***
お話やを訪れた客のリストは作らないようにしている。それは、一期一会の出会いの方が多いからだ。
お話やを始めて、最初の頃はメモ書き程度に客の特徴を書いた手帳を持っていたが、それに気づいて、記録を残すのはやめた。
ふと、なんでもない時に、思い出すお客様もいる。高倉真結は、そのひとりだった。
「幸子ちゃん、新しいクッキーの試作品、食べてみてよ」
声とともに店に入ってきたのは、三軒隣で洋菓子店を営む『アキノ』のオーナー、秋乃さんだった。うちの看板商品であるクッキーは、すべて彼女から仕入れている。
秋乃さんはビニール袋から取り出した何枚かのクッキーをお皿に乗せ、カウンターの上に置いた。
これは、お話や限定クッキーの試作品だ。試しに新作を作っては、彼女はよく店へやってくる。
「紅茶クッキーですか? あとは、なんだろう」
クッキーは三種類あった。丸型がふたつに、スクエア型がひとつ。丸型のひとつは、ひと目で紅茶の葉が入ってるとわかるものだった。もうひとつは茶色で、スクエア型は粉砂糖がまぶしてある。
スクエア型のクッキーをぱくりと食べる。あんまり食べたことのない味だったが、あっさりしていて、粉砂糖の甘さがちょうどよく舌の上で絡み合う。
「美味しいですね。でも、なんだろう?」
「ふふーん。それはね、ほうじ茶入り。美味しいでしょー」
「ほうじ茶! そう言われてみるとそうかも。じゃあ、こっちのは?」
丸型の茶色いクッキーを指差す。
「そっちは、コーヒー入りよ」
「意外と初めてですよね? コーヒー味って」
そう言って、お水を口に運んだとき、入り口から四十代に見える風貌の男性客が入ってきた。平日の午前中に、働き盛りの男性が来店するのはかなり珍しかった。
「い、いらっしゃいませー」
あわてて口もとをぬぐって声をかける。男性はカウンターの上のクッキーと私を、少しいぶかしそうに交互に見たが、秋乃さんに気づくと、驚いたように眉をあげた。
秋乃さんの知り合い?
そう思ったとき、秋乃さんが「まあ!」と声をあげた。
「高倉さんじゃないですかー」
え、高倉?
ちょうど今朝、高倉真結さんのことを考えていた私は、偶然かもしれないのに、どきりとした。
「やっぱり、アキノさんでしたか。お久しぶりです」
「今月から海外勤務だって言ってませんでした? しばらくお会いできないかと思ってましたよ」
秋乃さんは男性の返事を待たず、彼を紹介した。
「幸子ちゃん、こちら、高倉さん。うちのお店によく来てくださるの」
「お話やの日高です。はじめまして」
頭を下げると、高倉さんも会釈した。
「ごめんなさいね、高倉さん。いま、新しい商品の相談をしてたの。よかったら、うちのクッキーも置いてあるので、見ていってくださいね」
しっかり宣伝しつつ、ササッとクッキーをカウンター下へ片付けた秋乃さんは、「またあとで」と私に声をかけて店を出ていった。
秋乃さんのいない店内は、途端に静まり返った。カウンター越しに、私は黙って高倉さんの様子をうかがった。
今月から海外勤務の高倉さん。
こんな偶然はそうない。彼は真結さんのご主人に間違いないだろう。真結さんがお話やを訪れたことを知って、やってきたのだろうか。
「こちらにもアキノのクッキーが置いてあるんですね。失礼ながら、お話やなんて初めて聞きました。まだ新しいんですか?」
お菓子の陳列棚の前で、高倉さんは商品を手に取り、話しかけてきた。
「二年前にオープンしました。お話やにあるアキノのクッキーは限定商品なので、こちらに立ち寄ってくださるお客様もいらっしゃいます」
「どちらかというと、自宅用なのかな」
「そうですね。ちょっとしたお茶請けにおすすめしてます」
「そうですか」
高倉さんは静かにうなずく。とても落ち着きのある男性だ。真結さんにお似合いだと思う。彼女が気に病む必要のないぐらいに。
