青春はスクリーンの手前に

 紙をめくる手が、止まらなかった。
 気がつけば最後まで読み終えていた。

「…すごい」
 ありきたりだけど、それが素直な感想。
 足りていなかったシーンもちゃんと描かれている。

「展開も面白いし、コメディとヒューマンドラマのバランスも絶妙で伏線回収も完璧だった…!」

 私のコメントに、柊くんはぽりぽりと鼻を掻いた。

 彼の物語は、斬新で独創的。センスの塊。
 この脚本を読めば、それは、よく分かる。

 ーーけど

 私はもう一度、ラストシーンを指で辿った。

「…ここ」

 と、伺うように柊くんに視線を向ける。

「なんか、違和感…ある」
「違和感?」

 柊くんは私から脚本を掠めるように取ると、少し真剣な顔で読んだ。

「…何が気になんの?」

 全く分からないといった表情で私を見る。

「すごく大事なシーンなのに、掴みきれない…感じが。
 セリフも何もないから、主人公の感情が分からない。他のシーンでもいくつか思った。
 どう受け取ってほしいのか、よく分からない」

 私の指摘に、柊くんは「どう…」と言いかけた口を閉じ、もう一度脚本に視線を落とす。

 少しの沈黙のあと、頭をガシガシとして脚本を机に放るように置いた。

「この場面は語らない方が刺さるだろ。……なんとなく」

 でた。お決まりの“なんとなく”。
 私は雑に置かれた脚本を真っ直ぐ置き直す。

「…柊くんってさ。
 いつも“なんとなく”、だよね」

「あ?」

「ちゃんと考えてるのかもしれないけど、全然分からない。言語化してさ、説明してくれないと」

「…何それ。説明したら満足すんの?」

「満足っていうか、」

「全部の感情に説明つけてたら、何も面白くないよ。
 言葉にしたら陳腐。終わる。そういう感情もあるでしょ」

「でも言葉にしなきゃ伝わらないこともある。
 いくら面白くても、伝わらなきゃ何も意味なくない?」

「だから、」

「私は正しく表現してちゃんと伝えたい。
 柊くんの“なんとなく”は、説明を放棄してるだけみたい。……無責任に感じる」
 
 言い終わってすぐに、口を閉じ、視線を逸らした。

 柊くんは、何か言いかけて、やめる。
 代わりに小さくため息を吐いた。

「…じゃあ直したら?楠木さんが」

 微かに笑っているようにも見えた。
 でも目は笑っていない。

「書いてきてよ、自分で。
 言うだけじゃなくてさ」

「それは…」
 視線が泳ぎ、空気をうまく吸えなかった。

「…、できないけど」
 漏れ出すような、小さな声。

「なんで?あー。怖いんだっけ?」

「……」
 私は言葉に詰まった。

 こっちを真っ直ぐ見る柊くんの瞳が、いつもより黒く見える。
 全て見透かされてる。そんな気がした。

「できないんじゃなくて、やらないだけだろ。
 それってさ、」

 何も、言い返せない。
 なのに、次にくる言葉は分かる。 

「逃げてるだけじゃね?」

 言われた瞬間、指がぴくりと揺れた。

 座ったまま、頭をだらんと下げた柊くん。
「……無責任なのはどっちだよ」

 独り言のように放たれた言葉が、刺さる。

 くしゃりとスカートにシワが寄った。

「……」

 喉の奥が詰まる。
 何か言い返さなきゃって思うのに、声が出ない。
 他の部員の笑い声がやけに耳に刺さって、握りしめていた手の甲にポタリと雫が落ちた。

 柊くんは一瞬眉毛を上げ、すぐに視線を逸らした。

「っ…」

 私も慌てて顔を背ける。
 けど、次から次へとこぼれる。
 手で拭うのも追いつかない。

 私が鼻をすする音だけが、静かに繰り返される。

 一瞬、カタ、と椅子が鳴る。
 柊くんの指先が微かに揺れて、引っ込む。

「……めんどくさ」

 リュックから引っ張り出されたグルグル巻きのジャージ。
 視界を遮るように頭から被された。
 ひっ、と隙間から息を吸うと、感じるのは汗のにおい。

 でも、隣にもう彼の気配はなかった。