この運命、一蓮托生につき ~黒の過保護と白の執着~

「……あぁそうかよ」

 蓮は白銀先生の言葉を受けても、表情ひとつ変えなかった。
 胸元に突き付けられた指を払うでもなく、ただ静かに見下ろしている。

「嫌なら関わるな。――拓実にもな」

 ぼくは布団を手繰りよせた。
 場の温度がどんどん下がっていくようで、小さく身震いする。

「……そう言うと思った」

 先生は手で顔を覆い、くつくつと笑う。

「”自分はなんでも分かってます”って?」
「事実、お前よりは理解してる」
「何を」

 間髪入れずに返した先生へ向かって、蓮が僅かに目を細めた。

「……こいつが抱えてきたものをだ」

 怒りや威圧の含まれていない、とても静かな声だった。

 ――どうしてぼくは、それを聞いて泣きそうになっているのだろう。

 また、胸の奥がジクジク痛む。
 気を緩めたら涙が止まらなくなりそうで、必死に堪えた。

「……仮にそうだとして。君が勝手に決めていいわけないよね」

 先生がこちらを向いた。

「決めるのは、拓実君だよ」
「ぼ、く……?」

 急に名前を出されてびくりとする。

「そうだよ。ねぇ、拓実君――今とっても苦しいでしょう?」

 柔らかな声音で問いかけられて戸惑った。

「……え」
「苦しくないはずないんだ。分からないままなのは、辛いよね」

 優しい言い方なのに、どこか問い詰められているように感じて息苦しい。

「……ぼく、は」

 唇が震えてうまく言葉を紡げない。

 思考がぐちゃぐちゃとして、思い出したいのか、思い出したくないのか――自分でももう、よく分からなかった。

 かつてのぼくは、一体何者なのだろう。

「聞くな。答えなくていい」

 制する蓮の声に、先生は挑発的な笑みを浮かべた。

「ほらね。またそうやって、全部塞ぐ」
「……なんだと?」

 蓮の眉尻がぴくりと動く。

「囲って、塞いで、箱に詰めて……。それしか守り方、知らないもんね?」

 威嚇するような蓮の睨みに怯むどころか、先生は更に煽るような物言いをした。

「怖いんでしょう、僕に取られるのが。思い出されたら不都合なことでもあるわけだ」

 ぴしり、と空気に亀裂の入る音を聞いた気がした。
 唸るような低い声が、蓮の口から漏れる。

「……黙れ」
「嫌だね」
「いい加減にしろ」

 一歩、蓮が踏み出す。床の軋む音が、やけに大きく響いた。
 先生も更に蓮の方へと踏み込み、不敵に笑う。

「……自分たちだけで、幸せになるつもり?」
「違う」
「違わないだろ!」

 二人のやりとりを固唾を呑んで見守っていたぼくは、先生の怒号に目を丸くした。

「……僕の気持ち、考えてくれたことある? ないよね」

 その声音には、悲痛なものが滲んでいる気がして。

「あったなら、こんなひどい仕打ち……できるわけ、ないもの……」

 先生が沈黙し、室内は重い静寂に包まれた。
 掛ける言葉が見つからない。

「……帰るね」

 ふいと顔を逸らして、先生は蓮の横を通り過ぎていった。

 ドアノブに手を掛けて、こちらを振り向く。
 その顔に、笑みはもうない。

「――僕は諦めないから。君が思い出してくれる、その時まで」

 白銀先生はそう言い残して去って行った。
 ドアの閉まる音が、やけに大きく響いて聞こえる。

「……大丈夫か」

 未だ残る重苦しい空気のなか、先に口を開いたのは蓮だった。
 いつも通りの落ち着いた声音に戻っていて、強張っていた肩の力が少し抜ける。

「……うん」

 言って、弱々しい声しか出てこない喉元を押さえた。
 先ほど潤したはずの喉が、またカラカラになっている。

「あいつの言うことは、気にするな」

 コップに水を注ぎながら、蓮が言った。

「……うん」

 同じような返事しかできず、また沈黙が流れる。
 蓮はそれ以上何も言わなかった。

 上手く言葉の出ない喉を潤して、どうにか口を開く。

「蓮……」
「……なんだ」

 呼んでおいて、何を聞きたいのか自分でも分かっておらず、言葉に詰まった。
 ようやっと見つけた言葉をぽつりと呟く。

「かつてのぼくは、何かしでかしちゃったのかな……」

 金の瞳が微かに揺れた。

「――俺は、これ以上お前が苦しむ必要はないと思ってる」

 ちら、とこちらの様子を窺うように見てくる。

「……苦しいなら、尚更だ」

 蓮の一貫した態度から彼なりの優しさを感じる一方で、白銀先生の発言も気にかかった。

「……でも、本当にそれでいいのかな」

 ベッドの上で三角座りをしながら、布団に包まる。

「知らないままでいることは……罪にならない……?」
「お前……そんなことを考えていたのか」

 蓮が、座っていた椅子からすぐに隣へとやって来た。
 ぼくは布団に顔を埋めたまま、もごもごと続ける。

「さっきもふたりの話を聞いていたら、なんだかすごく……」
「……」
「分からないけど、無性に泣きたくなって……」

 下を向いて足のつま先をいじっていると、少しの沈黙の後、肩に大きな手が置かれた。

「……お前次第だ」

 真剣な眼差しに少したじろぐ。

「取り戻すことをお前が真に望むのなら、もう止めない。だが――」

 肩へ置かれた手に、力がこめられた。

「……またお前が壊れたら。正直、俺は平静でいられる自信がない……」
「蓮……」

