「意外と薄情だねー」
そう言って半分振り返る柊くん。
部室までの廊下は、蒸し暑くて嫌になる。
「…なんのこと?」
私があさっての方向を見ると、ハッと短く笑われた。
「こっちは休み時間も返上して、見直してんのに?」
「だから、私もすぐ直すようにしてるじゃん…」
と言うと、柊くんは「へぇ?」とわざとらしく首を傾けた。
「そ、そんなことよりさ」
私は足を止めた。
腕にひっかけたエコバッグが、重たい。
「本当に、今日観るの?」
それを両手で広げて見せる。
「うん。あ?何これ」
柊くんは、袋を人差し指でクイッと広げて中を覗き込む。
「どれがいいか分かんなくて」
「いやいや、買いすぎだろ」
袋の中のひとつを手に取ると「なんだよ柿サイダーって」とツッコんだ。
「柊くんがプチ鑑賞会するって言うから」
「小学生か?…まぁいいけど」
柊くんは私の手からエコバッグを奪って、また歩き始めた。
何もなくなった両手と、彼の背中を交互に見る。
「…で、でもさ。
こんな時に観なくてもよくない?」
私は後を追いかけた。
脚本の提出期限は、残り3日に迫っている。
「こんな時だから観るんだよ」
得意げな顔も、見慣れてきた。
「どういうこと?」
「新しい刺激をもらって、もう一捻りを絞り出す」
脇に挟んでいた脚本ノートにペンをぶつけると、タン!と乾いた音が廊下に響いた。
私もリュックから自分の映画ノートを取り出す。
「それじゃあ、分析は…私が」
顔の横にノートを掲げた。
ブッと吹き出した柊くんは、私の額を指で軽く弾いた。
「しっかり頼むよ、楠木監督」
そう言って私を見下ろす顔が優しくて、妙に大人びて見える。
「ハイさっさと歩く」
先を歩くその背中を見つめ、弾かれた箇所に手を添える。
「…いたい」
小さく口にして、小走りで彼の背中に追いついた。
部室の扉を開けると、いつになく殺伐とした雰囲気。
笑顔だった私と柊くんの顔が引きつった。
「…何事?」
と、柊くんは私の腕を小突いた。
「え、分かんない」
私は、部室の奥にいた高梨先輩に視線を送った。
気付いた先輩が私たちの前にやってくる。
「お疲れさまです、高梨先輩。あの、これは…」
と、もう一度揃って部室内を見渡した。
「あぁ。部内選考の提出期限が近いから、みんな追い込みしてる」
そう言う高梨先輩の手には、もう既に受け取ったであろう脚本がいくつか見える。
柊くんは「げ。まじか」と顔をしかめた。
「多分、今週末までは毎日こんな雰囲気ね」
ふふ、と笑った高梨先輩には部長の余裕が感じられた。
「じゃあスマホの音とか、あんまり出すとあれですよね…」
チラリと柊くんの手にあるエコバッグを見ながら聞いてみる。
「そうだねぇ…。
あ、でも隣の準備室が空いてるから。
音出したい人はそっち使ってもらうことにしようかな」
高梨先輩はポンと手を叩くと、「みんなー…」と説明し始めた。
「ラッキーじゃん」
柊くんは軽くそう言ったけれど、私は彼の背中のシャツをわしゃっと引っぱった。
「イテテ…雑に引っ張んな」
無視して続ける。
「ねぇ、
呑気に鑑賞してて本当に大丈夫かな?
私たちも追い込みした方がよくない?」
私の言葉に柊くんは肩をすくめると、ひと言こう言った。
「“急いては事を仕損じる”」
「せ……し、ん?え、なんて?」
「ググってみ」
首を傾げる私をよそに、さっさと準備室に入っていった。
「もう、分かんないからググれないって…」
私は深くため息を吐くと、彼が入っていった準備室の扉をゆっくり開けた。
