***
「あー、もう。さっちゃん、全然お客さん来ないじゃないー。やっぱり無理なんじゃないのー? 一人でお店やるなんて」
「お姉ちゃんに無理言ってるのはわかってる。ごめんね。いつも手伝いに来てもらって」
「私は別にいいわよ。まあまあ、暇だし?」
姉の珠美は週末になると、店の手伝いにやってくる。
毎度つぶれるつぶれると連呼するが、頼りにされるのはなんだかんだ嬉しいようだ。満更でもない様子で鼻を高くした。
「それにしても、いろいろ作るのねー。仕入れた方が早いんじゃない?」
手作りコーナーの商品を眺めながら、珠美はあきれ顔をする。
「自分で使うために作ってるわけじゃないから」
くすりと笑ってしまう私を見て、珠美は少々不服そうに頬を膨らませる。
「私が言いたいのは、自分が使う分だけ作ればいいのにって話よ。売り物はよそから仕入れればいいんだし、何も休みの日を削ってまで作らなくてもってこと」
「好きでやってるからいいの」
「それが理解できないわー」
理解しなくていいよ、って笑って、カウンターの奥に腰かける。
朝一から来る客は少ないが、お昼近くになると商店街を訪れる観光客や地元の人で店内は賑わうだろう。
珠美もカウンターに立つ。モデルみたいに華やかな彼女がいるだけで店内は明るくなる。週末だけの看板娘。その立ち位置を、彼女も気に入っているようだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。お母さんとお父さんって、仲良かった?」
愛のない結婚をしたと泣いていた真結さんの顔がふいに脳裏をよぎり、私は何気なく尋ねてみた。
突然何よ? と怪訝そうにする珠美だったが、腕を組んでにらむように天井を見上げる。
「普通、じゃない?」
しばらく悩んで出てきた答えは、想像できる程度のものだった。きっとそうだろう。けんかばかりの毎日だったわけではない。かといって、いつも一緒に行動するほどの仲良しでもなかった。どこにでもいる、普通の夫婦だった。
「なんでそんなこと聞くの?」
珠美はふしぎそうに尋ね返してきた。
「ううん。なんとなく。夫婦って、なんだろうって思って」
「何ー? 結婚したい人でもできたの?」
恋愛の話が大好きな彼女は、興味津々に顔をのぞき込んでくる。
「違うよ。結婚も恋愛も、無縁だよ」
「なんでー? さっちゃんはかわいいのに。おしゃれしたらいいのよ。男の人とも積極的に話したりしてさぁ」
「恋愛とか、居心地悪いから」
「ごまかさなくてもわかってるって。好きって言われるの、恥ずかしいんでしょ。昔からシャイなんだから」
珠美はくすくす笑ったが、ふと目線を店内へずらすと、急に生真面目な表情になった。
「お母さんさ、お父さんのこと信頼してなかったと思うなー」
「そんなふうに見えた?」
「人生めちゃくちゃにしたお父さんのこと、恨んでるって言えたらスッキリしそうって、笑ってたことあるんだよね」
「もしかして、入院してたとき?」
母がいつも頼りにするのは、長女の理恵子だった。珠美にも本心を見せる人ではなかったはずだ。
「そうそう。お見舞いに行くとさ、笑いながら不満言うのよ。こっちだってそんな話聞きたくないからさ、はいはいって聞き流してたんだけどね」
珠美は苦笑いしているが、私の胸はどくりと嫌な音を立てていた。病床で聞いた母の言葉は、その場限りの愚痴ではなかったのだ。
「……お母さん、結婚したこと後悔してたのかな」
「まあ、多少はあるのかもね。お父さんがいなくなった途端、急に喫茶店やりたいって、このお店作ったぐらいだし。やること派手だわ、あの人は」
それは珠美の言う通りだった。父が仕事中の事故で亡くなったあと、落ち込むひまもないぐらい忙しくしていた母が、喫茶店を始めると言い出したときは、私たち三姉妹はぽかんとするしかなかった。
長女の理恵子は猛反対したが、次女の珠美はやってみれば? とひとごとのように言っていた。三女の私はと言えば、反対はしないけど、賛成もしないとあいまいなことしか言えなかった。
それでも母は知り合いの協力を得て、商店街の一角にある中古住宅を購入し、喫茶店兼住宅にリニューアルした。まさしく、第二の人生が始まろうとしたそのとき、母は病に倒れ、還らぬ人となった。
「お母さんのこのお店、さっちゃんが引き継ぐって言ったときは驚いたわよ」
「私も興味があったの」
「興味だけで店が開けるなら、誰でもできるわよ。いつ潰れるかわからないんだから、いい人見つけて結婚した方がいいよ、さっちゃんは。私と違って、お嫁さん向きなんだから」
結局、最初の話に戻ってしまう。珠美はこの店が本当に潰れると思っているのだ。彼女にとってはおままごとに見えるのかもしれない。
「できる限り、がんばりたいの」
「珍しい。何にも続かないさっちゃんなのにね」
珠美はあははと豪快に笑うと、カウンターを出ていく。
どこへ行くのかと目で追うと、彼女は看板を眺める老女に話しかけた。なんのお店? と、老女が尋ねると、雑貨店ですよー、と元気よく言って、いろんなものがあるから見ていってよ、と老女を連れて中へ戻ってきた。
商売の才覚があるのは、珠美の方だろう。私はふたりの姉に勝ることは一生ないと、こんなときは痛感する。
何にも続かないさっちゃん。それは否定できない。だけど、お話やをやめる決心だけは簡単にしないだろうとも思っている。
