一週間ぶりに“還す”日、ぼくは綺麗にラッピングされたプレゼントを持って登校した。
「なんだかそわそわしているけど、今日は何かあるの?」
「あ、いえ」
診察していたスイ先生に言われ、無意識に時計を確認していたことを自覚する。
「……あぁ。今日は“あの日”か」
先生が、納得したように頷いた。
ふい、とパソコンの方へ向いてしまう。
はっきりとそれについて話し合った事はないけれど。
先生は恐らく、ぼくがしていることをあまり快く思っていない。
キーボードをタイピングしながら、先生がこちらを見ずに口を開いた。
「還すのは、ランドセルの子? 最近花壇の辺りにいる」
「……はい。そう、です」
「ふうん。ここのところ、随分と可愛がっていたみたいだものね」
心なしか言い方が刺々しい。
「あの子だけで済ます気もないんでしょう? 体調が戻ったと思ったらまた消耗して……その繰り返し」
キーボードを打つ手が止まり、先生が眉根を寄せてこちらを見た。
「そうまでしてやるのはなぜ?」
「なぜ、って……」
真っ直ぐ見つめられて少したじろいだものの、思っていることをそのまま口にした。
「目の前に困ってる存在がいて救える術があるのに、使わない手はないじゃないですか」
「だから、それならどうして――っ、ごめん。……なんでもない」
ガタリと先生が椅子から立ち上がりかけて、やめた。
深いため息を吐きながら椅子へもたれる。
「……もう今日は行っていいよ。ただし、終わったらすぐに休むこと。絶対だよ」
「は、はい」
「うん……。また明日ね」
おずおずと立ち上がり、一礼して退室する。
ぼくの考え方って、そんなにおかしいのかな……。
不安を払うように、ふるふると首を振る。
でも今は、待っていてくれる霊たちを無事に向こう側へ還すことに集中しなくちゃ。
帰り支度をして蓮と共に中庭へ向かうと、ランドセルを背負った女の子が花壇の前にしゃがんでいた。
「こんにちは。お花さんたちとお喋りしていたの?」
『あ、お兄ちゃん!』
勢いよく駆け寄って来たところを抱き留める。
「今日は、きみに渡したい物があって来たんだ」
『私に?』
頷き女の子の目線になるようしゃがむと、紙袋からプレゼントを取り出してみせた。
「――はい、これ。ぼくからのプレゼント」
『わぁ! 開けていい?』
ぼくが頷くのを見て、がさごそと包みを開けた。
ピンク色の煙が、ポフンッと女の子から飛び出た。
『うさぎのお姫様だ〜! すごいかわいいっ』
『キラキラ……ドキドキ……』
花たちがふわりと揺れる。
両手でうさぎを掲げる姿を見て、ぼくも笑みがこぼれた。
真剣に悩んだかいがあったな。
「喜んでもらえてぼくも嬉しいよ。付けてあげるね」
カチリ、とフックにキーホルダーの金具を付ける。
『えへへ、どう?』
くるりと一回転した女の子に拍手を送った。
「とっても似合ってるよ。すごくかわいい」
『やったあ! ふふ、ふふふふっ』
今にもスキップしそうな女の子へ、手を差し出した。
「さぁ、行こう。還り道を教えてあげるね――」
この日だけは、蓮も悪い霊でない限り手出しをすることはなかった。
『うわーっ、高ぁい!』
蓮に肩車をしてもらった女の子が、興奮しながら景色を見回している。
『ワタシも、連れていって……』
『寒い……ずっと、寒いんだ……』
歩いていると、他の霊たちが寄ってくる。
「――いいよ。ぼくについておいで」
そうした霊もみんな引き連れて、宵高からほど近い公園へと向かった。
普段からあまりひと気のないこの公園は、“還す”時にうってつけの場所だった。
ブランコが風に揺れて、キイと軋んだ音を立てる。
公園の奥で足を止めて振り返った。
女の子を肩車する蓮の後ろには、様々な霊たちがゆらゆらと集まっている。
ひとつ深呼吸すると、手の平を天に翳した。
やがて開いた扉から光の粒が降り注いでくる。
蓮にしがみついていた女の子が、手を伸ばして歓声をあげた。
