桜の樹の下に


 桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!

 梶井基次郎。檸檬で有名な、某文豪漫画にも登場した作家。彼の名作達の中で、僕が一番気に入っている作品、「桜の樹の下には」。その出だしは強烈で、「桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!」という一言から始まる。
 曰く、桜があんなに美しいのは、下に死体が埋まっているからだと。腐って蛆の湧いた死体から出る水晶のような液体を、桜の根が蛸のように抱え込み、それがあの美しい花を咲かせているのだと。美しくも気持ちの悪い表現は、僕達をずっと魅了し続けている。
 …ところでるーくん、なんでそんなに不安そうな顔をしているの?あの桜の樹が、そんなに気になる?…あぁ、そうだね。僕も、あんなに綺麗な桜は見たことがないよ。一体、幾つの死体を抱え込んでいるのか!!…そんなに気になるかい?
 なら、教えてあげよう。あの木の下には、少なくとも、1つ、死体が埋まっているんだよ。人間の死体さ。…なんでそんなに驚いた顔をするの?るーくんが聞いたんでしょう?それに、るーくんも誰を埋めたか知ってるはずだろう?
 
 るーくんといっしょに埋めたんだから。
 
 …記憶にない…?そんなはずはないよ。よく思い出して。小学生3年生の、春を。…ね?思い出したでしょう?
 まだ混乱しているるーくんのために、少し御伽噺をしようか。…察しがいいね。本当にあった御伽噺だよ。僕とるーくんとの、秘密の御伽噺だ。

 あれは、僕とるーくんが小学生3年生になって、間もないときのこと。僕の両親は喧嘩ばかりしていて、僕たちは学校で「もうすぐ高学年だから」なんてよく分からない事をずっと聞かされていて、僕は学校でも家でもうんざりしていた。
 そんな憂鬱が晴れたのは、庭の桜が綺麗に咲いた日の午後だった。薄羽蜉蝣が庭の池でたくさん死んでいるのを眺める僕とるーくんの手には、何があった?…そう。小学3年生にしては少し大きなスコップだったね?それで、庭の桜の樹の下を――ちょうど、あの木の、道側の土を――掘り返して、ばらばらになった僕の父親を、いっしょに埋めたでしょう?ばらばら死体…もといお父さんを殺したお母さんはどこかに消えていて、僕とるーくんは黙々とお父さんを埋めたよね?震える僕の手を握ってくれたるーくんの手を、僕は一生忘れることは無いだろう。

 そんなに悩むことはないよ。頭を抱えないで。僕は、本当にるーくんに助けられたんだから。
 さぁ、そろそろ夢から覚めるだろう。そしたらるーくんは、この事は夢だったと自分に言い聞かせるだろう。…でもね、疑うなら、あの樹の下を少し、掘り返してみるといいよ。暫くいかないうちに、白い頭蓋骨と目を合わせる事になるから。