俺以外を見るのは許さないから

 俺が真介の提案に答えを出すのは、実際のところ、数日もかからなかった。
 それは、翌日の出来事がきっかけだった。
「あ」
 俺は講義室の窓際に座る影鷹の姿を目にして、どうにかばれないようにそこから離れた席にそっと座ろうとしたのだが、影鷹はすぐに気づいて近づいてきた。
 来るなよ。
 という祈りも空しく、影鷹は俺の左隣に座る。
「わざわざこっちに座らなくていいだろ」
「つれないな。そんな態度を取り続けるなら、周り中にばらしてもいいんだぜ?凌平が成瀬と付き合ってるってな」
「言いたければ……言えばいい」
「あれ?本気で言ってる?高校の時、俺の告白聞き流していたよな。そんなお前が、ばらされて平気なわけないんじゃないか?」
「……」
 俺は思わず黙り込んだ。
 影鷹の台詞も一理ある。いや、一理どころではない。
 だが、そうすれば付きまとわれなくなるのだと思えば、多少の我慢は承知の上だ。
 それに、仮に今彼女ができたところで、あの時のように危害を加えられるのが目に見えている。
 けれど、いくらそのためだと言えども。
 俺は真介と手を繋いだ瞬間のことを思い出して、背中がむず痒くなるような感覚を覚える。
 何だ、これ。
 これではまるで……。
 その時、講義室の戸が開いてイケメンが現れた。
 ヘアスタイルをワックスで整え、短髪を爽やかに跳ねさせている。
 切れ上がった目は強い印象を与えるが、凛々しい男らしさを存分に出していた。
 講義室中の女子がざわめく中、その男は俺と影鷹の方に近づいてきて、影鷹とは反対側の右隣に座る。
 なんでわざわざ俺の隣に?と思いつつも、気になってこっそり視線を向けると、ぱちりと音がするくらいしっかりと目が合った。
「あれ?お前……まさか」
 俺が思い当たった途端、その男ーー真介は笑みを浮かべる。
 不意の笑顔に、勝手に鼓動が跳ねた。
 い、イケメン過ぎるのが悪い。そうだ。
 言い聞かせて気を鎮めていると、左にいる影鷹も気がついたようで鼻を鳴らした。
「かっこつけやがって」
 でもその台詞も負け惜しみでしかないほど、二人には歴然とした差がついてしまっている。
 真介、大学デビューのつもりなのか?
 俺の疑問をよそに、講義はあっという間に終わった。
「凌平、行こうか。ちょっと時間あるから映画とかどうだ?」
「ちょっと時間あるって、真介も同じ専攻なのか?」
「当然だろ」
「いや、当然だろって……」
「武藤からお前を守るためだ」
 影鷹に聞こえないようにだろうが、耳元で囁くように言われてドキリとした。
 なんで、俺ときめいてるんだ。
 困惑しつつも、間近で真介と視線が合わさっては逃げられなくなる予感がして、軽く真介の胸を押した。
「分かった、そういう……ことなら」
「あれ?横恋慕はよくないな、成瀬君?」
 影鷹の台詞に、真介はあっさりと応えた。 
「あれで恋人だと思い込むなんて、お目出度いやつだな。俺ならもっと上手くやる。綿密に計画を立てて、じわじわとな」
「そうやって自分の思い通りにしようとしてる時点で、お前と俺は同じじゃないか」
 影鷹がやれやれと首を振るが、真介は余裕そうに笑った。
「思い通りにされていると相手に思わせなければいいんだ」
「恐ろしいやつ。なあ、凌平。お前、俺のものになった方が安全だぞ。そいつ、俺よりやばいやつに違いないからな」
 会話を聞いていて俺も背筋が寒くなったが、そもそもその囲い込む対象が自分であるはずがない。
「それでも。影鷹、お前よりマシだ」
 俺がはっきりとそう口にした途端、真介が俺の右手を取り、引いていく。
 影鷹はそれでも諦めるつもりがないのか、後ろからじっと見られている視線を感じた。
「さっきの言葉、あれはどう取っていいんだ?」
「さっきの?」
「影鷹より俺がマシだという」
「ああ……。真介は俺に無理やり迫ったりしないだろ?まあ、真介の場合は単にそういう意味で俺を見ていないだけなんだろうけど」
 俺の台詞に、真介は黙り込む。
 まさか、真介は俺を?