『わぁ! 何あれ、すっごくキラキラしてる!』
他の霊たちも引き寄せられるようにこちらへとやって来た。
『あたたかい……。 ……ここ、から?』
『怖く……ない……?』
「うん。大丈夫だよ」
安心させるように微笑んで、手を差し伸べる。
おずおずとぼくの手に乗せられた霊の手をしっかりと掴むと、もう片方の手で包み込んだ。
「この先へ行けば、もう大丈夫」
『うん……あり、がと……』
導かれるように霊が浮上していく。
『もう、苦しまなくていいんだよね ……』
「そうだよ。苦しい思いは、もうおしまい」
ひとりひとりと言葉を交わし、順番に還していった。
最後に、女の子の方を向く。
『みんなみたいに、私もあの先へ行けばいいんだ……』
女の子がぽつりと呟いた。
言葉にしなくとも、光景を見て感覚的に悟ったようだった。
よじよじと降りようとするので、蓮がそっと肩からおろしてやる。
女の子はすぐに駆け出そうとして踏みとどまり、振り返って蓮を見上げると小さく手を振った。
『ありがと、蓮お兄ちゃん』
「……あぁ」
蓮が口元に微かな笑みを浮かべる。
こちらへ軽やかに駆けて来た女の子を、ぼくはぎゅっと受け止めた。
『拓実お兄ちゃん!』
「さぁ、おいで。この先は一本道だよ。もう迷うことはないから、安心してね」
頭を撫でると、女の子は嬉しそうに目を細めた。
『……また、会えるよね?』
「うん。きっと」
向こう側へ誘うかのように、扉の中から光の粒がたくさん降り注いでくる。
最後に抱きしめあった後、腕の力を緩めると次第に女の子の体が浮上していった。
『絶対だよ! じゃあね!』
「またね!」
大きく手を振る。蓮も、言葉はないながら片手を上げて応えた。
うさぎのマスコットキーホルダーを揺らし、ランドセルを背負った小さな背中が光の向こう側へ駆けて行く。
手を捻りぎゅっと握ると、やがて眩い光の扉は少しずつ閉じていった。
完全に消失したところで、大きく息を吐く。
公園には、元の静けさだけが残った。
視界がわずかに揺れる。
「拓実」
いつの間にかすぐ隣へ来ていた蓮が、軽く支えてくれた。
「大丈夫か」
「……うん。平気」
反射的に頷いたけど、思ったより弱々しい声しか出せず苦笑する。
幾度か繰り返すなかで、ここまでなら倒れずに済むだろう、という感覚を少し掴めたと思っていたのだけど。
自分の手の平を見やる。
身体は正直だな。指先に、うまく力が入らない。
「もう少し、いけると思ったんだけどな」
「……ばか。ここまでだ」
短く言って、蓮は帰寮を促すように背中へ添えていた手を押した。
「そういうところだ。お前が危ないのは」
淡々と発した蓮の言葉が、痛いところに突き刺さる。
「……スイの言いたいことは、分からんでもないからな」
ぼくは何も言えなくなって、ただ押されるがまま寮へと帰った。
玄関へ着いた頃には、すっかり日も落ちていた。
部屋の明かりがやけに眩しくて、思わず目を細める。
「早く風呂入って、もう寝ろ」
「うん……」
自室の扉を開けると、山田くんが出迎えてくれた。
「おかえり、遅かったな。……蒼井。お前、また顔色が悪いぞ?」
「そ、そうかな」
開口一番に言われて、ごまかすように笑う。
すぐ背後から、それみたことかとでも言いたげな視線を感じるけど、気づかないふりをして中へ入った。
曖昧に返事をしながら制服を脱ぎかけて、小さく震える自分の手を見やった。
手先の体温が、どんどん失われていく。
シャツのボタンを外すのもひと苦労で、倦怠感がじわじわと広がっていった。
どうにか着替えてベッドに腰を下ろした瞬間、それが一気に襲い掛かってくる。
「……夕飯まで、ちょっとだけ休むね」
「最初からそうしろ」
壁にもたれていた蓮のやや呆れた声を聞きながら、もぞもぞと布団に潜り込んだ。
瞼を閉じると、すぐに意識が沈んでいく。
「――! ――! こんな所で遊んでいたのかい?」
川べりに立っているふたりへ声を掛ける。