「妻が先月、クッキーを買ってきましてね。アキノのクッキーだとすぐに気づいたんですが、どうも包装紙がいつもと違う気がしましてね。こちら限定の商品だったんですね」
「それで、今日はこちらに?」
「ええ。少し、気になったものですから」
包装紙には、『お話や』のロゴマークが入っている。わざわざ調べて、立ち寄ってくれたのだろう。
「気になったとは?」
「ああ、いえ。商品に問題があったわけではないんです。クッキーを買ってくるなんて珍しいと思ったんです。妻は私の稼いだ金を、生活費以外に使うのは申し訳ないなんていう女性なものですから」
「堅実な方なんですね」
お話やの代金は千円。真結さんはきっと、千円でももったいないと思っていた。ご主人が稼いだお金で悩み相談なんて、彼女にとっては罪悪以外のなにものでもなかったのだろう。
「真面目な人です」
そんな人が親への当てつけのような結婚を選んだ。それは、高倉さんの持つ優しさに惹かれたという証拠ではないだろうか。
「海外に勤務されてるんですね?」
「あ、ええ。しばらく戻るつもりはなかったんですが、妻が入院してしまって」
「えっ、入院? いつから……」
真結さんがお話やを最後に訪れてから、もうひと月が過ぎようとしてる。また来ると言ってくれた彼女が来なかったのは、入院していたからなのか。
「……ちょうどゴールデンウィークの時です。お恥ずかしい話ですが、身内のもめごとです。前々から彼女は母親と折り合いが良くなくて、お腹の子のことでやりあったのでしょう」
「やりあったって……、お腹の子は大丈夫なんですか?」
「ええ、幸い。来週には退院できそうです。退院したら、一緒にアメリカへ連れていこうと思っています」
高倉さんは私をまっすぐ見つめる。
なぜそんな詳しい話を私にするのだろう。たぶん彼は、真結さんがここへ来て、身内の恥を話していったことまで推測してる。そうでなければ、知られたくない話なんてしないだろう。
「こんなことになるなら、最初から連れていけばよかったんです。真結……、妻が、どうしても日本で赤ちゃんを産みたいというので、仕方なく認めましたが」
「奥さまは真結さんとおっしゃるんですね」
「はい。高倉真結と言います。……いろいろと苦労の多い女性です。優秀なために母親から疎まれ、妻に捨てられた惨めな男を放っておけなかった、不器用で優しい女性です」
「そんな風におっしゃられては……」
「妻は私と別れる気なんですよ。だからアメリカにはついていかないと言った。お腹の子のためじゃない。また彼女は、逃げようとしているんです」
わずかに声が高ぶった。行き場のない怒りが、彼を饒舌にしているのだろう。
「妊娠がわかってから、ずっと浮かない様子だったんです。体調がすぐれないんだろうぐらいにしか、最初は思ってませんでした。それから海外勤務が決まり、一緒に来てくれるものだと思ってましたが、妻は拒みました。結婚を後悔してる。そう思いましたよ。だから日本に置いていくことにしたんです」
傷心を癒すために部下だった真結さんと愛のない結婚をした。少なくとも、彼女はそう思っている。そのせめてもの罪滅ぼしとでもいうのか。彼女の望みを受け入れることは、彼にとっては、最大限の譲歩だったのだろう。
「それなのに……、私は妻を守れなかった」
「奥さまとお母さまはそんなに折り合いが悪いんですか?」
うっすらと瞳に涙を浮かべた高倉さんは、「はい……」とかすれた声でうなずいた。
「あの母親の側には置いておけません。はずみだったとはいえ、妊娠中の娘を突き飛ばすような母親です。母親でなければと、何度思ったか」
「奥さまはお母さまに愛されたくて仕方ないのかもしれませんね。でも叶わないから、悩んでおられるのかも。高倉さんが側にいてくださることはきっと、心強いはずだと思います」
「わかってます……」
高倉さんはうなずいて、取り乱した自分を恥じるように口もとを歪めた。
