おしゃべりな雑貨店でティータイムを

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「さっちゃん、大変ー。部屋の片付けしてたらね、もう、いろいろ出てきちゃって」

 お話やの裏口から入ってきた姉の珠美は、大きなダンボールを抱えていた。先週も確か、使いもしない料理グッズや電化製品を持ち込んできたのではなかったか。

「また買ったの?」

 開店準備中だった私は、釣り銭をカウンターに置き、珠美からダンボールを受け取った。

「また、じゃないの。もう、買うのはやめたの」
「そっか。これ、もらっていいの?」
「全部もらってよー。生活改めるって決めたんだから」

 なんでまた、と思ったけど、深くは尋ねられなかった。人の心をのぞくのは、苦手。いつも上辺だけ会話して、すぐに逃げてしまう。

 珠美の気持ちに変化をもたらしたのは、きっと長女の理恵子だろう。買い物ばかりして部屋の片付けもままならない珠美を、彼女はいつも母親のように心配をしていた。

「りえ姉がねー、がんばりすぎなんだよって言ってくれてさ。なんか、力が抜けちゃった」

 予想は的中した。妹の私は頼りにならず、珠美は弱みを見せない。こうして話を聞いて、手のかからない妹でいることだけが、私のできることだった。

「ちょっと見ていい?」

 ダンボールをカウンターに乗せて、中をのぞく。大きめの茶封筒の下に、ノートやペンなど新品の文房具がいくつか見えた。

「見て見て。いらないのは、処分しちゃってよ。あー、そうそう。さっちゃん宛の郵便もまぎれ込んでたみたい。ごめんねー。全然気付かなくて」
「私宛?」
「そう。ダンボールの一番上に乗せてあるから」

 私はすぐに茶封筒を持ち上げた。

 本……だろうか?

 茶封筒の厚みと重さは、普段から親しみのあるものだった。少なくとも、急ぎの返信がいるような書類には思えない。

「うん、いいよ。支払いがいるようなもの、頼んだ覚えないし」

 そう言いながら、表には見知らぬ筆跡で私宛の住所と名前があるが、送り主の名前がない封筒をいぶかしくも思う。

 何度もひっくり返しては封筒を眺めた後、ペーパーナイフで丁寧に封を開ける。そっと指を差し入れて、それを取り出す。

「あ……」

 小さな息が漏れた。

「何? さっちゃん。大事なものだった?」

 店内の掃除を始めていた珠美が、カウンターまで戻ってくる。私の手にある本を見て、眉をひそめた。

「古本? お店で売る本だった?」

 珠美は心配そうに言う。

「あ、ううん。違うよ」
「じゃあいいけど。ほんと、ごめん。いつ届いたのか、ほんとに覚えがないの」

 珠美の部屋は未開封の荷物がたくさんあるのだろう。本一冊ぐらい、まぎれ込んでてもわからないのは無理もない。

「懐かしい本だったから驚いただけ」
「自分で買ったの? さっちゃんも注文したこと忘れるなんてあるんだね」

 珠美はふふっと笑うと、ホウキを持って店を出ていく。

 私は改めて、しげしげと本を眺めた。それは、小学時代にとても大切にしていた本と同じ装丁の本だった。

 タイトルはスタープリンセス。星の国に生まれたお姫様が、地球へ旅にやってきて、運命の王子様と恋に落ちるお話。ありふれたお話ではあったが、私はこの本が好きだった。シンデレラや眠れる森の美女よりも、大好きだった。

 これと同じ本を、今でも私は持っている。だけど、私の本は表紙がない。改訂版は新品で手に入れたが、昔の装丁のものを購入した記憶はまったくない。というより、表紙がなくても私はとても気に入っていて、たとえ古本を見つけても購入するつもりはなかった。

 しかし、なぜだろう。なぜ、スタープリンセスが私の元へ届いたのだろう。誰がいつ、送ってきたのか。

 茶封筒の中に何か手がかりがないかとのぞき込もうとした時、珠美が話しかけてきた。

「さっちゃん、最近、いい人できたのー?」
「いい人って、彼氏? そんな人、全然できないよ」

 恋はもうあきらめてる。結婚なんて、夢のまた夢。恋をしたい気持ちもしぼんでる。

「でも、よく男の人がここに来てるって聞いたよー。お客さんでもない感じって」

 すぐに、久保さんのことだと気づいた。彼は何度かお話やに足を運んでくれている。女性客が多い店だから、男性客は目立つのだろう。

「たぶん、クボックの店長さんだよ。ほら、商店街にあるアクセサリー屋さん」
「あっ、あそこの?」

 すぐに珠美はそれとわかったようだった。昔からおしゃれに敏感な彼女なら、知っていても不思議じゃなかった。

「ご近所さんでうわさになってるのかなぁ。久保さんに迷惑かけちゃうね」
「久保さんって言うの?」
「うん、久保貴士さんって言ってたよ。それしか知らないんだけど」

 久保さんとはいろんな話をしたけど、親しい間柄というわけではない。なんとなくご縁があって、顔を合わせれば世間話をする間柄だ。

「そうなのー。でもさ、さっちゃん、同じ商店街にお店を持つ店長同士だからって言っても、気をつけなきゃダメだよ」
「気をつけるって何?」

 ちょっと驚いて目を丸くした。珠美は何か勘違いしてるかもしれない。

「その久保さんって人、カッコいいらしいね」
「そうなのかな。あんまりそういう目で見てないから」
「素朴な雰囲気なんだけど、結構よく見るとカッコいいって、ご近所さんが言ってたの。さっちゃんに近づくなんて、何かあるんじゃないかーって」
「なぁに、それ。カッコいい人が私に近寄るわけないみたいな言い方だね」

 くすりと笑ってしまうが、珠美は大真面目にうなずいた。

「さっちゃんは優しそうだから、そういう男が寄ってくるの。結婚詐欺とか気をつけなきゃだよ。さっちゃんにはさっちゃんに似合う男の人、いるんだから」
「全然そんな人じゃないけど、うん、わかった。お姉ちゃんが心配するなら、気をつけるね」

 おかしくてたまらないけど、珠美がやけに真剣だから、そう言っておく。彼女なりに気を遣ってるのだ。
 彼女はモテるから、いろんな恋をしてきた。私なんかよりずっと、男心を理解している。

「ほんとにほんとに気をつけてね」

 珠美は念を押すと、入り口に客が現れたのに気づいて、「いらっしゃいませー」と声をかけた。

 私もまた、ダンボールを床に置き、茶封筒をカウンター下にしまって、釣り銭をレジに片付けた。