青春はスクリーンの手前に

 ロケハンでのアイデア出しも一区切りし、私たちはプロット作りに取りかかっていた。

「映画ノートに清書してくれたやつでいいよね。それほぼプロットになってるし」
 と、柊くんが言う。

「え?足りてないシーンがいくつかあるよ」

 題材が決まってから、気付けば三週間近く経つ。
 もうすぐ夏休み。
 脚本の提出期限は刻一刻と迫っている。

「実際に脚本書き始めたら浮かぶこともあるし。最初から完璧なプロットにしなくていいって」

 彼は呑気に飴を咥えながら言った。

「…そういうもの?」

「俺はね」

 そもそも、その脚本だってまだ書いてない。
 本当に間に合うのかな。
 そう思ったけど、脚本を書かない私が口を挟む勇気はない。

 私は、どこか…何か噛み合っていないものが積み重なっている気がしていた。

 あてもなく映画ノートをペラペラとめくっていると、柊くんが思い出したように机を軽く叩いた。

「あ、そうだ」
 と、リュックに手を突っ込みガサゴソ探る。
 出てきたのはタブレット端末。

「柊くんの?」
「うん。修理から戻ってきたんだよ。これで今日から脚本書けるわ」

 そう言って端末を起動させた。
 私は気になって横目で画面を盗み見る。
 柊くんが、左から右へ指を滑らせる度に大量の文字が流れるのが見えた。

「もしかして、その中に他にも書いた脚本あるの?」

 私が聞くと、柊くんの指が止まり、すぐに画面を消した。

「気になる?」

「そりゃ……えっ、見せてくれるの?」

 私は期待の眼差しを向けた。
 柊くんは、ぐるっと周囲を見回すとガタンと椅子ごと一歩近寄った。

「じゃあさ、昔の映画ノート見せてくれる?」

 小声でそう耳打ちされ、勢いよく柊くんを見た。

「なん…」
「3冊あるんでしょ?」

 その言葉で思い出す。
 そういえば、ロケハンのとき…。
 もう既に懐かしく感じるくらいには、濃い時間を過ごしているのかもしれない。

「全部見せてよ」
「…それ、断るの分かってて言ってるでしょ」

 私が睨むと、柊くんは「バレたか」と笑った。
 私は、ふっと視線をタブレットに戻す。
 真っ暗のまま。
 あの大量の文字が、頭から離れなかった。

「とりあえず明日から土日だし、俺が家で脚本にしてくればいい?」

 暗に、アナタ書かないでしょ、と言われた気がしたけれど、その通りなので何も言えない。
 けど、なぜか返事が一瞬遅れた。

「…うん。お願いします」
「ん。じゃあそっから二人で直しをしよう」
「…分かった」
「と、その前に」

 柊くんが映画ノートのプロットのページをタブレットでパシャりと写真に残した。

「そんなことしなくても、持って帰ったらいいのに」
「持って帰ったら他のページも漏れなく見るけど?」
「あっ…それはダメだね」
「でしょ」

 そう言って、タブレットの画面がスリープになる直前、ひとつのサムネイルが目に入った。

「ねぇ、それ見せて」
 私は柊くんの腕ごとタブレットを引き寄せる。

「なに、…ああ。これ?」
 私の視線を辿り、そのサムネイルをタップする。
 動画だった。

「ただの俺の帰宅ルート」

 道路が続き、白線の上を歩くような画角。
 風景はほとんど映っていない。
 時折、自転車の影とすれ違い、リードをつけた犬に吠えられる。
 ひたすら同じような色が続く動画。
 多分、何の編集もされていない。

「……何、これ?」
「だから、帰宅ルート」
「じゃなくて…」

 あれ、私。なんでこんなにーー
 柊くんは画面を閉じた。

「なんとなく撮っただけ」
「……」

 私はそこでようやく瞬きをした。
 渇きを潤すように何度も。
 柊くんはそんな私を見て、ふっと笑った。

 なんとなく撮られただけの、編集すらされていない、よく分からない動画だった。
 なのにーー

 帰り道、下を向いて歩くと映像がチラついて、私はその度に頭を横に振った。


 土日の間は、気付けば映画ばかり観て過ごしていた。
 映画ノートを開いたり閉じたりを繰り返す。そんな2日間だった。

 月曜日のオフを挟んだ火曜日。
 部室へ向かうのも、心なしか小走りになった。
 部室へと続く廊下の角を曲がると、鍵を開けようとしている高梨先輩の背中が目に入った。

「お、お疲れさまです」

 私の声に高梨先輩が少し驚いたように振り向く。

「あれ、楠木さん?早いね」
「ホームルーム早く終わってしまって…あはは…」
 私は乱れた前髪を整えた。

 早く私たちの脚本が見たくて走ってきたとは言えない。
 本当は日中、教室で何度か声をかけようとして、やめた。

 でも、まだ来ていない。

 教室を出るときは、もう姿が見えなかったけれど…。

「なんか待ち遠しい顔してるわね。とりあえず座って待ったら?」
 くすくすと高梨先輩に笑われながら部室へ入る。
 いつもの席に座ると、深く息を吐いた。

「こんちわー」
「ちーす」

 一人、また一人と部室へ入ってくる。
 その度に動悸が早まった。
 顔を上げては肩の力が抜ける。

 柊くんはまだ来ない。


「お疲れっす」

 結局、5分遅れて入ってきた柊くんは「あちぃ」とシャツをパタパタなびかせながら隣に座った。

「遅かったね」
 私の小言に「悪い」とだけ言うと目の前に紙の束をバサっと置いた。

「脚本、職員室で印刷してきた。どうせ色々書き込むでしょ、キミ」

 柊くんは片方の口角をあげてそう言った。

「それで遅れたの…?」
「まぁね。紙詰まり起こすから焦った。
 一応走って来たから許して」

 本当は、文句の一つでも言おうと思っていたけれど…。
 柊くんの額の汗を見たら、言えなかった。

「私も走って来たの。早く読みたくて」

 そう言うと柊くんが目尻にシワを寄せて笑った。

「じゃあ。読んでもらいましょう」

 私の前にスライドしてきた脚本を、両手で丁寧に受け取る。
 そんなに枚数は無いはずなのに、やけに重たく感じた。