この運命、一蓮托生につき ~黒の過保護と白の執着~

「――っ、は」

 喉の奥で、息がつかえた。
 酸素を求めて勢いよく身を起こす。

「うっ……げほっ、ごほ」

 動悸がして胸元のシャツを掴もうとしたけど、うまく指先に力が入らなくて震えた。
 ザーザーと、耳の中で血管を流れる血の音がする。

「……拓実」

 低い声と共に、背中へ手が添えられた。
 じんわりと伝わる手の温かさを感じて、段々と意識が現実に引き戻されていく。

 自分はベッドに寝ていたのだと、そこでようやく気がついた。

「……れ、ん……」

 舌が回らなくて、上手く名前を呼べない。

「大丈夫か」

 短く問われて、小さく頷いた。
 重い体も、掠れた声も。何ひとつ思うようにできなくて少し心許ない。

「……何か怖い夢を、見てた気がする」

 ぽつりと零すと、背中をさすっていた手が一瞬止まった。

「思い出さなくていい」

 即座に返されて面食らう。

「でも――枷の感触が、するんだ」

 手も、足も、重くてひどく動かしづらい。

 ジャラリ。

「暗いし、冷たくてじめじめしてた……。あぁでも、月だけは明るかったな」
「……拓実」

 ジャララッ。
 金属の激しく擦れる音が響いた。

 膝を抱え込んで、耳を覆う。

「お願い……もうしないで。注射は嫌だ……」
「拓実!」

 少し強い声で名前を呼ばれて、はっと顔を上げた。
 目の焦点が次第に合っていく。

 すぐ前に蓮の瞳があった。
 その金色の中へ囚われてしまったかのように、視線を逸らせない。

「今、何を見た」
「……あ、う」

 問われて、言葉に詰まる。

 ただの夢――そのはずなのに。
 すべてが胸の奥に、ずしりと重く残っている。

「わ、分からない。でも、何もかもがすごく、リアルで……」

 反射的に手首をさすったぼくを見て、蓮はほんの少しだけ目を細めた。

「……全部、気のせいだ」

 言って、ふいと目を逸らしてしまう。
 蓮はベッド脇に置いてあったコップを手に取ると、そのままこちらへずいと差し出してきた。

「飲め」
「あ、りがとう」

 渇いた喉に、ひんやりとした水が心地いい。
 あっという間に飲み干して、大きく息を吐いた。

「……ねぇ、蓮」

 コップを両手で包み込みながら、ぽつりと呟く。

「昨日あの子たちが言ってた“ネクス”って」

 視線だけをちらと向ける。

「……蓮のこと、だよね」

 問いかけというよりは、もう確認のために聞いた。

 蓮は何も言わない。
 けれど、その沈黙こそが答えなのだなと、ぼくは小さく笑った。

「やっぱりそうなんだ……。てことは、さ」

 言いかけて、一瞬だけ迷う。

「今だけじゃなくて……もっとずっと前から、ぼくたち一緒にいたんだね?」

 ひとつひとつ噛みしめるように言うと、なんだか胸の奥がじんとした。
 蓮に微笑みかける。

「それで、出会ったときからあんなに迷いなく守ってくれたんだ」

 コップに視線を戻して、小さく続ける。

「……なんか納得した。ずっと、不思議だったから」

 どうして蓮は初対面の時からぼくの傍に居てくれるんだろう、って。
 ――それから、それをごく自然に受け入れていた自分自身のことも。

「あの子たちを抱きしめていたらね、色んな映像が流れ込んできたんだ」

 その中には、いつも少し離れた所から見守る蓮の姿があった。
 今みたいに腕を組んで……。思い出して、くすりと笑う。

「……今もだ」
「え?」

 蓮の口から零れた言葉に、思わず瞬きをした。

「昔がどうとか、関係ない」

 わずかに目を逸らしながら、蓮は続ける。

「今も、この先も。俺はお前を守り続ける――ただそれだけだ」

 そう言うと、口を閉ざした。
 ふんと鼻を鳴らして、それ以上語るつもりはないらしい。

 でも、そう言ってくれただけで十分すぎるくらい嬉しかった。
 すごく心が温かい……。

「ふふっ、何それ。理由になってないじゃん」
「……うるさい」

 冗談めかして言うと、べしゃりと濡らしたタオルを投げられた。

「うわっ、ちょっと!」

 笑いながら目尻を拭って、半ば無意識に胸をさすった。

「――ぼくは昔、何者だったんだろうね?」

 あの子たちと触れ合ってから、見えない棘が刺さっているみたいに心がジクジクと痛むんだ。

「……無理に知らなくていい」
「でも、やっぱり――」
「思い出して壊れるくらいなら」

 蓮が食い気味にぼくの肩を掴んだ。少し力が強い。

「……このままでいいと、俺は思ってる」
「蓮……」

 ぼくの身を案じてくれているのだと分かって、それ以上は何も言えなかった。

「いいから、もう休め」

 とん、と肩を押されて、疲れ切った体は呆気なくベッドに沈み込む。
 今更ながら、ここが蓮の部屋だということに気付いた。

