鼻から多めに息を吸った。
「あの!!!」
いつもよりお腹から出した私の声が、準備室に響く。
「何を見て言ってるのか知らないけど…
この人ただ…、ただ、適当なことしか言わない人だから!」
私は目をギュッと閉じてそう言った。
シン、と準備室が静まり返る。
「発想力はすごいけど、言ってること無茶苦茶だし。理由はいつもなんとなくだし。人の気持ちとか…そういうの分かんないくせに、登場人物はバカみたいに人間味ありすぎるし。それに…」
「ぶっ」
柊くんの笑う声で、我に帰る。
瞼を上げると目の前の部員二人と目が合った。
彼らの口が半分開いたままだ。
「あ…、いや…だから、」
私が慌ててフォローしようとしたら、それより先に柊くんが口を挟んだ。
「まぁ、そーゆうこと。要するにペラッペラの無能なのよ俺」
柊くんは、ギィ、と背もたれに体重を乗せ、続けた。
「君らと一緒だね」
貼り付けたような笑顔が、準備室の空気を冷やす。
私は青くなった顔で彼らを見るしかなかった。
ようやく部員二人が「お、おう…」と発した所で、目の前のスマホがパタンと倒れた。
そのまま顔を見合わせ「そろそろ…行くか」と足早に準備室を出ていく。
その後ろ姿に向かい、柊くんはシッシと手を仰いだ。
私はガチャ、と扉が閉じるのを見届けると、力が抜けたように腰を下ろす。
「…やってしまった」
両手で顔を押さえた私の横で、
柊くんはくっ、と笑いを堪えている。
「なんで笑ってるの、ひどい」
「いや、だって。ね?くく…
褒めてんのかディスってんのかどっちだよ」
机に突っ伏せ、声を殺して笑っている。
「…褒めてないし」
私はくるりと背中を向けた。
正面には窓。
少し傾いた日差しが余計に眩しい。
「楠木さんの俺への情熱が伝わったよ」
情熱…?なんだそれ。
「意味わかんない」
私は、ぷらりと足を揺らす。
「サンキューって意味だろ」
背後でまたペンがノートを擦る音がした。
私はなんとなく前髪をいじり、耳を澄ます。
窓の向こうから、野球部の声がまた聞こえ始めた。
だけどそれより、ボールペンの音が私の耳に焼き付いた。
その夜。
机の上には柊くんから帰り際に渡された脚本ノート。
ページを読み進めるたびにハラリと鳴る。
初版から倍くらいに増えたページ数。
「もう、無いな…」
彼から脚本ノートが戻って来るたび、私が直す部分が少なくなっていた。
「……」
私はペンで頭を掻いた。
目を閉じると、少しだけ開いた窓からスズムシの鳴き声がする。
お風呂に入ったばかりだというのに、額にじんわり汗が浮かんだ。
ーーあっという間だった。
ノートを落とした日から、私の目に映る景色は、少し違う何かを拾うようになった気がする。
ゆっくり目を開ける。
その瞬間スマホが震え、画面が光った。
傾けると、そこには柊くんの名前が表示されていた。
「え…、え、ビデオ通話?!」
私は慌てて首に巻いていたタオルをベッドに放り投げた。
ゴホンと喉を鳴らすと、画面を見る。
「いや、ちょっと待って…ビデオ拒否…」
顔の力をゆるめ、画面をタップした。
「…もしもし」
『なんで拒否?』
電話越しだと、少し低く聞こえた柊くんの声。
「むしろなんでビデオなの…」
『ハハ。なんとなく』
スピーカーの向こう。
風を切るような音が通り過ぎる。
「外にいるの?」
『うん』
「そうなんだ」
同じ、スズムシの鳴き声が聞こえる。
『…読んだ?』
その言葉に、私は目の前の脚本ノートに手を置く。
「いま、読んでる」
『書き直すとこは?』
「…ないかな。今のところ」
そう答えると『しゃー』と聞こえ、笑ってしまう。
私はラストシーンのページを開いた。
「ねぇ。最後のタイムリープのとこさ」
『うん』
「主人公、過去に戻らないじゃん?」
そのセリフを指でなぞる。
『だな』
「あれって…」
スピーカーから小さく救急車のサイレンが聞こえる。
『…変わったからでしょ』
