俺以外を見るのは許さないから

「凌平、ちょっといいか?」
「うん?」
 ある時、友人の武藤影鷹が、神妙な顔で俺に声をかけてきて。
 招かれるままに教室を出ようとした時、いつも以上に強い視線を感じた。
 俺は首筋の産毛が泡立つような感覚を抱いて、視線の先を見ると、真介がこちらを見ていた。
 一瞬、般若の面を真介がつけていると感じたくらいに、憎々しげにさえ見えるほどの目つきで俺を睨んでいる。
 俺は殺されると思い、ぱっと視線を逸らしたが、その視線は教室を出てからも付きまとっているような気がしてならなかった。
 真介のやつ、何であんな目を……?
 俺が疑問に思ううちにも、校舎裏についたところで影鷹が放った言葉で頭から吹き飛んだ。
「凌平、あのさ。俺、お前のことが好きなんだ」
「……は?」
「いや、だから」
「ちょっ、待てよ。急すぎ。俺は男だぞ」
「分かってるよ。今どき、そういう人種がいることくらい分かるだろ」
「えっ……あ、まあ。そりゃ……でもよ、俺は普通に女が好きだから」
「塩原か?塩原が好きなんだろ」
「えっ、いや……」
「言い淀んだな。お前、分かりやすすぎるんだよ」
「別に、そんなんじゃ。てか、誰でもあんな美人と付き合えたらいいなとか夢想くらいするだろ?」
「俺はお前で夢想するんだよ」
「俺……って。いやいやいや」
 俺は危うく想像しかけて、慌てて搔き消す。
 性別もだが、影鷹でそういう想像はしたくなかった。
「冗談とか思ってるんだろ」
「そりゃ……」
 その時、影鷹が壁に手を突いて俺を囲い込んだ。
「ちょっ、何のつも……」
「冗談とかじゃないから」
 影鷹の顔が近づいたかと思うと、止める間もなく口付けられる。
 咄嗟に顔を動かしたおかげで唇からは逸れてくれたが、しっかり頬にキスされた。
「逃げんな」
「ちょっ、やめっ……ろよ」
 俺は影鷹を突き飛ばそうとするが、無駄に力が強くて敵わない。
 嫌だ、嫌だ!
 と心の中で叫んだ瞬間だった。
「おい」
 影鷹の肩を、背後から現れた誰かが叩く。
「んだよ、邪魔す……っ」
 影鷹の頬が思い切り殴られ、その弾みで俺は解放された。
「え……?」
 驚いているうちにも、その誰かーー真介は、影鷹を何度も殴る。
「ちょっ、真介。もういい。もういいから」
 俺は慌てて真介を止めたが、その目を見て息を飲む。
 真介の目は影鷹ではなく、俺を睨んでいた。
「何て目、してんだよ……」
 俺は力なく笑う。
 恐怖はもちろんある。
 けれど、それ以上に悲しいとか、戸惑いとか、そっちの方が大きかった。
「行くぞ」
 真介は影鷹の襟首から手を離すと、ぷいと視線を逸らして歩き出す。
 俺は気絶している影鷹を見下ろし、このままほったらかすのも良くないと思ったが、遠ざかる真介の背中を追うことの方が重要なことに思えた。
「すまんな、影鷹」
 一言呟き、真介を追いかける。
 相変わらず足が早く、追いかけるのはちょっと苦戦した。
「真介、ちょっと速い……」
 小走りで追いかけていくと、屋上に出たところでようやく真介が足を止めた。
 まだ季節は初夏になったばかりで、仄かに暖かい風が心地いい。
 真介は鉄柵の方まで歩いていき、柵に凭れて空を見上げている。
 俺も釣られて同じようにしながら、太陽の眩しさに目を細めた。
「真介、さっきはありがと」
 俺の言葉に、真介が意外なことを言われたような顔をする。
「……礼はいい」
「だけど、睨むのはやめろよな。こえーから」
「殺したいほど憎いからしょうがない」
「……え?」
 真介は真顔で俺を見る。
 嘘を言っているようには見えない。
 ぞくっと悪寒に似た感覚が走り抜けた瞬間、真介は目を逸らして続けた。
「冗談だ。眼鏡の度が合わなくなったからそう見えるんだろ」
「なんだ、そうか」
 頷きつつも、違和感は拭えなかった。
 真介が終始笑っていないからだ。
 だが、深掘りするのは躊躇われて、そのまま昼休みが終わるまで真介と過ごした。