「妻が別れたがってるのは、私を苦しめたくないからなんですよ。苦しんでなんていないのに、変な気をつかう。それはそうでしょう。私の稼いだお金だからと、ほんの少しの小遣いで満足するような女性ですから」
「奥さまとお母さまは少し離れて暮らす方が、いい距離感で付き合えることもあるかもしれませんね」
私はカウンターを出て、雑貨コーナーに歩み寄る。
「海外勤務になられたことは、良い機会じゃないんでしょうか」
「妻を連れていけと?」
「そう望んでいらっしゃると思います。まだ、不安で不安で仕方ないんだとは思いますが」
「妻がそう……」
妻がそう、言ったんですか。高倉さんはその言葉を飲み込んだ。
彼は思いやりのある人だ。真結さんが惹かれたのには意味があるぐらい。前の奥さまとは築けなかった何かを、真結さんとなら築いてくれるかもしれないなんて、期待してしまうほど。
「このラトル、人気なんですよ」
真結さんは、たくさんある商品の中からこのラトルを手に取った。
「ラトル? ああ、ガラガラですか。私の世代はラトルなんておしゃれな言い方してませんでしたね」
くすりと笑った高倉さんは、私からラトルを受け取ると、そっと左右に振った。
あの日と同じ、からからと鳴る小さな音は、店内に心地よく広がっていく。いま、高倉さんは、真結さんも聞いた、同じ音に癒されている。
「妻は白雪姫なんですよ……」
高倉さんはぽつりとつぶやき、ラトルを握りしめる。
母親に疎まれる白雪姫。親の愛を知らない白雪姫。でももう、真結さんには王子様がいる。
「はい。世界で一番、美しい方ですね」
にっこりと微笑むと、彼は複雑そうに笑む。
「退院したら、妻もアメリカに連れていきます。その前に、またこちらへ寄らせてもらいます」
「お待ちしています」
高倉さんは安堵の表情をして、ラトルを購入すると、ほんの少し足取り軽く、お話やを後にした。
【第一話 彷徨う白雪姫 完】
お話やを訪れた客のリストは作らないようにしている。それは、一期一会の出会いの方が多いからだ。
お話やを始めて、最初の頃はメモ書き程度に客の特徴を書いた手帳を持っていたが、それに気づいて、記録を残すのはやめた。
ふと、なんでもない時に、思い出すお客様もいる。高倉真結は、そのひとりだった。
「幸子ちゃん、新しいクッキーの試作品、食べてみてよ」
声とともに店に入ってきたのは、三軒隣で洋菓子店を営む『アキノ』のオーナー、秋乃さんだった。うちの看板商品であるクッキーは、すべて彼女から仕入れている。
秋乃さんはビニール袋から取り出した何枚かのクッキーをお皿に乗せ、カウンターの上に置いた。
これは、お話や限定クッキーの試作品だ。試しに新作を作っては、彼女はよく店へやってくる。
「紅茶クッキーですか? あとは、なんだろう」
クッキーは三種類あった。丸型がふたつに、スクエア型がひとつ。丸型のひとつは、ひと目で紅茶の葉が入ってるとわかるものだった。もうひとつは茶色で、スクエア型は粉砂糖がまぶしてある。
スクエア型のクッキーをぱくりと食べる。あんまり食べたことのない味だったが、あっさりしていて、粉砂糖の甘さがちょうどよく舌の上で絡み合う。
「美味しいですね。でも、なんだろう?」
「ふふーん。それはね、ほうじ茶入り。美味しいでしょー」
「ほうじ茶! そう言われてみるとそうかも。じゃあ、こっちのは?」
丸型の茶色いクッキーを指差す。
「そっちは、コーヒー入りよ」
「意外と初めてですよね? コーヒー味って」
そう言って、お水を口に運んだとき、入り口から四十代に見える風貌の男性客が入ってきた。平日の午前中に、働き盛りの男性が来店するのはかなり珍しかった。
「い、いらっしゃいませー」
あわてて口もとをぬぐって声をかける。男性はカウンターの上のクッキーと私を、少しいぶかしそうに交互に見たが、秋乃さんに気づくと、驚いたように眉をあげた。
秋乃さんの知り合い?