「え、過去が?」
私はページをいくつか戻る。
『違う違う』
風の音が通り過ぎ、また静まる。
『主人公自身が』
放たれた彼の言葉。
蘇るのは、ロケハンの記憶。
“主人公は過去を変えようとしてるけど、最終的に変わったのは主人公自身…みたいな”
「……」
ーーあの時の
私はつい言葉に詰まる。
『楠木さんの言葉だよ』
柊くんは笑った。
「…知ってる」
『あ、そう?』
スピーカーから聞こえる呑気な口笛。
時々裏返るその音色が、妙に心地よかった。
なんとなく映画ノートを開く。
過去に観たタイムリープ系映画のページ。
ロケハンの時の話は、確かこの映画からーー
『そうだ。
過去を変えなくても、自分が変われば、未来は変わる…ってやつだ』
思い出したように、柊くんが言った。
同時に、私は開いていたページのメモを指でなぞった。
《メタファーとは、隠喩》
《過去を変えなくても、自分が変われば、未来は変わる》
そこには、一字一句、同じ文章があった。
「…柊くん」
『ん?』
「メタファーとは?」
『隠喩』
「……」
『え、何』
「柊くん……ノート拾った時、見てないって言ったよね?」
少し低くなった私のトーン。
スピーカーから『あ。やべ』と声が聞こえた。
「私、何回も聞いた!見てないって言ってたよね?
…ああ!そういえば私が観た映画と同じタイトルやたらドンピシャで挙げてくると思ったら、そういう…」
『おいおいスイッチ入れんな。
つーか充電ないから切るわ。じゃーね』
ツーツーと不通音が部屋に響く。
「、…完っ全に見てるじゃん!」
私は、映画ノートをバタンと閉じた。
ベッドに寝転がると、いつもの天井が違って見える。
「…自分が変われば、未来が変わる…」
呟いたその言葉は、顔に押し当てた枕に吸い込まれた。
柊くんは、この主人公と…同じなんだろうか。
ふと思い出す言葉。
“俺が、そうだった”
そういえばーー
どういう意味か、聞けてないな。
「あの!!!」
いつもよりお腹から出した私の声が、準備室に響く。
「何を見て言ってるのか知らないけど…
この人ただ…、ただ、適当なことしか言わない人だから!」
私は目をギュッと閉じてそう言った。
シン、と準備室が静まり返る。
「発想力はすごいけど、言ってること無茶苦茶だし。理由はいつもなんとなくだし。人の気持ちとか…そういうの分かんないくせに、登場人物はバカみたいに人間味ありすぎるし。それに…」
「ぶっ」
柊くんの笑う声で、我に帰る。
瞼を上げると目の前の部員二人と目が合った。
彼らの口が半分開いたままだ。
「あ…、いや…だから、」
私が慌ててフォローしようとしたら、それより先に柊くんが口を挟んだ。
「まぁ、そーゆうこと。要するにペラッペラの無能なのよ俺」
柊くんは、ギィ、と背もたれに体重を乗せ、続けた。
「君らと一緒だね」
貼り付けたような笑顔が、準備室の空気を冷やす。
私は青くなった顔で彼らを見るしかなかった。
ようやく部員二人が「お、おう…」と発した所で、目の前のスマホがパタンと倒れた。
そのまま顔を見合わせ「そろそろ…行くか」と足早に準備室を出ていく。
その後ろ姿に向かい、柊くんはシッシと手を仰いだ。
私はガチャ、と扉が閉じるのを見届けると、力が抜けたように腰を下ろす。
「…やってしまった」
両手で顔を押さえた私の横で、
柊くんはくっ、と笑いを堪えている。
「なんで笑ってるの、ひどい」
「いや、だって。ね?くく…
褒めてんのかディスってんのかどっちだよ」
机に突っ伏せ、声を殺して笑っている。
「…褒めてないし」
私はくるりと背中を向けた。
正面には窓。
少し傾いた日差しが余計に眩しい。
「楠木さんの俺への情熱が伝わったよ」
情熱…?なんだそれ。
「意味わかんない」
私は、ぷらりと足を揺らす。
「サンキューって意味だろ」
背後でまたペンがノートを擦る音がした。
私はなんとなく前髪をいじり、耳を澄ます。
