この運命、一蓮托生につき ~黒の過保護と白の執着~

 ――どうしてやるなんて言ってしまったんだろう。

 放課後の誰も居なくなった教室に、私たちはいた。

「外、雨足が強くなってきたね」

 電気を消すと、思っていたよりもだいぶ暗い。

「ムード満点って感じ。早速始めようよ」
「これが終わる頃には、弱まってるといいけど……」

 ガタゴトと四つ机をくっ付けて、中央に白い紙を広げた。

 紙には、五十音や「はい」「いいえ」の文字列が並んだ一番上に、鳥居のマークが書かれている。
 この文字盤は休み時間を使ってみんなで手作りした。

 本当は、怖い話やお化けの類は大の苦手だ。
 ――でも。

「蒼井くんのこと聞けるかもよ」

 そんなこと言われたら、断れるわけないじゃん……。

 鳥居の上に十円玉を置いたところで、顔を見合わせた。

「準備はいい? 始めるよ」
「いつでもオッケー」
「やば、ドキドキしてきた」

 私も小さく頷いて、恐る恐るひと差し指をコインに乗せた。

「――あ。待って」

 呼び出す呪文を唱えようとみんなが口を開きかけて、ひとりが制止する。

「もー、何よ」
「肝心の質問、どうするか決めてないじゃん」
「あ、そうだった」

 張り詰めかけていた空気が、一気に緩んだ。
 うっかり十円玉から指を離さないよう、気をつけながら話をする。

「恋愛系なのは確定でしょ?」
「具体的に何を聞くかだよね」

 想い人や探しものについて圧倒的な的中率を誇ると噂のミヤモリサマ。
 となれば、私たちが聞きたいことなんて大体決まっている。

「白銀先生、恋人いるのかなー」
「あんな超絶イケメン、いないほうがおかしいでしょ」
「いや、それな」

 笑っていると、ひとりがおもむろに挙手をした。

「――はい。わたし、ぶっちゃけてもいいですか?」
「えっ、なになに!」

 みんなが一斉に目を輝かせる。

「実は、黒切くんのことが本格的に気になってます……!」
「きゃー!」

 黒切くんの名前が出た途端、全員のボルテージが一気に上がった。

「いや分かる。分かる、けど!」
「え、いつから?」
「前々から良いなーとは思ってたんだけど……。今日、黒切くんと私日直だったじゃん?」

 もじもじと答えるその姿は、すっかり恋する乙女だ。

「黒板の高い所を代わりに消してくれたり、ノートを全部持ってくれたり。もう、さり気ない気遣いがすごいの……!」

 再び教室内に、黄色い声が響き渡った。

「めっちゃ優しい〜。それはやばいわ」
「推せる」

 白銀先生の人気は言わずもがな、近頃は黒切くんの隠れファンが増え始めていた。
 近寄り難い雰囲気を醸しているから、みんな遠巻きに眺めているだけだけど。

「それじゃ、まずは黒切くんのことを聞こうよ」
「“黒切蓮に大切な人は存在しますか”でいいかな」

 ミヤモリサマへの質問では、所在を訪ねるように聞かなければならないらしい。

 それでいこうと質問の内容がようやく決まり。
 姿勢を正して、今度こそミヤモリサマを呼び出す呪文を唱えた。

「ミヤモリサマ、ミヤモリサマ、在処(ありか)をお示しください」

 場がしん、と静まり返る。
 やっぱりこんなの迷信か……と思いかけたところで、十円玉がズズズ、と動き出した。

「う、動いた……」
「ウチ、まじで今なんもしてないからね!」
「わ、わたしだって動かしてないよ……!」

 十円玉は、鳥居のマークの上でぐるぐると円を描くように動いている。

「来てくれた、ってことなのかな。質問、してみる?」

 頷きあい、再び口を開いた。
 
「ミヤモリサマ、ミヤモリサマ、在処をお示しください。――黒切蓮に大切な人は、存在しますか?」

 言い終わったと同時に、十円玉がぴたりと動きを止める。
 何事かと思っていると、直後に再び動きはじめた。

 鳥居を出て、少しずつ移動していく。