「今、何時?」
「……十九時」

 意外にも、まだあれから数時間しか経っていなかった。
 女子たちは今頃どうしているだろうか。

「明日、無事を確認しないと……」

 蓮の眉間に皺が寄った。

「登校する気か?」
「え、もちろん」

 あからさまに舌打ちをされて、ぼくは口を尖らせた。

「何さ」
「……懲りないやつ」

 無理やり頭まで布団を被せられて、じたばたする。

「だって、みんなの安否が心配じゃないか」
「大人しく寝ろ」

 ぴしゃりと言われてしまい、むっとした。
 それでも諦めずにもぞもぞ動いていると、大きなため息がひとつ聞こえる。

「……明日行く気なら、尚更だ」
「え、いいの?」

 布団の隙間から顔を出す。
 ぎろりと睨まれたけど、正直まったく怖くなかった。

 蓮はお小言が多いけど、最終的にはこうして折れてくれるから。

「半端な状態で外に出るのはナシだ」
「うん、分かった。たくさん寝て、絶対元気になる」

 こくこくと頷いて布団に入り直す。
 蓮がもう一度ため息を吐いて、立ち上がりかけた時だった。

 バンッ。

「拓実君、大丈夫!?」

 勢いよく扉が開いて、白い影が飛び込んできた。

「白銀先生!」

 息を弾ませた先生が、早足にベッドまでやって来る。

「倒れたって聞いて……。痛む所は? 苦しくない?」

 ぐっと顔を近づけられて、思わず身を引いた。

「え、あ……だっ大丈夫、です」
「本当に? 無理しなくていいんだよ」

 先生が微笑む。
 けれどその目の奥に何かを感じて、どう反応していいか分からなかった。

「疲れても仕方ないよ、あれだけの数だもの」
「え?」

 今、なんて――。

「あの子たちがたくさん居るところ」

 柔らかい声の中にどことなく圧を感じて、たじろいだ。
 どうしよう……。
 後頭部が壁にぶつかって、これ以上後退できない。

「見たんだよね?」
「あ、あの……」

 とにかく距離が近い。近すぎて、少しだけ息が詰まる。

「ね、見たよね」

 これ以上は視線を合わせていられない。
 そう思ってぎゅっと目を瞑り、勢いで認めてしまった。

「その……は、はい……っ」

 言った途端、がしりと両手を握られてびくりとする。

 恐る恐る目を開けると、普段の落ち着いた白銀先生からは想像もつかない表情をしていた。

「じゃあ、思い出したんだ!」

 こんな無邪気に笑う先生、見たことない……。
 確認するように、ぐいぐいと顔を覗き込んでくる。

「し、白銀先生。ちょっと、近……」
「やだ。名前で呼んで?」

 さっきから、どうしてしまったんだろう。
 なんだか先生の様子がずっとおかしい。

「な、なんで……」
「いいから早く」

 ――目が本気だ。
 とりあえず一旦離れてもらわなければと、観念して先生の名前を口にした。

「スイ先生。あの、ちょっと離れてください……!」

 先生の動きがピタリと止まる。

「……拓実が嫌がってるだろうが」

 部屋の壁にもたれて腕組みをしていた蓮が、いつもより更に低い声を出して言った。
 ぴり、と場の空気が張り詰める。

「あぁ、そっか。まだ――」
「……?」
「ううん、なんでもない。ごめんね、驚かせて」

 蓮の威圧に、先生はあっさりと引き下がった。
 ぼくの手を握っていた手の力が緩められ、先生が離れていく。

「拓実君のことが心配で、つい前のめりになっちゃった」

 けれどその間にも、菫色の瞳はずっとぼくに向けられたままだった。
 そのつよい眼差しに息を呑む。

「……用が済んだなら失せろ」

 蓮がもたれていた壁から身を起こした。

「君は相変わらずだね。これでも一応、教師なんだけどな」

 一触即発の空気に、内心はらはらしながら両者の様子をうかがう。
 先生がまた、一歩だけ距離を詰めてきた。

「ね、拓実君。これ以上抑え込まなくていいんだよ?」

 今度は、いつもの穏やかなトーンで優しく諭すように言われた。

「思い出したいなら、そうしたらいいんだ。むしろ、そうすべきだよ」

 その言葉に、胸がまた苦しくなる。

「あ……」
「僕も、ちゃんと手伝うから」

 手伝う、って……。
 首を傾げて微笑みかけてくる先生の意図が分からず、震える手でシーツを握りしめた。

「必要ない」

 強い語気で蓮が遮る。
 それを、先生は鼻で笑った。

「……いいよね、君は」

 振り返り、蓮へ向けて放った先生の声は、とても冷ややかなものだった。
 ぼくの方からはその表情を窺い知ることはできないけれど……怖い。

「立場を言い訳に、なんでも正統化できるんだから」

 先生はコツコツと靴を鳴らし、蓮の前に立つ。
 とん、と蓮の胸元に人差し指を突きつけた。

「その“役目を全うしているだけ”って態度が、心底気に食わないね」