

「もう、そういうときばっかり一致団結するんだから!」

 ――前は、みんなを守れるなら自分はどうなってもいいと思ってた。
 辛くても平気だと、そう思い込むことで……。
 それで結局、だめになっちゃったけど。

 でも、今は違う。
 無理をすると叱ってくれる人がいて、どんな時も隣に並び立ち歩いてくれる人がいる。

 そしてやっと自分も、そういったみんなの想いを心から受け入れられるようになったんだ。
 そのことが本当に――とっても、嬉しい。

 あんな風にぶつかり合ったのが嘘のように、今は穏やかなやりとりができている。
 この何気ない日常の幸せを、ぼくは噛み締めた。



 近頃は、昼休みも保健室で過ごすのがすっかりお決まりのパターンになっていた。

「――あ、そういえばさ」

 ベッドへ腰掛けながら、ふと思い出して顔を上げる。

「スウェイが長らくこの地に留まっていたなら、ミヤモリサマにも会ったこととかあるの?」

 かつてぼくたちがすごしていた時代はあまりにも古く、そのときにはまだ宵ノ宮という名称は付いていなかったけど。

「うん?」

 束の間の静寂の後、スウェイが事もなげに言った。

「ああ。あれ、僕」
「……え」

 数秒遅れて言葉の意味を理解する。

「ええっ、スウェイがミヤモリサマなの!?」
「そうだよ? あ、お茶淹れるね」

 まさかの新事実に目を丸くする。
 これはハヤトにも教えてあげないと。

「最初は単なる気まぐれだったんだ。人間って面白半分で降霊術みたいなことを、いつの時代もするでしょ」

 マグカップを準備しながらスウェイは続けた。

「ならこっちだって適当なこと言って遊んでやるー、ってつもりだった」

 スウェイがふっと窓の外を見る。

「……でも、中には真剣に大切な相手を想う声や失せ物を探しを続けている人間もいて。段々他人事とは思えなくなっちゃってね」

 長い睫毛が静かに伏せられた。

「……僕も、ずっと待っていた側だから」

 その声に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

「でも、こうして僕はやっと巡り会えたしね。――はい、どうぞ。熱いから気をつけて」

 熱々のマグカップをそっと受け取る。

「……でもまぁ、拓実のクラスメイトには申し訳ないことしちゃったかな」

 言われて、前に降霊術をした女子たちの顔が浮かんだ。

「拓実の名前が出たから、あの子たちみんな嫉妬しちゃって。その……僕も」

 頬をかいたスウェイにすかさず蓮とロウイがツッコミを入れる。

「お前、拓実が絡むと見境なくなるだろ」
『昔っからそうなんだよなぁ……困った弟だぜ』

 一斉に責められて、スウェイが「ひどい」と唇を尖らせた。
 保健室に笑い声が響く。

「でも、安心して。長らくここは僕の縄張りだから、変なやつは寄せつけないからね」
『拓実にはオレたちがついてる。ずっと一緒だ』
「それは頼もしいな」

 開け放たれた掃き出し窓から、柔らかな風が吹き込んだ。

 何気なく視線を向けると、外には先日委員会活動で植え替えたばかりの鉢植えが並んでいる。
 陽だまりの中で、色とりどりの花弁がふわりと揺れた。

『タクミ……キヲツケテ……マダ……』

「あ、そろそろ教室へ戻らないと」
「もう? 楽しい時間はあっという間だな。授業、頑張ってね」

 けれど、微かな声がぼくの耳に届くことはなく。
 花々の囁きは、誰にも気づかれることなく初夏の空へと溶けていった。