 やがて十円玉は、「はい」の上で動きを止めた。

 まさかの回答に場が色めき立つ。

「え、いるの!?」
「ちょ、誰か聞かないと!」

 そうして今度はその存在の名について問いかけると、十円玉はゆっくりと文字列の上を動き回った後、鳥居の所へと戻った。

「え、待って。た、く、み、……って、蒼井くんのことじゃん!」
「いや、確かにいつも過保護なくらい保護者してるけども……!」

 みんな、思わぬ回答に腹を抱えて笑った。

「やばい、おもろすぎる。“大切な人”って聞き方が、範囲広すぎたんかな」

 ひとしきり爆笑した後、特定の女子名が出なくて寧ろ良かったのでは、という話になった。

「でもこれって、他クラの女子より有利な状況じゃない? 黒切くんがめちゃ優しいことは、まだ二組でしか知られてないんだし」
「確かに……!」
「てかさ、ある意味蒼井くんと仲良くなるのが、お近づきへの近道みたいなとこあるよね」

 そこまで話したところで、みんなが一斉にこちらを見た。

「……で。その蒼井くん最推しの人も、ここにいるわけですが?」
「ちょ、ちょっと……!」

 今度は自分が標的になるとは思わず、急速に頬が熱くなる。

「ふふふ、分かるよ〜。なんか放っておけないかわいらしさあるよね」
「うんうん。今日話した時も、マイナスイオン発してるのかと思ったわ」
「それな? ずっと見てられる」

 脳内に、あの穏やかな微笑みが浮かんだ。

 まさか蒼井くんが、ミヤモリサマの話に食いつくとは思ってもみなかった。
 突然やってきた時はものすごく驚いて、碌に目を合わせることもできなかったけど……。

「じゃあ、聞いてみよっか。今度は、“蒼井拓実に好きな人は存在しますか”で」
「オッケー」
「これで、“れん”って出たら笑うんだけど」

 そう言った瞬間。
 ぐん、と十円玉が「いいえ」に動いた。

「……え?」

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

「今、なんか……」

 理解するよりも早く、再びぐん、と十円玉が鳥居へ戻る。
 全員が息を飲んだ。

 私は、自分は動かしていないと必死に首を振った。
 みんなも青い顔をして否定している。

「あ、はは……。黒切くんではない、ってことなのかな」
「と、とにかく! ちゃんと、質問してみよ?」
「……だね! そうしよう」

 急に重くなった空気を振り払うように、私たちは質問を唱えた。

「ミヤモリサマ、ミヤモリサマ、在処をお示しください。蒼井拓実に好きな人は存在しま――きゃあっ!」

 質問を言い終わる前に、十円玉がものすごい勢いで「はい」の上に移動した。

 そしてそのまま速度を落とすことなく、文字を指し示していく。

 ぼ、く、の、も、の、ぼ、く、の、も、の、ぼ、く、た、ち、の――。

「と、止まらないんだけど……っ」

 もし指が振り落とされでもしたら、何かがやって来る。
 ――そう思ったら、意地でも離せなかった。

 意識すればするほどに、手の平から汗が滲んでしまう。

 い、に、と、は、わ、た、さ、な――。

「もう、意味わかんない……!」
「全然鳥居に帰ってくれない……どうにかして終わらせないと」

 無理やりにでも、終了の呪文を唱えたほうがよいのだろうか。
 混乱する頭で必死に考えている、その時だった。

 バンッ。

「みんな、無事……!?」

 突如、引き戸が大きな音を立てて開け放たれた。

「あ、蒼井くん……!?」
「黒切くんも……!」

 予期せぬ本人の登場に、私たちは完全にパニックを起こしていた。

 どうしよう、誤魔化さないと……!

 ガタッ。

 何を思ったか咄嗟に立ち上がろうとしてしまい。
 そうして、やってしまったのだ。

「あっ。指、離し――」

 その瞬間、激しい地鳴りが私たちを襲った。

 ああ、終わった。――来てしまう。