夏休み前の終業式が、無事終わった。
今日が、脚本の提出期限。
部室のいつもの席。
私たちは、選択を迫られていた。
「デジタルの方が、絶対読みやすいよね…」
私はノートを机に置いた。
「うーん」
柊くんは苦笑いしている。
提出しなければならない肝心の脚本はノートのアナログデータしかない。
書き込みだらけで、正直言って、読ませられる物ではなかった。
ーーけど。
今からでもこれを打ち直せば、ちゃんとした脚本になる。
二重線で消されたセリフも、マーカーした描写も。
整って、読みやすくなる。
それは分かっている。
「……」
柊くんがチラ、と時計を見た。
「打ち直す、か?」
そう言ってノートに手を伸ばす。
「待って!」
私は咄嗟にその手を両手で押さえた。
「……」
ピタリと固まった柊くん。
私はゆっくりと手を持ち上げ、横にずらす。
「これ、ぐちゃぐちゃだけど。全部、ある」
「…ん?」
パラ、とノートを開ける。
書き込みすぎて、どこが本文かもよく分からない。
でも、私たちの跡が、確かにある。
「こっちの方が、残る気がする」
柊くんが、ノートに視線を落とした。
赤い線も、書き直した跡も、
途中でやめたセリフも。
「ちゃんと、全部あるから」
私はノートを彼の胸に押し当てた。
「このまま出そう」
小さく、手が震える。
「……」
柊くんはその手をそっと掴み、ノートを受け取った。
口の端を上げ、ひと言。
「分かったよ」
そう言って筆箱からマジックを取り出した。
「タイトルは、あれでいいの?」
横目で私を見る。
キュポ、とキャップを外す音が鳴る。
「…うん」
私が頷くと、ノートの表紙に大きくタイトルを書いた。
フェルトの擦れる音が、力強く響く。
彼が書き終えると、今度は私の前にノートとマジックが置かれた。
見ると、《作 柊蒼一郎》と書かれた隣にスペースが取られている。
私はチラ、と柊くんの目線を確認した。
どうぞと言われているかのように、彼の眉毛が上に持ち上がった。
マジックを握る。
震えるペン先。
止めようとして、手に、力がこもる。
無意識に、息も止めてしまう。
それでも、キュ、キュ、とゆっくり線をひっぱった。
《作 柊蒼一郎、楠木汐果》
「……出来た」
最後の一画が異様に伸びてしまった。
ーーだけど、それで構わない。
線の太さも、バランスも。
全然違う字で書かれた二つの名前。
指で触れると、少しだけ滲んだ。
「出すか」
「…うん」
私はノートを手に取り立ち上がり、高梨先輩が座る席へ向かった。
「高梨先輩」
私の声に、高梨先輩はすぐ顔を上げた。
その机の上には他の部員から受け取ったであろう脚本がいくつか並んでいた。
「楠木さん」
と言って、高梨先輩が私の抱えているノートに視線を向けた。
私の足は、地面にへばりついて離れない。
鼓動が早まって、呼吸が浅くなる。
少し遅れて歩いてきた柊くんが、私の後ろに立った。
「…何してんの? ほら」
小声でそう言われ、ぐっと背中を押し出される。
ようやく一歩、足が出た。
「あ、お、遅くなりました…」
私はおずおずとノートを差し出す。
「手書きなので…少し、だいぶ、読みづらいかもしれません」
高梨先輩はクス、と笑うと、両手でノートを受け取ってくれた。
「おつかれさま。
わかりました。読ませてもらいます」
そのまま高梨先輩はパラ、と軽くノートをめくると「わあ」と言った。
私は柊くんと顔を見合わせ、肩をすくめた。
高梨先輩はノートの表紙を確認すると
「……『パララックス・リープ』?」
そう言って目を細める。
「面白そうなタイトルね」
優しく微笑み、机の上のスペースにノートを置いた。
私は口を真横に引き伸ばしながら、そのノートを見送った。
そんな私に、柊くんは無言で肘をぶつけた。
半歩、横にズレる。
「な、なに」
「本当によかったんすか?あれで」
「……善は急げ、だから」
私が言うと、柊くんが「ググったんかい」と笑った。
遠くで聞こえるのは吹奏楽部の特賞歌の音色。
この間までは野球の応援歌だったのに。
私は腰の横で小さく拳をつくった。