 と勝手に妄想してなぜか一人でどぎまぎしていると、真介は映画館のあるポスターを指差した。
「あれ、凌平は興味あるんじゃないか?」
「え?あれって……」
 真介が言ってるのは、子供の頃に見たことのあるホラー映画のリメイク版だった。
「うーわ、懐かしいな」
 俺はポスターに走り寄る。
 実は俺はホラーものが好きで、真介と遊ぶ時はホラー映画に誘うことが時々あった。
 でも、真介には言ってないが、ホラーは好きでも、ものによっては苦手なものもある。
「これ、見たいか?」
「うん!」
 勢いよく頷けば、真介は早速チケット売場の方へ向かう。
 俺は慌てて後を追った。
 また奢られたらお返しが大変なことになる。
「真介!」
 真介が二枚ともチケットを購入しようとしたところで、俺は財布から出したお金を真介に差し出す。
 だが、真介は途端に不機嫌そうにした。
「受け取ってくれよ。奢ってくれるのは嬉しいけど、俺は友達同士、対等でいたいんだ」
「今日からはこれがデートになるから、尚更いらない」
「デートって……え?」
「忘れたのか?俺たちは仮とはいえ、恋人同士。大人しく奢られるんだな」
「で、でも。本物じゃないし。第一、お互いに学生同士だろ?そんなに奢らせたら悪いって」
「分からないのか」
「え?」
 真介は溜め息をつき、俺をじろりと睨むと、勝手に支払いを済ませてチケットを渡してくる。
「分からないならそれでいい。今は」
「何だよそれ」
 俺はチケットを受け取りながら、頬を膨らませた。
 奢りたい理由って何だ?
 そういえば、俺は塩原と付き合っていた時、支払いは時々俺がしていた。
 それはかっこつけたかったからだが、まさか真介に限ってそれはないだろう。
 いろいろと考えながらも、上映開始時間になったため、真介と共にシアターの中に入る。
 何はともあれ、今は映画に集中しよう。
 と思い直し、スクリーンに集中し始めた俺だったが、開始から5分と経たずにスクリーンを見ることができなくなった。
 怖すぎたせいで。
 子どもの時に見たのは、もっと子どもが少し怖がるくらいのレベルだったにも関わらず、リメイク版は怖さの度合いが飛び越え過ぎている。
 俺は目を閉じるなり、視線を彷徨わせるなりしていたら、ちょうど右隣の真介と目が合った。
 苦笑して目を逸らそうとすれば、肘掛けに置いていた俺の右手を取られ、握られる。
「っ……」
 不意打ちにドキリとした後には、手のひらから伝わる温もりに安心感を覚えて、スクリーンに目を戻す。
 それからは不思議と怖さも忘れて、映画に没頭した。
 右手は映画が終わるまで、繋いだままだった。
「最高だったな」
 映画が終わった後、俺は真介と大学へと戻りながら語り合う。
 真介は記憶力がいいらしく、細かいシーンについて話してきた。
「俺はあのシーンが……」
「塩原?」
「え……赤池、君?」
 髪色も化粧も随分と垢抜けているが、明らかに元カノの塩原だった。
「こんなところで会うなんて……」
「そう……だな」
 二人の間に微妙な空気が流れた時、真介がふいに俺の腕を取った。
「え?」
 するりと手を握られたかと思うと、真介は塩原を挑戦的な目で見て言い放つ。
「俺たち、付き合っているんだ」
 いつの間にか降り出した雨が、俺たち三人を濡らし始める。
 俺は半ば呆然としながら、真介の横顔を見ていた。