俺以外を見るのは許さないから

 汗を拭いながら教室に着いた俺は、隅の席に座る真介の姿を認めて、言いようもない感覚に襲われる。
 恐怖と、不安と、僅かなそれに類しない感情。
 でも、影鷹に襲われた時に助けられたのも事実なんだよな……。
 俺は席に着きながら、真介を盗み見る。
 真介はレンズの汚れが気になるのか、眼鏡を外した。
 その瞬間、俺は否応なしに真介の顔に釘付けになってしまった。
 あれ……。
 なんか……。
 眼鏡を外すと、思いの外整った風貌が現れたからだ。
 眼鏡の縁が太いせいか、いつもどこか野暮ったい印象があって気がつかなかった。
 思わずじっと見つめてしまえば、真介がこちらを向く。
 あ、やべ。
 咄嗟に視線を逸らしたが、勘づかれたのだろう。
 補講が終わるまで、時折真介から見られているのが分かった。
 終わったら、何か言われるよな。
 俺は終了の挨拶とともに脱兎のごとく逃げ出そうとしたが、手元が狂ってペンケースの中身をぶちまけてしまい、消ゴムが遠くに転がってしまう。
 バカ、何やってんだ、俺。
 自分に苛立ちを覚えながら拾いに行こうとすると、目の前で誰かが消ゴムを拾い上げた。
「あ、ありが……」
 顔を上げた俺は言葉を飲み込む。
 真介の視線とこんなに近くで合わさったのは、あの時以来だった。 
 真介の目は、憎しみとは別に違う仄暗い感情が滲んでいた。
 それでいて熱っぽく、見ていたら惹き込まれそうになって、俺は無理やり逸らした。
 なんだ?真介、前はこんな目をしなかったぞ。
 嫌な具合に心がざわざわする。
 違う。俺はそんなんじゃ。
 自分の中に生じた理由の分からない焦燥と、熱をどうにか逃がそうと喘いだ時、真介の手が伸びてきて。
 俺は咄嗟に目を瞑る。
 すると、頬に何か固いものが押し当てられた。
「いらないのか」
 真介の言葉に目を開くと、消しゴムを押し付けられているのが分かった。
「い、いる」
 俺は急いで受け取ると、立ち上がる。
 早くこの場から、真介の前から立ち去らないと、真介の目に当てられそうだった。
「赤池」
 立ち去ろうとした時、真介が呼び止めてくる。
 俺は無視して行こうとしたが、続けられた台詞に足を止めた。
「お前、まだあの時の台詞を気にしているのか」
「……まさか」
「じゃあ、一緒に帰れるよな」
「……」
 無言を肯定と取られた。
 真介は俺の右手を掴むと、そのまま引っ張って歩き始める。
「ちょっ、何するんだよ。一緒に帰るとか俺は一言も」
「でも、拒否はしなかっただろ。それに、話したいこともある。ここじゃ話せないから行くぞ」
 声音に真剣な色を感じて、俺は断ることもできなくなり、そのまま引きずられるようにして歩き始めた。
「あのさ、そろそろいいんじゃないか?」
 学校の門から出て、街中を少し歩いたところで、俺は話を促した。
 まさか、俺のことを。
 殺したい、とか……それとも?
 どちらにしろ困ったことになるな、と一人で勝手に想像して狼狽えていると、真介は振り向いて俺を見た。
「お前、塩原と付き合ってるんだろ?」
「え……なんで知って……」
「分かりやすいからな」
「でも、徹底的に学校では接したりしないようにしてたのに」
「それがかえってわざとらしかった」
「う……」
 そう言われると反論できなくなる。
 もともと、塩原は俺によく話しかけてきていたし、急にお互い接しなくなれば、失恋したのか、それともと勘繰る人もいるだろう。
 一番ばれたくない人に早々に気づかれていたことに、俺は居心地が悪い思いを味わう。
「でも、そこはどうでもいい。問題は、塩原が一昨日、不審者に付け回されていたことだ」
「え……?み、見たのか?」
 俺は一瞬、別の言葉が出かかった。
 けれど、真介の真剣な目つきを見た瞬間に溶けて消えていった。
「見た」
「どんな人物だったんだ?」
「たぶん……、男、だな。背格好からして。でも、顔を隠していたからはっきりとはしなかった」
「そう、か……」
「塩原からは何か聞いてないのか?」
「いや、むしろ……何か俺、避けられてるみたいで」
「避けられてる?」
 真介の目がギラリと光ったような気がしたが、単に陽光が眩しいせいだろう。
 俺は情報をくれた真介を疑う気持ちを緩やかに失くしていった。
「ああ。距離を置こうって言われた」
「それは……その相手に脅されたとかじゃないのか?」
「あ……」
 その考えには至らなかった。
 俺は塩原が気のせいだったと言った時、あっさり信じてしまった。
 自分の察しの悪さを悔やむ。
「今からでも、間に合うんじゃないか?塩原の傍にいてやったらどうだ」
「でも……それであいつに何か危害が加えられたら」
「守ってやる自信がないんだな」
 真介がバカにしたように笑う。
 俺はカッとした。
「お前、他人事だと思って……っ」
「悪い。ならその代わりに、俺が犯人を見つけ出してやる」
「ホントか?」
「ああ、任せろ」
 俺はしっかり頷く真介を見て、頼もしく感じ始めた。