未完成フレーム

 その日から、一緒に脚本を直し始めた。

 月曜日の図書室は思ったより利用する生徒が多い。
 空いていた席はエアコンの風が直接当たり、制服の袖がひら、となびく。

「ここ繋がってない」
「あ、ほんとだ」
「ここちょっと説明しすぎ」
「そう…?」
「むしろこっちをもう少し詳しく」
「……確かに」

 4冊目の映画ノート…もとい脚本ノートは、私と柊くんの間を何度も往復していた。
 ぎこちない空気のまま。だけど止めなかった。

「…ここさ、」

 柊くんがまたペンでノートをつつき、
 くる、とノートが私の正面を向く。

「どう思う?」

 柊くんからノートに視線を移す。
 その先にある文を声に出さずに、読んだ。

《主人公は、黙り込む。
 遠くで踏切が鳴り、自転車が横切る。
 その背中が夕陽にとける》

「…どうって、」
「何か、思う?」
「……」

 私は、もう一度文字を辿り、言葉を探す。

「…時間だけが、過ぎてく感じ。
 どんなに考えても、答えがない…」

 言いながら顔を上げる。

 交わった視線は、すぐ外れた。

「俺はそういう瞬間、目に見えないものが、大事」

「……」

「傷付けたい訳じゃなくて。背中を押したい。
 でもそれを口に出せなかった瞬間…とか」

 そう言うと柊くんは、もう一度私を見た。
 
 ……何の、話を

「……」

 彼の瞳が、わずかに揺れた。

「分かる?」

 その眼差しに、目を逸らせなくなる。
 鼓動が、早まった。

「…だれの、話を、してるの」

 逸らせないまま、こぼれるようにそう言った。
 シンとした図書室で、自分の声だけが隅まで届いてるように思えた。

 ようやく、柊くんは視線を机に落とした。
「…主人公」

 頬杖をついて、手で隠れてしまった口元。

 エアコンによってすっかり冷たくなった指先で、私はノートを戻した。

「……そんなの、伝わってないよ。相手に」

「…だな。これはちゃんと伝えるシーン」

 柊くんのボールペンがカリと紙をこすった。

 その隣で私は、鼓動を鎮めるようにエアコンの吹き出し口を眺めた。




 7月の後半。

 教室はどこか浮かれた空気を纏っていた。


「なんだ?今日はやけに人が少ないな」

 3限目、物理の先生が教室に入るなりすぐにそう言うと、

「夏の地方大会予選で野球部と陸部がいませーん」

 誰かが通る声で答えた。

 歯抜けになった教室では、先生の視線がやけによく届く。

 席替えをして、教壇の目の前の席になった柊くん。
 意外と目が届きにくいのをいいことに、脚本ノートを開いている。

 私は斜め後ろの席で、ヒヤヒヤしながらそれを見ていた。

「柊。それは物理のノートか?」

 めずらしく教壇から降りた先生は、彼の頭に教科書を乗せて言った。

「そうです」

 堂々たる態度で答えた柊くんに、先生も軽く天井を見上げた。

「どこがだ?
 物理のノートがこんなにびっしり文字で埋まる奴がどこにいる」

「そうですね。すいません」

 柊くんはおとなしく脚本ノートを引き出しにしまった。

 私はその一部始終を見て、こっそり肩を震わせる。
 声を出したら、きっと私も怒られる。

 すぐに、柊くんが一瞬こっちを見た。
 同時に私はゴホンと咳払いをする。
 寝かせていた教科書を立て掛け、体勢を低くした。