 そうして蓮は、自分の組んだ手へ額を当てて俯いた。
 彼の脆い部分を初めて見た瞬間だった。

「……ごめん、ね……」

 ただ謝ることしかできない。
 だってぼくも、今はまだどうするのが最善なのか、分かっていないんだ……。

 結局、自室に戻った後もあれこれと考えてしまって、なかなか寝付けない夜を過ごした。


 ――翌朝。

 着替えて廊下に出ると、ちょうど隣の扉が開いた。
 欠伸を噛み殺しながら蓮がのそりと出てくる。

「……はよ」
「……おはよう」

 挨拶を返しながら、少しだけ目が泳ぐ。
 昨夜のこともあり、どういうテンションで話せばいいのか分からない。

 とりあえず、触れないでおいたほうがいいだろうか。
 そうこうしているうちに点呼が終わり、蓮が声をかけてきた。

「……顔色、少しはマシか」

 せっかく整えた髪をわしゃわしゃとされる。

「ちょっと……!」
「朝飯行くぞ」

 さっさと歩き始めてこちらを振り向きもしない。
 けれど歩く歩幅をこちらに合わせくれていることに気が付いて、小さく笑った。

「うん、お腹すいたね。今朝の献立は――」


 ガラリと戸を開けて、教室の中を見渡す。

「あっ。蒼井くん、黒切くん……!」

 声の聞こえた方を向く。
 ああ、よかった。
 昨日儀式をしていた面子が全員登校していることが分かって、心底ほっとした。

 手招きされて、教室の後方へと向かう。

「おはよう。あれからみんなは大丈夫だった?」
「う、うん。私たちはそのまま学校を出られたよ」

 何事もなかったかのような教室内を見て、驚いていたところだと言う。

 彼女たちを見守ってくれたハヤトに、後で改めてお礼を言いに行かなくちゃ。

「ていうか、蒼井くんたちこそ大丈夫だったの……!?」

 周りを気にして声を抑えつつも、前のめりに聞かれて苦笑した。

「うん、ぼくたちも大丈夫だよ」
「……あぁ」

 まさか、現れたのが自分と関わりのある存在だったなんて言えるはずもなく。

「でもさ。怪奇現象とかまじであるんだね」
「ポルターガイストってやつじゃん?」

 ちら、と蓮を横目で見やる。
 同じようにこちらを見た蓮が僅かに首を振った。

「きっと、十円玉から手を離しちゃったのが良くなかったんだよね……」

 彼女たちは、そのせいで教室中の物が動き出したと思っているようだった。
 あの子たちの群れを見られたわけではないようで、ほっと胸を撫で下ろす。

「やっぱり、本当に宵ノ宮そのものがさ……」
「それはさすがに動画の見過ぎだって」

 そのやりとりに首を傾げた。

「どういうこと?」
「蒼井くんは、都市伝説とかオカルト系って好き?」
「うーん。苦手ではないけど、あんまり見たことないから疎いかも」

 ぼくの反応に頷いた女子が、スマホを取り出して操作する。

「そっか。それなら知らないよね」

 差し出された画面には、動画アプリ内の検索ページが映っていた。
 一覧には『某県Y市の都市伝説五選』などといったサムネイルが並んでいる。

「宵ノ宮市って、結構オカルト界隈では有名なんだよ」
「え、そうなの? 初めて知った……」

 再生回数の多さを見て、目を丸くする。

「有名どころのチャンネルでも取り上げられてるよね」
「都市伝説が色々あって、ミヤモリサマもそのひとつなんだ」

 スクロールされていくページを凝視しながら相槌を打つ。

「気になったら、検索してみるといいよ」
「う、うん。ありがとう」

 また後で見てみるのも、いいかもしれない。
 蓮がこちらをじっと見ていることに気付いて、小さく咳払いをした。

「それはそれとして――もうああいうことは、絶対にしちゃだめだよ?」

 ぼくはみんなの目を見ながら、ごくやんわりと忠告をした。
 儀式に使った紙はこちらで処分しておいたから、と適当な理由を付けて。

 ――実際には、どこかへ吹っ飛んでしまったのか無くなっていたのだけど。

「何が起こるか分からないし、危ない目にあったらいけないからね」
「う、うん……迷惑かけてごめんね。もう絶対にしないから」

 怒っていると思われちゃったかな。
 しゅんとする女子たちへ微笑んで、小さく手招きした。

「それと――このことはぼくたちだけの秘密、ね?」

 でも、きちんと念押しはしておかなくちゃ。
 そう思いながら、口元にそっとひと差し指を立てた。

「……!」
「……やば」

 何かぼそりと呟いたみたいだけど、よく聞こえなくて首を傾げる。

 とても力強く頷いてくれているし、これならもう大丈夫だろう。
 そこへ更に、蓮が身を屈めて女子たちの顔を覗き込みながら言った。

「絶対だぞ」

 カラーレンズ越しに金の瞳が光る。

「……ひゃぃ」
「こら、蓮。睨んじゃいけません」
「……睨んでない」

 まったく、目つきが悪いんだから。
 ぐい、と蓮の腕を引っ張る。

「じゃあ、そういうことだから! また何かあったらすぐ言ってね」

 女子たちに手を振り踵を返すと、そのまま蓮を席の方へと押しやった。

「おい――」
「いいから、もう行くよ! 朝礼始まっちゃう」

 ドタバタと慌ただしく席につく。
 チャイムの音に気を取られて、ぼくは女子たちが何を言っていたのかなんて知る由もなかった。


「……威力えぐ」
「一生推すわ……」
「うちら、まじで二組で良かったね」