そう思ったとき、秋乃さんが「まあ!」と声をあげた。
「高倉さんじゃないですかー」
え、高倉?
ちょうど今朝、高倉真結さんのことを考えていた私は、偶然かもしれないのに、どきりとした。
「やっぱり、アキノさんでしたか。お久しぶりです」
「今月から海外勤務だって言ってませんでした? しばらくお会いできないかと思ってましたよ」
秋乃さんは男性の返事を待たず、彼を紹介した。
「幸子ちゃん、こちら、高倉さん。うちのお店によく来てくださるの」
「お話やの日高です。はじめまして」
頭を下げると、高倉さんも会釈した。
「ごめんなさいね、高倉さん。いま、新しい商品の相談をしてたの。よかったら、うちのクッキーも置いてあるので、見ていってくださいね」
しっかり宣伝しつつ、ササッとクッキーをカウンター下へ片付けた秋乃さんは、「またあとで」と私に声をかけて店を出ていった。
秋乃さんのいない店内は、途端に静まり返った。カウンター越しに、私は黙って高倉さんの様子をうかがった。
今月から海外勤務の高倉さん。
こんな偶然はそうない。彼は真結さんのご主人に間違いないだろう。真結さんがお話やを訪れたことを知って、やってきたのだろうか。
「こちらにもアキノのクッキーが置いてあるんですね。失礼ながら、お話やなんて初めて聞きました。まだ新しいんですか?」
お菓子の陳列棚の前で、高倉さんは商品を手に取り、話しかけてきた。
「二年前にオープンしました。お話やにあるアキノのクッキーは限定商品なので、こちらに立ち寄ってくださるお客様もいらっしゃいます」
「どちらかというと、自宅用なのかな」
「そうですね。ちょっとしたお茶請けにおすすめしてます」
「そうですか」
高倉さんは静かにうなずく。とても落ち着きのある男性だ。真結さんにお似合いだと思う。彼女が気に病む必要のないぐらいに。
「妻が先月、クッキーを買ってきましてね。アキノのクッキーだとすぐに気づいたんですが、どうも包装紙がいつもと違う気がしましてね。こちら限定の商品だったんですね」
「それで、今日はこちらに?」
「ええ。少し、気になったものですから」
包装紙には、『お話や』のロゴマークが入っている。わざわざ調べて、立ち寄ってくれたのだろう。
「気になったとは?」
「ああ、いえ。商品に問題があったわけではないんです。クッキーを買ってくるなんて珍しいと思ったんです。妻は私の稼いだ金を、生活費以外に使うのは申し訳ないなんていう女性なものですから」
「堅実な方なんですね」
お話やの代金は千円。真結さんはきっと、千円でももったいないと思っていた。ご主人が稼いだお金で悩み相談なんて、彼女にとっては罪悪以外のなにものでもなかったのだろう。
「真面目な人です」
そんな人が親への当てつけのような結婚を選んだ。それは、高倉さんの持つ優しさに惹かれたという証拠ではないだろうか。
「海外に勤務されてるんですね?」
「あ、ええ。しばらく戻るつもりはなかったんですが、妻が入院してしまって」
「えっ、入院? いつから……」
真結さんがお話やを最後に訪れてから、もうひと月が過ぎようとしてる。また来ると言ってくれた彼女が来なかったのは、入院していたからなのか。
「……ちょうどゴールデンウィークの時です。お恥ずかしい話ですが、身内のもめごとです。前々から彼女は母親と折り合いが良くなくて、お腹の子のことでやりあったのでしょう」
「やりあったって……、お腹の子は大丈夫なんですか?」
「ええ、幸い。来週には退院できそうです。退院したら、一緒にアメリカへ連れていこうと思っています」
高倉さんは私をまっすぐ見つめる。
なぜそんな詳しい話を私にするのだろう。たぶん彼は、真結さんがここへ来て、身内の恥を話していったことまで推測してる。そうでなければ、知られたくない話なんてしないだろう。