窓の向こうから、野球部の声がまた聞こえ始めた。
だけどそれより、ボールペンの音が私の耳に焼き付いた。
その夜。
机の上には柊くんから帰り際に渡された脚本ノート。
ページを読み進めるたびにハラリと鳴る。
初版から倍くらいに増えたページ数。
「もう、無いな…」
彼から脚本ノートが戻って来るたび、私が直す部分が少なくなっていた。
「……」
私はペンで頭を掻いた。
目を閉じると、少しだけ開いた窓からスズムシの鳴き声がする。
お風呂に入ったばかりだというのに、額にじんわり汗が浮かんだ。
ーーあっという間だった。
ノートを落とした日から、私の目に映る景色は、少し違う何かを拾うようになった気がする。
ゆっくり目を開ける。
その瞬間スマホが震え、画面が光った。
傾けると、そこには柊くんの名前が表示されていた。
「え…、え、ビデオ通話?!」
私は慌てて首に巻いていたタオルをベッドに放り投げた。
ゴホンと喉を鳴らすと、画面を見る。
「いや、ちょっと待って…ビデオ拒否…」
顔の力をゆるめ、画面をタップした。
「…もしもし」
『なんで拒否?』
電話越しだと、少し低く聞こえた柊くんの声。
「むしろなんでビデオなの…」
『ハハ。なんとなく』
スピーカーの向こう。
風を切るような音が通り過ぎる。
「外にいるの?」
『うん』
「そうなんだ」
同じ、スズムシの鳴き声が聞こえる。
『…読んだ?』
その言葉に、私は目の前の脚本ノートに手を置く。
「いま、読んでる」
『書き直すとこは?』
「…ないかな。今のところ」
そう答えると『しゃー』と聞こえ、笑ってしまう。
私はラストシーンのページを開いた。
「ねぇ。最後のタイムリープのとこさ」
『うん』
「主人公、過去に戻らないじゃん?」
そのセリフを指でなぞる。
『だな』
「あれって…」
スピーカーから小さく救急車のサイレンが聞こえる。
『…変わったからでしょ』
「え、過去が?」
私はページをいくつか戻る。
『違う違う』
風の音が通り過ぎ、また静まる。
『主人公自身が』
放たれた彼の言葉。
蘇るのは、ロケハンの記憶。
“主人公は過去を変えようとしてるけど、最終的に変わったのは主人公自身…みたいな”
「……」
ーーあの時の
私はつい言葉に詰まる。
『楠木さんの言葉だよ』
柊くんは笑った。
「…知ってる」
『あ、そう?』
スピーカーから聞こえる呑気な口笛。
時々裏返るその音色が、妙に心地よかった。
なんとなく映画ノートを開く。
過去に観たタイムリープ系映画のページ。
ロケハンの時の話は、確かこの映画からーー
『そうだ。
過去を変えなくても、自分が変われば、未来は変わる…ってやつだ』
思い出したように、柊くんが言った。
同時に、私は開いていたページのメモを指でなぞった。
《メタファーとは、隠喩》
《過去を変えなくても、自分が変われば、未来は変わる》
そこには、一字一句、同じ文章があった。
「…柊くん」
『ん?』
「メタファーとは?」
『隠喩』
「……」
『え、何』
「柊くん……ノート拾った時、見てないって言ったよね?」
少し低くなった私のトーン。
スピーカーから『あ。やべ』と声が聞こえた。
「私、何回も聞いた!見てないって言ってたよね?
…ああ!そういえば私が観た映画と同じタイトルやたらドンピシャで挙げてくると思ったら、そういう…」
『おいおいスイッチ入れんな。
つーか充電ないから切るわ。じゃーね』
ツーツーと不通音が部屋に響く。
「、…完っ全に見てるじゃん!」
私は、映画ノートをバタンと閉じた。
ベッドに寝転がると、いつもの天井が違って見える。
「…自分が変われば、未来が変わる…」
呟いたその言葉は、顔に押し当てた枕に吸い込まれた。
柊くんは、この主人公と…同じなんだろうか。
ふと思い出す言葉。
“俺が、そうだった”
そういえばーー
どういう意味か、聞けてないな。