『あ、イニト! 今ね、兄さんと綺麗な石を探してたの』
『ほら、見ろよこれ。イニトにあげようって良い形の見つけたんだぜ』
淡い水色が混ざった石を差し出されて、思わず顔をほころばせる。
「わぁ、とっても綺麗だね」
『でしょ? イニトの“息吹”の色みたい』
はにかむ様が可愛らしくって、思わずその白い頭をわしゃわしゃと撫でた。
『もう。や、やめてよ』
『あ、ずりぃ! 俺も俺も!』
「ふふっ。はいはい」
もう片方の手で、濃灰色の短髪を撫でてやる。
「……さぁ、気が進まないけれど、そろそろ行こう。――が呼ばれてしまったんだ」
『……分かった』
短い髪のつくつくとした感触を楽しみながらもうひと撫でして、手を繋ぐ。
「――が終わるまで、――はぼくと待っていようね」
『う、うん。……兄さん、頑張ってね』
『俺は心配ねぇよ。ネクスみたいにもっと強くなって、イニトを守ってやるんだ』
健気な言葉に、胸がつきりと痛む。
「……いいんだ、そんなことは」
きみたちが、笑顔でいてくれさえすれば……。
――ああ、でもこんなに大事なのに、どうしてきみたちの名前を思い出せないんだろう。
「おーい、蒼井。……やっと起きたか?」
「……!」
ぱっと目を開けると、二段ベッドの天井と、横から覗き込む山田くんの顔が目に入った。
「夕飯の時間になったから起こしたけど。大丈夫そうか?」
「あ……。う、うん! 声掛けてくれてありがとう」
ゆっくりと上体を起こす。
正直、体は鉛のように重かった。
布団から抜け出しながら、先ほどまで見ていた夢の光景を思い返す。
とても懐かしい感じがするのに、名前と顔がどうしても思い出せない。
“還した”後は、決まって不思議な夢を見た。
これもまた、かつての自分の記憶なのだろうか。
山田くんが扉を開けたのを見やりながら、胃のあたりをさすった。
夕飯、食べられるだろうか……。
何も口にしないと蓮に叱られるから、汁物だけ少しいただこう。
そう思いながら、山田くんの後に続いて部屋を出た。
「なんだかそわそわしているけど、今日は何かあるの?」
「あ、いえ」
診察していたスイ先生に言われ、無意識に時計を確認していたことを自覚する。
「……あぁ。今日は“あの日”か」
先生が、納得したように頷いた。
ふい、とパソコンの方へ向いてしまう。
はっきりとそれについて話し合った事はないけれど。
先生は恐らく、ぼくがしていることをあまり快く思っていない。
キーボードをタイピングしながら、先生がこちらを見ずに口を開いた。
「還すのは、ランドセルの子? 最近花壇の辺りにいる」
「……はい。そう、です」
「ふうん。ここのところ、随分と可愛がっていたみたいだものね」
心なしか言い方が刺々しい。
「あの子だけで済ます気もないんでしょう? 体調が戻ったと思ったらまた消耗して……その繰り返し」
キーボードを打つ手が止まり、先生が眉根を寄せてこちらを見た。
「そうまでしてやるのはなぜ?」
「なぜ、って……」
真っ直ぐ見つめられて少したじろいだものの、思っていることをそのまま口にした。
「目の前に困ってる存在がいて救える術があるのに、使わない手はないじゃないですか」
「だから、それならどうして――っ、ごめん。……なんでもない」
ガタリと先生が椅子から立ち上がりかけて、やめた。
深いため息を吐きながら椅子へもたれる。
「……もう今日は行っていいよ。ただし、終わったらすぐに休むこと。絶対だよ」
「は、はい」
「うん……。また明日ね」
おずおずと立ち上がり、一礼して退室する。
ぼくの考え方って、そんなにおかしいのかな……。
不安を払うように、ふるふると首を振る。
でも今は、待っていてくれる霊たちを無事に向こう側へ還すことに集中しなくちゃ。
帰り支度をして蓮と共に中庭へ向かうと、ランドセルを背負った女の子が花壇の前にしゃがんでいた。
「こんにちは。お花さんたちとお喋りしていたの?」
『あ、お兄ちゃん!』