「こんなことになるなら、最初から連れていけばよかったんです。真結……、妻が、どうしても日本で赤ちゃんを産みたいというので、仕方なく認めましたが」
「奥さまは真結さんとおっしゃるんですね」
「はい。高倉真結と言います。……いろいろと苦労の多い女性です。優秀なために母親から疎まれ、妻に捨てられた惨めな男を放っておけなかった、不器用で優しい女性です」
「そんな風におっしゃられては……」
「妻は私と別れる気なんですよ。だからアメリカにはついていかないと言った。お腹の子のためじゃない。また彼女は、逃げようとしているんです」
わずかに声が高ぶった。行き場のない怒りが、彼を饒舌にしているのだろう。
「妊娠がわかってから、ずっと浮かない様子だったんです。体調がすぐれないんだろうぐらいにしか、最初は思ってませんでした。それから海外勤務が決まり、一緒に来てくれるものだと思ってましたが、妻は拒みました。結婚を後悔してる。そう思いましたよ。だから日本に置いていくことにしたんです」
傷心を癒すために部下だった真結さんと愛のない結婚をした。少なくとも、彼女はそう思っている。そのせめてもの罪滅ぼしとでもいうのか。彼女の望みを受け入れることは、彼にとっては、最大限の譲歩だったのだろう。
「それなのに……、私は妻を守れなかった」
「奥さまとお母さまはそんなに折り合いが悪いんですか?」
うっすらと瞳に涙を浮かべた高倉さんは、「はい……」とかすれた声でうなずいた。
「あの母親の側には置いておけません。はずみだったとはいえ、妊娠中の娘を突き飛ばすような母親です。母親でなければと、何度思ったか」
「奥さまはお母さまに愛されたくて仕方ないのかもしれませんね。でも叶わないから、悩んでおられるのかも。高倉さんが側にいてくださることはきっと、心強いはずだと思います」
「わかってます……」
高倉さんはうなずいて、取り乱した自分を恥じるように口もとを歪めた。
「妻が別れたがってるのは、私を苦しめたくないからなんですよ。苦しんでなんていないのに、変な気をつかう。それはそうでしょう。私の稼いだお金だからと、ほんの少しの小遣いで満足するような女性ですから」
「奥さまとお母さまは少し離れて暮らす方が、いい距離感で付き合えることもあるかもしれませんね」
私はカウンターを出て、雑貨コーナーに歩み寄る。
「海外勤務になられたことは、良い機会じゃないんでしょうか」
「妻を連れていけと?」
「そう望んでいらっしゃると思います。まだ、不安で不安で仕方ないんだとは思いますが」
「妻がそう……」
妻がそう、言ったんですか。高倉さんはその言葉を飲み込んだ。
彼は思いやりのある人だ。真結さんが惹かれたのには意味があるぐらい。前の奥さまとは築けなかった何かを、真結さんとなら築いてくれるかもしれないなんて、期待してしまうほど。
「このラトル、人気なんですよ」
真結さんは、たくさんある商品の中からこのラトルを手に取った。
「ラトル? ああ、ガラガラですか。私の世代はラトルなんておしゃれな言い方してませんでしたね」
くすりと笑った高倉さんは、私からラトルを受け取ると、そっと左右に振った。
あの日と同じ、からからと鳴る小さな音は、店内に心地よく広がっていく。いま、高倉さんは、真結さんも聞いた、同じ音に癒されている。
「妻は白雪姫なんですよ……」
高倉さんはぽつりとつぶやき、ラトルを握りしめる。
母親に疎まれる白雪姫。親の愛を知らない白雪姫。でももう、真結さんには王子様がいる。
「はい。世界で一番、美しい方ですね」
にっこりと微笑むと、彼は複雑そうに笑む。
「退院したら、妻もアメリカに連れていきます。その前に、またこちらへ寄らせてもらいます」
「お待ちしています」
高倉さんは安堵の表情をして、ラトルを購入すると、ほんの少し足取り軽く、お話やを後にした。
【第一話 彷徨う白雪姫 完】
