この運命、一蓮托生につき ~黒の過保護と白の執着~

 今日は朝から雨が降っていた。
 窓を叩く雨粒の音をぼんやりと聞きながら、昨日のことを思い返す。

 ――お前、思い出したのか……?

 あれは、なんのことを言っていたんだろう。
 ぼく、何か忘れてるのかな……。

 日直で黒板の前に立っている蓮を、ちらりと見やった。
 女子から黒板消しを受け取り、黙々と消している。

 ――そうして、お前が壊れてもか。

 蓮の絞り出すような低い声が、頭から離れない。

 ……“壊れる”って。どうしてあんな言い方をしたんだろう。
 倒れたときのことを言っていたにしても、表現が大げさすぎるような。

 何度考えてみても、そんなことを言われる理由が思い当たらなかった。

 蓮は何かを知っているみたいだったけど、聞けば教えてくれるものなのか、それとも――。

 ぼくは深いため息を吐いた。
 そのことについて触れていいのか、いけないのかすらも判断がつかない。

 近頃は、分からないことが増えていく一方だった。
 霊たちのことも、自分のことも……あぁ、頭が痛い。

「え、ミヤモリサマってそんなに当たるの?」

 後ろから気になるワードが耳へ飛び込んできて、浮遊していた意識が一気に引き戻される。

「らしいよ。的中率すごいって聞いたし」

 振り返ると、後ろの席で数人の女子が盛り上がっていた。
 気になって思わず声を掛ける。

「ねぇ。聞こえちゃったんだけど、そのミヤモリサマって……?」
「あ、蒼井くん!」
「なんかね、宵高で有名な怪談なんだけど」

 こっち来なよ、と促されるまま女子の輪の中へ入った。

「コックリさんの宵高版みたいなのがあるらしいの」
「そうそう。質問すると答えてくれる系のやつ」
「質問?」

 首を傾げるぼくに、女子たちが含み笑いをした。

「そう。例えばほら――恋愛系とか」
「あの人に好きな人はいますか、みたいなね!」

 黄色い声を上げて盛り上がる様子に、少し気圧される。

「しかも、なんとその答えがめっちゃ当たるんだって」
「へぇ……なんだかすごいね」

 興味深く聞いていると、ひとりの女子が前のめりに言った。

「もうこれは、やるしかなくない?」
「わ、私はちょっと怖いかも。もし何かが起こったりしたら……」
「えー、大丈夫でしょ。かるいお遊びなんだしさ」

 お遊び……。
 軽く言ったその言葉に、ほんの少しだけ引っかかりを覚えた。

「みんなは、詳しいやり方を知ってるの?」

 ぼくの問いかけに、女子たちは顔を見合わせた。

「なんとなくは? いうてコックリさんとほぼ同じだよね」
「必須アイテムは、文字や鳥居が書かれた紙と、十円玉でしょ」
「そうそう。それでコインの上に全員の人差し指を置いて――あれ、呼び出すときはなんて言うんだっけ?」

