青春はスクリーンの手前に

 映画が終わり、スマホが動画選択画面に切り替わると、ふっと準備室の奥行きが戻ってくる。

「っかぁー」

 柊くんがパタンとスマホを伏せた。
 両腕を天井に伸ばすと、ギィと鉄のきしむ音がした。

「よかった、まだ時間あるね」

 なんとか短編映画を2本観ることができた。

「1.5倍速で観た甲斐あったな。癪だけど」

「ふふ、私も。でも重要なとこは戻して観たし」

 私は映画ノートを立て、それを眺める。

「……」

 ちゃんと分析しながら映画を観たのは、あの映画館の日以来だった。

 柊くんは頭を机に寝かせてこっちを見ていた。

「書けたんすか?楠木監督」

 私は横目で視線を合わせると無言でノートを差し出す。

 すぐに頭を上げた柊くんは、ノートに手を伸ばした。

「代わりにコレやる」

 ズズズ、と小さな柿ジュースの缶。

 私はそれをじっと見つめる。
「飲みかけ…」

「罰ゲームの味がした」

 柊くんはそう言うと舌を出して笑った。

 野球部の掛け声が、
 気付けば金属バットの音に変わっていた。

 外はまだ明るい。

 柊くんがボールペンで文字を辿る音だけが響く。

 ふと、私に視線を向けた。
「なんかさ、…変えた?」

 途中でそう言われる。

「え?」

「……いや、いい。何でもない」
 そう言うと、彼はまたノートに姿勢を戻した。

 私は両手を太ももの下に挟み込んだ。
 足をぷらぷらと前後に揺らして、ひたすら柊くんがこっちを向くのを待つ。

 やがて、パタンと音がする。

「やっぱ楠木さんだわ」

 私は顔を上げた。

 …なにが?

 開きかけた口は静かに閉じる。

 柊くんが、もう脚本ノートを開いていたから。
 ペンを走らせ、頭を掻いている。

 私はおずおずと映画ノートを手繰り寄せた。

 今日のページを開くと、もうシワがいくつも刻まれている。

 私はそのシワにそっと触れた。

 唇が微かに震えて、目の前にあった柿ジュースを口に運ぶ。


「……まっず」

 ぽつり呟くと、小さく笑った。



 暫くすると部屋全体がミシッと軋む音がして、揃って扉に顔を向けた。
 部屋の空気が流れる。

「…あれ」

 そう言って、男子部員が私たちの姿を見て固まる。

「先客いたわー」

 と部室に向かって声を張った。

 向こう側から何人かの話し声も聞こえる。
 殺伐とした雰囲気は、もう感じなかった。

「えーっと、動画見ようかと思ったけど…」

 少し気まずそうチラチラとこちらを見る。

 その視線を辿ると、
 柊くんが猫背になってペンを走らせている。

 私は、彼と柊くんを交互に見た。
 けど柊くんは顔を上げない。

「…あ…あ、どうぞ!
 あの、そっち側空いてるから」

 慌ててそう返事をすると、広げていたお菓子をエコバッグに詰める。

 お互いに愛想笑いを交わし、私は椅子に座った。

 目の前には二人の男子部員。
 少し前の私たちと同じように、一つのスマホを二人で覗いている。

 隣を向くと柊くんは脚本にかじりついている。

 私は意味もなく映画ノートを何度もめくっていた。


「そういや、二人で部内選考出るんだって?」

 ひとりがそう言って顔を上げた。
 視線は柊くんへ向いている。

「んー」
 と、柊くんは顔も上げずに返事をする。

「お前、文化祭の上映興味ないって言ってなかった?」

 と、今度はもうひとりが柊くんを見る。

 誰かが声を発するたびに、私はその出ところを追う。

「気が変わったんだよ。…興味湧いたから」
 そう言って、ようやく顔を上げた柊くん。

 彼らは一瞬の沈黙のあと、「へぇ」と言って更に続けた。

「まぁでも、お前才能あるもんな」
「それなー。いいよな」
「俺らにも分けてほしー」

 無神経な笑い声が、古びた棚を震わせる。

「この部活から有名人出たらやばくね?」
「確かに。柊保の孫!っつってなー」

 軽やかに動いていた柊くんのペンが、一瞬止まったのが見えた。

 野球部の声は、もう聞こえない。