勢いよく駆け寄って来たところを抱き留める。
「今日は、きみに渡したい物があって来たんだ」
『私に?』
頷き女の子の目線になるようしゃがむと、紙袋からプレゼントを取り出してみせた。
「――はい、これ。ぼくからのプレゼント」
『わぁ! 開けていい?』
ぼくが頷くのを見て、がさごそと包みを開けた。
ピンク色の煙が、ポフンッと女の子から飛び出た。
『うさぎのお姫様だ〜! すごいかわいいっ』
『キラキラ……ドキドキ……』
花たちがふわりと揺れる。
両手でうさぎを掲げる姿を見て、ぼくも笑みがこぼれた。
真剣に悩んだかいがあったな。
「喜んでもらえてぼくも嬉しいよ。付けてあげるね」
カチリ、とフックにキーホルダーの金具を付ける。
『えへへ、どう?』
くるりと一回転した女の子に拍手を送った。
「とっても似合ってるよ。すごくかわいい」
『やったあ! ふふ、ふふふふっ』
今にもスキップしそうな女の子へ、手を差し出した。
「さぁ、行こう。還り道を教えてあげるね――」
この日だけは、蓮も悪い霊でない限り手出しをすることはなかった。
『うわーっ、高ぁい!』
蓮に肩車をしてもらった女の子が、興奮しながら景色を見回している。
『ワタシも、連れていって……』
『寒い……ずっと、寒いんだ……』
歩いていると、他の霊たちが寄ってくる。
「――いいよ。ぼくについておいで」
そうした霊もみんな引き連れて、宵高からほど近い公園へと向かった。
普段からあまりひと気のないこの公園は、“還す”時にうってつけの場所だった。
ブランコが風に揺れて、キイと軋んだ音を立てる。
公園の奥で足を止めて振り返った。
女の子を肩車する蓮の後ろには、様々な霊たちがゆらゆらと集まっている。
ひとつ深呼吸すると、手の平を天に翳した。
やがて開いた扉から光の粒が降り注いでくる。
蓮にしがみついていた女の子が、手を伸ばして歓声をあげた。
『わぁ! 何あれ、すっごくキラキラしてる!』
他の霊たちも引き寄せられるようにこちらへとやって来た。
『あたたかい……。 ……ここ、から?』
『怖く……ない……?』
「うん。大丈夫だよ」
安心させるように微笑んで、手を差し伸べる。
おずおずとぼくの手に乗せられた霊の手をしっかりと掴むと、もう片方の手で包み込んだ。
「この先へ行けば、もう大丈夫」
『うん……あり、がと……』
導かれるように霊が浮上していく。
『もう、苦しまなくていいんだよね ……』
「そうだよ。苦しい思いは、もうおしまい」
ひとりひとりと言葉を交わし、順番に還していった。
最後に、女の子の方を向く。
『みんなみたいに、私もあの先へ行けばいいんだ……』
女の子がぽつりと呟いた。
言葉にしなくとも、光景を見て感覚的に悟ったようだった。
よじよじと降りようとするので、蓮がそっと肩からおろしてやる。
女の子はすぐに駆け出そうとして踏みとどまり、振り返って蓮を見上げると小さく手を振った。
『ありがと、蓮お兄ちゃん』
「……あぁ」
蓮が口元に微かな笑みを浮かべる。
こちらへ軽やかに駆けて来た女の子を、ぼくはぎゅっと受け止めた。
『拓実お兄ちゃん!』
「さぁ、おいで。この先は一本道だよ。もう迷うことはないから、安心してね」
頭を撫でると、女の子は嬉しそうに目を細めた。
『……また、会えるよね?』
「うん。きっと」
向こう側へ誘うかのように、扉の中から光の粒がたくさん降り注いでくる。
最後に抱きしめあった後、腕の力を緩めると次第に女の子の体が浮上していった。
『絶対だよ! じゃあね!』
「またね!」
大きく手を振る。蓮も、言葉はないながら片手を上げて応えた。
うさぎのマスコットキーホルダーを揺らし、ランドセルを背負った小さな背中が光の向こう側へ駆けて行く。
手を捻りぎゅっと握ると、やがて眩い光の扉は少しずつ閉じていった。
完全に消失したところで、大きく息を吐く。
公園には、元の静けさだけが残った。
視界がわずかに揺れる。