 言葉に詰まった女子が記憶に辿り着くよりも早く、思わぬ方向から答えがやって来た。

「たしか“ミヤモリサマ、ミヤモリサマ、在処(ありか)をお示しください”だぜ」

 振り返ると、いつの間にか山田くんが立っていた。

「そうそれ! なに、山田めっちゃ詳しいじゃん」

 正直、かなり意外だ。こういう話とは縁遠そうなのに。

「あー、なんか兄貴の代ですげぇ流行ってたんだよ」

 山田くんは、思い返すように腕組みをした。

「たしか儀式が終わるまでの間、絶対にコインから指を離したらだめなんだよな」
「もし、指を離したら……?」

 恐る恐る聞いた女子に、山田くんはあっけらかんと言う。

「なんか、やばいのが来るらしい」
「え、こわ」
「まぁ怪談だし、話盛ってるとこもあるっしょ」

 女子たちは軽い調子で笑い飛ばしたけど、ぼくはどうにも笑えなかった。
 鳥肌が立ってしまった腕をさする。

 あ、と思い出したように山田くんが付け加えた。

「だから、最後は必ず鳥居のマークのところで終わらせないといけないんだよ」

 山田くんは、声を低くして続ける。

「――でないと、いつまでも帰ってくれないんだってさ」

 その言葉に、少しだけ空気が静まった。

「……帰らないって、ミヤモリサマがってこと?」
「さぁ、そこまでは分かんね。でもこういうのって、大体そういうオチがあるじゃん」

 にやりと笑った山田くんに、女子のひとりがわざとらしく肩をすくめた。

「あーはいはい。怖い怖い」
「てかさ、逆にやりたくなってきたんだけど」

 話を聞いて悪寒がしたぼくとは対象的に、女子たちはすっかり乗り気のようだ。

「危なくないのかな……。ほんとに大丈夫?」
「蒼井くん、優しい~。うちらのこと心配してくれるのね」

 本気で心配して言っているのだけど、当人たちにはまったく伝わっていない。

「ちょっとした恋バナをするのに使うだけだし、大丈夫だよ」

 さすがに「ありがとね」と笑顔で言われてしまえば、それ以上は何も言えなかった。

 少しもやもやが残ったまま話は終わり。
 席へ戻ろうとしたところで、蓮がこちらを見ていたことに気付いた。

 けれど、特に何かを言ってくるわけでもなく。
 ほんの一瞬目を細めると、黒板消しを持ってクリーナーの所へ行ってしまった。

 今の噂話、蓮にも聞こえていたかな?
 後で話をしてみようと、ぼくは次の授業の準備を始めた。


『ミヤモリサマ?』

 ――放課後。
 蓮と廊下の掲示物を張り替えているところに、壁の中からハヤトが顔を出した。

 ナイスタイミング、とばかりに聞いてみる。

「何か知っていることがあれば、教えてほしくて」

 学校の怪談を学校の霊に聞くというのも変な話だけど、校内事情を知るにはうってつけの存在だ。

『もちろん知ってるぜ。定期的に流行るよな、ああいうのって』

 女子と山田くんから聞いた内容をひと通り話すと、ハヤトは変な顔をした。

『おいおい、大丈夫かよその女子たち。そんな大雑把な情報だけでやるつもりか?』
「や、やっぱりそう思うよね……」

 言いながら、梯子に乗って高所の掲示物を変えている蓮を見上げた。

 よっぽど危険なことなら、蓮が何か言ってくれるはずだけど……。

 あの後蓮にもミヤモリサマの話をしてみたけど、結局薄い反応しか見せてくれなかった。

 止められこそしなかったものの、乗り気でないことが分かる。
 現に、ぼくたちの会話に加わろうともしてくれない。

『大筋は合ってるけどよ。やるなら細かな手順を間違えないことが大事だぞ』
「正しい方法を知ってるの?」

 ハヤトは頷いた。

『こう見えて、生きていた頃にやったことあるんだぜ。あと、呼ばれる側もな』
「呼ばれる側?」
『幽霊として、ってことだよ』

 首を傾げるぼくに、ハヤトは“うらめしや”のポーズをとってみせた。

『やばいのがくる、帰ってもらえない――お前のクラスメイトが言ったことは、あながち間違いじゃねぇ』

 これは霊体になってみて分かったことだけど、と前置きをして説明してくれた。

『あの儀式って、電話をかけてるようなものなんだよ』
「電話……?」
『そう。電話って、正しい電話番号が分からないと相手先にかからないだろ』

 頷いたぼくの反応を見ながら、ハヤトは続けた。

『正式な手順を踏むことでミヤモリサマに繋がり、呼び出せるってわけ』
「なるほど。それじゃ、もし間違えたら……」
『まさにそこ。間違えた場合、ミヤモリサマに繋がらない……だけじゃねぇんだ』

 ハヤトが、ぴっと人差し指をぼくの目の前に立てた。

『何が出るか分からない、フリーダイヤルみたいになっちまうんだよ。誰でもいいから出てくれ、と言ってるようなもんだな』

 それって、とても危険なんじゃ……。

『そうなるとよ、オレたちみたいなのにも音が聞こえるんだ』
「音?」
『それこそ呼び鈴でもねぇけど。あ、今誰かが呼んだなーっていうのが分かるっつうか』

 呼ばれる、ってそういう――。
 しかも、間違っているパターンのほうが圧倒的に多いそうだ。

『オレはいつも外で走ってたから、音が聞こえるだけであんま出くわしたことはねぇけどな』

 一度だけ、儀式をしているところに居合わせたことがあるらしい。
 ハヤトはがっくりと肩を落とした。

『あれは散々だったぜ……。体育館裏でやってるやつらがいてよ。興味本位で覗いてみたら、吸い込まれちまって』
「えっ、何に?」
『なんか見えない川みたいな、流れのある道っつうか……』

 ハヤトも、それをどう表現していいのか分からないみたいだ。

『そいつらが儀式を終わらせない限り、それが閉じないっぽいんだよ』
「吸い込まれちゃった後は、どうしたの……?」
『終わるまで適当に答えてやり過ごした……』

 その時のことを思い出したのか、げんなりした顔をしている。

『それからは、音がしても絶対に近づくのは止めたな。悪戯好きなやつは行くのかもしれんが』
「やっぱり、そういう儀式めいたことってしないに越したことはないね……」
『違いねぇ』

 ひとつ、気になっていたことを口にしてみる。

「正しいやり方を知っているなら、ハヤトは本物のミヤモリサマと会ったことがあるの?」

 ハヤトは首を横に振った。

『儀式が成功しても、姿を見せるわけじゃないしな。けど、後から判明した結果は全部当たってたぜ』
「そ、そうなんだ……。すごいね」
『そういや、霊体になってからも見たことねえなぁ』

 色々と話を聞いていて、ひとつの仮説が思い浮かんだ。

「あの、思ったんだけど。ハヤトが言っていた化け物も、その呼び鈴に引き寄せられて集まって来たってことはない?」
『なるほどな……一理あるか』

 結構良いところを突いているのでは、と思っていたら、蓮が梯子から降りて来た。

「違う」

 ぴしゃりと言われて、思わず口を噤む。

 ――なんで。
 これまで何も言ってくれなかったくせに、否定だけはするんだね。

「……どうしてそう言い切れるのさ。蓮は何か知ってるの?」

 見つめてくるだけで答えようとしない蓮を睨み返した。
 ほら、まただんまりだ。

『ま、まぁまぁ。落ち着けって』

 ぼくたちの間に、苦笑したハヤトが割って入る。

『確かにミヤモリサマの儀式が原因なら、もうとっくの昔にあいつらが増殖していてもおかしくないよな』
「う……。じゃあ、一体何が原因で――」

 言いかけたところで、突如激しい耳鳴りに襲われた。

 キィィンッ。

「……っ!」
「拓実!」

 よろめいたところを、蓮に抱き留められる。
 続けざまに足元へドン、と強い衝撃が来て、校舎が小刻みに揺れ出した。

『おいなんだこれ、やべぇぞ……!』

 蓮が素早く眼鏡を外す。

「……二組の教室だ」

 嫌な予感が、一気に背筋を駆け上がった。

「行くぞ」
『あっ、おい!』

 考えるより先に、ぼくたちは走り出した。