未完成フレーム

 夏休みの校舎。

 半開きのままの掃除ロッカー。
 黒板の落書き。
 捨て忘れたペットボトル。
 生徒はいないのに、ついさっきまでいたように感じる。
 
 ーー映研部は、これからが本番だ。


「貸し切りー」

 言いながら炭酸水を飲む柊くん。
 日差しが注ぐ窓際に、パイプ椅子をくっつけて座っている。

 準備室は、今日も今日とて埃っぽい。
 高梨先輩がいないのをいいことに、入り浸る。
 どうやら味をしめたらしい。

 かく言う私も、閉ざされた空気と、ひんやり冷たさを感じるこの空間。
 思っていたより居心地が良く、誘われるがままここにいる。

「…なんで炭酸水なの?」
 私は水筒の蓋をワンタッチで開けながら聞いた。

「1個買うと1個もらえるやつに踊らされた」

 柊くんの回答に思わず吹き出す。

「っ、なにそれ…ふは、やめてよ」

「おい、笑うな」

 柊くんは炭酸水のペットボトルを床に置くと、足を投げ出すように姿勢を崩した。

「どうなるかねー、部内選考」

 私はプチ鑑賞会で使ったブックスタンドを見つめた。

「わかんないけど……でも」

 ぐっ、と両腕を前方に伸ばし、そのままゆっくりと机に落とす。

「作る側、楽しかったから。どう転んでもいいかな」

 そう言って笑うと、柊くんはニヤと笑い椅子の上であぐらをかいた。

「ほう」

「ほう…って、なに」

 首から垂れたハンディファンの電源をカチカチさせたけど、LEDが赤く光って使えない。
 …こんな時に。

「そっかー。楠木さんは俺に感謝してんだー」

「そんなこと言ってないよ」
 柊くんのニヤけ顔がイヤで、顔を逸らした。

「…ていうか柊くん。
 脚本の書き方、途中から少し細かくなってたよね。
 言葉にしたら陳腐、とか言ってたのにさ」

 そう言って、チラリと彼を見た。

「あー。…まぁ、俺も少なからず影響を受けたってことだね」

 柊くんは、リュックに手を突っ込んで1枚の紙を取り出す。
 それをポイと机の上に置いた。

 私は首を傾げながら立ち上がり、その紙を広げる。


「え…これ、」

 そこには、構図、カメラワークの意図、光と影の使い方。
 ここで泣く、とか…感情のツボ。

 見覚えのあるような内容が書かれていた。
 ーー柊くんの字で。

「ロケハンの時からちょこちょこ書いてた」

 それを聞いて、廊下に座り込んでルーズリーフに何か書き込んでいた姿を思い出す。

「……これだったの?だから、…」
 私は口元を手で押さえたまま、それ以上の言葉が出なかった。

 柊くんは立ち上がり、ルーズリーフを私の手から奪い取った。

「ハイ、おしまい。もう見せません」

「え、もう少し見せてよ」

「イヤでーす」

 また椅子に座った柊くんを軽く睨む。

「……私のノートは見たくせに」

 そう言うと彼は「ひぇ」と舌を出した。

「プライバシーの侵害だからね」

「ハハ。まぁまぁいいじゃん。
 あの時見たから今の俺らがあるわけだし」

 “俺ら”
 そういう言い方をされると、何も言い返せずまた椅子に腰を下ろした。


「なんか柊くんって本当はさ、」
 と、視線を送ると、
 彼もこっちを一瞬見て、また炭酸水の蓋を開ける。

 空気の抜ける音が準備室に響く。



「……好きだよね?」


 言った瞬間、柊くんは飲みかけた炭酸水をブハッと吹いた。

「ガハッゴホッ………え?ん?」

 咽せながら、私を見て固まっている。

「好きだよね?映画制作。
 遊びみたいな感じだったけど」

 私の言葉に、柊くんは「…あぁ。そっち」と再び炭酸水を口にした。

「そっち?」
「…いや。何でそう思うわけ?」

 そう聞かれ、脚本を書いてる時の彼の表情を思い出す。

「だって、楽しそうだったし。…真剣だった。すごく」

「俺が?」

「うん。気付いてなかった?」

 柊くんは、黙り込んだ。

「……まぁ、そうだな。楽しかったよ」

 と、素直に認め、ぽりぽりと鼻を掻く。
 こぼれた炭酸水を足で伸ばしながら。

 それを見て、私は静かに笑った。

 ……聞いても、いいのかな。
 ずっと気になっていたことーー


「あのさ、」

 椅子に、深く座り直す。

「……前に、そんな作り方してたら映画嫌いになるって私に言ったとき、」

 柊くんの足が、一瞬止まる。
 私も黙りかけたけど、続けた。

「俺がそうだった…って、言ってたよね」

「…あー」

「あれって、」

 柊くんは、炭酸水の容器の底を指で辿りながら、「…別に大した話じゃないけど」と、口を開いた。


「中学の時、ちゃんと書いたことあって。それこそ楠木さんみたいなやつ」

 私は苦笑いで視線を逸らす。

「コンテストで賞も取ったし、褒められた。“さすが孫!それっぽーい”って」

 そこまで言って、少し間が開く。
 私も何も、言えない。

「確かにそれっぽく書いた自覚があったから。そうだな…言うなれば、オマージュ?じいちゃんの」

「……」

「悪いことではないんだろうけど。なんか全っ然、嬉しくなくてさ」

「……」

「……ちょっと、思い出すんだよね」

 と、一瞬。
 私を見て、すぐに逸らした。

「なのに今は…別にいいか、って。ーー自分でもよく分かんないんだけど」

 また一度、キュ、と床が鳴る。

「…なんだろうな、これ」

 柊くんは小さく笑って、それ以上…言わなかった。