「あー、もう。さっちゃん、全然お客さん来ないじゃないー。やっぱり無理なんじゃないのー? 一人でお店やるなんて」
「お姉ちゃんに無理言ってるのはわかってる。ごめんね。いつも手伝いに来てもらって」
「私は別にいいわよ。まあまあ、暇だし?」
姉の珠美は週末になると、店の手伝いにやってくる。
毎度つぶれるつぶれると連呼するが、頼りにされるのはなんだかんだ嬉しいようだ。満更でもない様子で鼻を高くした。
「それにしても、いろいろ作るのねー。仕入れた方が早いんじゃない?」
手作りコーナーの商品を眺めながら、珠美はあきれ顔をする。
「自分で使うために作ってるわけじゃないから」
くすりと笑ってしまう私を見て、珠美は少々不服そうに頬を膨らませる。
「私が言いたいのは、自分が使う分だけ作ればいいのにって話よ。売り物はよそから仕入れればいいんだし、何も休みの日を削ってまで作らなくてもってこと」
「好きでやってるからいいの」
「それが理解できないわー」
理解しなくていいよ、って笑って、カウンターの奥に腰かける。
朝一から来る客は少ないが、お昼近くになると商店街を訪れる観光客や地元の人で店内は賑わうだろう。
珠美もカウンターに立つ。モデルみたいに華やかな彼女がいるだけで店内は明るくなる。週末だけの看板娘。その立ち位置を、彼女も気に入っているようだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。お母さんとお父さんって、仲良かった?」
愛のない結婚をしたと泣いていた真結さんの顔がふいに脳裏をよぎり、私は何気なく尋ねてみた。
突然何よ? と怪訝そうにする珠美だったが、腕を組んでにらむように天井を見上げる。
「普通、じゃない?」
しばらく悩んで出てきた答えは、想像できる程度のものだった。きっとそうだろう。けんかばかりの毎日だったわけではない。かといって、いつも一緒に行動するほどの仲良しでもなかった。どこにでもいる、普通の夫婦だった。
「なんでそんなこと聞くの?」
珠美はふしぎそうに尋ね返してきた。
「ううん。なんとなく。夫婦って、なんだろうって思って」
「何ー? 結婚したい人でもできたの?」
恋愛の話が大好きな彼女は、興味津々に顔をのぞき込んでくる。
「違うよ。結婚も恋愛も、無縁だよ」
「なんでー? さっちゃんはかわいいのに。おしゃれしたらいいのよ。男の人とも積極的に話したりしてさぁ」
「恋愛とか、居心地悪いから」
「ごまかさなくてもわかってるって。好きって言われるの、恥ずかしいんでしょ。昔からシャイなんだから」
珠美はくすくす笑ったが、ふと目線を店内へずらすと、急に生真面目な表情になった。
「お母さんさ、お父さんのこと信頼してなかったと思うなー」
「そんなふうに見えた?」
「人生めちゃくちゃにしたお父さんのこと、恨んでるって言えたらスッキリしそうって、笑ってたことあるんだよね」
「もしかして、入院してたとき?」
母がいつも頼りにするのは、長女の理恵子だった。珠美にも本心を見せる人ではなかったはずだ。
「そうそう。お見舞いに行くとさ、笑いながら不満言うのよ。こっちだってそんな話聞きたくないからさ、はいはいって聞き流してたんだけどね」
珠美は苦笑いしているが、私の胸はどくりと嫌な音を立てていた。病床で聞いた母の言葉は、その場限りの愚痴ではなかったのだ。
「……お母さん、結婚したこと後悔してたのかな」
「まあ、多少はあるのかもね。お父さんがいなくなった途端、急に喫茶店やりたいって、このお店作ったぐらいだし。やること派手だわ、あの人は」
それは珠美の言う通りだった。父が仕事中の事故で亡くなったあと、落ち込むひまもないぐらい忙しくしていた母が、喫茶店を始めると言い出したときは、私たち三姉妹はぽかんとするしかなかった。
長女の理恵子は猛反対したが、次女の珠美はやってみれば? とひとごとのように言っていた。三女の私はと言えば、反対はしないけど、賛成もしないとあいまいなことしか言えなかった。
それでも母は知り合いの協力を得て、商店街の一角にある中古住宅を購入し、喫茶店兼住宅にリニューアルした。まさしく、第二の人生が始まろうとしたそのとき、母は病に倒れ、還らぬ人となった。
「お母さんのこのお店、さっちゃんが引き継ぐって言ったときは驚いたわよ」
「私も興味があったの」
「興味だけで店が開けるなら、誰でもできるわよ。いつ潰れるかわからないんだから、いい人見つけて結婚した方がいいよ、さっちゃんは。私と違って、お嫁さん向きなんだから」
結局、最初の話に戻ってしまう。珠美はこの店が本当に潰れると思っているのだ。彼女にとってはおままごとに見えるのかもしれない。
「できる限り、がんばりたいの」
「珍しい。何にも続かないさっちゃんなのにね」
珠美はあははと豪快に笑うと、カウンターを出ていく。
どこへ行くのかと目で追うと、彼女は看板を眺める老女に話しかけた。なんのお店? と、老女が尋ねると、雑貨店ですよー、と元気よく言って、いろんなものがあるから見ていってよ、と老女を連れて中へ戻ってきた。
商売の才覚があるのは、珠美の方だろう。私はふたりの姉に勝ることは一生ないと、こんなときは痛感する。
何にも続かないさっちゃん。それは否定できない。だけど、お話やをやめる決心だけは簡単にしないだろうとも思っている。