今日が、脚本の提出期限。
部室のいつもの席。
私たちは、選択を迫られていた。
「デジタルの方が、絶対読みやすいよね…」
私はノートを机に置いた。
「うーん」
柊くんは苦笑いしている。
提出しなければならない肝心の脚本はノートのアナログデータしかない。
書き込みだらけで、正直言って、読ませられる物ではなかった。
ーーけど。
今からでもこれを打ち直せば、ちゃんとした脚本になる。
二重線で消されたセリフも、マーカーした描写も。
整って、読みやすくなる。
それは分かっている。
「……」
柊くんがチラ、と時計を見た。
「打ち直す、か?」
そう言ってノートに手を伸ばす。
「待って!」
私は咄嗟にその手を両手で押さえた。
「……」
ピタリと固まった柊くん。
私はゆっくりと手を持ち上げ、横にずらす。
「これ、ぐちゃぐちゃだけど。全部、ある」
「…ん?」
パラ、とノートを開ける。
書き込みすぎて、どこが本文かもよく分からない。
でも、私たちの跡が、確かにある。
「こっちの方が、残る気がする」
柊くんが、ノートに視線を落とした。
赤い線も、書き直した跡も、
途中でやめたセリフも。
「ちゃんと、全部あるから」
私はノートを彼の胸に押し当てた。
「このまま出そう」
小さく、手が震える。
「……」
柊くんはその手をそっと掴み、ノートを受け取った。
口の端を上げ、ひと言。
「分かったよ」
そう言って筆箱からマジックを取り出した。
「タイトルは、あれでいいの?」
横目で私を見る。
キュポ、とキャップを外す音が鳴る。
「…うん」
私が頷くと、ノートの表紙に大きくタイトルを書いた。
フェルトの擦れる音が、力強く響く。
彼が書き終えると、今度は私の前にノートとマジックが置かれた。
見ると、《作 柊蒼一郎》と書かれた隣にスペースが取られている。
私はチラ、と柊くんの目線を確認した。
どうぞと言われているかのように、彼の眉毛が上に持ち上がった。
マジックを握る。
震えるペン先。
止めようとして、手に、力がこもる。
無意識に、息も止めてしまう。
それでも、キュ、キュ、とゆっくり線をひっぱった。
《作 柊蒼一郎、楠木汐果》
「……出来た」
最後の一画が異様に伸びてしまった。
ーーだけど、それで構わない。
線の太さも、バランスも。
全然違う字で書かれた二つの名前。
指で触れると、少しだけ滲んだ。
「出すか」
「…うん」
私はノートを手に取り立ち上がり、高梨先輩が座る席へ向かった。
「高梨先輩」
私の声に、高梨先輩はすぐ顔を上げた。
その机の上には他の部員から受け取ったであろう脚本がいくつか並んでいた。
「楠木さん」
と言って、高梨先輩が私の抱えているノートに視線を向けた。
私の足は、地面にへばりついて離れない。
鼓動が早まって、呼吸が浅くなる。
少し遅れて歩いてきた柊くんが、私の後ろに立った。
「…何してんの? ほら」
小声でそう言われ、ぐっと背中を押し出される。
ようやく一歩、足が出た。
「あ、お、遅くなりました…」
私はおずおずとノートを差し出す。
「手書きなので…少し、だいぶ、読みづらいかもしれません」
高梨先輩はクス、と笑うと、両手でノートを受け取ってくれた。
「おつかれさま。
わかりました。読ませてもらいます」
そのまま高梨先輩はパラ、と軽くノートをめくると「わあ」と言った。
私は柊くんと顔を見合わせ、肩をすくめた。
高梨先輩はノートの表紙を確認すると
「……『パララックス・リープ』?」
そう言って目を細める。
「面白そうなタイトルね」
優しく微笑み、机の上のスペースにノートを置いた。
私は口を真横に引き伸ばしながら、そのノートを見送った。
そんな私に、柊くんは無言で肘をぶつけた。
半歩、横にズレる。
「な、なに」
「本当によかったんすか?あれで」
「……善は急げ、だから」
私が言うと、柊くんが「ググったんかい」と笑った。
遠くで聞こえるのは吹奏楽部の特賞歌の音色。
この間までは野球の応援歌だったのに。
私は腰の横で小さく拳をつくった。



