おしゃべりな雑貨店でティータイムを

***


 月末になると、商店街にある八福寺へ欠かさず出かけている。商売繁盛を祈願し、今月もご縁をありがとうございましたと感謝を伝えるためだった。

 参拝を終えて境内を出たとき、ひとりの青年が後ろから通り越していった。彼は数歩進んでから足を止めると、振り返ってこちらを眺めた。

 しばらく沈黙したまま、お互いに見つめ合った。そして、ほぼ同時に私たちは頭を下げた。

 何日ぶりだろう。一週間……いや、十日ぶりぐらいか。これで三度目だ。一度目はお話やで、二度目はカフェ・ド・シュシュでだった。

「おまいりですか?」

 先日はずいぶんと失礼な別れ方をしてしまったのに、彼はにこやかに話しかけてきた。

「あなたも?」
「毎月来てますよ。って言っても、商店街の人ならみんな来てますよね」

 青年は小さく笑うが、首をかしげる私に気づいて、まじまじと見つめてくる。

「お話やさんですよね」

 改めて尋ねてくるから、ようやく気づく。

「……もしかして、あなたも商店街の方?」
「ご存知なかったですか? 何度か、振興会の集まりでお見かけしたことがあったんですが」

 振興会とは、八福寺商店街振興組合の集会のことだろうか。年に数回ある集会には毎回参加している。言われてみれば、若い青年を見かけたことがあるような気もしてくる。しかし、その程度だ。

「すみません。なかなか思い出せなくて。振興会って緊張してしまうので」
「わかります。若い店主は俺たちぐらいだから、なかなか肩身が狭いですよね」

 ちょっと肩をすくめて笑った彼は、パスケースからおもむろに名刺を取り出した。

「久保と言います。どうぞよろしく」

 名刺には、クボック店長、久保貴士(くぼたかし)と印字されていた。モノグラム柄のおしゃれな名刺だ。

「アクセサリーのお店ですか?」
「彫金をやってて。指輪やネックレスを作ってます」
「あっ、そう言えば、お客様から聞いたことがあります。一点モノを扱うアクセサリー屋さんがあるって」
「そうでしたか。お話やさんにまで、俺の店が伝わってるなら、それはそれでうれしいな」

 同じ商店街で店を出しているのに、まったく知らなかった失礼に憤慨するどころか、久保さんは屈託なく笑った。

「久保さんのお店はどちらに?」
「ちょうどお話やさんの真反対です。今日、定休日でしたよね。今から俺の店、来ますか?」

 いきなり誘われて目を丸くしてしまう。戸惑いのあまり、返事ができないでいると、彼は顔の前で軽く手を振った。

「ああ、勘違いしないでください。売りつけたりしませんから。あ、でもちょっとお話やさんにも、うちの店のチラシとか置いてもらえたらありがたいなって打算はありますが」
「そういうのは全然大丈夫ですよ。でも、うちのお客様は女性が多くて」
「男性用も女性用も、どちらも作ってますから」
「でしたら、久保さんがどんなアクセサリーを作られるのか見てみたいので、お邪魔させてください」

 ぺこりと頭を下げると、うれしそうに目を細める彼と肩を並べて歩き出した。

 八福寺から東の方角に伸びる道筋に、久保さんが経営するクボックはあった。

 アクセサリーを扱うというから、てっきりおしゃれでモダンなお店なんだろうと想像していたが、実際にはレトロな古民家風で、落ち着いた店構えだった。

「久保さんも長屋をリノベーションされたんですか?」
「お話やさんと同じだと思います。去年、思い切って購入しました」

 数年前から、市が掲げる商店街活性化プロジェクトの一環で、新店舗をオープンさせることを条件に、商店街の空き家が手頃な値段で販売されていた。久保さんも、母と同じでその制度を利用して店を開いたようだ。

「よかったら、中も見ていってください」

 店内へ入っていく久保さんの後ろを、私はおそるおそるついていった。

 店内は決して広くはないが、ゆったりとしたスペースに飾られたアクセサリーたちは、とても高貴な贅沢品のように一つずつ丁寧に陳列されていた。その割にお値段は手頃で、作品のファンなら何度もリピートするだろうと思えるようなものばかりだ。

「同じデザインは一つもないんですね」

 店内をひと通り見て回り、感嘆の息を漏らす。

「天然石って同じものはないですから、毎日少しずつしか作れませんが、世界に一つだけのものにこだわっています」
「こだわりがあるって、素敵だと思います」
「お話やさんも、かなりクセの強いお店でしたね」

 からかうように、久保さんは破顔する。

 彼なりに、面白い店だと褒めてくれたのかもしれない。そんな風に前向きに受け止められるぐらい、彼の笑顔は穏やかだった。

「そういえば私、自己紹介もまだでした。日高幸子って言います。お話やは二年前から、姉とふたりでやってます」
「お姉さんが見えるんですね」
「店主は私で、姉はアルバイトなんですけど。姉の方が店主らしくて、ちぐはぐなお店なんです」
「ちぐはぐって、なんだかわかる気がします。それが魅力的で、みなさん足を運ぶんでしょうね。長く続けてください」

 久保さんはカウンターの上からチラシを何枚か持ち上げた。

「お話やさんのチラシも、置かせてもらいますよ」

 チラシを受け取り、頭を下げる。

「ありがとうございます。また明日以降に、持ってきますね」
「うちは月曜定休です。それ以外でしたら、いつでも」
「わかりました。それじゃあ、また」

 チラシを抱えて店を出ようとしたとき、後ろから声をかけられた。

「日高さん」

 お話やさんと私を呼んでいた彼が、急にそう呼び止めるから、落ち着かない気分になった。お話やの店主ではない、日高幸子に用事があると言われた気がしたのだ。

 振り返ると、久保さんはほんの少し沈黙して、首を横に振った。

「いや、なんでもないです。俺もまた、お話やへ行かせてもらいます」