「拓実」
いつの間にかすぐ隣へ来ていた蓮が、軽く支えてくれた。
「大丈夫か」
「……うん。平気」
反射的に頷いたけど、思ったより弱々しい声しか出せず苦笑する。
幾度か繰り返すなかで、ここまでなら倒れずに済むだろう、という感覚を少し掴めたと思っていたのだけど。
自分の手の平を見やる。
身体は正直だな。指先に、うまく力が入らない。
「もう少し、いけると思ったんだけどな」
「……ばか。ここまでだ」
短く言って、蓮は帰寮を促すように背中へ添えていた手を押した。
「そういうところだ。お前が危ないのは」
淡々と発した蓮の言葉が、痛いところに突き刺さる。
「……スイの言いたいことは、分からんでもないからな」
ぼくは何も言えなくなって、ただ押されるがまま寮へと帰った。
玄関へ着いた頃には、すっかり日も落ちていた。
部屋の明かりがやけに眩しくて、思わず目を細める。
「早く風呂入って、もう寝ろ」
「うん……」
自室の扉を開けると、山田くんが出迎えてくれた。
「おかえり、遅かったな。……蒼井。お前、また顔色が悪いぞ?」
「そ、そうかな」
開口一番に言われて、ごまかすように笑う。
すぐ背後から、それみたことかとでも言いたげな視線を感じるけど、気づかないふりをして中へ入った。
曖昧に返事をしながら制服を脱ぎかけて、小さく震える自分の手を見やった。
手先の体温が、どんどん失われていく。
シャツのボタンを外すのもひと苦労で、倦怠感がじわじわと広がっていった。
どうにか着替えてベッドに腰を下ろした瞬間、それが一気に襲い掛かってくる。
「……夕飯まで、ちょっとだけ休むね」
「最初からそうしろ」
壁にもたれていた蓮のやや呆れた声を聞きながら、もぞもぞと布団に潜り込んだ。
瞼を閉じると、すぐに意識が沈んでいく。
「――! ――! こんな所で遊んでいたのかい?」
川べりに立っているふたりへ声を掛ける。
『あ、イニト! 今ね、兄さんと綺麗な石を探してたの』
『ほら、見ろよこれ。イニトにあげようって良い形の見つけたんだぜ』
淡い水色が混ざった石を差し出されて、思わず顔をほころばせる。
「わぁ、とっても綺麗だね」
『でしょ? イニトの“息吹”の色みたい』
はにかむ様が可愛らしくって、思わずその白い頭をわしゃわしゃと撫でた。
『もう。や、やめてよ』
『あ、ずりぃ! 俺も俺も!』
「ふふっ。はいはい」
もう片方の手で、濃灰色の短髪を撫でてやる。
「……さぁ、気が進まないけれど、そろそろ行こう。――が呼ばれてしまったんだ」
『……分かった』
短い髪のつくつくとした感触を楽しみながらもうひと撫でして、手を繋ぐ。
「――が終わるまで、――はぼくと待っていようね」
『う、うん。……兄さん、頑張ってね』
『俺は心配ねぇよ。ネクスみたいにもっと強くなって、イニトを守ってやるんだ』
健気な言葉に、胸がつきりと痛む。
「……いいんだ、そんなことは」
きみたちが、笑顔でいてくれさえすれば……。
――ああ、でもこんなに大事なのに、どうしてきみたちの名前を思い出せないんだろう。
「おーい、蒼井。……やっと起きたか?」
「……!」
ぱっと目を開けると、二段ベッドの天井と、横から覗き込む山田くんの顔が目に入った。
「夕飯の時間になったから起こしたけど。大丈夫そうか?」
「あ……。う、うん! 声掛けてくれてありがとう」
ゆっくりと上体を起こす。
正直、体は鉛のように重かった。
布団から抜け出しながら、先ほどまで見ていた夢の光景を思い返す。
とても懐かしい感じがするのに、名前と顔がどうしても思い出せない。
“還した”後は、決まって不思議な夢を見た。
これもまた、かつての自分の記憶なのだろうか。
山田くんが扉を開けたのを見やりながら、胃のあたりをさすった。
夕飯、食べられるだろうか……。
何も口にしないと蓮に叱られるから、汁物だけ少しいただこう。
そう思いながら、山田くんの後に続いて部屋を出た。

