おしゃべりな雑貨店でティータイムを

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 梅雨がすっかり明け、ジリジリと照りつく日差しの中、クボックへ到着した私は、店内に久保さんと沼田くんの姿を見つけて、後悔していた。

「もっとはやく来たらよかった」

 汗ばむ首筋にハンカチをあてる。珠美から少しはなんとかしなさいともらった香水もつけてきた。でもどうしても、汗くさいかもしれないと、気になってしまう。

「あっ、お話やの日高さん。いらっしゃいませー」

 私にいち早く気づいた沼田くんは、人なつこく出迎えてくれた。すっかり気を許した笑顔を見せてくれる彼は、見知った人に出会うと心強くなるタイプかもしれない。

「お久しぶりです。店長さんは接客中?」
「いえいえ。今はどなたも。店長ーっ、お話やさんですよー」

 沼田くんが店内へ向かって声を張り上げる。

「わかってるよ」

 苦笑いしながら、久保さんがカウンターの奥から出てくる。

「すみません。雨続きで、なかなか来られなくて」
「毎週木曜日は雨でしたね。天にも見放されたかと落ち込んでました」
「落ち込むだなんて。……あの、イヤリング、持ってきました」

 好意を隠さない久保さんに驚いて、バッグから取り出したイヤリングを早々に彼へ渡した。

「早速、調整しましょう。奥へどうぞ」

 案内されて、作業台の前へ座る。目の前にはいろんな工具がずらりと並んでいた。彼の仕事道具を見るのははじめてだ。

「私、久保さんのこと、何にも知りませんね」
「大丈夫です。俺も日高さんのすべてを知ってるわけじゃないですから」

 それでも、人は人を好きになる。そう言われたような気がして、うつむいてしまう。

「沼田くん、日高さんにアイスティーを用意してくれるかな」

 久保さんは沼田くんにそう頼む。

「アイスティーですねー。わかりましたっ」

 沼田くんはすぐに店内の奥へと姿を消した。

「アイスティーなんて、もったいないです」
「暑かったですよね。サービスです。あいにく、アイスティーしかなくて」
「すみません」
「沼田くんがいない方がいいかなとも思ったんです」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべて、久保さんはイヤリングをトレイの上に転がす。

「考えてくれましたか?」

 あの日から、一か月近くが経とうとしている。考える時間はじゅうぶんにあった。彼はふられる覚悟もしているだろう。だからこそ、落ち着いている。

「正直に言うと、迷っています。どちらかというと、後ろ向きに」
「だめですか?」
「久保さんのことはとてもいい人だと思います」
「私にはもったいないとか言わないでほしいです」

 久保さんはうわてで、私の逃げ道を塞いでしまう。

「私はあまりにも地味で、どこをどう探しても、誇れる魅力がありません」

 華やかなアクセサリーが浮いてしまうぐらい私は貧相で、好意を寄せられれば寄せられるほど、みじめな気分になる。

「日高さん」

 久保さんは優しく私の名を呼んだ。どこか、諭すように。

「日高さんは何かを秘めてると思いますよ」
「秘めてる? そんなこと……ないです」
「ありますよ。……そうだ。きれいなものは何かを隠してるって、本で読んだことがあります」
「それって、星の王子さまじゃないですか?」

 急に背後から声がする。アイスティーをお盆に乗せた沼田くんが、笑顔で近づいてくる。

「俺、宇宙関連の話、好きなんですよね」

 宇宙関連とはまた、くくりが大きい。おかしくなってしまったが、沼田くんは大真面目に語り出す。

「砂漠が美しいのは、井戸をどこかに隠してるからだそうですよ。一番大切なものは、目に見えないんです。それに気づかせてくれた本だから、よく覚えてます」
「素敵なお話ですよね。私も星の王子さまはよく読みました」
「そういえば、お話やさんには本も売ってるんですよね。読書家の日高さんに余計なこと話したなぁ」

 沼田くんは照れくさそうに笑うと、アイスティーの注がれたグラスを置いて立ち去る。

「沼田くんって、優しい子ですね」
「憎めないですよね。面接に来てくれた子の中で、一番不器用そうでしたけど、彼も何か秘めてる気がしたんです」
「人を見る目は確かなんですね」
「ですから、日高さんを好きになりました」

 さらりと告白した久保さんは、戸惑う私を見て、眉を下げる。

「星の王子さまは最後、どうなるんでしたっけ?」
「えっと、ヘビにかまれるんですけど……いろんな解釈がありますよね。王子は亡くなったんだとか、子どもから大人になったんだとか」
「亡くなってしまったと考えるのは、悲しい気もしますが」
「死は始まりを意味してるんだと考えたら、そうではないことも。私はでも、どうかな……」

 いくら死は悲しくないことだと言っても、弟を亡くした久保さんには理解しがたい話だろう。どんな綺麗事を並べても、もう会えないことに変わりはない。

「久史がまだ生きてるような気分になることがあるんですよ。死んだように見えるかもしれないけど、それは本当じゃなくて。どこかで生きていてくれたらいい。そう思ってるのかもしれないです」
「生きてます。大丈夫です。私と久保さんの心の中に、ずっと生きています」
「久史を忘れないでいてくれると言ったんですか?」

 忘れないだろう。ずっと伊坂さんのことは覚えていた。姿形は忘れても、彼の存在を忘れたことはなかった。

「伊坂さんのことはきっと好きでした。友人として。懐かしいクラスメイトとして。そういう彼への思いごと好きになってくれる人と過ごせるなら、私もまた恋ができるかもしれないです」

 ほんの少しの可能性を言葉に乗せて、久保さんへ伝えた。彼はすぐに返事をしなかったけれど、そっと目を細めた。